待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!! 作:一人称苦手ぞ。
「その、輪廻さん。二人は、大丈夫なんですか……?」
「まぁ、最終的に良い方向に向かうことは分かってるから。ごめんなさいね常闇くん、うちの馬鹿娘達が迷惑かけて」
泣きぐずる廻道円花と欲求不満を晴らそうとする渡我被身子が、血の匂いで満たされた私室で肉欲に溺れている頃。普段愛娘達が過ごしている寮の居間で、常闇踏陰と廻道輪廻はソファに腰掛けて向き合っていた。
輪廻の顔には、疲労が色濃く出ている。その理由は、部屋を出た後で雄英教師達に今日起きた事を説明したり頭を下げたりしたからだ。
「……いえ。俺は廻……円花さんの友ですから。このくらいの事で、迷惑になんて思いません。むしろ、もっと頼って欲しいぐらいで……」
今の円花、そして被身子の現状を知っても何も出来なかった踏陰は、膝上で拳を握り固め、歯噛みしている。結局彼は、友として円花に何もしてやれなかった。後輩としても、黙って見ていることしか出来なかった。横から口を挟もうとしても、ただ二人を見守ることしか出来なかったのだ。
他のクラスメート達よりも、踏陰は円花を知っている。円花の扱い方も、心得ているつもりだった。でも実際は、いざと言う時に何もすることが出来なかった。友として、支えることすら満足に出来ない。そんな自分に、彼は憤る。強く握った拳が震えて、放っておけば血が滴りそうな程に。
そんな子供を目にした輪廻は、悔しさに震える踏陰を静かに見詰める。その様子はまるで、 彼の何もかもを見透かそうとしているよう。
……否。実際のところ、輪廻には見えているのだろう。或いは、聞こえているのかもしれない。今、常闇踏陰の魂が何を叫んでいるのかを。
「……本当、ごめんなさいね。あの子、人に頼れないのよ。どうしても頼りたくないの」
「存じ上げてます。彼女がそうなった理由は、少しだけ教えて貰いましたから」
「それは、円花本人から?」
「いえ、渡我先輩に。那歩島で、色々とありまして……」
踏陰は、那歩島で起きた出来事を思い返す。あの島で起きたことの中で、特に印象的だったことを幾つか。もっとも衝撃的だったのは、何故円花がクラスメート達を頼らないのか。無理矢理遠ざけてでも守ろうとするのか。その理由を聞いた時の事を思い出して、踏陰は眉間に皺を寄せる。どころか、更に強く歯噛みして今度は俯いてしまう。
「……そう。色々と有ったのね。まったく、あの子は本当に馬鹿なんだから。自分の在り方を一つの枠に嵌め込んで、それしかないって思い込んで。まぁ、あれでも被身子ちゃんが居るだけマシなんだけど」
「渡我先輩が居なければ、もっと酷かったかもしれませんね……。その、円花さんは……かなり渡我先輩と……」
「バカップルしてる?」
娘の痴態を踏陰の魂から読み取り、輪廻はくすくすと笑い出す。そんな彼女を見た踏陰は辟易とした表情を浮かべて、直ぐに取り繕った。
「……えぇ、まぁ。ヒーロー科の寮に、二人を折檻する為の座敷牢が出来るぐらいには」
「ふふふっ。まぁ好きにさせてあげてね? あの子にとって、被身子ちゃんは初恋だもの。それはそれとして公序良俗に反したら叱って良いけど」
「そうさせて貰います。……その、最近は目に余るので。友として、叱り飛ばしてみせます」
「期待してるわ。貴方みたいな子も、あの子には必要だから」
「……そう、でしょうか……?」
輪廻の言葉に、踏陰は首を傾げることしか出来ない。円花の母親である彼女が必要と言ってくれても、今の自分が円花にとって本当に必要な存在とは思えないからだ。……そもそも、一年A組の面々の中で、自分の存在が廻道円花にとって必要だと思える者は一人も居ないだろう。頑固で強情で、けれども他の誰よりも強い彼女の横に、ヒーローとして並び立つことが出来る者は残念ながら存在していない。そして、呪術師として並び立てる者も居ない。
円花は、戦いの場においてどうしても独りだ。独りにならざるを得ない。それは彼女自身が抱き続ける信念が強過ぎることと、呪術師の数が少ないことが原因だ。そして、実力が高過ぎることも彼女が独りで戦わねばならない理由のひとつだろう。
「俺は、並び立てるのでしょうか……?」
「そうねぇ……。円花が過去に囚われ続けてる限りは難しいかもね。あれで案外、後ろ向きなのよ。
過去がこうだから未来もこう、なんて思っちゃってるぐらいにはね」
「円花さんは……、未来を信じてない……と?」
「そうなっちゃうだけの人生を歩んできたもの。いっそ呪術師なんて辞めて、ヒーローを目指してくれれば良かったんだけど」
はぁ……。と、輪廻は深い溜め息を吐いた。彼女はそもそも、円花が呪術師をすることを反対している。母として、反対し続けている。それでも円花が呪術師として活動出来ているのは、結局のところ輪廻が見逃してくれているからに過ぎない。彼女がその気になれば、円花の保護者として円花自身を雄英から引き離すことが出来るのだから。
「円花にしか出来ない役割だから。円花が居なければこの国はもっと大変になっちゃうだろうから。あの子の意思を尊重して見逃して来たのは、親として間違いだった。
もう、無理矢理にでも
二度目の溜め息が、居間に響いた。母としてこれまでの選択を誤ったことを、彼女は悔いている。それが今更の後悔だと分かっていても、彼女は気分を沈めてしまう。だからこそ、これからを考えなければならない。親として、厳しい選択を取らなければならない時が来てしまったのかもしれない。
「それは……。……輪廻さんがそう決めるのなら、仕方ないことですが……」
「円花に辞められたら困る?」
「……、はい。困ります」
「どうして?」
「円花さんは、俺の目標です。俺は彼女のように、強くなりたい。だから、辞めて欲しくない」
「この環境が円花にとって、大きな負担だったとしても?」
「……はい。だからこれは、俺の我儘です」
廻道円花は、常闇踏陰の目標だ。彼は彼女の強さを目指して、努力を重ね続けている。いつの日か、彼女の隣に立ちたいと。いつか、彼女の隣に立つに相応しくなりたいと。そう思って、今日まで鍛錬を続けて来た。独りで戦おうとする円花の隣に立ちたくて。何より、友として独りにさせたくなくて。
ヒーロー科において、身近にある目標を失いたいと思う者は一人も居ないだろう。誰よりも強く誰よりも頑固で、だけども皆に優しく……何かと甘い。方向音痴でポンコツが過ぎる欠点も有るが、それは見方を変えれば親しみ易さとも言える。
円花は踏陰にとって、そしてA組にとって、誰より身近なヒーローだ。故にひとつの目標であり、大切な友人だ。
拳を握り締め我儘を言う子供を見て、輪廻は少し考え込む。母親としては、今の娘はしばらく何も出来ないだろうと思っている。愛しい許嫁を呪ってしまった今、円花の心は潰れ掛けてしまっている。そんな状態の娘を呪術科に、雄英高校に置いておくことは親として出来ない。だが、このまま雄英から娘を引き離してしまうとどんな未来が待っているのか。それも直ぐに思い浮かんでしまう。
もしも。もし、ここで。円花を雄英高校から引き離したら。きっと円花は、二度と立ち上がれないだろうと輪廻は考える。
自罰の際、躊躇わず自殺を選ぶのが円花だ。それを今回は食い止めることは出来たが、いつ同じ選択を選んでしまうかも分からない。許嫁を残して死ぬような真似は流石にもうしないと思いたいところだが、自責の念に駆られて衝動的に自殺を図る可能性が無いとは言い切れない。
「……このまま雄英に居たとして、円花が立ち直れると思う?」
「それは、……分かりません。でも、俺に出来ることなら何でもします。いえ、させてください。こんな時、何も出来ないのは嫌ですから」
「そう……。なら、円花が甘えられる環境を作ってあげて。あの子にまた、普通の生活を教えてあげて」
「……はい?」
「遊びに連れ出すとか、一緒に授業を受けるとか。つまり、あの子を呪術師から遠ざけて欲しいの」
「……呪術師を辞めるよう、説得しろ……と?」
「うーーん。まぁ、そんな感じかもね?」
「……」
今度は、踏陰が考え込む番だった。彼は輪廻の頼みを実現することが、不可能に近いと真っ先に思ってしまった。廻道円花と言う存在が、呪術師である彼女が、どれだけ必要とされているのか踏陰は知っている。円花が呪術師として日々奔走しているからこそ、保たれている平和があることを知っているのだ。
円花が呪術師を辞めてしまったら、具体的に何が起こるのか。それは何となくでしか想像出来ない。何せ、円花は話さない。頼らない。呪術師として、何かを誰かに頼ろうとすることは滅多に無い。結局は、独りで動こうとしてしまうことが殆どだ。
多くを話さない。話してくれない。故に、彼は知りようがない。
それでも。円花が呪術師を辞めてしまったら何かが変わってしまうと分かっている。そして、確かに分かってることも幾つかある。
もし円花が呪術師を辞めてしまったら、今度は緑谷出久が呪術師として奔走することになってしまう。彼は呪霊が見えるから、呪力を扱えるから、円花が居なければ円花のしている事が出久に降り掛かるだろう。そしてそれを、円花が良しとしないことも分かっている。彼女の母親である輪廻が、それを理解してないとも思えない。何より、出久だけに呪術師を背負わせることになるのは踏陰自身も避けたいところだ。
輪廻の頼み。それにどんな意味が有るのか、踏陰は考え込む。言葉通りに受け取るべきではないと、彼は判断した。そしてますます、考え込む。円花の母親である彼女が、いったい何を求めているのか。どんな真意が有るのかを。
「……改めて、あの子のことを貴方にも任せるわね。友達として支えてあげて。
あ、そうそう。コツはぐいぐい行って根負けさせることだから」
「……えっと、……はい。任されました」
「じゃあ、今度こそ私は休むから。ちょっと今日は、動き過ぎちゃって……」
「部屋を借りてきます。輪廻さん、今日は……」
「お礼なんて要らないわよ? 私はあの子達の母親だもの。何かあったら、動いて当然」
「……それでも、ありがとうございました」
「はいはい、受け取っておくわね」
輪廻の頼み。その裏側にあるものを、踏陰はまだ分からない。分からないが、それでも円花の事を任された。ならば応えないわけには行かない。ここで何も出来なければ、まだ弱い自分は廻道円花の友では居られないと自らに言い聞かせる。
そんな彼を、ソファに寝そべりながら見た輪廻は……。
(……あの子の隣に居るのに、強さなんて要らないのにね)
密かに溜め息を吐いて、瞼を閉じた。
三人称による補完は要りますか?
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欲しい
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要らん
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良いから一人称で突っ走れ