待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!! 作:一人称苦手ぞ。
「遅かったわね」
家に帰り玄関の扉を開くと、母が居た。まさかの仁王立ちじゃ。身重なんじゃからこんな時間まで起きてるのはどうかと思う。……とは口に出さん方が良いじゃろう。一目見れば分かる。母は非常に御立腹じゃ。い、いかん……っ。こうまで怒った姿は、果たしていつ以来じゃったか。あまり目撃したことは、……無いことも無いか。父に怒ってる時はこんな感じじゃった気がする。それにしても、まさか実母にこうも気圧される日が来ようとは……っ。
「た、ただいま……。その……遅くなってすまん……」
「ごめんなさいです。実はかくかくしかじかで色々有って……」
「それは先に帰ったお父さんから全部聞いてます。それで円花、呪術師は禁止ってお母さんは言わなかった?」
「し、しかしじゃな母……。放っておくなんて真似は出来なくて……」
そう。母に何を言い付けられようとも、子供の危機を見過ごすことは出来ん。それは無理じゃ。目の前で、儂の手が届く範囲で子供に危害が加えられてしまったら、相手が誰じゃろうと何じゃろうと儂は許容出来ない。そんな生き方は選んでない。
誰かや何かが子供を傷付けることが、どうしても許せないからじゃ。
「……まぁ、円花のそういう生き方は正しいと思う。そういう生き方しか知らないのも、分かってるつもり。
でもだからって、周りを蔑ろにして良い訳じゃないのよ」
「ん、む……」
「お母さんもお父さんも、被身子ちゃんも。みんな円花が心配なのよ。でも円花が選んだ生き方だから、見守ることにしてるの。
でもね、家族を蔑ろにしてまでして良い生き方なんて何処にも無いの。それは肝に命じなさい」
「……はい」
何も言えぬ。母の言うことが、ごもっとも過ぎて。ただただ申し訳ない気持ちになってくる。
……それから。何と言うか、少し嬉しい気もするんじゃ。こういう風に叱って貰えることなんて、前世では無かった。真っ当な親がどういう存在なのか知ったのは、今生からじゃから。
子を愛して、育てて、導いて。時にはこうして、叱ったりして。そうやって儂を実の娘として見てくれる両親には、頭が上がらん。二人から愛されてる実感が無かった訳じゃない。こんな人達の下に、頼人や比奈も産まれて来れたなら。
そしたら、どんなに良かったじゃろうか? どれだけ二人は、幸せになれたんじゃろうか?
そう、思ってしまう。考えてしまう。なんで儂だけが、この時代に産まれ直してしまったのか。どうせなら、弟妹も一緒が良かったのぅ。……なんて考えしまうのは、無駄な思考そのものじゃけど。二人は死んだ。想いは馳せてしまうが、じゃからって生き返って欲しいとは思っとらん。人は死んだら、それで終いなんじゃから。儂自身の事は、例外じゃけども。
「ひとつ答えて。円花」
「んむぅ……」
んん、こら。母よ。儂の頬を両手で挟み込むな。これでは何も喋れんて。質問は良いが、答えようがじゃな……。
「目に見える範囲の、手が届く範囲に居る……恵まれない子供達救けたい? 守ってあげたい?」
真剣に、問い質された。母の瞳が、晴天のような青い眼が、儂の眼をしっかりと覗き込む。こうして至近距離で見て、気付いた。どうして今まで気付かなかったのか、謎じゃ。この時代の人間は多種多様な見た目をしとるから、その内のひとつじゃろうと何処かで思っていたのかもしれん。被身子じゃって、黒い瞳はしとらんからの。様々な瞳の色をした者が実に多い。
じゃからって、気づかなかったのはどうかと思うが。
驚いたことに、母は六眼じゃ。間違いない。……
「円花。答えて」
……いや、母よ。答えたくても答えようがない。じゃってほら、喋れぬし。今回は魂で答えろってことか? それならば……。
―――そうじゃ。儂は救けたい。守りたい。この眼に見える範囲の、そしてこの手が届く範囲の子供達を救けて守りたい。それが、それこそ儂の生き方じゃ。過去も今も、そして未来も、そうやって生きて行くんじゃ。
「……分かった。お母さんもお父さんも、覚悟しておく。
でもね円花、ひとつだけ。それはね、きっとヒーローの原点だから。しっかりと胸の内に留めておくこと。分かった?」
……ん、んん……。いや、じゃからこれは儂の生き方の原点であってじゃな? ないとあいや母の言うところの、
「……お説教はお終い。二人共、お風呂に入って今日はもう寝ちゃいなさい。夜更かしはしても良いけど、程々にね」
「ぅ、うむ……。おやすみ」
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。……あ、そうそう。今晩も愛し合うなら、ちゃんと被身子ちゃんだけを見なさいよ」
おい。去り際に、何を口走ってるんじゃ母よ。その一言で被身子がその気になったりしたら、いったいどうするつもりなんじゃ。主に儂が大変なんじゃぞ、儂がっ。あまり被身子を焚き付けるような事を言い放つのは止してくれ。まったく……!
「……お風呂、入りましょっか」
「……そうじゃな」
取り敢えず、風呂に入るとしよう。今日は色々と有って、疲れてしまった。肉体的には然程じゃけども、精神が疲弊しとる自覚は有る。
今日は、何一つ上手く行かなかった。儂が下手を打ったから、傷付かなくて良い者達まで傷付くことになってしまった。……まっこと、何をしてるんじゃろうな、儂は。
◆
「……」
「……」
「……」
「……」
……手洗いうがいをして、着替えを用意して。それからいつものように被身子と風呂に入ったんじゃけども、お互いに何も話さん。喧嘩してる訳じゃない。ただ何と言うか、喋る切っ掛けを見失っていると言うか……何と言うか。被身子はいつものように儂を洗ってくれているが、時折何かを言おうとしては黙り込んでしまう。何なんじゃもぅ。まるで被身子らしくない。いつもなら、言いたい事を遠慮せず口にするくせに。
お陰で、調子が狂う。鏡越しに被身子の表情を窺うと、何か悩んでいるというか……躊躇っているようじゃの。
「……どうした? らしくない顔をして」
儂の気分が沈み続けているのはともかくとして、被身子が落ち込んでいるのは見過ごせない。今は散々迷惑を掛けてる儂がこうして声を掛けるのは違う気もするが、被身子が笑顔で居ないのは嫌じゃから。何か話したい事が有るなら、儂が聞かねば。
「……色々、反省中なのです。今日は沢山間違えちゃったから」
「何を間違えたんじゃ?」
「……ん、んん……」
「ん……」
被身子なりに、思うところが有るんじゃろう。落ち込んでいる被身子は、儂の肩に顔を埋めて動かなくなった。儂を洗う手を止めて、儂を後ろから抱き締めて、微動だにしない。少し、待ってみるとする。急かしたって、直ぐには喋らないじゃろうから。
儂を抱き締める腕に手を重ねて、待ってみる。沈黙はずっと続いて、やがて……。
「……ヨリくんが嫌がる事を、沢山しちゃいました。円花ちゃんの事は、トガが一番知ってるのに……」
被身子が、ゆっくりと口を開いた。
「……気にしとらん。結局、お主が正しかったんじゃから」
あの時、呪霊の腹の中で。被身子の提案に直ぐに頷いて実行出来ていれば、一般人が巻き込まれることは無かった。あれは、儂が意固地になったから起きてしまった。もしかしたら、手早く呪霊を祓えたかもしれん。そしたら、誰かが巻き込まれることは無かった。
儂は、判断を間違えた。間違えてしまったから、あの大惨事を引き起こしてしまったんじゃ。……情けないのぅ。もはや儂は、呪術師として満足に活動出来ない。今のままでは、とても以前のようには……。
「ヨリくんが一番嫌な事なのに、あの時は……イライラしてて。だからつい、いっぱい色々と言っちゃって……」
「……」
「私は、私だけは円花ちゃんの味方で居たいのに。なのに、円花ちゃんの気持ちを蔑ろにして。……ごめんなさい」
「……ん……」
……謝られても、困る。結局のところ、正しかったのは被身子の方じゃ。結果を見るに、儂のやり方は間違っていた。じゃからって子供達を、くらすめぇと達を巻き込みたいとは思わない。儂がしている事は独り善がり、なんじゃろうな。それでも、子供を危険な場所に置きたくない。危険から、遠ざけたいんじゃ。
それに。儂じゃって被身子と……いつものように向き合えてない。蔑ろにしているのは、儂だって同じじゃ。なのにこやつは、儂を蔑ろにしたと気に病んで……。今の儂ですら、大切にしようとしてくれて。
……んん。どうにも、むず痒くなって来た。愛されていると実感すると、こう……。まぁそれを嫌とは思わん。嬉しいと思う。何が有ったって、何が起きたって儂の側に居てくれて。儂を変わらず、愛してくれて。
その気持ちには応えたい。儂じゃって、被身子の側に居たい。何を放り捨てても、何を失おうと被身子だけは手放せない。それだけは、きっと変わらない事実なんじゃから。
「……気にしとらん。良いんじゃ、別に」
「でもぉ……」
「良いんじゃ。儂じゃって、意固地じゃったから」
意見の衝突は、起きる時は起きるものじゃからの。被身子とじゃって、これまで何度もして来た。くらすめぇと達とじゃって、衝突してばかりじゃ。
……別に、仲が悪いわけではない。被身子とは愛し合って居るし、くらすめぇと達との関係は特別悪いものでも無い。こちらについては、どいつもこいつも我が強いってだけの話じゃ。お陰で苦労しとるが、嫌とは思わん。もっとも、被身子じゃってとんでもなく我が強いとは思うが。無論、儂もそうじゃろう。どうしたって譲れん部分は譲れんのじゃから。
似た者夫婦とは、儂等を指す言葉なのかも知れん。いや、知らんけど。
「……謝らなくて良いんじゃ。謝るのはむしろ……儂の方で」
被身子だけが悪いとは言えん。譲らないのはお互い様なんじゃから。儂はどうしたって同じ生き方をしてしまうじゃろうし、被身子じゃって生き方を変えたりしないんじゃろう。それでも、互いに寄り添って生きて行ければ。伴侶として生きて行けるのなら。……それが許されるのかは別として、お互いそう在れたら良いと思う。
……ぐぬぬ。何かこう、負けた気がしてならん。
「一緒に居て、良いですか?」
「……うむ。儂もそう思ってる」
もう今更、儂は被身子から離れられない。どれだけ自責していようが、誰に許されなかったとしても。被身子だけは、失いたくなくて。
「少しぐらい、頼ってくれますか?」
「……頼っとるよ。とっくに」
それも、今更じゃろう。私生活なんかは、特に頼り切りじゃ。被身子が居なければ生きるのが難しいんじゃないかと思う程に。
……呪術師としては、どうしても頼れぬけど。それでも、これまで多くを許してしまった。最初は遠ざけていたのに、今では儂の補助監督になることを認めて。危険からは、何が何でも遠ざけるけども。そこは譲らん。
「……儂こそ、一緒に居ても良いのか?」
「はい。そうじゃなきゃ困ります」
即答された。まっこと、こやつと来たら。少々……と言うか大分。かなり、いや物凄く。……物凄く、儂を愛して。いつまでもいつまでも愛想を尽かしたりしなくって。儂じゃって、そこは被身子と変わらない。好きなんじゃ、どうしようもなく。愛してるんじゃ、他の何も要らないと思えてしまう程に。
「……儂は、変わるべきなんじゃろうか……」
こうまで愛してくれる被身子に、報いたいと思う。何か返したいと、してあげたいと思ってしまう。でも、じゃけど。じゃからって、今の生き方を変えたりはどうしても出来ない。心配させぬと、怖がらせないと約束しておきながら、どうしても儂は……。
じゃって。じゃってもし、誰かを頼って。頼った誰かが、死んでしまったら。殺されてしまったら。そう考えたら、怖いんじゃ。怖くて、怖くて。じゃから、変わるなんてことは……。
「……無理に変わろうとするのは、違うのです。でももし、円花ちゃんが変わりたくて。だけど、変わることが怖いなら……」
ん、む……。見透かされている。何なんじゃもぅ。何じゃか、負けたような気分にさえなってくる。
「トガも、一緒に変わりますから。少しずつ、二人で一緒に変わりませんか?」
「ん、んん……。お主まで変わろうとする必要は……」
その提案が、嬉しくないと言ったら嘘じゃ。もしも被身子が、一緒に変わってくれるのなら。それならば少しは……怖くないのかもしれん。
じゃけども、被身子まで変わる必要は無いじゃろう。変わって欲しいことが有るとは、思ってない。被身子は被身子のままで良いんじゃ。変わりたいと願うのなら、もちろん支えるつもりじゃし、それこそ儂に出来ることなら何じゃってしてあげたい。
「……そのぅ、あの……別にこれは浮気じゃないんですけど。全っ然、浮気じゃないんですけど……!」
は?
「……今日、お茶子ちゃんに世界一カァイイって言って貰えて。それが、嬉しくって」
……は? おい、おい麗日。何を勝手な真似をしとるんじゃ。これは、後で問い質さねばならん。誘惑か? 儂の被身子を誘惑したのかあやつ。幾ら子供じゃとしてもそれは……!
「私の笑顔を、素敵だって言ってくれたんです。それで、その……少しはそう言ってくれる人を探しても良いのかなって……」
「ん、んん……」
んん……。まぁそれは、そうかもしれんけど。外に出ると、被身子は笑えないから。笑顔を隠してしまうから。儂や、儂の両親以外の前でも笑えるようになるのは何も悪い事じゃない。むしろ、そうしていくべきじゃったのかもしれん。
でも。でもなぁ……。儂の、儂の笑顔なんじゃぞ。儂だけの前で笑って欲しいし、実際被身子もそう思ってたのに。
……麗日め。覚えてろよ。儂の被身子を誘惑しおって……!
「……駄目、ですか?」
「……ん、んんん……。ぬぐぐぐ……」
駄目、とは言えん。言いたくない。じゃって、悪い事では無いから。何より被身子が望むのなら、それを儂が邪魔したいと思わない。思わないんじゃけど、それはそれとして麗日をどうしてくれようかと考えてもしまうんじゃが。
「……私も、怖いです。だってまた、気持ち悪いとか思われたら……嫌だから」
「……ん……」
「でも、円花ちゃんと一緒なら。ヨリくんが一緒に変わろうとしてくれるなら、少しは……頑張れるのかなって」
「……ぐぬぬ」
ぐぬぬ。麗日め。麗日めぇ……っ。あやつ、どうしてくれようか? 許さん、許さんぞ……っ。ぐぬぬぬぬ。
「……もぅ。独占欲丸出しなのです。嫉妬深いんですから」
「お主程じゃない」
「それは主に常闇くんが悪いので」
「なら麗日が悪い」
「……やっぱり、反対ですか?」
「……」
んん……。別に、反対したいとは思っとらん。被身子が望むのなら。被身子自身が、少しは変わろうとしてるなら。変わりたいと、思うようになったのなら。
それを、儂は止めたりしない。被身子がしたいように、させてやりたいんじゃ。
「お主が望むなら、お主と……一緒なら。少しは、……怖くない」
……変わりたいとは思えん。怖いから。じゃけど、被身子と一緒なら。二人で一緒なら、少しは……変わっても良いのかもしれん。
でも、麗日は許さんが。絶対に許さん。儂の被身子なんじゃと、釘を刺しておかねば……!
「んふふ。じゃあ、二人で一緒に。一緒が良いんです。出来れば、同じ風に変わりたいですけど」
「……誰かを頼るようになるって意味では、一緒じゃろ」
「えへへぇ。一緒に、変わりましょうね。それで、もっともっと二人で幸せになるのです……!」
……やはり、正しいとは思えん。間違いな気がしてならん。でも、被身子と一緒なら。被身子と共に歩んで行くのなら。今は少しだけ。少しずつ、変わって行っても良いのかも知れん。
それに。被身子ともっと幸せになるのは、良いことじゃから。それだけは、決して間違いなんかじゃない。
じゃから。
体の向きを変えて、被身子を見る。真正面から、しっかりと。
まだ何も、解決したわけじゃない。被身子を呪った事実が消えたわけじゃない。じゃけど。これだけは、伝えておきたいんじゃ。
「……ぁ、愛してる……。じゃからその、一緒に居て良いか……?」
結局。どうしたって、何が有ったって被身子と一緒に居たい。呪ってしまったのは儂じゃけど。被身子に掛けた呪いを、今直ぐどうにか出来なくても。それでも、一緒に居たいんじゃ。ずっと、ずっと一緒に。
「もぅ、もうっ。今更ですよぉ!」
「ぐぇえっ」
じゃ、じゃから何でお主はそうやって抱き付いて来るんじゃっ。お陰で、盛大に頭を打ったんじゃが!?
被身子の阿呆、たわけっ。うっかり死ぬところじゃぞ、まったく……!
三人称による補完は要りますか?
-
欲しい
-
要らん
-
良いから一人称で突っ走れ