今回は虹夏回(当社比)です。
初めての小説執筆も、少しだけですが慣れてきたような気がします。
「もしかして...女の子...なの?」
直球すぎるほどの疑問を真正面から投げかける。
「そうだけど」
今更何、とでも言いたげに首を小さく傾けるリョウ。
その可愛らしい仕草に、思わず目を逸らす。
「気付かなかった。その...ごめん」
目を閉じて、頭を下げた。三秒とも三分とも思える沈黙が、二人の間を通り過ぎてゆく。
「私が女かどうかなんて、関係ない」
そう言って、リョウは自販機のボタンに手を伸ばす。
「そう、だよね」
リョウの言う通りだ。女子と判ったからといって、急に対応を変えては逆に失礼だ。
あくまでも一人の人間として、虹夏の友達として...?
「じゃあ、リョウは虹夏の彼氏じゃないの?」
僕が目を丸くして尋ねると、リョウは両腕を覆った長い袖で口元を塞いだ。
「ププ...彼氏...って...ププ」
「何が可笑しいんだよ」
思わず怒り口調が飛び出てしまった。でも、不思議と嫌な気はしない。
こうやってリョウに笑われるのも、もう三度目だ。
「女の子同士で付き合うって、一はそういうのが好きなんだ?」
「断じて違う」
「...まぁ、リョウが虹夏の彼氏じゃないならそれで良いんだ」
全身の力がすーっと抜けた。
...喜多さんに謝らないといけないな。
あれだけ涙を見せておいて、勘違いでしたーなんて言ったら喜多さんは怒るだろうか。
「ふーん。いいんだ」
リョウは不敵な笑みを浮かべていた。
先ほどの笑いの余韻が、まだ収まらないらしい。
「安心したよ」
謎はいとも容易く解けた。でも、まだひとつだけ残っている。
「...じゃあ、虹夏に近づくな、ってのは何だったんだ」
彼氏でもないのに、僕を遠ざけたがる理由が知りたかった。
あの日僕の体を熱くした、あの言葉の原因が知りたかった。
「...」
少しばかりの沈黙の後、リョウが閉ざしていた口を開く。
「まだ一には内緒だから」
リョウは黙って自販機のボタンを連打していた。
だが、何度押してもペットボトルの落ちる音は聞こえてこない。
リョウは屈んで空っぽの取り出し口を確認すると、こちらに手を差し伸べてきた。
「お金...無いの?」
意外だった。院長の息子...娘だから、持て余すほどの小遣いをもらっているとばかり思っていた。
こくり、とリョウが頷く。
僕は上着のポケットから金一色の500円玉を取り出して、リョウの掌にそっと載せた。
初めて触れるリョウの小さな指は、思いのほか硬かった。
♪ ♪ ♪
「解答やめ」
担任教師の号令で、コツコツと紙を叩いていた黒鉛の音が一斉に止む。
僕はふーっ、と溜めていた息を吐き、黒板の上の時計に目をやる。
学校に戻って初めてのテストは何事も無く終わった。
不安だった勉強の遅れも、どうやら心配なさそうだ。
教えてくれた喜多さん、それに院内学級の先生にもお礼を言っておかないと。
担任が教室を出るのを待って、生徒たちも飛び出していく。
僕はそれを見届けてから、ゆっくりと席を立つ。
「下村くん」
他所行きの呼び名が僕を呼んでいた。
扉の窓から赤い髪がこちらを覗いていた。
「委員長」
慣れない呼び方で喜多さんに応える。
扉を滑らせて、声の主が此方へ駆け寄ってくる。
「テスト、どうだった?」
「手応えあり、かな。喜多さんのおかげだよ」
ありがとう、と頭を下げる。それに喜多さんは、謙遜した様子で両手を横に振った。
「一くん」
二人きりになった教室で、喜多さんが僕を呼ぶ声だけが鳴りわたる。
硬い木の椅子から見上げる喜多さんの面持ちは、過去ないほどに真剣だった。
☆ ☆ ☆
「私ね、その...」
秒針が円を描く音が、心臓の鼓動を加速させる。
口から出かかった言葉の続きを探すほど、頭が重くなる。
両頬が熱い。
後に組んで鞄を提げる手の指先が熱い。
こんなことなら、懐炉なんて持ってくるんじゃなかった。
マフラーなんて巻いてくるんじゃなかった。
「一くんと一緒に帰りたいな、なんて」
がむしゃらに繰り出した小さなダイアローグは、私の想いを届けてはくれなかった。
また、間違えちゃったな。
また、言えなかったな。
胸の内に湧き出るのは、後悔と消沈のモノローグのみだった。
溢れそうな涙を覆い隠すように笑顔を作り、私は一くんに向き直る。
「もちろん、いいよ」
彼の明るい返答が、私の胸に熱を生む。しかしその熱は、一瞬にして散ってゆく。
もしも"あの言葉"を伝えていたら、同じ返事をくれたのかな。
☆ ☆ ☆
上履きを履き替えて校舎の外に出ると、雪がちらついていた。
「どうしましょう...」
喜多さんが残念そうに呟く。
鞄を開けて、ごそごそと折り畳み傘を取り出す。
「傘、あるよ」
「さすが一くん。用意がいいのね」
「にじ...友達に持っていけって言われたから」
「ふーん」
「じゃ、帰ろうか」
二人で並んで傘に入り、校門を出る。
こんな場面を見られたら少し気まずいな、と思いつつ辺りを見回す。
幸いにも人影は見当たらなかった。
「そういえばさ」
「ん?」
「今日、クリスマスイブ、だよね」
我ながら不恰好な台詞で、話を切り出す。
「この後、何か予定あったりする?」
「何もない...よ?」
喜多さんは何かを察したかのように顔を赤らめる。そんなに恥ずかしい聞き方だったのかな。
「もし良かったら、家に来て一緒にご飯食べない?」
元々、今日は伊地知姉妹を呼んで食事をご馳走する積りだった。
先日のお返しと、クリスマスパーティーを兼ねて。
喜多さんが顔を上げてこちらを見つめた。キターン、と聴こえてきそうなほどに瞳が輝いている。
「ぜひ!」
母さんに友達が一人増える、とロインして、ポケットに手を突っ込んで歩いた。
家に着くまでの十五分、喜多さんが僕のコートから手を離すことは一度もなかった。
「ただいま」
肩に積もった雪を払い落として玄関の扉を開くと、同時に虹夏が顔を出した。
「おかえり〜。お邪魔してるよー...って、誰!?」
「一くんの同級生の、喜多と申します。よろしくお願いしますね、お姉さん!」
「お姉さん違うよぉ、私は伊地知虹夏。一くんの幼馴染なんだ♪ よろしくね、喜多ちゃん♪」
ささ、二人とも寒いから早く入って、と虹夏が部屋に招き入れる。
喜多さんは玄関の框に鞄を下ろし、居間の扉を開く。
「お帰りなさい、一。と...彼女さんもいらっしゃい♪」 とキッチンから母さんの声。
「お、ついに一にも春がきたか」 とソファから星歌さんのからかう声。
喜多さんは慌てた様子で首を横に振り、先ほどと同じ自己紹介をする。
「なんだ。彼女じゃないのかよ」
と星歌さんが嘲笑うかのように僕に目をむけ、
「もう手は繋いだのかしら?」と
母さんが揶揄うように喜多さんに目を向ける。
「二人とも、喜多さんが困ってるでしょ」
僕は喜多さんと虹夏の手をひき、自室に連れ込んだ。
「僕は母さんを手伝ってくるから、二人はここでゆっくりしてて」
虹夏に目配せして、部屋を出る。
喜多さんが少し不安そうな顔をしていたけれど、虹夏となら大丈夫だろう。
キッチンに立つと、背中に星歌さんが凭れ掛かってきた。
「ちょっと、星歌さん、危ないですよ」
鶏肉を切る包丁の手を止め、後ろを振り返る。カウンターには、空っぽになったビール缶が並んでいた。
「いいじゃんかーちょっとくらい」
そう言って星歌さんは母と顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
どうやら味方は僕一人だけのようだ。
フライパンにバターをひいて、鶏肉と玉ねぎを炒める。
火が通るのを待って塩・胡椒を振りかけ、炊きたてのご飯を加えてほぐす。
木ベラで切るように炒め、ケチャップを入れて全体に馴染ませたらチキンライスの完成だ。
肩にのしかかる星歌さんの手がフライパンに向かって伸びてくるのをすんでのところで止め、ボウル卵を割ってかき混ぜる。
ーそういえば、リョウに卵焼きを作った時もこんな感じだったな。
妙な感慨に浸りつつ、塩と生クリームを加え、ムラのないようにしっかりとかき混ぜる。
再度温めたフライパンに卵液を広げ、固まらないうちに菜箸でササっと混ぜ、破れないようにそっとチキンライスを包んだら完成だ。
♪ ♪ ♪
一が部屋を出た後、二人はベットに並んで腰掛けたまま、沈黙の時を過ごしていた。
いつもなら初対面の相手とも気軽に話せるのに、今日はなんだか気まずいな。
「あっ!これ、ピアノじゃないですか?」
喜多さんが差した指の先には、白鍵の黄ばんだ電子キーボードが置かれていた。
「ああ、これね」
「昔はよく一が弾いてくれたんだ〜。私のドラムとセッションしたりもして。最近は、あんまり聴く機会もないんだけどね」
「そうなんですか?私は先週も一くんの演奏を聴きましたけど」
「へ?」
思わず変な声を出してしまった。
「どうして喜多ちゃんが一のピアノを?」
「一くんのお見舞いに行った時、病院のピアノを」
「なるほど」
一くんが演奏を披露するのは私だけだと思っていたから、ちょっぴり悔しい。
「...仲良いんだね」
天井を見上げる。私の部屋と同じ天井だ。
ー同じマンションなんだから、当然と言えば当然なんだけど。
「羨ましいなぁ」
私の呟きが何かに引っかかったのか、喜多ちゃんはキーボードを撫でる手を止めてこちらに向かってきた。
「伊地知先輩は、一くんとどういう関係なんですか?」
私の肩を掴んで揺さぶり、鋭い目つきで尋ねてくる。
その真剣な顔つきに気圧され、慌てて返答を探る。
友達...というほど浅い関係じゃないし、恋人...というほど熱い関係でもないよね。
残る答えは必然的に一つ。
「幼馴染だよおさななじみ!断じて喜多ちゃんが想像してるような関係じゃないよ!」
「そうなんですか?それなら、いいんですけど...」
喜多ちゃんは私の肩から手を離し、よたよたと座り込んだ。
その双眸からは怒りの感情が抜け落ち、悲しみの感情へと変わっていた。
それから、何か覚悟を決めたように一人こくんと頷いて、こちらに向き直った。
「伊地知先輩は、一くんのことをよくご存知なんですよね...?」
「うん、よく知ってるよ。たとえば、すっごく泣き虫な所とか? 私が小学生の頃なんか、毎日のように洋服を涙で濡らされたもんだよ」
まあ、普段は妹全開な私がお姉ちゃんっぽくなれる唯一の相手だから結構嬉しかったんだけどね。
「じゃあ、恋人についてとか...も?」
「勿論知ってるよ。まぁ、まだ中学生だから、彼女はいないみたいだけどね。」
「そう、なんですか」
ろ、露骨に嬉しそうだ、この子...。
「私、もう一度挑戦してみます!」
喜多ちゃんは立ち上がって拳を握りしめる。
何を、なんて聞くのが野暮ったく思えるくらいバレバレだよ。...一は気付いていないみたいだけど。
♪ ♪ ♪
「「いっただっきまーすっ!」」
「「「いただきます」」」
5人で食卓を囲み、オムライスをつつく。
「って私のだけケチャップが星じゃねーか。子供かっつーの」
星歌さんの目の前のオムライスには、ケチャップで星の形が描かれている。母の仕業だ。
「作ってもらっておいて文句言わないの。あと飲み過ぎ」
妹に窘められる姉。身長差さえ考えなければ、どちらが姉だかわからない。
「どうかな、喜多さん」
僕は恐る恐る喜多さんにオムライスの出来を尋ねる。
「美味しいです。すっごく!」
「よかった」
僕はほっと胸を撫で下ろした。その様子を見た母が微笑む。
不味い料理を出してもし喜多さんに嫌われでもしたら、学校で生きていけないからな。
「私には訊かないの?」
虹夏がむすっと頬を膨らませて怒ったように言う。
「虹夏はいつでも食べられるだろ?」
と返せば、虹夏は「それもそうだね♪」と嬉しそうに頬を萎ませる。
実際、虹夏は少なくとも週に一度はここで食事を摂っていた。
「二人だけで通じ合っちゃって、ずる〜い!」
今度は喜多さんの頬が膨らんだ。
「そーだそーだ!」と酔い声の野次が飛ぶ。
「ま、まあまあ。喜多ちゃんもまた遊びにおいでよ♪今度は私の部屋も紹介したいしね♪」
「はい、先輩!」
僕が料理をしている間に、二人はすっかり打ち解けているようだった。
食後のクリスマスケーキを食べ終わる頃、星歌さんは心地よさそうに船を漕いでいた。
星歌を寝かせてくるから、と母は星歌さんを連れて部屋を出て行った。
「そうだ、二人に渡したいものがあるんだよ」
「なになに〜?もしかして新しいドラムセット!?」
「そんな巨大なものはこの袋に入らない」
「じゃあ、ダイヤのネックレスとか?」
「そんな高価なもの買えないよ」
はやくはやく、とせがむ二人の手にそっとプレゼントの包みをのせる。
「二人には...いつもお世話になってるから。その...メリークリスマス」
「いえ〜い!」
パシャッ。二つ並んだ小さなカメラレンズが、二人をフレームに捉えてシャッターを落とす。
画面に映るのは、真っ赤なベレー帽を被った虹夏と、真っ白なベレー帽を被った喜多さん。
やっぱり虹夏は可愛いなぁ、なんて頬杖をついて眺めていたら、喜多さんに手を引かれた。
「一くんも一緒に撮りましょ!」
「いや、僕はいいよ」
「いいからいいから」
虹夏が手招きするので、仕方なく僕もフレームに収まった。
「じゃあ撮りますよ!せーの、
「「「メリークリスマス!!!」」」
♪ ♪ ♪
ブブー、ブブー。
ベットの上のスマホが、音をたててリョウにロインの受信を知らせる。
のっそりとスマホに手を伸ばし、通知をタップする。
「この前のお返し♪」
というメッセージと共に送られてきたのは、虹夏と一の、笑顔のツーショットだった。
( ⩌_⩌.)<ベレー帽は至高、異論は認めない
ここの喜多ちゃんは?
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可愛い!
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最高!
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重い...
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可哀想...