待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!!   作:一人称苦手ぞ。

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逢瀬の時間。ほてると準備

 

 

 

 

 

 一晩世話になる宿(ほてる)に着いた。被身子が受付で手続きを済ませると、泊まる部屋の鍵が渡された。被身子に。それから玄関広間(ろびい)を通り抜け、昇降機(えれべえたあ)に乗って八階へ。絨毯が敷き詰められた広い廊下を通って部屋に入る。招待客である儂に宛がわれた部屋は、それはまぁ豪勢と言える部屋じゃ。広々としていて、寝具(べっど)なんかは大きな物が二つ並んでいる。寝室と居間は別じゃし、浴室も完備されているのぅ。下手をすると、寮より良い間取りをしているかもしれん。台所は無いがな。その代わりと言うのはどうかと思うが、大きな窓から見える景色はそれなりに良い。

 

「凄い部屋なのです。こんな所に泊まれるなんて、円花ちゃんのお陰ですねっ」

「まぁ、歓迎されてるってことじゃろ。落ち着かんけどな」

 

 広々とした部屋に泊めさせて貰えるのは、ありがたく思う。儂等は招待客じゃから、ここまで旅費らしい旅費はかかっとらん。体育祭の結果は納得しとらんけど、被身子が喜んでいるからあんな結果でも良しとしておこう。無銭でこんな部屋に泊まって良いのか、若干不安にはなるが。

 

 それと、どうせ泊まるなら和室が良かったのぅ。洋室はどうも落ち着けないんじゃ。

 まぁ、招待されている身分故に文句を声に出すつもりはない。文句は胸の内に留めておくことにする。

 

 ……さて。荷物は置いた。貴重品は持った。儂自身はこれからの逢瀬(でえと)に準備は要らない。準備が必要なのは被身子の方じゃけど、こればっかりは儂が手伝わなければならない。と言うか、儂じゃなきゃ駄目じゃ。

 腰紐(べると)を緩め、(ぼたん)を外す。着ている服をはだけさせて、寝具(べっど)の縁に腰掛ける。この寝具(べっど)、柔らかいのぅ……。こんな物の上で、今宵は過ごすことになるのか。変な感じじゃけど、せっかくの旅行じゃしな。たまにはこういうのも悪くない。と、思うことにする。

 

「ん!」

 

 被身子に向かって、腕を広げる。そんな儂を見た被身子は、石のようになってしまった。

 おい、何で固まってるんじゃ貴様。今日は儂に変身したいんじゃろ? じゃったら血が必要じゃろうが。固まってないで、さっさと済ませんか。

 

「も、もぅ……。いきなり誘われたかと思ったのです……」

「その通りじゃけど?」

「えっ」

 

 だから固まるな。いつまで儂を半裸にしておくつもりじゃ。これから逢瀬(でえと)なのに、儂に風邪を引かせるつもりか?

 

「ほら、おいで。服とか色々、汚さないようにするんじゃぞ?」

「……いつからそんなえっちになったんですか? あ、いや元からそうでしたっけ……」

 

 何を言っとるんじゃこやつ。誰がえっちじゃって……?

 それは、貴様の方じゃろ。仮に儂が淫らじゃったとしても、それは被身子が悪い。その責任は当然取って貰う。

 ほれ、早くせんか。時間が勿体無い。今日は一日逢瀬(でえと)するんじゃから、のんびりしているような時間は……。いや、急ぐ必要は別に無いか。

 

 って、おいっ。近付くなり押し倒すな。血を吸うだけなら、押し倒す必要はどこにも無いじゃろうがっ。

 

 

「円花ちゃんのぉ、欲しがり……♡」

 

 

 欲しがりはどっちじゃ。露骨に息を荒くして、妖しく笑いおって。やはり今日は自制が出来てないのぅ。少し落ち着いて欲しいところじゃが、これは言葉じゃどうにもならん気がする。

 しかし、どうにかして落ち着かせなければ。

 

 ……どうやって? 抱き締めれば落ち着く、か……?

 

 試しに、首に腕を回して抱き寄せてみる。ついでに頭も撫でて甘やかしてみよう。あ、いかん。益々息が荒くなって……。

 

「んん……っ」

 

 いやに尖った犬歯で、首を噛まれた。荒い鼻息が聞こえる。顔は見えなくなってしまったが、今日は普段より気遣いが無いような気がする。いつも遠慮が有るとは言えないが、今日は特に遠慮が無い。

 

「……ぁっ」

 

 ぞくぞくする。何でじゃ。何か、今日は……血を吸われると喉が震えて……。

 

 いかん。これはいかん。被身子、少し待っ―――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……っ。えへへ……。ごちそうさま、でしたぁ」

 

 やりたい事をやるだけやって満足した被身子が、恍惚な面でそんなことを宣う。血で汚れた口元を指で拭う姿が、少し色っぽく見えたのは気のせいじゃと思いたい。体を起こすと、大分失血していることが分かる。直ぐに反転術式(はんてん)して、失くなった血を補う。やっと逢瀬(でえと)の準備が終わったんじゃ。失血なんかで倒れている場合ではない。

 

 まったく。何がごちそうさま、じゃ。好き勝手に儂の体を貪りおって。あっちこっちに噛み跡を付けるのは構わんが、少し加減してくれ。まさか宿(ほてる)に着いて早々、血塗れにされるとは思わなかった。寝具(べっど)は……辛うじて汚れていない……か?

 

 念の為に確認してみると、汚れているのは儂の着ている服だけじゃ。良かったと安心するべきなのか、早速着替えなければならなくなった事を怒るべきなのか。

 

「満足したか……?」

「ひとまずは。これ以上のお楽しみは、夜に残しておくのです」

「……へんたい。被身子のへんたいっ」

 

 好き勝手にされるのは、……別に嫌ではない。嫌ではないが、時と場合を考えて欲しいのぅ。一度灌水浴をしたい気分になってきた。実際、体が血で汚れているのは事実じゃし。

 室内なのに、体が熱い。頭から水でも被って、この熱を冷ましたい。そうしないと、せっかくの逢瀬(でえと)がこの部屋の中だけで終わってしまう。そんな予感が有るんじゃ。

 

「しゃわあ、浴びてくる。お主は準備しててくれ」

「はい。着替え、用意しておきますね」

「頼む」

 

 ひとまず、頭を冷やすことにする。水浴びして、体も気持ちも落ち着かせたい。

 寝具が並ぶ部屋から少し歩いた所にある扉を開き、浴室へ。血で汚れた服も下着も脱ぎ捨てて、頭から灌水浴装置(しゃわあ)で水を被る。冷たくて、気持ちが良い。体の汚れと一緒に、熱も流れていく。

 

「はぁ……。まったく……」

 

 今日は(まこと)に気を付けねばならんのぅ。被身子に流されないようにしなければ。もう外で何かしてくることは無いと思いたいが、あい・あいらんどに着いてからのあやつは落ち着きが無いからな……。もしかするとまた、せくはらされるかもしれん。接吻(きす)までは許すが、それ以上を求めてきたら何としてでも止めなければ。

 

 ……止めれるのか? 無理難題な気がするんじゃけど?

 

 

「仕方ない奴じゃのぅ……」

 

 

 ああ。まっこと、仕方ない。被身子を少し思い浮かべただけで笑みを浮かべてしまう、儂も儂じゃけどな。これも仕方ない。落ち着きが無いのは、多分儂もなんじゃから。

 出鼻を挫かれてしまったような気がするが、いい加減逢瀬(でえと)をしよう。そう言えば代えの服を被身子に頼んでおいたが、今度は何を着させられるんじゃろうか?

 

 ……まぁ、何でも良いか。よっぽど変な服でなければ、今日は何でも着てやろう。

 

 よし。頭は冷えた。体も落ち着いた。後は体を拭いて服を着て、そしたら今度こそ逢瀬(でえと)の始まりじゃ。まだ夜の催し事まで、それなりの時間がある。のんびりしている時間は、まだまだ残っているからの。

 

「被身子ぉ。着替えとたおる」

「はーい。今持ってきますねー」

 

 ……儂の声が聞こえた。どうやらもう、儂に変身しているようじゃ。被身子の口調なのに、聞こえてくるのは儂の声。何とも変な感じじゃのぅ。

 

 そう言えば。儂が招待された催し事……れせぷしょん・ぱあてぃいとか言ったか? には、くらすめえとの連中が何人か呼ばれていた筈じゃ。偶然出会うことが有ったら、儂がふたり居て混乱するのではないか?

 

 ……。……まぁ、良いか。くらすめえとが何を思おうが関係ない。今日は逢瀬(でえと)が最優先じゃ。後の事はどうだって良い。

 

「ほれ、持ってきたぞっ!」

 

 浴室の扉が勢い良く開かれた。儂の目に映ったのは、ついさっき脱ぎ捨てた服を着ている儂じゃ。姿形や声だけではなく、口調まで真似するのか。まぁ良い。今日は好きにしたら良い。

 

 そうやってお主が笑っていることが、儂には一番なんじゃからなっ。

 

 

 

 

 

 








昨日、予約投稿日時を間違えて短時間で二回更新することになってしまったのは、円花のぽんこつが私に乗り移ったせいです。

三人称による補完は要りますか?

  • 欲しい
  • 要らん
  • 良いから一人称で突っ走れ
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