待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!! 作:一人称苦手ぞ。
『おわぁ!? 頼人っ、肝が冷える悪戯は止めろと何度言えば……!』
『逃げろぉっ。兄ちゃんが怒った怒ったっ』
『逃っげろぉっ。ぁはははっ』
『比奈まで加担したのかこれ!? おい待て、俺から逃げれると思うなよ……!!』
―――三人の子供が、古めかしい和屋敷の中で駆け回っている。同じ服を着た双子が、違う衣を纏った子供が、楽しそうに……嬉しそうに。これが幸せな光景であることは、誰よりも儂が分かっている。柔らかな陽だまりの中に居るかのような、心地好いそよ風に撫でられて居るかのような。
きっと、誰もが一度は……こんな幸せの中で笑みを浮かべる。この楽しい時間に終わりが有るなんて事も知らずに、自らが幸せを感じているとも知らずに、無邪気に笑うんじゃ。
双子に悪戯をされた小童が、楽しげに笑って逃げ回る双子を取っ捕まえた。それから二人を抱き締めて、そのままぐるぐると回り始める。で、直ぐに転んだ。それでも、双子をしっかりと抱き締めて……転んだことすら嬉しそうに笑っている。
『ほぅら捕まえたぞ、悪い子等めっ』
『へへへっ、捕まえられちゃったなぁ……!』
『もぉおっ、呪力使うのは狡でしょっ』
『ふふん。お前達も、さっさと呪力強化を覚えるんだなっ』
……三人の子供が、幸せそうに戯れている。誰もが笑顔で、誰もが楽しそうで。それが懐かしくて、つい笑みを浮かべてしまう。そして直ぐ、胸が痛む。この先に何が待ち受けているのか、儂は知っているから。この果てに何が待ち構えているのかも、知っているから。
どうにか出来るのなら、してやりたいと思ってしまう。どうする事も出来ぬのに、それでも……手を伸ばしてしまう。
小童も、双子も、儂の存在には気付いていない。儂は直ぐ側に居るのに、三人の目に儂は映らない。
分かっているんじゃ。これが、あの日々をなぞる夢じゃってことを。こんな光景は、もう二度と儂の前には現れないってことも。この幸せを噛み締めることは、もう無いんじゃってことも。
何故じゃ? どうして……。どうして今更、こんな夢を……。
『兄ちゃんは強いからなぁ……。でも悪戯には、いっつも驚く間抜け者なんだよねっ』
『そうそう、間抜け間抜けっ。でも、優しくしてくれるから大好きっ』
『は? 誰が間抜けだって?? 間抜けって言う奴が間抜けだろっ』
あぁ……。今も、こうじゃったら良かったのに。こんな幸せの中に居れたら良かったのに。今有る幸せに、不満があるわけではない。両親や被身子と、友人と過ごしていく日々は……生まれ直した儂が得た新たな幸せじゃ。比べることなど出来ぬ、大切なものじゃ。なのに、目の前に広がるこの光景を、……この幸せを。もう一度、と思ってしまう。もう一度だけでも、と考えてしまう。
被身子を、ひとりの女性として愛している。両親も、家族として愛している。くらすめえと達じゃって、嫌ってるわけではない。むしろ、好いているんじゃ。
廻道円花は、幸せの只中に居る。その幸せを、大事にしたい。して行くんじゃ。
じゃから。じゃから……っ。
もう、良いんじゃ……っ。もう、儂は此処に戻れない。過ぎ去った過去をどうにかする方法なんて、何処にも無いんじゃから。
儂の居場所は―――。
儂が、居たい場所は―――。
『忘れるな』
幸せな光景が、赤黒く塗り潰される。血の垂れ幕が、何もかもを穢し尽くしていく。
やがて、幸せな光景は……地獄としか言いようのないものに変わっていく。血の海に浮かび上がるのは、子供達の骸。儂が助けて、儂が殺したも同然の子供達が、儂を見るように……浮かんで来た。
『忘れるな』
―――うるさい。
『忘れるな』
うるさい。
『忘れるな』
うるさい……!
『お前は、この光景を忘れるな』
―――っっ!!
◆
「―――っ!? はぁっ、はっ……、は……っ……!」
跳ね起きる。酷い、夢を見た。胸が締め付けられて、息苦しい。身体中が汗に濡れて、気持ち悪いなんてものではない。……酷い寝汗じゃ。幾ら熱を出したからって、幾らなんでも……。……うぇっ、気持ち悪い。頭が痛い。熱はまだ引いとらんようで、とても起きていられぬ。今……何時じゃ? どのくらい寝ていた?
「ふ……っ、ふぅ……はぁ……っ」
何とも、情けない姿をしているの。まさかまた、風邪を引く羽目になるとは。今朝になると、高い熱が出た。ここ最近、……と言うか今年は、やたら風邪を引いている気がしてならない。日頃から
特に今回のは、医者曰く心労が祟ったらしい。そこまで精神的に疲弊した覚えは無いんじゃけども、儂の意思はともかくとして風邪っぴきになってしまった。うぅむ……解せぬなぁ……。
あぁ、もう。気分が悪い。最低じゃ。まだこの島の産土神信仰を解決してないのに、休んでる場合じゃない。被身子は……? 部屋の中には見当たらん。体は、……うむ。気分が最低なのと、汗をかいて不快なのと、頭が痛いこと以外は……問題無いの。いや、有る。立ち上がってみると、視界が酷く揺れた。目が回っているのも追加じゃ。しかしまぁ、個性を全開で使った時程……ではない。
じゃったら、うむ。……動ける。風邪などで寝ている場合……ではない。まだこの島で、儂はやる事が有る。それは誰にも任せられん。かと言って、被身子やながんを連れて行く気も今はしないの。
「……んくっ。うぇえ……っ」
部屋から出ようと歩いてみれば、気分が悪くて敵わん。ふと、枕元に置かれたお盆が目に入る。水と……薬か? 被身子が用意してくれたんじゃろう。薬は嫌いじゃけど、今は大人しく飲んでおくとする。
動くこともしゃがむことも、今は一苦労じゃけど。大人しく寝ていた方が良いのは分かっているが、どうにもそんな気分になれない。夢見が悪かったせい……じゃろうか?
―――、いや。……違う。
「……はは……っ」
自嘲する。何をやっとるんじゃろうな儂は。何をして来たんじゃろうな儂は。今日まで、絆されていたのじゃと……思う。被身子に愛されて、子供達と出会って。幸せの中で過ごして。じゃから、忘れていたんじゃろう。忘れたつもりなんてなくとも、思い返すことは無かった。それを……儂は許せない。儂自身を、許せない。
違えるな。
誤るな。
逃げるな。
儂がして来た事を、儂が忘れることは許されぬ。許されたいなどと思うな。お前は……加茂頼皆は。子供を守り、助けろ。
……行こう。動こう。赤鬼を祓わねばならん。かつての儂を模した、あの気色悪い呪霊を祓ってしまわねば。そもそも、その為に……この島に来たんじゃから。
渋々と、薬を飲む。不味い。何でこんな物を、わざわざ飲まねばならんのか。最低最悪な気分なのに、更なる追い打ちを掛けられた気分じゃ。それに、……真っ直ぐ歩けぬ。視界が揺れて、半身が壁にぶつかった。それでも、歩むことを止めたいとは思わん。体は動く。立ち上がり、歩けるのなら、寝ている場合ではない。
「……おい、何してるんだ……!」
壁に持たれながら歩いていると、ながんの声がした。慌てて駆け寄るかのような足音が、聞こえる。やがて、足が見えた。直ぐ目の前に、ながんが居る。それを押し退けようとすると、そのまま膝から床に落ちた。おい……、止まるな。動け。倒れている場合ではないじゃろ。
「渡我、直ぐ来い! 他にも誰か来てくれ!」
うる、さい……。喧しい……。頭に響くから、黙ってくれ。
足音が、増える。他の誰かも、この場に近づいて来てるようじゃ。何なんじゃ、どいつもこいつも。今は放っておいてくれ。頼むから、独りにさせてくれ。大丈夫じゃから。儂は、大丈夫なんじゃ。
「ちょっ、円花ちゃん……! 寝てなきゃ駄目ですよぉっ。まだ、熱が引いてないんですから……っ!」
あぁ……。被身子に、見られてしまった。今の姿を見られたら心配されるって、少し考えれば分かるのに。なのに動いて、心配させてしまったの。そんな声を出さないでくれ。余計に胸が締め付けられる。ただでさえ、夢見が悪くて胸が痛いままなのに。
「……部屋まで運ぶ。渡我、医者を呼んで来てくれ。熱が上がってる」
「っ……、はい……!」
おい、離せ……。離せ、このたわけ。部屋に戻そうとするな。このまま、儂に赤鬼を祓わせろ。海辺の祠とやらを見付けて、さっさと終わりにさせてくれ。じゃから、邪魔をしないでくれ。勝手に抱え上げるな……!
「どうし―――、おい。病人はちゃんと寝てろ」
あぁ、もぅ……。苛ついて来た。部屋に戻されるのもそうじゃが、何で今この状況で相澤の面まで見なければならんのか。貴様の面を見るぐらいじゃったら、被身子に心配されてる方がずっと……。……いや、それはそれで嫌じゃ。
ぐぬぬ、気持ち悪い。頭が痛い。動きたいのに、四肢の力が抜けた。これでは、ながんの腕から逃れるどころではない。くそ、こうなったら後でこっそり抜け出すしかないか。
動け。動け、動け。立ち止まることは、許されん。でなければ儂は、儂は―――。
視界が、黒くなっていく。意識が薄れていくのが分かる。気を失ってる場合か、たわけ。しっかりしろ。儂がすべき事を、儂がやらねばならん事を、成し遂げなければ。呪霊を祓い呪詛師を殺し、それから……。それ、から……っ。
『っとに。過去に囚われ過ぎなんだよ、あんたは。あんたがこんな姿になることを、誰が望んだよ?』
ふと、懐かしい声が聞こえた。幾ら体調不良じゃからって、幻聴まで聞こえて来なくても良かろう?
……じゃけど。幻聴でも、何でも。また隆之の声を聞くことが出来たのは……嬉しく思う。
『良いんだよ。そこまでしなくたって。あんたはもう、十分助けたんだ』
それが夢か、現かは分からぬ。じゃけど。
呆れた面をした隆之が、儂を見ていた。
三人称による補完は要りますか?
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欲しい
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要らん
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良いから一人称で突っ走れ