待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!! 作:一人称苦手ぞ。
職場体験が迫っておる。来週には、職場体験が始まってしまう。
じゃから、少しばかり遅れている部分があるのも事実じゃ。この分の穴埋めを後でしなければならないが……まぁそれは次の週末にでも巻き返すことにする。
体育祭が終わってからと言うもの、学校は基本的には平和じゃ。呪霊が出てくることも無ければ、侵入してくることも無い。くらすめえと達は日々迫ってくる職場体験を前に、何人かは落ち着きを失いつつある。ただ、その中で特に様子がおかしい者が一人居る。飯田じゃ。何でも緑谷から聞いた話によると、兄が
身内が
ちなみに、緑谷の呪力操作鍛練はあまり上手く行っていない。これについてはそろそろ解決策を探した方が良い気がする。個性操作と並行して行うのは、やはり無理があるようじゃ。しかし私生活で呪霊を見掛けることが増えたと言っておったから、早いところ呪力操作が出来るようになった方が良いのも事実で。
……ううむ、どうしたものかの。これについては、おおるまいとと考えた方が良い気がしないでもない。
それはさておき。四時限目の授業が終わって、昼休みがやって来た。最近の被身子はお弁当を作らぬ。と言うのも、寮が近いからの。昼休みになったら二人で寮に戻って、食事を摂るようにしておるんじゃ。たまに抱かれることもある。午後の授業が残っているのに、儂を抱こうとするのは如何なものか。まぁ良いがな。外では大人しくするようになったから、その分寮の中で甘えてくる分には文句は言わないでおく。そもそも、文句なんてものは無いが。
「廻道、ちょっと良いか?」
昼休みになると、直ぐに話し掛けてきた者が一人。頭が紅白の轟じゃ。体育祭が終わってから、こやつとは時折会話する仲になった。が、こやつが神妙な面をして話し掛けてくるのは珍しい。何じゃ? とうとう父親を呪って欲しくなったのか? ならば約束通り、呪ってやるが?
「うむ、どうした?」
「昼飯でも食いながら話したい」
神妙な面のまま、そんなことを口走る。どうやら、少し長い話になりそうじゃの。であれば、いっそ寮に招いてしまうのが良いか。
「相分かった。寮に来い。食べれないものは有るか?」
まぁ、昼食を作るのは儂じゃないけどな。何せ儂、お粥とおじや……あと雑炊しか作れん。この三つも、被身子が風邪を引いた時の為に覚えただけじゃ。普段作ることは無い。
「いや、特には」
「そうか。被身子の飯は美味いぞ」
くらすめえとと昼食を共にするのは……はて? いつ以来じゃったかの。寮生活が始まってからと言うもの、被身子以外と昼食を摂った記憶が無い。校舎から徒歩数分の位置に住まいがあると、こんな風になるんじゃなぁ……。
そんなこんなで。今日は轟を寮に招くことになった。被身子はこの事に少し不満そうにしていたが、何だかんだで嫌そうに頷いてくれた。後でしっかり、礼を言わねば。
◆
寮の食堂……今の時代はだいにんぐじゃったか? で、儂は今、のんびり蕎麦を啜っている最中じゃ。今日の昼食は、轟に提案して貰った。被身子が儂や轟に「何か食べたいものは有りますか?」と言った結果でもあるんじゃけどな。
ずぞぞ。たまには、ざる蕎麦も良いのぅ。
「……それで、どうしたんじゃ? 父親でも呪いたくなったか?」
「……轟くん、呪うんですか?」
「いや、そういう訳じゃないです」
何じゃ。違うのか。昼飯が出来るまでの間、どうやって呪うか考えておったのに。どうやら考えるだけ、無駄じゃったらしい。
おい被身子、飯を食ってるんじゃから頭を撫でるな。対面には轟が居るんじゃぞ。頼むから、そこまでにしてくれよ。気恥ずかしくなるような真似はしないでくれ。
「少しクラスメートの事で、廻道に相談したくて」
「クラスメートの……。それって、私が聞いても大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃろ。お主、人の事を言い触らすような真似はせんし。
で、轟。誰の話じゃ? もしや飯田か?」
「……ああ、飯田だ」
……飯田か。あやつが何かしでかさない限りは、放っておけば良いと思うが。緑谷も轟も、さては心配性か? くらすめえとの事を気に掛けるのは悪いことではないと思うが……当人が何も言わないで居る以上はのぅ。
ただまぁ、飯田が気になる気持ちは分かる。日に日に顔付きが悪くなってるような気がするからの、あやつ。
「廻道は、今の飯田をどう思う?」
「……良く思ってはおらん。あれは馬鹿な真似をしようとして居る餓鬼の面じゃな」
「やっぱり、そう思うか?」
些か天然な部分がある轟が、儂と同じように思っておる。と言うことは、飯田の奴は相当良くないようじゃの。ならば、このまま放っておくのは良くないか。
「飯田くんって、A組の委員長でしたよね? どうかしたの……?」
「少しの。もしかすると、馬鹿をやるかもしれん。いや、あれは十中八九やるな」
間違いなく、飯田は馬鹿をやる筈じゃ。何を考えているかは知らぬが、馬鹿な真似をしようとしているのは確かじゃ。例えば兄を傷付けた悪党に復讐をするとか、そういう感じの……。
あやつ、
……ううむ。せっかくの蕎麦の味が、悪くなるのぅ。昔を思い出す。子供が無駄死にするところは見たくない。となると……今の内に殴ってでも言い聞かせるべきか?
「どうにかしてぇ。けど、あんな顔してちゃ周りの言う事は聞かないよな」
「そうじゃな。誰の言う事も聞けぬじゃろうて」
「それと……考え過ぎかもしれねぇけど、キルスコアも悪い」
「……」
そう言えば、そうじゃったな。飯田のきるすこあは、舎弟程では無いが悪い方じゃ。この間の計測訓練では、三回は殺しておったの。あの訓練は人を殺さない為の訓練じゃけど、同時に何をどうしたら人を殺すことが出来るのか知ることが出来る訓練でもある。
きるすこあの悪さが仇討ちを考えてのことならば……。良くない。まっこと、良くない。
「円花ちゃんは、どうしたいと思うの?」
心配そうな顔をした被身子に、顔を覗き込まれた。いかん、表情に出ておったか? 余計な心配を掛けてしまったかもしれん。
とは言え。飯田の止め方が分からないのも事実じゃ。復讐心に駆られた者がどうなるか、儂はよく知っておる。視野は狭まり、復讐しか考えられず、周囲を蔑ろにして破滅へと向かう。飯田もそうなってしまうじゃろう。
じゃって、儂がそうだったんじゃから。儂は最悪に至る前に止めて貰ったものの、いつ死んでもおかしくはなかった。復讐心と言うのは、それだけ人を変える。破滅に導いてしまう。
「……例えば被身子。儂が
「復讐します。そして自殺します」
「即答するなよ……」
そこは迷うなり、考えるなりしてくれ。即答されるとは思わなかったから、少し気圧されたわ。
「だって、円花ちゃんを殺した人を許すなんて出来ませんし。それに、円花ちゃんが居なくなったら生きてる意味なんて無いのです」
いかん。怒っておる。例え話でも儂が殺されたなどと言うべきでは無かった。
「た、例え話じゃよ例え話。なぁ轟」
「例え話でも今のは悪いだろ。渡我先輩じゃなくても怒る」
おい。まさか貴様も怒ってるんじゃなかろうな? 何じゃ貴様等、例え話を真に受けおって。いかん、圧が強い。二人して儂を睨むな。悪かった、儂が悪かったから少し落ち着けっ。
「ごほん。と、とにかくじゃ。飯田を止めるつもりなら協力するぞ? あやつは言葉では止まらんと思うがな」
「……そうだよな。このまま見守るってのも良くねぇとは思うが……」
「緑谷にも言ったんじゃがな。馬鹿をやるようなら、殴るしかあるまい」
それでも止まらぬなら、止まるまで殴るしかあるまい。言葉だけじゃ、復讐心は止められん。これは絶対じゃ。腹の底から湧いた憎悪は、簡単には消えないからのぅ。
「喧嘩は駄目、ですよ?」
「せぬよ。馬鹿をしないと言うまで殴るだけじゃ」
「それ、もっと良くないのです」
顔をしかめられた。暴力はいかんと分かっておるが、時には必要じゃと儂は思う。
「しかしなぁ被身子。復讐心は言葉では止まらぬぞ?」
「……飯田くんは、誰かに復讐したいんですか?」
「その可能性は高い」
「……」
……被身子? 何でそこで考え込むんじゃ? おい、まさなろくでもない事を口走るつもりじゃないだろうな?
「じゃあ、飯田くんが復讐する前にヴィランを捕まえる……とか?」
「それは無茶じゃろ」
飯田が復讐したい
「でも、そのヴィランが捕まってたら復讐は出来ませんよね? そしたら飯田くんも諦めると思うのです。
で、ヴィランの捕縛って……円花ちゃんなら出来ますよね?」
「……出来ても、犯罪じゃぞ」
「バレなきゃ犯罪じゃないのです」
確かにな。誰にも知られぬことがなければ、犯罪ではないのぅ。じゃけど、そんな簡単に貴様の言う事が出来るなら
「それに……。例えばヴィランと偶然遭遇して、たまたま襲われちゃったから抵抗してやっつけたってことにすれば犯罪じゃないですよ?
個性を使わなければ、正当防衛が成り立ちます。そしたらお咎め無しなのです。刑法36条1項的にはセーフですセーフ」
……何か、とんでもない事を言っておる。おい轟、こやつを止めろ。何で真剣な顔をして聞いておるんじゃ。
「で、円花ちゃんの呪力って個性扱いじゃないですよね? 術式は個性登録しちゃってるので使ったら犯罪ですけど」
「……渡我先輩。先輩の案だと、防衛の必要性と防衛行為の相当性に違反するかと。恐らく、正当防衛は成り立ちません」
「ですから、たまたま偶然ヴィランに襲われれば良いのです。円花ちゃんカァイイですし、多分円花ちゃんの発言は疑われません。
そしたら、正当防衛ですよぉ」
「……」
おい、轟。そこで黙るな。何で考え込むじゃ。被身子、ろくでもない事を唆すな。轟が真に受けたらどうするつもりじゃっ。こやつ、天然なんじゃぞっ!?
「廻道。もし、たまたまステインに遭遇したら……、渡我先輩の案で行くか?」
「おい。何言っとるんじゃ貴様」
いかん。これはいかん。轟が天然を発揮しようとしておる。誰かこやつと被身子を止めてくれっ。儂には無理じゃっ! 常闇! 緑谷!! 儂を助けろ!! 今すぐ助けに来い!!
「……流石に冗談なのです。これ、円花ちゃんが危ないから」
……
それはそれとして、被身子よ。お主、法律まで勉強しておるのか? そう言えば最近分厚い本を図書室から持ち出していたような……。と言うか、居間の机に置いてあるの。六法全書とやらが。
「下手に我慢させると余計大変な事になると思うから、本当に危なくなるまで見守っておくのが良いと思います。危なくなったら、助けてあげれば良いと思うの」
「……分かりました。ありがとうございます」
良かった。
結局、飯田の事は一度見守ることになった。つまり、現状維持じゃな。殴り飛ばした方が早い気がしないでもないが、被身子の言う通り無理に押さえ付けるのも良くないのは事実じゃからの。
で、被身子。貴様……、何でさっきから儂の膝を撫でるんじゃ。おいこら、何をするつもりなんじゃ。幾ら寮の中でも人前でせくはらするのは止めんかっ!
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良いから一人称で突っ走れ