お見合いの翌日、一誠とリアスのチームは広大な草原へと赴いていた。先日の死神襲撃から専用トレーニングフィールドは警備面を見直されて、いまだに使えない状態であった。そこでアジュカの方から、彼が開発したゲーム「ベルゼビュート」の疑似空間が用意された。とある神滅具を参考としているこの場は現実とまた違った使用があり、特訓の幅は広く試せることも多い。次の試合で最高峰のチームを相手にするための特訓が心置きなくできることに、一誠のチームは気合いを入れ直していた。
もっともゲームの疑似空間とはいえ、疲れや空腹は感じる。一行はひとしきり特訓をしたところで区切りをつけると、持ってきた弁当で和気あいあいと昼食を取っていた。
「…イッセー、今頃どうしているかしら?」
サンドイッチを紅茶で流し込んだリアスはぽつりと呟く。大所帯の一行であったが、珍しく中心であった一誠はその場にいなかった。彼はなんと帝釈天からお呼びがかかっており、その迎えとして来た曹操と共に「乳海」と呼ばれる地へと向かった。なんでも帝釈天から一誠を強化する打診が来ており、次の相手のことも踏まえてこの申し出を受けることとした。
そんなリアスの言葉を支持するように、レイヴェルが自信ありげに言う。
「きっとチームのため、リアス様のため、ヴィーザル様にロスヴァイセ様を取られないために必死になっておられるに違いありませんわ」
「そうね。私の時も強引に奪いに来てくれたわ。そういう人なのよ。命がけで解決手段を手に入れてくれるわ」
「私も何度も助けていただきました。日本に来てすぐの時も、アスタロト戦の時も他にもたくさん助けていただきました」
リアス、アーシアと立て続けに同意し、近くではエルメンヒルデも小さく頷いていた。レイヴェルも魔法使いたちに攫われた際に助けてもらったこともあり、彼に好意を感じる女性たちの恋愛話に発展していた。
一方で朱乃、小猫、ゼノヴィアはその様子を興味深げに眺めていた。
「イッセーくんは無理をしてでも助けてくれますものね。大一にはそういうのが無いから、ちょっとリアス達が羨ましいかも」
「無理をするという意味では先輩も同じですが…どっちかというと寄り添ってお節介をかけてくる感じですからね」
「羨ましいというのは同意する。私もイッセーからそういう扱いをされたことはないからな。しかし2人とも本気で言っていないように感じるな。…ん?ということは、そういった体験はユーグリットの件で先輩から助けられたロスヴァイセだけか」
視線が向けられるのを感じてロスヴァイセは緊張したように顔を赤らめる。大一が約束したことは朝に全員が彼の口から聞いていたが、どのようなシチュエーションであったかは全く説明されていなかった。少ない明りに静寂な空気、どことなく酔いの気分悪さが残りつつも本音を口にし、好意を自覚した夜…思い返すと顔から火が出そうになりそうだ。もっともお見合いでの酔った勢いでした告白を皆が知っていたので、ここでごまかす方が不自然であったのだが。
「い、いやえっと…私は…それが理由じゃないですよ」
「あらあら、知らない間に彼氏が女たらしになっていて複雑ですわ♪」
「ダメですね、これは。あとでロスヴァイセさんも含めて私たちのお願いを聞いてくれないと」
「容赦ないな、2人とも…」
ゼノヴィアのツッコミにも朱乃と小猫の態度は変わらなかった。2人にとって、大一への遠慮という言葉はもはや存在しておらず、そこには一種の余裕すら感じられる。しかし…
「うう…2人とも本当にごめんなさい」
それでもロスヴァイセとしては申し訳なさもあった。大一のスケジュールを把握している朱乃の話では、仕事の時間以外にさらに何か奔走しているらしい。ただでさえ多くない彼女たちの時間を削っていると思うと、罪悪感がこみ上げていた。
そんな彼女に朱乃は励ますように背中をさすりながら微笑み、小猫はどうということはないように肩をすくめる。
「大丈夫ですわ、ロスヴァイセさん。あなたの想いには前から気づいていましたもの。私も彼と同じように大切な仲間としてあなたに幸せになって欲しいんです」
「そもそも先輩がまた勝手にやっているだけですから。まあ、信じて待ちますよ」
2人ともロスヴァイセが苦悩していることはよく理解していた。大切な仲間として、同じ男に惚れた人として、彼女の幸せを願っていた。いや彼女たちだけじゃない。仲間たち全員が思っていることだ。
ロスヴァイセは潤んだ瞳の涙を静かに拭うと、同意するように小さくも力強くうなずいた。
そんな中、百鬼はスープを一口飲むと考えながらつぶやく。
「でもお兄さんが引き受けなかったのはちょっと残念だったかな。一緒のチームだと頼りになっただろうに」
「まさしくそうです!」
彼のつぶやきに、恋愛話で盛り上がっていたレイヴェルがいきなり同意する。
「堅牢な防御と緻密な感知力、前線で動ける白兵戦と神器による手数。加えて魔法や仙術も使える、お兄様が来てくれれば私たちのチームも大きく戦力が上がることは間違いありませんでしたのに…」
「残念がっているけど、私たちだって同じだよ。リアスお姉様はもともと先輩をチームに加えようとしていたんだもの」
小猫が反論するようにレイヴェルに言う。実力もさることながら、もともとリアスの眷属であったゆえに信頼と連携は確立されていたため、アザゼル杯の参加を断られた際にリアスが受け入れつつも悔しがっていたのを小猫たちもよく知っていた。
「今からでも入ってくれないかしら。クロウ・クルワッハやストラーダ猊下とも相性は悪くないと思うんだけど…」
「白音ちゃんと仙術の合わせ技もできそうですしね」
「その件で何気に姉様も狙っていた節あるんですよ。ヴァ―リの方はわかりませんが」
気づけばリアス達は大一を引き入れる方法を論じており、レイヴェルはチームメンバーに彼が入った場合の戦略を説明していた。
ロスヴァイセは次の試合への緊張が高まりつつも、仲間達と過ごすこの時間に安心と心地よさを感じていた。それを痛感するほどに、もっと一緒にいたいという想いが沸き上がっていく。北欧側の者としてではなく彼女達と一緒に戦いたいと願う。
そのためにも小猫の言うように信じて待ち、今は自分に出来ることをやるだけであることを決心するのであった。
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一行が新たなトレーニング場所を提供されてから2日後、アース神族が住む地…アースガルズの外れにあるヴィーザルの隠れ家にはひとりの悪魔が来訪していた。
「お時間を取っていただき感謝します」
「むしろこんな堅苦しく手続きを踏んで来ることに俺は驚いたね。お前、容量悪い方だろ」
「かなり特別に設定してもらったと思うのですが…」
「見合いの件があったし、ゲンドゥルとも知り合いなら手続きなんてそもそもいらねえと思っただけさ」
あっけらかんと話すヴィーザルに大一は申し訳なさそうな表情をしていた。ロスヴァイセとのお見合いの日の夜に、大一はヴィーザルとの面会を上層部に打診していた。本来であれば謁見するまでもかなり面倒な手続きなのだが、もろもろ事情を察していたヴィーザルはあっさりと了承し、この日にプライベートとして面会することとなった。
造りがしっかりとしたテーブルを挟んで2人は対面しており、部屋にはお付きのブリュンヒルデだけが怪訝そうな視線で大一を見ているだけであった。
「さて俺に何の用か…といっても、どの件についてかは察せられるがな」
「ならば率直に申し上げます。ロスヴァイセさんを賭けるという試合の条件を取り消していただけないでしょうか」
「ハッキリ言うなぁ。神相手にそこまで進言するとは、俺は無茶をやるのは赤龍帝だけだと思っていたけど、お前もそういうタイプなのかね」
「もちろん失礼であることは承知しています。ただ…ただ自分にはヴィーザル様には別の目的があるように思いました」
大一の言葉に、ヴィーザルはほくそ笑む。瞳の奥はわずかに光ったように見え、まるで面白いイタズラを看破された子どものような印象を感じさせられる。
「ほう、どんなのだ?」
「ヴィーザル様は…私の弟と全力で戦いたいだけではないでしょうか」
遠慮がちな言い方であったが、同時に確信めいたものも感じられる。ヴィーザルは笑みを崩さずにただ見つめ返しているだけであり、大一はそのまま言葉を続けた。
「先日の条件、口約束とはいえ他の勢力に判明したら大なり小なり面倒ごとに巻き込まれかねません。あの場で思いついたような内容、チームメンバーには他の神話勢もいるのですから尚のことです。ヴィーザル様ほど賢明なお方が後先考えていないことをするとは思えないのです。つまりこの条件は本気のものでないと。
私としてはお見合い最後のあなたの言葉が全てだと思いました。天龍との戦いのために建前が必要だと」
「…たしかに言ったな」
「それに私の弟はこれまでテロ組織との戦いで爆発的な覚醒をしてきました。そこには激情も絡んでいる。それを踏まえると、あなたはわざと焚きつけるような条件を提示したように思うのです」
この推論は完ぺきではないものの、大まかには当たっていた。赤龍帝の激情を引き出して一身に浴びることこそ、彼の本当の実力を実感できる方法だとヴィーザルは考えていた。怒りをあおるような条件を提示し、全力でぶつかり合い勝利する…彼もまた天龍に心惹かれている存在であった。
ただしそれだけが理由ではない。シンプルにじれったい感覚もあったのだ。ロスヴァイセの酔った際の言動から結婚を望んでいないのは明白だ。しかしその際の大一の態度やロスヴァイセの生真面目な性格などから、もろもろ進展する材料は揃っているのに踏み出せない状況であり、そこにきっかけを与えた。元より彼は人間の女性にはそこまで興味を抱かない男であった。
そういう意味では大一がここまで来たことに感心はしていたが、同時にロスヴァイセへの決定打が感じられなかったことには呆れた思いもあった。
「それでお前はこの条件を撤回して欲しいわけだな」
「もちろん私とてこれが不躾な願いであることは承知しています。しかし弟の本気が発揮されるのは怒りだけではありません。これまでのアザゼル杯の試合はまさにそういったものでした。怒りなどは関係なしに、あれが本気を出さないことはあり得ないと私が保証します」
「…それで仮にお前の推論が当たっていたとしよう。だが俺も神として1度出した条件を撤回するのは考えてしまうな」
正直なところ、仮に試合に勝とうが負けようが適当な理由をつけてロスヴァイセとの縁談は無しにすることをヴィーザルは決めていた。今回の条件も相応の誠意と動きさえあれば、取り下げるつもりであった。
しかし大一がどれくらい本気なのかも見てみたい気持ちもあった。赤龍帝の兄である男、どこまで今回の一件に関して真摯に向き合えるのかには興味があった。
大一は緊張を整えるように小さく息を吐く。彼の方も間違いなく緊張していた。神という遥かに位の高い特別な存在、その相手に先ほどから自分の要求を通そうとするのだから当然だろう。それでもヴィーザルの考えには確信があったし、同時に自分の提案に乗ってくるだろうという期待も間違いなかった。
「そこで次の試合までのスパーリング相手に私を使っていただけないでしょうか。お望みであれば本気の試合も致します」
「お前が赤龍帝に匹敵するのか?」
「そこまで思い上がってはいません。ただ私の身体はオーフィスやグレートレッドとも張り合った幻の龍と融合しています。天龍の前座としては悪くないと思いますが」
伝承には残っていないもののオーフィスやグレートレッドと戦った龍の存在は、ヴィーザルもオーディンから聞いている。加えてそれが北欧でも何度か面倒ごとを引き起こしていた神器を所有する男と融合しているとなれば、どういう出自であろうが興味は沸く。しかも赤龍帝の兄という人物であるのだから、否応なしに期待感というのは高まるだろう。
次の試合で一誠と全力で戦うことは出来るだろうが、どうせならば血縁者である彼とも一戦交えるのはやぶさかでない。
「ついてきな」
ヴィーザルは立ち上がるとブリュンヒルデを伴い、大一を連れて建物の外へと出る。間もなくたどり着いたのは戦闘フィールドであった。広さはそれなりでルシファー眷属で使っていたフィールドを想起させる。
「俺個人の特訓用だ。結界もあるし神も使うから、それなりに暴れても問題ない。さてお前の提案だが乗ってやろうじゃないか。ただしここで俺を満足させるくらいの実力を見せてくれ。もちろん全力で来い。そこで初めて認めてやる」
「ありがとうございます。相手させていただきます」
力強く頭を下げる大一を見て、ヴィーザルは再びほくそ笑む。己の道楽で人を振り回すのはどうも父であるオーディンと似ているような気がしたが、それでもこの戦いには期待してしまうのであった。
ということで、ヴィーザルとの勝負を前倒しにしてスタートです。