待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!! 作:一人称苦手ぞ。
「あ゛あ゛あ゛」
震える。あぁ、震える。風呂上がりの後、被身子とあれこれとして。で、もう一度温泉に浸かって。その後、
何をするにしても、健康第一じゃからの。うむ……。お陰で、体力が有り余ってる徘徊呆け老人と言われることもあったが。誰が徘徊呆け老人じゃ、まったく。
「ふへぇ……」
温泉旅行は良いのぅ。幾らでも気が抜けると言うか、何と言うか。しかしいつまでも気を抜いては居られない。明日になれば、儂はほおくすに会うからの。あやつのことじゃ。どうせ、何かろくでもない事を企んでいるに違いない。こんな甘い餌を用意して、儂を罠に嵌めようとしとるんじゃろ? 分かるんじゃからな?
まぁ、餌に釣られたのは儂じゃけど。見事に釣られてしまった気がするの。そこは気に食わん。気に食わんが、この温泉旅行自体は素晴らしいものじゃと思う。儂一人だけの招待じゃったら楽しくも何とも無かったかもしれんが、被身子がおるからの。それだけで何十倍も楽しくなると言うものじゃ。
「ん、んん……っ。結構良いですね、これ」
浴衣の上に茶羽織を着た被身子が、口を開いた。儂の隣で、
「気、に、入った、かぁ?」
「ん、ふふ。円花ちゃん、震え過ぎですよぉ」
仕方ないじゃろ。椅子に揉み解されるとるんじゃし。それにお主じゃって、震えてるじゃろ。だらしない顔をしおって。
それにしてもこの椅子、幾らするんじゃろうか? 父に贈っても良いかもしれん。あと、被身子の為に買うのも吝かではない。ここ最近、使い道の分からん金が増え続けているからの。結婚式の為に貯蓄しては居るんじゃけど、そもそも結婚式って幾ら必要なんじゃ? そこのところは、調べておらん。まるで分からん。
まぁ儂が十八歳になる頃には、かなりの額になってることじゃろう。金額を気にする必要は無さそうじゃ。
それと。気乗りはしないが、恐らく結婚式は二度上げることになる。母が余計な事を被身子に吹き込んでいる気がしてならんのじゃ。振り回されるのは儂なんじゃぞ、まったく。
「ほんと、おじいちゃんなのです。あ、今はおばあちゃん……ですかねぇ」
「今は子供じゃよ。あばばば」
全身に伝わる振動が変化して、変な声を出してしまった。気持ち良くはあるんじゃけど、こうも一斉に全身を揉まれる感覚は少し気色悪い気がしないでもない。まさか、柔らかな椅子に座るだけで全身を揉み解されるとはのぅ。こんな感覚は初体験かもしれん。
……いや、何人もの子供達に一斉に揉まれたことが有るような、無いような……。あれは擽ったかったのぅ。
なんて、思っていたら。椅子が動かなくなった。何でじゃ? 壊れたか? そんな馬鹿な……。
「あ、時間なのです。どうでした? マッサージチェア」
「……悪くないの。父が骨抜きにされてた理由も分かる気がする」
「そうですね。トガもそう思うのです」
被身子が椅子から立ち上がったので、儂も立ち上がるとする。……おぉ、何か体が軽い。ような? 被身子も、憑き物が落ちたかのような顔をしておる。肩凝り、良くなったようじゃの。やはりこの椅子、購入するべきかもしれん。いやしかし、こんなものを置く場所は寮に無い。居間に置くのもどうかと思うし、ううむ……。父の分はともかく、被身子の分は要検討としておこう。小さなやつとか無いんか? 便利な道具が山程ある時代なんじゃから、
なんて考えつつも、被身子の手を握ってさっき自販機で買った飲み物片手に部屋へと向かう。そう言えば、さっきからすれ違う他の利用者はその殆どが男女の
「あれ? あの子ブラッディじゃない?」
「あ、ほんとだ。ブラッディー」
「は? 頼皆じゃっ。覚えろたわけ!」
誰とも知らん奴に、変な呼び名で呼ばれるものじゃから訂正しておく。まったく、誰じゃぶらっでぃなんて呼び名を広めた阿呆は。……ほおくすか。許さん、許さんぞ翼男を……!
「すっかり有名人になっちゃったのです。私の円花ちゃんなのに……!」
被身子が唇を尖らせて、盛大に不貞腐れた。おい、何でここで拗ねるんじゃ。と言うか有象無象、儂の被身子の機嫌を損ねるんじゃない。後で大変なのは儂なんじゃけど??
「まぁまぁ。有名じゃろうが何じゃろうが、儂は被身子のものじゃぞ? まぁお主も儂のものじゃけど」
「……まぁ、それはそうなんですけどぉ……」
すっかり拗ねてしまっている。これは、機嫌を直すのに苦労しそうじゃ。今の儂は、表向きは平和の象徴の後継者じゃからのぅ。外を出歩いたら変に注目されてしまうのは仕方ないところではあるが、被身子がこうも不機嫌になるなら考えものじゃ。その辺り、考えていなかったの……。いかんいかん、どうにかしなければ。
拗ね切った被身子と部屋に戻ると、扉を閉めるなり横から
まぁ、良いか。好きにさせてやろう。別に嫌では無いし。
「……今夜は、寝かせないのです……!」
いや、そこは寝かせて欲しいんじゃけど。明日、面倒なことになるのは確実なんじゃし。ほおくすに会う時間は……確か明日の昼頃じゃったか? なら良いか。朝になったら昼近くまで寝てれば良いんじゃ。朝風呂にもゆっくり浸かりたいところじゃけど、被身子がこんな様子じゃからの。それはまたの機会ということで……。
って、こら。帯を緩めるな。儂が着ている浴衣を
「……布団、敷き直します?」
「後でじゃ、後で。さっきしたじゃろ」
「むー! 私は何度したって良いのですっ」
ぐえっ。押し倒された。駄目じゃ、止まらん。やはり被身子が一度でもその気になったら、儂には止められん。結局いつも通りになるんじゃなぁ。良いけど。こうやって求められるのは、嬉しいものじゃから。
こうして。まさかの二回戦が始まろうとしている。夜にもすると考えると、最低でも後一回は抱かれることになりそうじゃ。もう少しこう、我慢を覚えてくれぬかのぅ。
……無理か。じゃって、被身子じゃもん。
◆
二回戦を終えた後。また温泉に浸かって、今は部屋でのんびりと過ごしている。被身子が添え付けの
茶も入れてもらったことじゃし、机の上に置いてあった温泉饅頭を開けてみる。って、なんじゃこれ。饅頭のくせに、やたらと固い。古過ぎて生地が固まっているのでは? いや、そんなものを客に出す宿なんて前代未聞じゃろ。なんじゃこれ、食べて平気なのか? もしかして、賞味期限がとっくの昔に過ぎ去っているのでは……。
「あ、これはかりんとう饅頭ですね」
「かりんとう饅頭……?」
「えーっと、確か発祥は平成で……和菓子の中では比較的新しいものなのです」
平成? それは……平安と比べたら近代じゃの。それでも、遠い昔の時代であることに変わりは無いんじゃけども。
取り敢えず、食べても問題無さそうなのは確かじゃ。ではさっそく、いただきますっと。
がりっ。
……がりっ? おい、饅頭の食感では無いぞこれ。何で固いんじゃ。生地が固くて甘い。まさか、生地がかりんとうなのかこれ。で、中には餡子が入っていると。甘い、物凄く甘い。噛む度に音が鳴る饅頭は、果たして饅頭なのか……? まぁ、不味くはない。不味くはないが、ここまで甘ったるいのは如何なものか。
お茶、お茶を飲もう。口の中が甘ったるいんじゃ。
ずずずっ。……ふぅ。お茶、美味いの。被身子が入れたお茶じゃからの。不味い筈が無い。
「すっごい甘いですね、これ……。お茶が進むのです」
「そうじゃな。甘ったるい……」
「お茶、もう少し渋めに入れればよかったですねぇ……」
それは……。まぁ、そうかもしれん。別に、今淹れてくれたお茶でも十分とは思うが。
「そう言えば、ヨリくんって昔は何食べてたんですか?」
「何じゃ急に」
「たまには、あれこれ聞いても良いかなーって。ほら、昔の事はあんまり話してくれませんし」
「いや、話したじゃろ」
「細かいところを知りたいんです。ヨリくんのことは、何でも知りたいの」
……昔話を、しろと? 自らを語れと?
まぁ、休憩中の話題にはちょうど良い……のか? 別に昔話なんて、聞いても面白くないと思うんじゃけどな。被身子は、過去の歴史に興味なんて持たなさそうじゃし。特待生として勉学の上では頭に詰め込んではいるが。って、あぁ。儂……加茂頼皆について知りたいのか。生きている時代と名前が違うだけで、儂は儂なんじゃけどな。廻道円花を知っているなら、加茂頼皆も知ってるようなものじゃと思うんじゃけども。
「それで、何を食べてたんですか? 今と違って、食生活はどう違いました?」
「何って……。まぁ、それこそ毒茸から野生動物でも何でも。流石に人間は食っとらんが」
「え? 毒きのこ……? ですか……?」
おい、何じゃその顔は。別に毒茸ぐらいで、青ざめることは無いじゃろ。
「うむ。毒茸。ほら儂、一度旅に出ると次の村とか街に着くのに、かなり時間が掛かるからの……」
別に迷っていたわけではないが。迷っていたわけではないぞ? その時に行きたい方向に好き勝手歩いていたってだけで。まぁそれも、案内役が居ない時の話ではある。三十になった頃には、儂を一人で出歩かせようとしない輩に付き纏われて居たからの。
「食べたら死んじゃうかもしれないものを、食べてたんですか……?」
「うむ、食べてたな。結構美味いぞ?
「あぁ、反転術式って解毒も出来るんですね。なら食べても……うぅん……。……よく、おじいちゃんになるまで生きてましたね……?」
「今の時代じゃって、毒茸はもはや食用じゃろ。八百屋で売ってるではないか」
「あれは完全に解毒されてるものですよぉ。それに、どちらかと言うと珍味の部類で一般の食卓には出回らない代物で……」
「そ、そうか……。反転術式を覚えたら、まず毒茸を食うのが定石なんじゃけどなぁ……」
あ、そうじゃ。今度、おおるまいとに毒茸を食べさせよう。毒物の特定と除去。
「それは呪術界だけの定石なのです……。幾ら大丈夫でも、どうしても飢えて死んじゃうって時以外は食べちゃ駄目ですからね??」
「この時代、食うには困らんじゃろ。何処でも食べ物は売っとるんじゃし」
あの頃は、食うに困る事が多かった。というのも、何ヶ月も野道を突き進むものじゃから、次第と持ち運んでいた食料が尽きてしまっての。目的地に辿り着くまで、何度餓え死にそうになったことか。あまりに腹が減り過ぎてどうにかして呪霊を食えないかと試行錯誤したことすらある。
今思うと、よく餓死しなかったものじゃ。当たり前に三食食べることが出来るこの時代に生きていると、かつては恐ろしい事をしてたんじゃなと思う。いや、宿儺と向かい合うまでよく生きていられたの……。
「そういう怖いポンコツな話じゃなくて、楽しいポンコツの話を聞きたいんですけど……」
いや、怖いぽんこつって何じゃ。あと、楽しいぽんこつって何じゃ。そもそも儂はぽんこつではない。違うったら違う。いい加減、ぽんこつ扱いするのは止めて欲しいのぅ。父と一緒にするのも、止めて欲しい。あんなぽんこつと同列に語られるのは、流石に嫌じゃ。
「まぁ、何でも好き嫌いなく食べた。特に食べる機会が多かったのは……鹿とか猪とか木の実とか。山の幸を頼りにすることは多かった気がするの」
うむ、その辺りはよく食べたの。ここ十六年は口にしていないが、食べることは出来るのか? 久しぶりに食べてみたい気もするが、どうなんじゃろうか。牛や豚に鶏。それら家畜の肉が当たり前に市場に出回ってる今、わざわざ獣肉を買い求める理由もそこまで無い気がするの。
「……もしかして、山で遭難したりしました?」
呆れた顔をされた。何で過去の一部をかい摘んで語るだけで呆れられてしまうのか。解せぬ。あと、山で遭難したことなどない。一つの山を越えようとして、一ヶ月ほど山に住まうことになっただけじゃ。あの時はあの時で、中々に大変じゃったのぅ。なんたって、噴火が多い山じゃったからの。いつ噴火するか分からなくて、冷や汗をかいたものじゃ。
「いや、遭難などしとらんて。あぁでも、
「隆之……? って、誰です?」
「儂の、九人目の案内役。まぁその、ほら。儂は……方向音痴……、じゃろ? 勝手に付いて来て、勝手に道案内する奴が何人もおっての。
……隆之は、一番最後の案内役じゃった」
懐かしいの。鮮明に思い出せるのは、隆之の事ばかりじゃ。何せ一番最後の案内役で、もっとも長生きした筈じゃからの。恐らく、儂の死後に儂が作った集落へ帰った筈じゃ。あの集落、どうなったんじゃろうな。儂が死んだ後も、長く存続してたなら嬉しいが。そう言えばこの時代、集落というものは存在してるのか? 村ぐらいはまだあると思いたいが、街並みを見るにどこもかしこも儂の知る街とは大違いじゃ。建物の形も、人の多さも。何なら地面すら違う。気温もそうじゃ。変わらないものがあるとすれば、空ぐらいのもので。
……いかんな。昔を思い出して、変な事を考えてしまっている。今さらあの時代とこの時代を比較しても、何にもならん。それは無駄な思考じゃ。
「その人って、どんな人でしたか?」
「どんなって……。そんな事を知って、どうするんじゃ」
「だって。きっと、ヨリくんを放っておけなかった人ですよね? ある意味トガの先輩みたいな人ですし、知っておいても損は無いかなって」
「……ただの小生意気な子供じゃよ。才能はあったが、儂は呪術師としては育てんかった」
儂の案内役を名乗り出た者は、全員呪術師としての才能を持っていた。持っていたが、命を救ってくれた儂の力になりたいと無茶をする子が多くての。大抵が大人になって間もない頃に、命を落とした。
儂が助けて、儂が殺したようなものじゃ。直接の死因は呪霊や呪詛師と戦ったことじゃったとしても、戦う術を教えたのは儂じゃ。時典には特に厳しく接したが、それでも大人になって直ぐ……呪詛師から子供を庇って死んだ。なんでどいつもこいつも、儂のように子供を守ろうとしたのか。そして、勝てもせぬ格上に挑んで命を捨てるのか。儂はそんな事をして欲しくて、命を助けたわけじゃない。
「最後の案内役ってことは、その。……ヨリくんが、死んじゃうまで一緒に居たってことですか?」
「そうじゃよ。儂の死後、隆之がどうなったかは知らん。
まぁ、したたかな奴じゃったから長生きしたんじゃないのか?」
儂が死んだ後の事は、当然じゃけど何も分からん。分かる筈が無い。じゃって儂は、縦半分にぶった斬られて死んだんじゃから。今になって当時の事を調べたって、何も出て来ないじゃろう。知りたいとも思わん。過去は過去。儂が過去に対して出来ることは、思い出して懐かしむことぐらいじゃ。
それに。変えようの無い過去よりも、どうなるか分からぬ現在を大事にするべきじゃ。
「うーーん。調べたりしたら、案外出て来たりしませんかねぇ……」
「しないじゃろ。流石に、歴史に名を残してるとは思えん」
「ですよね。出て来たら、流石にびっくりなのです」
なんて言いながら、
「まぁ、出て来ませんよね。当然ですけど」
「じゃろうな。出て来る方がおかしい」
隆之がどのような人生を辿ったかは、儂にはどうしたって分からんことじゃ。調べようにも、平安時代の資料などろくに残っとらんじゃろ。何年何十年どころか、千年以上……二千年近くも昔の話じゃ。事細かな歴史の資料なんてものは、残ってないじゃろ。残ってる方が驚きじゃ。
「……ヨリくんの事、もっと教えて欲しいのです。男の子だったんですよね? どんな顔をしてたんですか? 背丈は? 体重……は分かりませんよね。それから、えっと……」
「じゃから、いきなりどうした? そんな事を知ってもじゃな……」
「だから、ヨリくんの事は何でも知りたいんです。ひょっとして、駄目……ですか?」
「……まぁ、別に話しても良いが」
「ぃやったー! じゃあ、いっぱい教えてください! 隅から隅まで、全部ですからね!」
ぜ、全部……? いや、それは流石に気恥ずかしいと言うか、単純に面倒と言うか……。まぁ、適当に掻い摘んで話すとするかの。儂の人生を事細かに語ろうにも、思い出せない事じゃってある。むしろそちらの方が多い。詳しく覚えていることなんて、それこそ強烈な印象を抱いた時ぐらいの事で……。
……まったく。仕方ないのぅ。どれ、少し昔を思い出すとするか。ええっと……、まずは儂の見た目から? ううむ……。それは、どう説明したら良いものか……。あの時代にも鏡はあったが、儂には無縁じゃったからの。まぁ水面に映った顔なら何度も見たと思うが。自分の口から自分の容姿を説明するとなると、何と言ったら良いものか。
あ、でもひとつ。確かに言えることはあるの。筋肉質で、背丈は高かった。あの当時の大人の中では、じゃけどな。取り敢えず、それから語るとしようかの。
円花、根掘り葉掘り聞かれるの図。次回は別に過去編ではありません。それはまぁ、いずれダイジェスト的な感じで書こうかと思いますが。書けるのは果たしていつになることやら!
三人称による補完は要りますか?
-
欲しい
-
要らん
-
良いから一人称で突っ走れ