待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!! 作:一人称苦手ぞ。
「終わってみれば、あっという間でしたねぇ」
そろそろ出港する、船の上。甲板の柵に寄り掛かり、未だ復興作業中の那歩島を眺めながら、被身子が呟いた。確かに、終わってみればあっという間じゃった。随分長くこの島に居たような気がしないでもないが、実のところは二週間程の滞在じゃ。この島の産土神信仰について調べて回り、悪党を取っ捕まえ、復興作業に協力し、赤鬼を祓い、果ては観光大使に就任。そして撮影。この島で起こった出来事は、中々に色濃いものじゃったと思う。じゃから、少し名残惜しく感じるんじゃろうか? 或いはこの島の成り立ちが、後ろ髪を引くのか。
この島は……。那歩島は、儂が助けた子供達が移り住んだ島じゃ。よくもまぁ、こんなところまで来れたものじゃの。平安時代の船旅は、決して楽なものではなかったじゃろうに。思えば、何でこんな所に移り住んだんじゃろうな? 隠れ住むだけなら、他にも選択肢は有った筈じゃ。日本から遠く離れた島にわざわざ逃げ込むような事態があったのか? それとも、ただ単にこの島を選んだだけなのか。
まぁ、考えたところで分からん。これは、当時生きて居た者にしか分からぬことじゃ。思えば、随分遠くに来てしまった気がするの。場所ではなくて、時代の話じゃ。平安時代と、超常時代。この二つの隔たりは、余りに大き過ぎる。どうせ生まれ直すなら、殺された直後にして欲しかったものじゃ。そしたら、ほら。生きてる隆之や子供達に出会えたかもしれんしの。
過去に未練が無いと言ったら、きっと嘘になる。呪術師は、悔いを残して死ぬものじゃからな。儂自身、悔いの残る死に方をした。もっともっと両面宿儺と呪い合って、楽しんで。その上で、勝ちたかった。加茂家を継いで、変えたかった。どちらも叶わぬ夢じゃったけどな。それに、今更どうこうすることも出来ん。どうしたって過去には帰れないんじゃから、この後悔を拭い消すことは出来ん。
……ちっ。思い出したら苛ついて来た。今更過去を思い出して感傷に浸るなど、我ながら何をしているのやら。過去は過去。大事なのは、今と未来じゃ。過去との関わりなど、今更持ったところで仕方ない。
「この島に来て、良かったですね」
「……そうか? 儂としては、大分気色悪い島じゃったぞ?」
「もぅ。こんな素敵な場所を、そんな風に言っちゃ駄目なのです」
……素敵、か? 素敵な場所と思うには、気色悪さが先に出てくるが。じゃって、儂を信仰して儂そっくりの呪霊を産んだ島じゃぞ? 呪術師としては、喜ばしいことではない。なのに被身子は、この島が素敵な場所じゃったと口にする。まったく、何を考えているのやら。相変わらず、こやつが考えていることは分からん。
潮風に揺らる髪を手で押さえながら、被身子はじっと儂を見詰める。何じゃもぅ、言いたい事が有るなら口にせんか。
「……私は、素敵な場所だと思いました。だって、ヨリくんが遺した場所ですから。
那歩島は、ヨリくんが頑張り続けた証なんです。そう思ったら、素敵としか思えませんよぉ」
「過去は過去じゃろ? それに、この島に子供達が移り住んだのは、……儂が死んだ後の話じゃ」
「もぅ。分からず屋っ。そんな風に言っちゃ駄目なのです!」
「んむっ」
顔を顰めた被身子に、頬を抓られた。思いっきり力が入っとる。少し痛い。そ、そんなに怒らなくても良いじゃろ……? 何で不機嫌なんじゃお主っ。
「過去は大切なものです。それだけに拘っちゃうのは良くないけど、だからって蔑ろにするのは違うの。
私は、円花ちゃんとの日々が有ったから今が幸せなんですっ。それまで蔑ろにするなら、おこですよおこ!」
「ひゅ、ひゅまん。わるひゃった」
「ほんとにそう思ってます?」
「おもっひょふっへ」
「……むーー……。とにかく、過去を蔑ろにするのは駄目ですから。ちゃんと大切にしてくださいっ!」
「……相分かった。気を付けよう」
痛い。まさか全力で抓られるとは。しかし、そうじゃな。被身子の言うことは、きっと正しいんじゃろう。過去は過去と割り切ってるが、じゃからって大切にしないのは違う……のかもな。被身子との日々は、こやつと重ねて来た過去は、大切なものじゃ。であれば、あの頃の記憶も大切にするべき……なんじゃろうな。思い返してみれば苦く苦しい思い出を大事にしなければならんのは、何とも難しいと思うが。
『忘れるな』
……。……鬱陶しい。言われんでも、分かっとる。儂は忘れん。あの光景を、あの地獄を、忘れたりなんかしない。儂がすべき事は、昔も今も変わらない。じゃから、黙れ。日に日に近付いてくるな。いちいち言われんでも、儂はやるべき事を変えたりはしない。子供を助け、守る。それだけは、何が起きても変わったりしないんじゃ。
ここ数日。時折、幻聴が聞こえる。かつての儂が、忘れるなと言い聞かせてくる。何で今、こんな形で過去が追い掛けてくるのか。今まで、こんな事は……。
「じゃあもう一回聞きますけど、この島に来て良かったですよね?」
「……ん。そう……かもな。色々有りはしたが、別に悪い事ばかりでも無かったの」
今着ている、神主の手で仕立て直された羽織り。後腰に帯びている脇差し。この二つを回収出来たことは、喜ばしいことじゃ。隆之が儂に遺したものじゃからな。それを、あの神主に授けられて……。羽織りはともかく、今後この脇差しを使う機会が有るかは分からん。分からんけども、儂が所持していようと思う。
そうすることが隆之の、そしてあの神主の……何より被身子が望んでいることじゃから。
「羽織りも脇差しも、大事にしなきゃ駄目ですよ? ね?」
「……うむ。それも気を付けるとしよう」
「ほんとのほんとに、大事にしなきゃ駄目ですからね?」
「分かっとるって。無下には扱わんよ」
そんなに釘を刺す必要は無いと思うが。って、おい。疑うような眼差しで儂を見るな。無下には扱わんから、そんな顔をしないでくれ。そんな面をするよりも、お主は笑っていてくれ。でないと、困る。どうしたら良いか分からん。
「……まったくもぅ。ヨリくんは仕方ないのです」
……うぅむ……。それをお主が言うのか。でもまぁ、許す。少し呆れたように、じゃけども柔らかく笑ってくれたから。
なんて思いつつ被身子の笑みを見詰めていると、静かに抱き寄せられた。また島を眺め始めたから、儂もそれに倣うとする。
「……那歩島は、ヨリくんが紡いだ場所なのです。観光大使としても、みんなが大好きだったヨリくんとしても、大切にしてあげてください。ねっ?」
「ん……。こんなものを残して欲しくて、助けた訳じゃないんじゃけどなぁ」
「助けられたからこそ、どんな形でもお礼がしたいんですよぉ。感謝してるから、何より大好きだったから、きっと何かしたかったんです」
……分からんなぁ。命を助けられたからって、何もそこまでする必要は無いと思うが。感謝するなとは言わんけど、感謝し過ぎるのも良くないと儂は思うんじゃけど?
それに。そんな暇が有るなら、まずは幸せになるべきじゃ。儂が助けた子供達は、その後全員が幸せになれたんじゃろうか? そうじゃったら、嬉しく思う。
「ヨリくんは、愛されてたんです。それはちゃぁんと、自覚してくださいね?」
「……ん」
「あと。この時代でヨリくんをいっちばん愛してるのは私だって、忘れないでくださいっ」
ぐえっ。なんじゃもぅ、急に強く抱き締めおって。そんなの、言われんでも分かっとるんじゃけど?
今の時代、つまり今生で儂を最も愛してくれてるのは被身子じゃ。どんな時でも側に居ようとして、儂を支えようとして。お陰で、すっかり被身子無しでは生きれん体じゃ。心じゃって、とっくの昔に奪い去られてしまったし。
こやつは、儂に幸せをくれる。知らなかった幸せを、教えてくれる。それが喜ばしい。喜ばしくて、もっともっと……と、思ってしまう。
「お主こそ、一番愛されてるのは自分じゃって自覚してくれ」
「んふふっ。してますしてます! ヨリくんは、ずぅっとトガにメロメロですもんねっ」
「……それは、お主もじゃろ」
「私はあの時から、ずーーっと惚れ込んでますからっ」
ぐえぇっ。じゃから、息苦しくなる程に強く抱き締めるのは止さぬか。顔が胸に埋もれるんじゃ。こうされると、息がし辛いんじゃぞっ。いつか窒息死させられそうな気がしないでもない。少し加減というものをじゃな……!?
いや、まぁ……。これはこれで良いんじゃけども。こう、苦しいぐらい抱き締められるのはそれはそれでどこか喜ばしい部分が……。
「……はぁ。また座敷牢に入りたいのか?」
被身子に好き勝手させていると、ながんの呆れた声が聞こえた。何とか顔の位置を動かして声がした方を見てみれば、呆れた面のながんが近寄って来ていた。
「船に座敷牢は無いじゃろ」
「さっき、クリエイティが創りに行ったが」
「はぐぐらいなら放り込まれんじゃろ?」
「あんた達はもう少し、人目を憚ってくれ。公序良俗って言うだろ? 次に公共の場でしでかしたら、特待生剥奪になるって聞いたぞ」
あっ。そ……そうじゃった。いかんいかん、それだけはどうしても避けねばならん。しかしじゃな、
「まぁまぁ。剥奪されたら、もうその時はその時かなって」
「いやいや、良くないじゃろ……!」
「愛と特待生なら、愛が優先なのです!」
いや、そこは流石に特待生を優先しないと良くないんじゃけど? お主じゃって、今更実の両親に頼るような真似はしたくないじゃろ? 特待生が剥奪されてしまったら、学費とか寮費とか諸々どうするつもりなんじゃ。流石に廻道家にそこまでの余裕は……。
……無い、と言ったら嘘じゃな。最悪、儂が支払えば良いか。任務を繰り返していると、使い道の無い金が増えてく一方じゃからの。被身子の分の学費を支払うことぐらい、全然出来る。あと一年と数ヶ月分ぐらいの学費を払っても、儂は苦にならん。
と言うか。お主、勉強は大丈夫なのか? しっかり成績維持は出来とるのか? 少なくとも那歩島に来てから勉強はしていなかったような気が……。
なんか……色々と心配になって来たの。大丈夫じゃよな? こやつ。
「そんな事より、ちゃんと見納めしときましょうよぉ。この島は、素敵で特別な場所なんですから!」
そんな事て。そんな事で済ませて良い事では無いんじゃけど? まったくこやつは、好き勝手に振る舞うんじゃから。少しはこう、落ち着きをじゃな?
……なんて、最近の儂が言えることでも無いか。どうにも被身子が好き過ぎて、収まりが付かんし。こうなってしまった責任は、しっかり取って貰うが。
それはそれとして。
しばらくは、この島を見ることは無いじゃろう。儂も見納めておくとするか。観光大使である手前、またこの島に足を運ぶことにはなるんじゃろうけども。それはそれで面倒に思うが、担ぎ上げられてしまったのなら仕方ない。こうなったら、いっそ流されてしまうことにする。決まってしまった事を覆すのは、それはそれで面倒なものじゃし。
こうして。あれやこれや、なんやかんやと有った任務は終わりとなる。赤鬼は祓った。この島に根付く産土神信仰は、妙な方向に変化した。もう呪霊が産まれることは無いと思いたい。途中、悪党を取っ捕まえることになるとは思わんかったがの。隆之の遺産だって、想定外じゃった。いや、そもそもじゃ。この島の成り立ち自体が、儂にとっては想定外でしかない。この島で起きたことも、想定外の連続じゃった。
……まったく。隆之の阿呆め。あやつはあやつで、仕方のない奴じゃよ。まっこと、そう思う。けれど―――。
―――許してやる。この遺産を、使ってやる。貴様が遺したものは、作り上げたものは。これからは、儂が見てやろう。そうすることが、きっと。
儂を愛した小僧への、手向けになるじゃろうからな。
産土神信仰編はこれにて終わりです。気が付いたら、長い事書いてましたね。こんなに話数が膨らむとは思わなんだ。
本当は産土神信仰編で加茂頼皆:昇華を使いたかったんですが、相応しくないなと諦めました。いずれ何処かでリベンジします。或いはこの辺りの話、諸々書き直したいところですね。そんな余裕はありませんが。書き直すとしたらそれは完結後です。
次回から敵連合側の視点になります。こちらについてはサラッと纏めたいとは思ってます。そんな考える時間が有るかは分かりませんけど! 明日の更新は多分無いです。三人称を一夜で書ける気がしないので!
三人称による補完は要りますか?
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欲しい
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要らん
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良いから一人称で突っ走れ