待て！ 止さぬか！ 儂じゃなかったら死んでおるぞ！！

案内を得た。

　被身子は四月まで暇じゃ。高校受験に合格したあやつは、廻道家で長い春休みを堪能中じゃ。ただ中学の卒業式に出なかったのはどうかと思うぞ。まぁ、わざわざ卒業式の為だけに東京に戻るのが面倒なのは分かるが。

　とにかく。被身子は暇を持て余しておる。なので今は、嫁入り修行も兼ねていつもより精力的に家事をやっておる。もう教えることは無いと、母から免許皆伝されておるのにのぅ。掃除や洗濯、夕飯の仕込みを済ませたあやつは、空いた時間でお菓子作りをするようになった。これが中々に凝っているようでの。今日もおやつが楽しみじゃ。今日は何かの？　しゅうくりいむか？　ぷりんか？　何でも良いぞ。被身子の菓子は美味なのじゃ。

　で。数日掛かりの引っ越し作業も終わり、今日から新たな中学校に通う儂はと言うと……。

　向かいの家の不良息子、爆豪勝己を舎弟にした。腹を痛めて我が子を産んだ母親を、婆あ呼ばわりするとはどういう神経をしておるんじゃ貴様。その言葉遣いと態度が直るまで儂は許さんぞ？

　反抗期なるものが有るのは知っておる。学校で学んだ。思い返せば儂にも反抗期があった。前生の話じゃがな。殺し損ねたわ。

　今生？　あんな素晴らしい親に、子として反抗する理由が無い。術師としては無論逆らう。母が怖がらなくて良いようにする為じゃ。

　……子を育まぬ親は死んで良い。大切に出来ぬならそもそも産むな。腹立たしい事にそういう親は、この時代にもおる。これ程生きやすくなった世の中で、何故に子を邪険にするのじゃ。無関心でおられるのか。理解が及ばぬ。

　うむ。やはり儂はこう思う。親に恵まれた子供が親を婆あ呼ばわりは無いじゃろ、と。

「ところで、ここはどこじゃ？」

　我が家の前、もしくは爆豪家の前から被身子の制止を振り払い被身子を置いて出発したのじゃが……。見覚えのある校舎がやたら遠くにあるの。はて、おかしいな？　道は覚えていた筈なんじゃが……。

　しまったのぅ。被身子に「道なら覚えておる。前に行ったから大丈夫じゃ」なんて豪語してしもうた。付いて来て貰うべきじゃった。だって儂、すまほとやらの使い方が分からんからな。

「……てめえ……道分かってねえのかよ……！　そうじゃねえかとは思ってたけどよ！！」

「思うたなら口に出せ小僧。役に立たん舎弟じゃなぁ」

　お陰で学校が遠いではないか。激怒した顔で凄んでも無駄じゃ無駄。まるで怖くない。可愛いもんじゃな。よく吠える犬のようじゃ。

「誰がてめえの舎弟だっ！！」

「儂より強くなってからほざけ。寝言は寝て言うもんじゃぞ爆豪」

　しかしここ、どこじゃ？　見たところ住宅街のようじゃが……見覚えがあるような無いような……。ああ、夜中に通ったかの？　なら、大丈夫じゃな。ここからどう歩けば折寺中学校に着くのか儂は知っておる。あっちじゃ、あっちに進めばええんじゃ。

「そっちじゃねえわ！　どこ行くつもりだてめえっっ！！」

「……なら早いとこ案内せい。遅刻するじゃろ」

「もう遅刻なんだわ！！　あといい加減に手を離せチビ！！！」

　あ゛？

「貴様……今、何と言うたか……？」

　ちび。は、身長が低い者への侮蔑じゃったな。この期に及んでまだ儂の機嫌を損ねるのかこやつ。ちょっと呪ってやろうかのぅ？　いや、その口が開けぬように赤縛しておくべきか。

　未だ胸ぐらを掴み続ける儂の手を振り払えぬ分際で。よかろう。今から貴様を―――。

「はい。そこまでです」

「おぶっ」

　誰ぞ！？　背後から儂の頭に手刀を落とした不躾な輩は！！　今の儂は虫の居所が悪いんじゃ！！　何者かは知らぬがついでに呪うぞ！！

　……あ、被身子。

　いつの間にか背後に立っておったのは、被身子じゃった。冷ややかな笑顔をするな。その笑顔は後輩に恐れられてるんじゃぞ。

　……いかんの。これはいかんぞ。被身子がこの笑顔をした時は、大抵ろくなことにならん。どこか人気の無いところに連れ込まれるか、怒られるかの二択じゃ。せめて前者であってくれ。いや、やっぱりどちらも嫌じゃ。

　儂は学校に行くんじゃ！

「心配で付いてきたら……なんでこんなとこまで行っちゃうんですか？　円花ちゃん、相変わらず方向音痴ですねぇ」

「付いて来てたならもっと早く声をかけんか。あと儂は方向音痴では」

「どの口が言いますか」

「んぐっ」

　唇を指で摘ままれてしもうた。喋れん。せめてもの抵抗に、頬を膨らませて睨むことにする。あとな被身子、儂は方向音痴ではない。ちょっと人より道を覚えるのが苦手なだけじゃ！　何度も通れば流石に覚える！　誰だってそうやって道を覚えるものじゃろう！？

「……ごめんなさい爆豪くん。円花ちゃん、怒ると何も見えなくなっちゃうのです」

　おい被身子。何故そやつには微笑むのじゃ。儂には？　なあ、儂には？

「……ッチ。気にしてねえわクソが！！」

　……貴様。

「円花ちゃん、ストップ。あとそろそろ手を離してあげてください」

「止めるな被身子！　許せぬ！　儂こやつ許せぬ！！」

「だから駄目なのです。円花ちゃんが前にその顔した時、とーっても大変な事になったんですよ？

　また輪廻ちゃんとおじさんに怒られたいんですか？　迷惑かけたいんですか？

　……それに今度は……、私も怒るのです」

「……」

　……、それは嫌じゃな。両親と被身子に怒られたくない。怒られるのは嫌じゃ。迷惑をかけるのもじゃ。

　分かった。分かったよ。諦める。大人しくする。これで良いんじゃろこれで。ほら、小僧から手を離したぞ。ひとまず見逃してやるから、怒らないでくれ。

「はーー。悪かったな爆豪。貴様があまりに気に食わなくて、短絡的になってしもうた。済まん」

　取り敢えず謝罪はしておく。悪かったのは儂じゃ。いや儂を怒らせたのはこやつじゃが、どんな形でも手を出したのは良くないな。大人が子供に手をあげるなど、儂がもっとも見たくない光景じゃ。あのような輩と同じにはなりたくない。そんな姿は、被身子にも両親にも見せられん。

　最近の儂は、些か子供っぽいかもしれん。儂は大人じゃ。前生の歳を含めれば、七十を越えておる。所謂老害とか言う輩にもなりたくないのぅ。頭が固くて若者に不快感しか与えんような爺では居とうない。

「どうでも良いわクソが！」

　……こやつ。さては頭が狂っとるな？　ちっとも態度が良くならん。謝罪してる者にその態度はどうなんじゃ？

　自由の身となった爆豪は、踵を返して学校の方に向かっていく。儂も向かうとするかの。もう遅刻じゃが、ちゃんと行かねば心配されるからのぅ。

「……どーーでもいいけどよぉ！　てめえの世話、バ……お袋に頼まれてんだわ！！　案内してやるから付いてこいやクソチビ！！」

　……。落ち着け。落ち着けよ、廻道円花。二度も同じ理由で怒るわけにはいかん。あやつはやっぱり許せぬが、怒るのは無しじゃ。案内してくれると言っとるのじゃから、大人しく付いて行けば良い。

「……良かったのです。あの子と友達になれそうで」

「いや、あんなのと友達になりとうないが？」

　真(まこと)に願い下げじゃ。舎弟になら、してやっても良い。あやつの目は好ましい。あれで呪術師だったら良かったんじゃがのぅ。呪詛師でも良いぞ。どちらにせよ、思う存分呪い合えるからの。

　しかし被身子よ。何故儂があやつと友達になれそうなどと言った？　儂はお主だけでも手一杯なのだぞ。あやつと友人になる暇など無いわ。だいたい、儂が男子と仲良くしてると直ぐに嫉妬するじゃろ貴様。

　なーにが円花ちゃんは私の物です、じゃ。お主が儂の物なのじゃぞ。そこんとこ勘違いするでないわ！

　で、この日の夜。

　儂が入浴してると、素っ裸となった被身子が突撃してきた。そして噛み付いてきた。痛みもあるが、こそばゆい。

　っん、止めんか。吸いながら背中を指で撫でるな。変な感じがするじゃろっ。ちょっ、こら……っ！　あっ！

　寝る時間になると、首や胸にこれでもかと痕を付けられた。勿論それだけで済む筈がなく……。儂はこれでもかと愛でられたもんじゃ。駄目とは言わんが少しは加減しろ。恥ずかしいんじゃぞ。

　あと！　目立つところに、きすまあくを付けるな馬鹿者っ！

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何度でも言うぞ。続きなど無い。(挨拶)

円花は反省が出来る子です。だからいっぱい迷子になれば迷子にならなくなります。尚、両親やトガちゃんからストップがかかる模様。

ところで思ったんですけど、キスしやすい身長差を12cmとするとトガちゃんから－12cm……つまり145cm！？　お？　これは？　145cmって事で良いですかね……！？