待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!! 作:一人称苦手ぞ。
被身子を甘やかそうと試みた翌日。の、放課後。儂は緑谷を寮の裏に連れ込んだ。少し開けた広さがあるから、多少の鍛練程度ならここでも出来る。わざわざ運動場を借りる必要は無い。お互い制服姿じゃが、これも問題にはならん。今日のところは呪力操作だけのつもりじゃからな。この鍛練に被身子が付いてこようとしたが、流石に押し留めた。その際、盛大に拗ねられた。後で機嫌を取らなければ。
これから行うのは、緑谷に呪力操作を学ばせる為の鍛練じゃ。呪力操作は呪術師としての基礎の基礎。これが出来なければ呪霊を祓うどころではない。まぁもっとも、儂はこやつを呪術師にするつもりは無い。飽くまで、呪霊や呪詛師からの身の守り方を教えるだけじゃ。
ちなみに、昨日被身子を甘やかすことは出来なかった。結局いつも通りに抱かれてしまったからのぅ。ううむ、解せぬ。納得いかん。儂は被身子を抱くつもりじゃったのに、何故かそうはならなかった。まぁ、何だかんだで息抜きにはなったようじゃから、その点では目的を達成出来た。と、思うことにする。ぐぬぬ。誰かあやつを打ち負かす方法を教えてくれ。せめて一度ぐらいは勝ちたいんじゃが?
「……さて、緑谷。取り敢えず呪力を練ってみろ」
「えっと、今日から改めてよろしく。廻道さん」
「挨拶は良い。さっさと呪力を練らんか」
「う、うん」
時間を無駄にするつもりは無い。と言うか、出来ぬ。あまりのんびりしているとな、際限無く被身子が拗ねてしまう。嫉妬した被身子の面倒臭さは、嫉妬していた時間に比例して大きくなるんじゃ。何でも被身子曰く、儂はぽんこつな上に距離感が近いから、男子に誤解させるんじゃないかと心配してしまうらしい。何を誤解させると思ってるんじゃこやつ。訳の分からん心配をしおって。
さて。ひとまず緑谷に呪力を練らせてみる。深呼吸を何度か繰り返し拳を握り込んだこやつは、まず全身を淡く光らせた。その後に、呪力を身に纏う。おい、儂は呪力を練れと言ったんじゃ。個性から呪力を引き出せとは言っていないが?
「呪力を練らんか呪力を。個性を使うな」
「いや、その……個性とセットじゃないと上手く行かなくて。個性以外の力を引き出すイメージが出来ないと言うか、何て言うか……」
「感情の火種から捻出するのが呪力じゃと、いつぞやに教えたじゃろ」
まぁ、呪力を練り上げるのが下手なのは仕方ない。おおるまいとのように出来るとは思っておらん。産まれた時から呪力が備わっていた儂と違い、緑谷は最近になって呪力を得たんじゃからな。それも意図せぬ形で。
そのせいか、呪力をどのように操るかが想像出来ないらしい。そもそも、呪力が何であるかをいまいち理解出来ていない節がある。説明してやりたいところじゃけど、こればっかりは感覚の話になるからのぅ。いっそ黒閃を経験して貰った方が早いかもしれん。じゃけどその為には、基本的な呪力操作が前提となる。
「廻道さんは、どうやって呪力を?」
「こうじゃけど」
手本として、いつものように呪力を練り上げ、纏う。
「ご、ごめん。分からないや……」
「まずお主は、自分の中にある呪力を認識した方が良いな。個性を解け」
「うん」
淡い光が消えると同時、緑谷が纏った呪力も消失した。しかしとんでもないの、わん・ふぉお・おおるに蓄えられた呪力は。超常黎明期の頃からとは言え、一般人の呪力を貯め込んだにしては呪力量がとんでもない。歴代継承者の中に呪術師が居たと考えた方が、まだ納得出来る。この辺りの事は、おおるまいとに聞いておいた方が良いかも知れぬな。
「個性を使っていない状態でも、呪力自体は見えとるか?」
「……うん。見えてるよ」
なら、脳はしっかり呪力を認識出来るようになっているな。どういう原理かは知らぬが、個性を継承した影響じゃろう。一度認識出来るようになったなら、自らの呪力を見たり感じたりすることが出来る筈じゃが……。
ああ、そうか。個性を使っていない緑谷には、非術師としての僅かな呪力しかない。それで呪力自体が上手く認識出来ていないのかもしれんな。通常の術師とは、こやつは事情が違う。
わん・ふぉお・おおるは、力を貯め込む個性。その中に蓄えられた呪力を自在に操る方向性で教えた方が良いかもしれぬ。
……とは言え、その場合はひとつ問題がある。個性の中の呪力を使い切ってしまった場合、恐らくまた呪力を貯め直さなければならない。そうなると、緑谷の持つ僅かな呪力では全く蓄えられない筈じゃ。今はまだ膨大な呪力があるから良いが、いつか呪力切れを起こしてしまったら大変な事になるじゃろう。
そう考えると、膨大な呪力を計画的に使っていく方が良いな。
「廻道さんは、どんなイメージで呪力を使ってるの? 呪力を練る際とかも。僕、個性を使う時はイメージする事を欠かさないんだ。
だから、何かそういうのが有るとやり易い……かも」
「……? いや、何も思い浮かべては居ないが。自然に出来るからの」
「し、自然に……。凄い……っ」
いや、凄くはない。呪術師ならば当たり前の事じゃ。とは言え、何か切っ掛けを与えた方が良いか。力を扱う為の
「火種を用意してから、個性から呪力を引き出す感覚でやってみたらどうじゃ?」
まぁ、現状個性から呪力を引き出すことは出来ているんじゃ。引き出す感覚を知っているのなら、後は火種さえあれば呪力を練れるかもしれんの。もしかするとこやつは、当面自前の呪力を練る事が課題になるかもなぁ。そうなった場合、前進してるのか後退してるのか分からん。
「感情の火種……。マッチを擦るイメージで行けるかな……? それからレンジからコードを引っ張るイメージ……。うん、取り敢えずそれで……。まずは、マッチを擦って……!」
……何を呟いとるんじゃこやつ。思考に耽ると、いつもこうじゃな。端から見ると不気味じゃから止さぬか。そんなだから周囲に変な目で見られたりするんじゃぞ、貴様。
どれ、少し見守って……。お?
「っ、ど、どうかな……っ?」
……何じゃ。やれば出来るではないか。呪力量は僅か、出力も大したことはない。が、呪力は呪力じゃ。後はそれを維持することが出来れば……駄目じゃな。呪力量が無さすぎて、直ぐに呪力切れを起こしおったわ。自前の呪力では、持って数秒か。これでは呪霊から身を守るどころではないのぅ。やはり、個性の内にある呪力を使うしかないか。
「ぁ、あれっ? 呪力が消えて……っ?」
「呪力切れじゃ。緑谷、お主は個性の呪力を扱え。自前の物では話にならん。
……が、呪力を練る鍛錬は毎日やっておけよ。遅くとも半日経てば呪力は回復する筈じゃから、呪力切れになることは気にするな」
「う、うん。分かった。じゃあえっと……もしかして今日の訓練って……」
「もう終わりにする。が、その前に個性の呪力を使って殴ってこい」
わん・ふぉお・おおる。それがどの程度強力な力なのかは、おおるまいとの
なので、開いた右手を緑谷に向かって真っ直ぐ伸ばす。ほれ、さっさと殴れ。
「えっ!? いや、それは危ないよ! うっかり調整を誤ったら大変な事に……!」
「頭さえ無事なら問題無い。儂、自分の怪我は呪力で治せるんじゃよ」
「呪力って治癒まで出来るんだ!?」
「それについては、そのうち教える。体得出来るかは才能次第じゃけどな。ほれ、分かったら殴れ」
青ざめたり驚いたり顔を輝かせたり、顔面が忙しい奴じゃな貴様。こういう点でも、こやつは呪術師には向かんのぅ。
「……じゃあ、行くよ廻道さん。ワン・フォー・オール……フルカウル!」
また、淡い光を緑谷が纏う。直ぐに呪力も出て来た。体育祭の時に引き出していた量と比べたら遥かに少ないが、それでも自前の呪力よりは多い。
「しっかりと拳に呪力を流せよ。来い」
「っ、5%……デトロイト……」
構えた緑谷が、拳を振りかぶる。狙いは儂の手のひら。
「スマッシュ!!」
突き出された拳が、手のひらに当たった。……ううむ。威力が無い。速度だけは中々。流せと言った呪力も大して……。
「む?」
いや、数瞬遅れて流れて来たな。呪力操作が拙いにしては、妙な遅れ方をしておる。個性による身体強化で、拳に呪力が遅れているのか? だとすると……何じゃ。少し面白いの。これひとつでは大した武器にはならんが、使いどころが無いわけでも無い。甘く見たら二級以下の呪霊くらいなら、どうにかなるんじゃないか?
「緑谷、もう一度」
「えっ、もう一回?」
「もう一回じゃ。ほれ、打ってこい」
もう少しだけ見ておこう。こやつの呪力が予想外の動きをしたものじゃから、少し楽しくなってきてしまった。今はまだ手合わせしたいとは思わんが、こやつが呪力操作を覚えた暁には……。
うむ、うむっ。思わぬところで先の楽しみが出来たな! いずれ儂と呪い合うとするか、緑谷!!
三人称による補完は要りますか?
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