待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!! 作:一人称苦手ぞ。
帳の内側に足を踏み入れると、目的地であった廃病院がろくでもない場所じゃと直ぐに気付いた。ある程度の等級を持つ呪霊が根城とした場所は、それなりの雰囲気が有る。建物なんかを越えて、気配を感じたりするんじゃ。人でも埋まってたりすると、尚の事分かり易かったりする。
こんな場所が十年近くも放置されていた現実に、危機感を覚える。あの呪霊、……英雄の呪霊が巣食っていた監獄程ではないが、廃病院そのものに残穢が染み付いておるのぅ。今回の任務は、もしかすると楽しくなるかもしれん。少しだけ、わくわくして来た。早く中に乗り込んで、この廃病院に巣食う呪霊と対峙したい。……んじゃけども。残念ながら、そうも言ってられんか……。
「……えんでゔぁ、
「この眼鏡か?」
「そうじゃ。さっさと掛けろ。壊したり燃やしたり、溶かしたりするんじゃないぞ」
取り敢えず、真っ先に目に付いた蠅頭を引っ掴んでおく。面倒じゃけども、まずはこれを認識して貰おう。詳しい説明はその後になる。蠅頭に関する説明は……緑谷にして貰えば良いか。何度も何度もするのは、いい加減面倒じゃからの。
じゃから、ほら。さっさと眼鏡を掛けろ。その為に、その燃えている顔面をどうにかしろ。何じゃっていつもいつも顔を燃やしてるんじゃ貴様は。そんなじゃから変な臭いが漂うんじゃぞ? 確かこやつの
「これで良いのか? ……おい、何だそれは」
「緑谷、説明」
「えっ、うん。エンデヴァー、ヨリミナが掴んでるのは蠅頭って言って四級未満の呪霊です。基本的には無害で、害が有っても肩凝りとか頭痛とかそんな感じで……。それと、数が異常に多くってそこら中に居るんです」
「こんなものが呪霊……? 一見、害が有るようには見えんが……」
「それは等級が低いからだ。等級が高くなるにつれて、ヤバいと感じるようになる」
「大事なのは、個性じゃ祓えないってことです。例え大した事の無い呪霊でも、呪力か呪具がなければ祓えません」
「こんな風にな」
緑谷とながんが説明を進めてくれたので、一度えんでゔぁの前で実演してみる。回転を使って蠅頭を捻ってみるが、捻れるだけで消失しない。個性を解けば、直ぐに元に戻った。次に分かり易く、呪力を流し込む。すると、直ぐに消えおったわ。儂の手の内に居た蠅頭は、塵となって霧散した。
その様子を黙って見ていたえんでゔぁは、ひとまずは理解した……と思いたい。
「補助監督の仕事は、主に呪術師の補佐じゃ。やる事と言ったら……」
「下調べや事務、送迎や総監部との連絡が主になる。例えば、任務に向かう呪術師に任務要項を説明したり……車で送り迎えしたりな。
この子の場合は、現場での道案内も追加だ」
「……俺に、子守りをしろと?」
「子守りが嫌なら、オールマイトに付くか?」
「断る!!」
……じゃろうな。儂じゃって嫌じゃもん。あんな筋肉阿呆と行動を共にしたい奴なんて、それこそ緑谷ぐらいしか居ないじゃろ。あぁいや、くらすめぇと達は全員同行したいと思うかもしれん。弱くなろうと頂点の座を譲ろうと、
「取り敢えず、お主は黙って付いて来い。間違っても呪霊に手出しするなよ。疑問は後で纏めて答える」
内容によっては、ながんや緑谷に答えて貰うが。
「……どうやら、そうするしかないようだな」
「……」
「おい、何だ?」
「……いや、別に?」
ん、んん。何じゃろうなぁ。今一瞬、黙って儂の話を聞いてるえんでゔぁを気色悪く感じてしまった。
どうせ猫を見るなら、……そう。被身子のような猫が良い。わがままで自由気ままで、黄金色の瞳をした……。何なら毛並みは、少し刺々しい感じの……。って、何を考えているんじゃ儂は。そんな事はどうでも良いんじゃ。そんな事より、さっさと呪霊を祓ってしまおう。
「緑谷、蠅頭を見掛けたら潰しておいてくれ。それ以外は儂がやる」
「……」
「おい、何じゃ?」
何でこやつは、目を丸くして固まってるんじゃ。
「いや、その……。頼ってくれるんだね、廻道さん」
「……」
……。……うるさい。蠅頭ぐらいなら問題無いと知っとるから、任せてるだけじゃ。裏返せば、こんな程度の事しか任せられないんじゃぞ。それを嬉しく思うんじゃない、むしろ悔しがれ。もっと欲張れ。まったく、何なんじゃもぅ。そんなに儂が人任せにするのが珍しいのか? 私生活では色々と頼ってるつもりなんじゃけど?
「……行くぞ。これ以上阿呆な事を宣うなら、全員置いてくからな?」
我先にと、儂は廃病院の出入り口に向かって真っ直ぐ向かう。廃墟の中に入り込むと、何やら冷たい空気が流れた気がするの。まぁ、冬じゃから空気が冷たいのは当たり前なんじゃけども。何処かから、風でも吹き抜けてるのかもしれんな。でなければ、髪を揺らす程の風が室内で吹いたりしないじゃろう。多分。
◆
廃病院の中は、埃っぽい。十年も放置されて人の手が入ってないんじゃから、当然と言えば当然なんじゃけれども。
埃ばかりの廊下や室内は、やけに音が響く。四人分の足音だけで騒々しいと感じるぐらいじゃ。これからこの廃病院に巣食う呪霊共を根こそぎ祓うわけなんじゃけど、目に付くのは蠅頭ばかり。そちらは緑谷独りに任せるつもりじゃったが、如何せん数が多くてのぅ。仕方ないから、儂も見かけ次第血を飛ばすことにした。この時代の蠅頭は、血の一滴で十分に祓えるからの。
……そう。やはりこの時代の呪霊は、弱い。蠅頭だけではなく、それなりの等級を持っている筈の呪霊も弱いんじゃ。立派なのは数だけで、どうにも質が悪い。前世では、蠅頭とてもう少し粘っていたと思うんじゃけど……。
何か、それ相応の理由でも有るんじゃろうか? もしそうじゃとしたら、その理由が知りたい気もする。儂もそうじゃけど、今の総監部はとにかく情報が欲しい。背広男が保管されていた資料を盗んだりしなければ、こうも面倒な事態にはならなかったじゃろうに。
「……はぁ……」
蛆のように湧く蠅頭を、祓う。いちいち術式を使うのも面倒になって来た。呪術師として見逃してやるつもりは毛頭無いが、これがただひたすらに続くとなると気が重い。もしこの廃病院に居る呪霊が蠅頭だけなら、全て祓い尽くすのにかなりの時間が必要じゃろう。下手をすると、朝まで時間が掛かるかもしれん。まったく、面倒この上ない。
「それにしても、数が多いな。……デク、大丈夫か?」
「まだ大丈夫です! スマーーッシュ!」
……んん? 何やら張り切っとるの、緑谷。蠅頭如きにそこまで気合いを入れる必要は無いと思うが……。まぁ、好きにさせてやろう。本命となる呪霊が出て来た場合、その対処に当たるのは儂じゃからの。もしかすると、蠅頭だけが巣食う廃病院……なんて可能性が有るかも知れんが。
一応今回の任務について、ながんに確認しておくか。
「ながん。過去、ここに入った者はどうなった?」
「……軽微な体調不良を訴えるものは多かったそうだが、中には頬が裂けたり耳を切り落とされた者も居る。証言によると、口の裂けた女が居た……らしい」
「当時、この廃病院の対処に当たったひいろおは?」
「六人が対処に当たり、一人死んでる。恐らくこの廃病院に居る呪霊は口裂け女だろう」
「口裂け女?」
道すがらに話を聞いてみると、変な呼称が出て来た。口裂け女……? 何じゃそれ。読んで字の如く存在なら、口が裂けた女なんじゃろう。そう言う
「口裂け女って、古い都市伝説ですよね? 誰でも知ってるようなやつ。確か、昭和に流行ったとか……」
都市伝説? 確か、怪談みたいなものじゃったか? それならば、知ってはいる。小学生の頃、周囲で少し流行っていたからのぅ。儂は怖くも何とも無かったし、特に興味は持たなかったが……。
「そうだ。……頼皆、都市伝説が呪霊になることは?」
「十分有り得るの。その場合は仮想怨霊と呼ばれるが、要するに呪霊じゃ。呪術で祓える」
……なるほど。こうなってくると、都市伝説について詳しくなっておくべきじゃったな。この時代は呪霊が産まれ易い。つまりそれは、仮想怨霊も産まれ易いってことでもある。
ならば今回の呪霊は、口裂け女……ってことじゃな。ところで、口裂け女ってどんな都市伝説じゃ? そこは念の為知っておきたい。祓う為に何かしらの条件がある類いじゃと、面倒じゃからの。まぁ強引に祓うことは出来るんじゃろうけど、手早く済ませられる方法が有るのなら知っておきたい。
「口裂け女って、どんな都市伝説じゃ? お主等、知っとるか?」
「ええっと……。口裂け女っていうのはマスクをした綺麗な女性で、出会うと質問して来るんだって。
私、綺麗? って」
「ほう?」
「それで綺麗って答えると、マスクを外すんだ。マスクの下にある顔は、口が裂けてて……」
「ほぅ?」
「これでも? って質問されるんだ。その時に返答に詰まったり、驚いたり怖がったりすると襲われる……って感じ。これって、呪術的に何か手順を踏んでるってことかな?」
……。……ふぅむ。また随分と、変な話じゃなぁ。儂が通ってた小学校は、そんな話が流行ってたのか。いや、緑谷も知ってるってことは意外と全国の小学校で流行っていたのか? 何じゃってそんな話が流行るんじゃか。何処が怖いんじゃそれは。まったく分からん。まぁ呪術師なんてやってると、怪談の類いは何一つ怖くなくなるんじゃけどな。これは職業柄ってやつじゃろう。
そういう意味では、お化け屋敷とかも怖くない。あれは盛大に驚かされただけじゃ。被身子には散々小馬鹿にされたけども。
「……手際が悪いな。マニュアルを常態化させておけ。
それからデク、頼皆。あれは呪霊か?」
「は?」
儂等の話を聞いて呆れた素振りを見せたえんでゔぁが、廊下の先を指し示した。急に腕に炎を纏ったのは、灯りが欲しかったからじゃろう。炎の光で照らされた廊下は赤く染まり、周囲がよく見えるようになった。
「……居たな」
「……居たね」
廊下の先。曲がり角の辺りに、外套を羽織った女が居る。手には鋏を持っているの。白い
『―――ねぇ、私……綺麗?』
「綺麗じゃと思うぞ?」
面はよく見えぬけど、少なくとも立ち姿は悪くない。もう少し背筋をしっかり伸ばして髪を整えれば、それなりの見た目にはなるじゃろ。多分な。……っと。
今、妙な結界が張られたな。直ぐにでも両手を叩き合わせようと思ったのに、腕が動かぬ。無理矢理止められていると言うよりは、身体そのものが儂の意に反して動くのを止めてしまっている気がするの。……なるほど、これは不可侵の領域か。問答が済むまでは互いに危害は加えられないとか、そんな感じじゃろう。こうなると、この結界が解けるまであの呪霊は祓えぬな。
隣でえんでゔぁと、ながんが目を丸くしている。緑谷もじゃ。恐らく咄嗟に身構えようとしたんじゃろうけど、儂と同じく身体が動かなかったんじゃろうな。
おっ。口裂け女? とやらが、儂に向かって真っ直ぐ歩いて来た。そして。
『これでも?』
「何じゃ? かぁいい面をしとるな、貴様」
儂を好き勝手にしてる時の被身子のようで、かぁいいと思う。どうせじゃならしっかりと見てみるが、……うむ。被身子の笑顔のようで、結構かぁいい。中々悪くない。もう少し口角が釣り上がってる方が儂は好みじゃけども。もっと言うなら、目をしっかりと細めてじゃな? 鋭さを見せてくれると、結構良い感じになると思うぞ?
『―――』
ん? 固まったの。
『なら、貴女も同じにして上ゲル―――!!』
ぬおっ。急に鋏が儂の口に触れた。ので、呪力を放出して弾く。ついでに苅祓を飛ばす。もう不可侵の領域は消えた。ならば、反撃は出来るってことじゃ。……って、あ。
「……はぁ……」
何じゃもぅ、つまらん奴め。咄嗟の苅祓が肩や脇腹を切り裂いただけで祓われおって。まっこと、この時代の呪霊は骨が無い。張り合いの有る奴が少な過ぎるんじゃ。十六年も過ごして来て、楽しめる呪霊は五回しか遭遇しとらん。まぁ、その内の二回は黒沐死じゃったんじゃけどな。
まったく、情けない。つまらんつまらん。山程居るんじゃったら、もっと儂を楽しませてくれ。
口裂け女を容易く祓うと、廃病院の中を流れていた空気が変わった気がする。もしやとは思うが、これで終わりか? 後に残るのは、蠅頭だけなのか??
「ええっと、ヨリミナ……」
「何じゃ?」
「これで終わり……だよね?」
「そうじゃな。後は念の為に雑魚共を祓い尽くしたら、それで今回の任務は終いじゃ」
……はぁ……。まったく、手応えの無い任務じゃ。拍子抜けじゃ、拍子抜け。久しぶりに少しは楽しめると思ってたんじゃけどなぁ……。蓋を開ければ、この程度。さっさと終わってくれたのは嬉しいんじゃけども、物足りない感じがするのも事実で。
「終わったなら、聞きたいことが山程有る。頼皆、蠅頭とやらを祓いながら話せ」
「……相分かった。それで? 貴様は何を知りたいんじゃ?」
この後。儂はえんでゔぁにあれこれと質問された。蠅頭を祓い尽くした頃に、ようやく黙ったわ。最後の一言は余計じゃったと思うがな。何が「情報共有はしっかりとしろ! 報連相を知らんのか貴様は!!」じゃ。呪術は秘匿事項なんじゃぞ。その辺り、先に総監部から聞いておらんかったのか? まったく……!
三人称による補完は要りますか?
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欲しい
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要らん
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良いから一人称で突っ走れ