待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!!   作:一人称苦手ぞ。

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入学の前に。

 

 

 

 

 

 この一年で、折寺中学校への道程は覚えた。一年もあれば方向音痴が過ぎる儂でも流石に覚えられる。……覚えとるよな? 覚えてる筈じゃ。覚えてる覚えてる。そこまで子供では無い。

 と、家を出るまでは思っていたんじゃがのぅ。ううむ……迷った。これはやらかしてしまったの。いつぞやに舎弟が投げ渡して来た手書きの地図は持ってきたんじゃけれど……どこで道を間違えたかの? 地図の通りに進んでいたら、見知らぬ場所に来てしまった。

 

 ……まぁ良い。今日の夜までに帰れば良いんじゃ。相変わらず、夜間の外出は禁止されておるからの。

 

 両親や被身子には悪いと思うが、儂は四時半頃にこっそり家を抜け出した。夜中に出たかったんじゃが、それをやると怒られてしまう。

 寝ている被身子の腕の中から、被身子を起こさずに抜け出すのは苦労した。玄関から出ようとすると誰かに引き留められる可能性があったから、部屋の窓から静かに出た。お陰で今は、さんだるとか言う履き物を履いておる。大きさが儂の足に合っとらんから、少し歩きにくい。

 儂は明後日、雄英高校に入学する。じゃからその前に、どうしても夜に確かめて起きたいことがあったんじゃよ。

 

 春の夜は……もう夜じゃないのぅ。朝日が見えるから夜とは言えんかの。冬の夜、いや朝か……と、比べたら寒くない。念の為に着込んできたが、無駄じゃったかのぅ。

 

 さて、折寺中学校はどこじゃったか……。ここは何処じゃ? 儂、何処をどう歩いて来たっけ?

 

 ううむ。直すべきじゃな方向音痴。一人で出歩けぬのは問題じゃて。地図すら読めんとは……。儂、よくあの時代を生きていけたの。我ながら謎じゃ。

 

「……ん? 海か?」

 

 いつか辿り着くじゃろうとふらふら歩いておったら、潮の匂いを感じた。耳を澄ませば波の音が聞こえる。どうやら儂は、学校に向かうつもりが海に近付いてしまったらしい。確か……学校とは真逆だった気がするの。なら、ここから真逆の方向に突き進めば良いんじゃな。

 よし、問題無い。方向は覚えた。今度こそ目的地に辿り着いて見せようぞ。

 

「てめえこら! こんなとこで何しとんじゃ!!」

 

 学校へ向かう為に見覚えがあるような無いような住宅街を歩き始めると、背後から聞き覚えのある声がした。振り返ってみると、じゃあじ姿の舎弟がおったわ。まだ両手の包帯が取れていない。とんでもない面をしているのは……相変わらずか。

 

「おお、舎弟。ちょうど良かった。学校まで案内してくれんかの?」

「何で学校向かっとる奴が朝からこんなとこほっつき歩いてんだよ!! てめえ本当に方向音痴を直せえ!!」

 

 ……朝からうるさい奴じゃのう。真に態度が直らん奴じゃ。あれだけ父に絞られて、家族に迷惑をかけてそれか。ちょいとばかり呆れるの……。

 と言うかじゃな、貴様。儂と接触禁止じゃろうが。ああいや、儂が迷子の場合に限り別じゃったか。

 

 少しばかり前。半月程前じゃったかの。儂は舎弟に襲われた。実際は違うが、そういう事になってしまった。これが結構ないざこざになってしまってのぅ。廻道家と爆豪家で二度の話し合いが起きた程じゃ。結果、大事にはならなかったんじゃけどな。こやつの将来が。

 それと、被身子はこの話し合いに参加させていない。いや、儂の嫁として一度は同席したんじゃが……儂が追い払った。今にも小僧を刺しそうじゃったからの。

 爆豪家との話し合いは、両家の要望が通ったところで幕を下ろした。

 

 儂の父が被害届を警察に出さない代わりに、爆豪勝己に出した条件は三つ。

 

 ひとつは、こやつから儂への接触禁止。ただし儂が迷子の場合及び学校の授業や行事で必要な場合に限り、接触することを許されておる。

 

 ひとつは、儂に謝ること。未成年が外で個性を使い、人に危害を加えた。これは許されることでは無い。儂としては謝罪など要らんかったのじゃが、こやつは謝らざるを得なかった。

 被害届けなんぞ出されたら、雄英に入れなくなってしまうからの。流石に謝りおったわ。とは言え。

 

 何が「……ッチ。悪かったな……」じゃ。

 

 頭は下げんかったし、口は悪かったし、最後は爆豪婦人に頭を叩かれていたがの。

 その光景を見た儂があっさりと許していなければ、父が更なる激怒をしていたかもしれん。後で事の顛末を聞いた被身子は、激怒しておった。宥めるのが大変じゃった。宥める程に拗ねていくんじゃよ、あやつ……。

 

 で、最後のひとつ。これが問題じゃ。

 

 雄英での三年間は、儂に絶対服従。

 

 とのことじゃ。接触禁止を言い渡しておいて、尽くせとはこれいかに。

 

 ……いや、父の言いたいことは分かる。儂の気持ちを汲んでくれたんじゃろう。儂からの接触は禁じられていないからの。

 何かあれば、最悪こやつにも頼れと言う意味も少しはあるじゃろうて。

 

 ただまぁ、儂は誰にどう言われたところでこやつの面倒を見るつもりじゃよ。実際そのつもりで、爆豪夫妻に頭を下げたんじゃ。

 

 じゃから。小僧に儂への絶対服従を誓わせたのは、父としては苦肉の策じゃろうて。何だかんだで、父も母も儂のやろうとしている事を完全には奪い去らない。呪霊を祓いたいならひいろおになれと言っておったが、それまでの間に呪霊を祓うなとは言っとらんし。そもそも儂、呪術師としては両親の意向には逆らう所存じゃ。

 

 当然。今回の件は、儂にも罰が与えられた。ただこれは、罰と言えるのか怪しいの。

 あの時、爆豪婦人が言ってくれた言葉はしっかり覚えておる。

 

『なまじ何でも出来たから、薄っぺらいとこばっか褒められちゃって。なのに、ここまで来ちゃったのよ。この子の周りに居た子はね、この子をろくに咎めなかった。学校の先生なんかもね』

 

『でも円花ちゃんが怒ってくれたから、この子……私をお袋なんて呼ぶようになってねえ。この件だって、こう見えて意外とヘコんでんのよ。女の子にこんな子を任せるなんて気が引けるけど……貴女が良ければ、もう少し教育してあげて』

 

『あ、何しても良いから。今回みたいな事にならない範囲だったら、ご自由にどうぞ。このお願いが、我が家から円花ちゃんに望むペナルティってことで』

 

 儂、小僧の態度よりもこっちの方が頭に来た。殺そうかと思った。爆豪夫妻が、目の前で息子を見放そうとしていると思ったんじゃよ。

 じゃけど直ぐ、そんな意図は無いと気付いた。両親揃って羨ましいぐらい優しい目で、小僧を見ていたんじゃよ。

 

 だから。どちらかと言えば、これは見放すのではなく我が子に試練を与える感じじゃと気付いた。成り行きを見守ろうとしているようにも感じられた。そういう教育方針なのじゃろう。そんな両親に、何だかんだで小僧は信頼を置いているように見えた。

 

 我が子を大事にしてるから、深くは干渉せず基本的には放任する。じゃけど、いざ何かあったら全力で我が子の為に動く。

 ……そんな親も、世の中にはおるんじゃなあ。知らんかったよ。儂が殺した連中の中にも、そんな奴がおったのかもしれんな。

 

「小僧。貴様はもっと親に感謝したらどうなんじゃ? あんな親、そうそうおらんぞ?」

 

 あんな親が、前世の儂の親じゃったらなあ。もう少しまともな人生を送れていたじゃろうか?

 いや……呪術師の家系に生まれた時点でそんな道は有り得ぬか……。夢を見るなよ。過去は、変わらんのじゃから。

 

「……るっせえ。言われなくても分かってんだよ」

「ならば尚更、行儀良くしとけ。

 ……で、舎弟よ。学校どっちじゃ?」

「いつになったら道を覚えるんだてめえ」

「仕方ないじゃろ。こうして外を歩いていると、あっちこっちに目が行ってしまうからのぅ」

「目の前の道だけ見ろや!!」

 

 そう言われてものぅ。貴様に見えぬものが儂には見えとるんじゃ。無視は、出来ないじゃろ?

 

 

 

 

 

 

 

 さて。儂、折寺中学校に来た。舎弟がそうしろとうるさいから、一度家に帰って制服に着替えた。朝の四時半に家を出て、学校に辿り着いたのが七時半。とんでもない遠回りをしたもんじゃな。家からここまで、真っ直ぐ歩けば三十分もかからないと言うのに。

 

 で、じゃ。舎弟に道案内された儂はお目当ての備品室に来た。ここは相変わらず、誰のものかも分からん残穢で満ちておる。また調べたところで何が得られるとも思えんが、心残りは残したくない。一年と少しだけ世話になった校舎じゃ。お礼も兼ねて、出来ることはしておきたいのぅ。

 

「ううむ、分からん。なあ小僧、この部屋に何か感じるものはあるか?」

 

 改めて備品室の中をぐるりと見渡してみたが、感じられるのは残穢だけじゃ。こんな強力な残穢を残すような呪霊が居たなら、ここの呪霊を祓った晩に儂が見逃すことはない筈じゃ。ならば、これは何じゃ?

 

「……ああ? ただの備品室だろうが」

「貴様に聞いた儂が馬鹿じゃった。何か見付けられる筈無かったわ、すまん」

「あ゛!? 余裕で見付けられるわ!!」

 

 いや、無理じゃろ。呪霊も見えない一般人が何か分かるわけないじゃろうて。

 

 儂の一言で激怒した舎弟は、今にも爆発しそうな面構えで備品室の中を歩いていく。まぁ放って置くとしよう。儂ももう少し、この場所を調べて……。

 

「おい。天井見ろ天井」

「天井?」

 

 何か気付いたらしい。言われるままに天井を見上げてみるとそこに有ったのは……。

 

 天井じゃな。天井以外の何物でもない。何に気付いたんじゃこやつは。……いや待て、何か一部分、天井が剥げているような。違うか、剥げた天井を後で補修したような痕跡があるの。

 

「穴が空いてんな。雑な補修してあるけどよ」

「……ほお。ほれ舎弟、ちょいと肩に乗らせろ。調べてみる」

「机が積み上がってんだろうが!! 登れ!!!」

「うるさいやつじゃのう。もう少し静かに出来んのか……」

 

 役に立つんだか立たないんだか分からぬ奴じゃ。まぁ些細な物を見付けたことは褒めても良いかの。後でおやつでも分けてやろう。

 まだ怒り狂っとる小僧をそのままに、儂は近くに積み上がっている机を足場にして天井へと近付く。

 

 うむ。やはり天井が剥げたところを補修したようじゃな。にしては雑な補修の仕方じゃ。指が入れられそうな程度に穴が空いておる。引っ掛けて、引っ張ってみるかの。

 

「よっと」

「ぶわっ!? てめっ!! やるならやれって言えぇ!!」

 

 力任せに天井を引っ張ると、埃が落ちた。真下に居た舎弟に直撃してしまったわ。すまんの小僧。わざとじゃないんじゃ。白々しいが真じゃぞ? わざとじゃないんじゃ。わざとじゃ。

 謝るのは後にせねばな。今、儂の目に映ったのはとんでもなく濃い残穢じゃ。視覚にここまで映るとはのう。これは……無視出来ぬな。

 

「小僧。ちょっとここから出ておれ。それとここで何が起こっても、入ってくるなよ」

「あ゛ぁ!?」

「良いから出ておれ。儂、ちょっと見てくるわ」

 

 体が小さくて助かったの。背が高ければ中に入れんところじゃ。軽く呪力で体を強化して、儂は穴の中に体を突っ込む。天井の中、或いは二階の床下は……当然暗い。

 

 ……何も無いのぅ。雑魚呪霊はちらほら見えるが、それは無視じゃ。下に戻る前には祓うがな。

 

 ううむ。何も無い。何も無いぞ。多分……奥に何かあったような気がするの。誰かが何かを持ち出したか? まさかのぅ……。

 

 うむ。分からん。何にも分からん。戻ろう。あ、雑魚呪霊。貴様は逝ね。

 

 

「どっこいせ」

「だっ、てめっ!!」

「む?」

 

 おおなんじゃ舎弟。まだおったのか。出て行けと言うたのに、仕方のない奴じゃのう。ところで、貴様そんなところに立っていると儂の下敷きじゃが? 何を慌てた顔でこちらを見ておる。受け止めるか避けるかせんか、たわけ。

 

 おぐっ。

 

 そんなところに突っ立っておるから、腰がぶつかったではないか。受け止めるつもりならもっと綺麗に受け止めんか貴様。

 

 まっこと、仕方ない小僧じゃの。

 

 ああそれと、この天井は貴様が直してくれ! 儂には出来んからの! 出来んからの!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ひとまずかっちゃんは両家公認の舎弟となりました。良かったね。……良いのか?
かっちゃんの改善は時間かけてやるしかないので、今のところはそのつもりです。

三人称による補完は要りますか?

  • 欲しい
  • 要らん
  • 良いから一人称で突っ走れ

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