もう年明けて半月近く経っていますけど…。
冥界のグレモリー領はかなり広大だ。眷属たちにもそれぞれ領土が割り振られており、そこで事業などを展開する者もいる。
その一角の丘を大一、リアス、朱乃、祐斗の4人は登っていた。スーツ姿の一行は明らかに山を登る格好ではない上に、階段は切った丸太で造られた程度の物のため足場もよくなかった。もっとも悪魔の体力であれば問題なかったのだが。振り返れば遠くにグレモリー城や他の土地が一望できるほど見事な景色があるものの、4人の会話はそれとはかけ離れたものであった。
「大一ったら私と小猫ちゃんが見ていることに気づかなかったの。それで私たちに説明した際に、こっちからもその話をしたら2人して顔が真っ赤になって♪」
「ふーん、そんなことがあったのね。慌てようが目に浮かぶわ」
「なんで、ここまで来て恥かかなきゃいけないんだ…」
「正直、朱乃さんたちにバレた時点で無理ですよ」
ヴィーザルから条件の取り下げを受けてから数日が経っていた。あの日は報告を受けた一誠たちは驚きと安堵に包まれ、同時に次の試合への気を引き締めることに繋がった。ヴィーザルがいかに期待しているかも知り、重苦しいしがらみを取り除いた彼らのチームはさらに特訓へと精を出すのであった。
ただしこの報告にあたり、大一は条件の取り下げ以上のことは皆に言わなかった。つまりロスヴァイセとの関係性が大きく進展したことを公言しなかった。彼女の方も同様の気持ちだったようで、そこに関しては触れようとしなかった。
とはいえ、それは仲間全員にでは無い。同じように特別な関係…朱乃と小猫にはしっかりと説明するために、ベルゼビュートへ行く前に自室で告白した。
もっとも朱乃も小猫も2人のやりとりを隠れて見ていたため、それについては理解しており、それどころか一部始終を覗いていたことを話して、大一とロスヴァイセを慌てさせることとなった。
それどころか目的地に向かうまでの話の種として、朱乃の方から赤裸々に語られて現在に至る。
「それにしてもやっと関係が進展したってところね。まったく時間がかかったんだから」
「リアス姉さん、そこまで言わなくても。まあ、たしかに先輩って好意を受けても悩んで先延ばしにする印象がありますけど」
「お、俺は好きな人にしか…いや違くて…なんというか…!」
「そうですわ。大一は付き合っている私たちのどういうところが好きか、ちゃんと言葉に出来るもの」
「そこまで追い打ちされるのか、俺は!?」
ここぞとばかりに伝える朱乃の言葉に、大一は耳まで真っ赤になって顔を覆う。実のところ、ここ数日間で同じような状況に何度かあっていたのだが、まるで慣れなかった。
するとシャドウが彼の肩から飛び出すと、非難するような眼差しをリアスたちへと向ける。
『ったく、これから仕事だってのに何をやっているんだか。だいたいお前らがついてくる必要ないだろ』
「ご挨拶ね。今回に関して、私はグレモリーとして向かう必要があるのよ。お父様たちにも負担をかけるわけにいかないし」
「それに関しては本当に助かりました」
肩をすくめるリアスに大一は頭を下げる。彼が命じられた仕事はギガンから異界の地についての聴取であった。先日の死神襲撃を防ぎ、冥界政府との取引もあって、彼はユーグリットと同様に仮釈放となった。正確に言うと、監獄でも持て余しかけていた現実と大一自身の部下のような扱いになったため、彼自身はいまだに罪人の立場であったのだが。
そんな彼の住まいとして用意されたのは、グレモリー領にある大きめの山小屋であった。もともとは大一がリアスの眷属であった際に分けられていた土地であり、あらゆる対策を講じるのには都合がよかった。現にその土地周辺には強力な結界や罠が張られており、通信もほとんど遮断されている。ギガンが逃げ出そうものならすぐに捉えられるような状況であり、彼の下に行くには歩いて向かうしかなかった。
「大一さんは行ったことあるんでしたっけ?」
「2回だけな。移送する時のことも含めてだが。あと5分くらいで到着すると思うよ」
「…聴取に応じてくれるかしら?」
朱乃が訝しそうにぼそりと呟く。先日の襲撃を共に防いだとはいえ、禍の団に所属していた彼を簡単に信用するのは難しいのは当然だろう。ましてや彼は捕えられてからしばらくは何も答えてこなかったのだから。リアスと祐斗も表情険しく、朱乃の意見と同様であるのは明らかであった。
しかしそこを気にしても仕方がない。ただ協力に応じた男を、将来の眷属になることにも頷いた彼のことを大一は信頼していた。
「わからない。だが俺はあいつと協力すると決めたから信じるだけだ。話さない時はその時に考えるさ」
「もう…」
朱乃は呆れと安堵が入り混じった笑みを浮かべる。ロスヴァイセに語っていた彼なりの信念、それを目の当たりにした彼女は一種の頼もしさを感じた。
歩を進めていくと間もなく一行は、目的の山小屋へとたどり着く。円錐型の小屋はかなりの大きさであり、ゾウが住んでいると言われても驚かないだろう。壁は石造りで窓が2つほどつけられている。家の近くには明らかに周辺の地面とは違う土があり、畑のようになっている。
少し驚いたように眉を上げてその庭を一瞥すると、大一は扉をどんどんと叩く。
「ギガン、来たぞ」
がちゃがちゃと家の中で音が鳴ったかと思うと、扉が開けられてギガンが姿を現した。能力に見合った筋肉は服の上からでも分かるほどハッキリとしており、人間の倍はあるだろう体格から一行を見下ろした。
「ああ、時間通りだな。それでお前の後ろが…」
「私がリアス・グレモリーよ。こっちは女王の姫島朱乃、騎士の木場祐斗。会うのは初めてね、ギガン」
「ああ、お前が…。住まいについては礼を言う。入れ、湯を沸かしていた」
一行は言われるまま家へと入る。部屋はひとつしかなく、端には4人全員が横になれそうなベッドが置かれていた。中央には丸テーブルがあり、その上には無造作に本が置かれていた。
暖炉の火からやかんを取っているギガンの後姿に、大一は問いかける。
「何をやっていたんだ?」
「お前から貰っていた本を読んでいた。大会や芸能の記事はつまらんが、農業の記事は面白い。野菜を育てるというのも気になる」
「じゃあ、家の土もお前が?」
「小さな規模の土地を耕すくらいなら能力を使える」
意外な答えに大一は目を丸くした。牢獄にいた時は、食事もとらなかったような男が野菜の栽培に興味を引かれるとは思ってもいなかったのだ。
間もなくギガンは慣れない手つきでバケツサイズのマグカップにお湯を注いでいく。ティーパックも1度に3つも突っ込んでいたが、あまりにも雑で糸が切れたものもあった。
本人はまるで気にしていない様子であったが、これを見かねた朱乃が呆れたように首を振る。
「見ていられませんわ。私がやります」
「むっ…味は変わらんだろう」
「ティーパックでも少しの工夫で大きく変わります」
さらりと答えるなり、朱乃はてきぱきと準備していく。魔力でマグを温め、お湯を注いで、蓋代わりの皿で蒸らしていく。その手際の良さにはギガンも感心したように気怠そうな目を向けていた。
「うむ…お前らはどうする?」
「今回はカップを持ってきたから大丈夫だ」
そう言って大一は持っていたバスケットから人数分のティーカップを取り出す。基本的にギガンサイズの家具しか置いていないため、前回訪問した際には泣きを見ていたのだ。彼が持っていたバスケットの中身を知って、リアスたちも微妙な表情で納得するように頷いていた。
大きなやかんで注いでカップからお湯がこぼれることに苦戦しつつも、協力して紅茶を人数分用意すると席につく。
椅子はギガンが座るものを除くと2つしか無かったが、1つに2人は余裕で座れそうな大きさであった。リアスと大一が席につくと、後ろに控える朱乃と祐斗にギガンは声をかける。
「さっさと座れ」
「今回の交渉は2人が中心ですわ」
「僕は護衛なので立ったままで十分だよ」
「俺が気になるんだ。煩わしいのは嫌いだから、さっさと座れ」
「…わかった」
結局、リアスの隣に祐斗、大一の隣に朱乃が座り、ようやく全員が腰を落ち着けたところで話の火ぶたが切られる。
「それでギガン、訪問の目的は2つだ。ひとつは場所を提供してくれたグレモリー家と顔を会わせること、そしてもうひとつは『異界の地』についての聞き取りだ」
「あなたが三大勢力に協力するにあたって、冥界の上層部にも納得するような実績が必要なのよ」
大一の言葉にリアスが鋭く付け加える。何度か交渉の場を経験している彼女は、ギガンの立場を明確にしておいた上で、情報を引き出したかったのだろうか。ただギガン自身はこれが尋問とは思っていなかったのか、それとも別のことを考えていたのか淡々とした雰囲気で反応する。
「俺はこの男に協力するだけだ。まあ、結果的に冥界に手を貸すことだから同じものだろうが。だが俺が話せる情報など、たかが知れている。お前らが躍起になっている『異界の魔力』についても隠密性に優れていること以外はさっぱりだ」
「魔力に関しては少し前からこちらも注視しなくなっている。進展も無いし、一誠の乳力みたいな劇的な特異性は確認できないからな。だが先日のベルディムの襲撃は無視できない」
死神の襲撃時、ゼノヴィアたちの下へと現れて暴れていった悪魔ベルディム。彼が異界の地の者であることは、彼自身の発言やギガンの証言が証明していた。旧魔王時代の死んだと思われた悪魔が敵対してきたことは、間違いなく冥界に警戒心を抱かせた。加えて、活発になっている死神たちの動向を踏まえると、ひとつの可能性が危険視されていた。
「現在、ハーデスの動向が各勢力で危惧されている。冥府はクリフォトとも取引していた疑いもあるからな。そしてお前らの経歴からクリフォトが異界の地と関連しているのも、ほとんど確定事項だ。これらを総合するとベルディムが冥府と協力している可能性が上がっているんだ」
「ありえないな」
紅茶を一飲みしてマグを見つめるギガンはきっぱりと答える。ガタイのわりにどこか気の抜けた印象を抱かせる彼らしくない言いぶりに、一行は怪訝そうに目を合わせる。傍若無人な気質と経歴を持ち、ゼノヴィア達からの話ではとにかく戦いたがっているような狂気を持ち合わせていたような男、それがベルディムだ。冥府と繋がっていたとしても別に不思議ではないだろう。
しかしギガンはそれをハッキリと否定した。もちろん、襲撃時に死神をひとり倒したことも踏まえると、彼の言葉も完全に否定はできないのだが…。
これにはリアスも眉根を上げて静かに問う。
「ずいぶんとハッキリ言うのね。なにか確証があるのかしら?」
「単純な話だ。ベルディムは俺らと一緒に来なかった。ブルードが先にスカウトされていたからな。あいつは意地でも同じ陣営に行かないだろう」
「そういえば、アリッサもスカウトされたけど行かなかったって話していたな。しかしそれだけじゃ…」
「クリフォトの俺がいたチームは、サザージュが独自で動いて確立した。リゼヴィムも邪龍も関わらせなかった。少なくとも冥府と繋がる術はない。加えて、あの男が外の者と手を組むことは性格的にありえん。実力と狂気だけでなく、プライドもある厄介な奴だからな」
「しかしお前は協力した」
「サザージュにな。だが所詮は引き抜きの範囲内だ」
大一としては、サザージュがどのようにギガン達を説得して協力関係に持っていったかは想像できないわけでなかった。違いはあれど苦しい過去を持つ彼らに、勝るとも劣らない痛みを経験してきたサザージュならば説得もできただろう。それを言及したい気もするが、話が逸れるだろうと思い大一は口をつぐんだ。
一方でリアスは腑に落ちない感情を隠さずに、疑問を投げかける。
「コカビエルの話を踏まえて、三大勢力では異界の地に強力な組織や実力者がいると考えているわ。さっきからあなたの話を聞いていると、ベルディムは単独で動いているように思えるけど、他の組織と協力している可能性は無いのかしら?」
「…俺には想像つかんな。あいつは常に喧嘩を売ったり、暴れているような男という印象だ」
「組織の否定はしないのね」
マグの中身に目を落としていたギガンはわずかに顔を上げると、リアスの挑戦的な表情を見る。これには彼も少々面くらったようで、一瞬だけ唇の動きが止まったようであった。しかし間もなく紅茶に口をつけると、ゆっくりと言葉を噛みしめるように頷く。
「ああ、否定はしない」
「教えてくれるかしら?」
「構わんが俺から説明できることはほとんどない。関りが少なかったし、俺は独立者だからな」
「独立者ってどういうこと?」
「あの地には3つの勢力があるが、どこにも属していない奴らをそう呼んでいる。俺やベルディム、アリッサなんかもそうだな。そしてサザージュに引き抜かれたクリフォトのメンバーもそうだ。…いや無角は違うか」
「他にもそういった実力者がいるのかしら?」
「これで全員だ。あの地には魔力によって独自の進化を遂げた狂暴な魔物が多い。勢力の傘下にいなければ襲われるだろう。だがそいつらが来ても潰せるほどの実力がある奴らがそう呼ばれている。ブルードなんかは能力で認識を変えて、何匹か支配していたほどだ」
一行の脳裏にブルードこと大天使ハニエルが使役していた魔物が数匹呼び起こされる。特徴的かつ一筋縄でいかない相手であったことを踏まえると、あれがそこら中にいれば気も休まらないことは想像に難くなかった。加えて大一は次元の狭間から迷い込んで気絶した際に、その魔物たちに見つからないで済んだことに内心ホッとしていた。
今度は朱乃が考えを巡らせながらふと呟く。
「3つの勢力って三大勢力みたいなものかしら」
「違うな。そもそも種族で区別していないんだ。それぞれ支配する者が長年トップにいて、流れ着いた者達を傘下に入れているだけだ。互いに敵対しているわけでもないが、必要以上に干渉もしない」
この説明に、一行はどうも良いイメージがつかなかった。異界の地に流れ着いた者は過酷な経験をしている。そんな者達をさらに支配下に置くというのは、更に追い打ちをかけているような気がした。実力がものをいう悪魔の世界であるが、旧魔王時代では古くからの名家のみが力を振るう時代でもあった。そういう意味では、どこか古き慣習を思い起こされてしまう。
そんなリアス達を気にせずに、ギガンは話を続けていく。
「異界の地の中心部にひとつ、そして異界の地にある2つの出入り口にそれぞれ拠点を構えている」
「ちょ、ちょっと待て!あの地って正式な入口があるのか!?」
「当然だろう?」
ギガンは意外そうに眉を上げながら答えるが、彼の発言はかなり重要なものであった。異界の地の明確な場所は、三大勢力にとって戦力の調査に劣らないほどの重要事項であった。場所が分かれば対策を立てやすい。彼がハッキリと入り口があることを示したのは、非常に有益な情報であるのは間違いなかった。
だがそれを察したのか、ギガンは首を横に振る。
「俺に訊こうなどと考えるなよ。まず答えようが無い」
「どうして?あの地にいたあなたなら…」
「俺はサザージュの誘いに乗るまで、1度もあの地から出たことが無かった。内側から何度か見たが、どこに繋がっているのをそもそも知らん。それにサザージュが入ってきたルートも知らんし、出る時はブルードが用意した一本道だったからな」
情報を得られなかった落胆とこれまでのギガンの説明から抱く納得感の両方は、屈強な身体のごとく動じない言い方には説得力が感じられた。
さらにギガンは説明を続けていく。
「それにこれはお前たちにも利がある。場所が分かれば、必ず攻め入ろうとする奴らはいるだろう?」
「否定できないな。明確に敵対が決まっていないとは言え、先手を打つために行動したりする人がいる可能性は十分ある」
「まあ、あなたにとっては当然ね。仮にも慣れ親しんだ地を荒らされたくないと思うのは」
「そんな感傷的なものじゃない。あの地に住む勢力とやり合って見ろ。戦争状態になるのは明白だ。特にそれぞれのトップ3人は格が違う。あれはもはや生物の枠を超えているような奴らだ」
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1時間近くの話し合いを終えた一行は、ギガンに別れを告げて帰路へとつく。脱走防止のため特殊な結界を周囲に張っているため山小屋から1時間近くも歩かないと転移魔法陣の下にはたどり着かない。
体力と時間が消費されるが、行きの道中とは違ったベクトルで思考の渦へと飛び込んでいた。
「思った以上に話してくれたわね。意外だったわ」
「僕はどこまで信じていいものか懐疑的ですよ。その勢力について、彼は知らないと一点張りでしたから」
リアスの拍子抜けしたような言い方に、祐斗は小さく首をかしげる。異界の地に正式な入口があること、支配する3つの勢力、独立したメンバーたちとギガンから得た情報は確かに貴重であった。
しかし同時に不全感も抱いたのは事実であった。情報の詳細…勢力の具体的な戦力や支配者がどんな人物か、ベルディムの動向など肝心なところは不明なままだ。経歴から不信感を抱いてもおかしくない相手のため、落胆と不信も感じたのであった。
「本当に知らない可能性もある。あいつはアリッサやベルディムと同じように独立していたんだろう?だったら、それぞれの勢力に関して知らなくてもおかしくない」
「大一、あっさり信じすぎじゃない?」
「いや、道理が通っていると思っただけですよ。サザージュがスカウトしたのがどこにも属していない連中たちなのは間違いないでしょう。少なくともアリッサはどこかに属しているとは思えない生活でしたし」
「まあ…私たちが戦った相手も全員が命を懸けていた印象だった。どこかの勢力について命令でクリフォトに、というのは納得できないのよね。そんなことをやっていればお粗末すぎる。だとしても、あんなにあっさり口を割られても裏があるように感じるの」
『僕はお前らの態度のおかげだと思うがね』
リアス、朱乃、祐斗は不思議そうに大一へと視線を向ける。彼も自身の身体から発せられた甲高い声に驚き、肩から飛び出て来たシャドウを横目で見た。
『巫女が茶の淹れ方を教え、聖魔剣使いが意見を尊重し、グレモリーが尋問の相手として対応する。大一はあいつを出すために身体をかけて、上層部にもろもろ掛け合ったんだぜ。あいつの経歴は詳しくないが、人として尊重されたのは珍しかったんじゃないかな』
「それだけでそこまでなるかしら?」
『なる奴だっているさ。まともに扱われるってのは特別なことなんだよ』
「…わかるよ。だが皆が同じとは限らない」
シャドウの発言に、祐斗は静かに同調しつつも憂い気に呟く。どこか重い空気感がじっとりと出てくる汗と共につたっているような中、一行は山道を下っていくのであった。
オリ敵を出さないと持たない…。