ただ区切りが微妙な気が…。
嫌な血の匂いが鼻を撫でる。容赦ない疲労が身体をむしばむ。だがそれが気にならないほど、ベルディムの様子は気味が悪かった。骨折している左腕はかばうことなくぶらぶらと揺らしており、歯をむき出しにした笑顔はプレゼントを貰った子供のようであった。
「悪かったな。この前の聖剣使いと違って甘く見ていた。お前らは強い」
「まるで僕たちをすぐに倒せるとでも言いたげだね」
「褒めているんだ。素直に受け取っておきな」
ゲラゲラと笑うベルディムには疲れを感じさせない雰囲気があったが、それで怯む祐斗たちではない。すでに朱乃が手に魔力を溜めていることに、彼は気づいていた。わずかに龍の気も感じられることから、次の攻め手は雷光龍だろう。
そうなれば陽動をかけるのが自分の役目だと思った祐斗は、グラムを握りなおしてわずかに姿勢を低くする。手数で攻めることは先ほど行ったので、次は得意のスピードによるかく乱を狙っていた。
「あー、楽しくなってきた。もっと見せてくれ。俺を満足させるくらい引き上げてくれ」
「そこまでの余裕はないよ」
「じゃあ、こっちが出させてやるぜ」
そう言うとベルディムは腰の銃を素早く取り出し、祐斗に数発撃ちだす。弾速はかなりのものだが、彼のスピードの方が速かった。大きく回るように銃弾を避けると、そのままグラムを携えて向かっていく。祐斗としては、このまま一撃入れて離脱を繰り返すヒット&アウェイの戦法を狙っていた。あくまで足止めに徹し、朱乃が雷光龍を確実に当てる隙を作ることを考えおり、上手くいけば相手の脚も潰せるかもしれない。
だがここで銃弾を避けるために回り込んだことが仇であった。ベルディムはすぐに朱乃へと向かっていた。その速度は祐斗にも劣らないほどであり、2人は虚を突かれる形となった。
ベルディムは朱乃の左側頭部を狙うように蹴りを放つ。驚きつつも咄嗟に防御魔法陣を展開させて蹴りを防ぐものの、遅れたことにより体勢が崩れてそのまま蹴り飛ばされてしまった。
「あうっ…!」
「まだまだ小娘だな。もっと成長した方が好みだが、このまま潰すか」
「させるか!」
方向転換した祐斗が一気にベルディムに接近し、鋭い突きによる右肩を狙う。両腕をつぶして無力化を図ろうとしていたが、これにも相手は反応してきた。すぐに祐斗へと向き直ると、大鎌を取り出す。
「鎌は使い慣れてねぇって言ってんのによ」
グラムによる刺突に対して、ぐっと身体を引くと大鎌で絡めるかのようにして攻撃を受け流した。さらにグラムごと武器である大鎌を上空へと放り投げる。
祐斗の頭に相手がグラムを狙っているという発言が残っていたことが仇となり、わずかに動きが遅れた。ベルディムの長い脚がみぞおちに鋭く入り込む。一瞬、呼吸できないような痛みを感じるも、すぐに背中から地面に倒れた。
咳き込みながら祐斗は立ち上がる。いつもなら蹴り一撃でここまで倒れこむようなことは無いが、あの一瞬にみぞおちを的確に狙い、脚に魔力を纏わせて強い衝撃を撃ち出したのを実感した。センスなのか、長年の経験なのか、先ほどの手を抜いていた発言が眉唾でないことを確信した。
もっとも驚いている暇がないのは祐斗もわかっていた。相手が右手に持つ銃で殴打しようとしてきたので、すぐに雷の魔剣を生成して攻撃を防ぐ。振り下ろされる一撃はそれなりに重いものの、片腕の連撃を防ぐことは難しくなかった。
「うわっ!?」
「チッ、避けたか」
祐斗が上半身を引くと、頭のあった箇所をベルディムの血まみれの左腕が通り過ぎる。骨は折れて肩も外れているのに、その左腕で殴りつけてきたのだ。ダメージはそこまででもないだろうが、一瞬の隙が手痛いのは先ほどの蹴りで理解している。
互いに高い俊敏性と運動量で相手の攻撃を避けるか受け流しており、体力を消耗する攻防戦であった。
(でもこれなら…)
祐斗はこのまま近接戦に徹しようと考えていた。朱乃が吹き飛んだ方向はちょうどベルディムを挟むような形になる。相手を足止めしつつ、彼女の攻撃を叩きこむ隙を作るつもりであった。
幾度となく特訓をしたおかげで雷の性質は朱乃ゆずりの威力である上に、性質も似通っているためすぐに感知できる。彼女がすでに起き上がって魔力を溜めていることが分かった。
間もなく強力な一撃が来ると踏んだ祐斗は、さらに攻撃を激しくさせていくが…。
「太刀筋が露骨だな!わかりやすい男は女にはモテるかもしれねえが!」
右からの薙ぎ払いをベルディムは折れた腕で防ぐ。さらに筋肉を強引に締め上げて刃を固定した。おかげで振りきることも、引き抜くことも出来ない。
祐斗はすぐに魔剣を手放して新たに生みだそうとするが、それよりも素早くベルディムに背後へと回り込まれた。さらに血まみれの左腕を使って、祐斗の首を絞め上げた。腕には相当な痛みはあるはずだが、意に介さず曲がり具合を活かしてよりきつく絞めていく。強引に抜け出そうにも相手の方が体格よく、足も地面から離されてしまった。
「うっ…!があっ…!」
「我慢勝負といくか。俺は腕の痛み、お前は首絞めの苦しみ、どっちが先に音を上げるか…なんてな!」
「祐斗くん!」
朱乃は雷光龍を生みだすも、攻撃を仕掛けられなかった。祐斗とベルディムの位置は入れ替わっており、このまま攻撃すれば祐斗の方に当たってしまう。かと言って、攻撃の規模を弱めて多方向から攻めても効果は薄いだろう。そもそも2人の距離が近いため、祐斗を盾代わりにされてしまう。体格の差を踏まえると抜け出すのも難しい上に、ベルディムの速度も相当なものであるため回避される可能性も高かった。
攻撃を躊躇していると、堕天使の翼に強い衝撃を受ける。苦悶の表情を浮かべる朱乃は、銃口を向けていたベルディムを睨んだ。翼を撃たれたことに気づくのには時間がかからなかった。
「ただの魔力にしてはなかなかの威力だろ?この銃を使えば貫通力を高められるんだ」
「こ、これくらい…!」
「攻撃を躊躇すれば小僧が窒息し、お前もさらに撃たれる。反撃してもこの小僧を盾にさせてもらう。さあ、どうする?」
「ふざけたことを…!」
「俺はいたって真面目だぜ?だからこの戦いも楽しませてもらった。でもなぁ、他にもやることがあるし、お前ら以外とも戦いたい。となれば、そろそろ終わりにさせてもらうぜ。…あっ、礼を忘れてたな。ありがとよ、ほどほどに楽しんだ」
そう言ってベルディムは銃口を祐斗の頭に押し付ける。悪魔の身体が丈夫とはいえ、貫通力がある攻撃を頭部に受けたらどうなるかなど考えたくも無かった。
祐斗もすぐに足先に短剣を生成し後ろ蹴りを行うが、あまり力が入る体勢でなかった上に受けたベルディムもまったく意に介していなかった。
もはや攻撃を躊躇していられない。なんとか祐斗から引き離そうとするために、雷光龍を分裂させて攻撃しようと朱乃は考えた。
その時であった。地面が大きく揺れ始める。冥界で地震などまずありえないため、これには朱乃や祐斗、ベルディムですら驚いていた。それどころか揺れ自体が奇妙であった。地面自体が大きく波打っているようで、まるで強烈に動くトランポリンに乗っているかのような感覚であった。
もっともこの揺れのおかげでベルディムは腕の絞めつけが弱まり、その隙に祐斗は再び蹴りを入れて離脱することに成功した。そのまま距離を取った朱乃の隣へと降り立つ。
そして3人とも現れたひとりの男に目を向けるのであった。
「それで?」
「質問は俺の方がしたいくらいだ。何しに来た?」
静かな声でギガンが問う。巨体に見合わない垂れた目は油断なくベルディムを睨みつけていた。
「お前と話すためだが…その前に横槍を入れてきた理由を教えてもらいたい。というか、俺らが来たことがよくわかったな」
「異界の魔力を持つ者がこれだけ派手に暴れれば気づく」
「それで来てくれたと。んだよ、わりと自由に動けるじゃねえか。それじゃあ、次は邪魔した理由を───」
ベルディムは言葉を切って上を見る。ちょうど上空で爆発が起こったのだ。間もなくリアスとアリッサが、それぞれの味方の近くに降り立つ。
服が擦り切れて少し呼吸も荒いリアスに、朱乃たちが心配そうに声をかける。
「リアス、怪我は?」
「私の方はそこまででもないわ。むしろあなたたちの方が…」
「僕らはなんとか…いや、まずはあっちですよ」
一行としては穏やかでいられないのは当然だろう。この戦いはアリッサたちをギガンの下に行かせないためでもあったのに、彼の方から接触してしまったのだ。気づけばかなり小屋に近づくほど後退させられていたようだ。
一方でアリッサは疲れたように息を吐き、顔についた土埃を拭う。
「まーだ、倒せていなかったのか。俺に代われ。別の奴らとも戦いたいんだ」
「余計なお世話よ。それに一番のお目当てが来てくれたんだから、まずはそっちでしょう。久しぶりね、ギガン」
「ベルディムよりお前の方が話が早そうだ。何の用だ、アリッサ?」
「結論から言うわ。私たちと一緒に異界の地に戻りましょう」
さらりと言った彼女に対して、ギガンは全く表情を変えない。その様子にリアスたちは固まったように動けなかった。
「理由は?」
「力を貸してほしいのよ。ちょっと面倒な問題が起こってね。私たちの今後に関わることよ。あなたも含めて」
「どんなことだ?」
「彼女たちがいるところで話せる内容じゃないわ」
アリッサはリアスたちを一瞥して答える。彼女の視線にギガンは訝しそうに目を細めた。
「あいつらにも関係しているのか?」
「どうでしょうね。というか、さっきから何なの?あなたってそこまで気にするような性質じゃないでしょうに」
静かな空気が流れているが、リアスはすぐに危険であると判断する。このままではギガンは彼女たちと一緒に去るだろう。ギガンに何を期待しているかなど見当もつかないが、元テロリストを見逃すわけにいかない。
「させない!」
リアスたちが前に出ようとするも魔力の銃弾が線引きするように地面に数発撃ち込まれ、ベルディムが進路を塞ぐように歩いてくる。
「おいおい、人のお話し中に不躾だな。冥界の貴族さんよ。終わってから相手してやるから、ちょっと待ってな」
「まったく、ゆっくり話もできない…。行きましょう、ギガン」
アリッサの促しにギガンは動かなかった。代わりに疲れたようにゆっくりとため息をつくと、再び言葉を紡ぎだす。
「…行けない」
「は?」
「俺は行けない」
「…本気で言っているの?」
「本気だ。俺は兵藤大一やこいつらに借りがある。それを返すまで、裏切るようなことは出来ない」
淡々と答えるギガンに、アリッサとベルディムはいきなりビンタでも喰らったかのようにポカンとしていた。リアスたちも視線の先にいる元テロリストの巨漢の発言が意外過ぎて、同じように目を見開いていた。
間もなくアリッサが首を横に振りながら、驚きと呆れが入り混じった声で話し始める。
「いやいや、冥界にあんたの居場所があるなんて思っているの?いいように利用されているだけでしょうに」
「かもな」
「かもなって…それを受け入れているの?それともなんか面倒な取り引きでもした?外の世界に期待したところで無意味よ」
「世界には期待していない。だが…あの男には少しある」
「バカなことを…あなたは分かっていないのよ。事の問題は───」
「おいおい、もう話はついただろう」
アリッサの言葉をベルディムが遮る。ギラギラとした視線がギガンへと向けられており、口角を上げてどこか楽しそうにしていた。
「来るもの拒まず、去るもの追わず。あの地ではそういうルールでやっているんだ。そっち側につくと決めたなら、これ以上の説得は無理じゃねえか。そういうことだろう、ギガン?」
「ああ、そうだ」
「ということで交渉決裂。仕方ねえことだよな。お前が選んだ道だからよ。ただ敵対する以上は戦わなければならねえ」
「必要ならお前らともやるつもりだ」
「アッハッハッハ!そうこなくっちゃな!でもよぉ、俺に勝てると本気で思っているのか?」
背筋に冷たい感触が走るような声で笑うベルディムは、右手に持っていた銃の先を軽く噛む。その様子にギガンも警戒しながら構える。表情は大きく変わらないが、顔には冷や汗が流れていた。
「待って。ギガンが来ないと分かった以上、長居するわけにいかないわ。時間がかかりすぎた」
「関係ねえ!あいつ含めて、俺がここで潰してやるよ!」
「手の内もこれ以上さらすわけにいかないわ。そもそもリアス・グレモリーが援軍を呼んでいないという保証も無いのよ。戦いたいならこの後も機会はある。ここは撤退するわよ」
「あーあ、もったいねえな。この前もこんな感じだったしよ」
ベルディムはため息をつき、アリッサは腑に落ちない表情で素早く魔法陣を展開させる。間もなく彼女の元に小猫とギャスパーが戦っていた鎧と水晶の兵士が戻ってきて魔法陣の中に吸い込まれるようにして消えていった。
リアスたちは戸惑いつつも魔力を溜め、さらに小猫とギャスパーも彼女たちを取り囲むように降り立つが、すでにアリッサたちが立っていた場所には見たこともない紋様の魔法陣が展開されている。
去ろうとしていた2人にギガンが構えを崩さずに問う。
「誰がお前らをけしかけている?」
「敵対するあなたに教える必要がある?とにかくこっちも完全に諦めたわけじゃないから」
「答えは変わらない」
「まったく困ったものだわ…。リアス・グレモリー、勝負はお預けにさせてもらうわよ」
「あばよ、ガキども。次はもっと楽しませてくれ」
転移の光とともに侵入者の2人は消え去った。すぐに朱乃と小猫が感知するが、どうやら完全にこの周辺から去ったようであった。
「結界はまだ機能しているはずなのにどうやって…」
「もともと脱出の手段は用意していたことかしら」
疑問は湧き出る上に、相手を捕えることもできなかった。反省が多い戦いではあったが、それでもひとまず凌いだことにリアスたちは安堵し、ほぼ同時にどっと身体に疲労が襲ってきた。
そんな彼女にギガンが近づいてくる。
「礼を言う。お前らが来てくれたおかげで、無理に連れて行かれずに済んだ」
「…ここに来た私が言うのもなんだけど、よかったの?」
「ああ。少なくとも借りを返すまで、俺は大一やお前らに手を貸すつもりだ」
そう言ってギガンは小屋へと戻るために歩き始める。その大きな後姿に祐斗が声をかけた。
「お礼を言うのはお互い様だよ。キミのおかげで助かった」
「…さっさと下山した方がいい。俺の小屋には大した治療道具は無いからな」
ちらりと一瞥したギガンは再び足を進める。大一が彼を引き入れた判断が正しかったのかは分からない。ただ多少なりとも信頼してよいと確信したリアスは、眷属たちを労わりつつ下山を始めるのであった。
とりあえずリアスたちの方はここで決着です。