物心ついた時に、初めて聞こえたのは耳をつんざく罵声だった。
意味はわからなかったし、何で言われたのかすらわからない。ただそこには敵意があった。愛などあるはずがなかった。
叩かれた。殴られた。蹴られた。切られた。叩かれた。蹴られた。殴られた。叩かれた。叩かれた。蹴られた。殴られた。蹴られた。吐いた。殴られた。蹴られた。叩かれた。蹴られた。殴られた。歯が折れた。乳歯でよかった。殴られた。蹴られた。切られた。人間は血を流しすぎると、動けなくなることが分かった。
罵倒でしか呼ばれないせいで、自分の名前も忘れてしまった。
生まれてきたことを呪うほどの感情すらなかった。
それでも…死にたくなかった。
別に生きて何かをしたかったわけじゃない。
ただ、生きたいという生物として、最低限の欲求に従っていただけだ。
でも、このままじゃ生きていけない、というのは子供でも分かった。
だから俺は両親を殺した。
人間は血がいっぱい出ると動けなくなるのは知っていた。
だから寝ている両親を切ることにした。
最初は父親から。どこを切ればいいかわからなかった。
だからいっぱい切った。
腹を切って、内臓をかき混ぜた。血と肉と、よく分からないブヨブヨした物がぐるぐる回っている。肉の匂いが、鼻に付いて嫌だった。
腕を切った。手首を切ると血がいっぱい出てきて、少し面白かった。でも、手に付いた血は、べっとりしていて、気持ち悪かった。
父親が何かを言っていた、けれど無視した。言葉の意味が文字通りわからなかったから、首を傾げることしか出来なかった。
そして、首を切った。そうすると父親は何も言わなくなった。
首を切れば、人は何も言わなくなるのが分かった。
母親はいつの間にか起きていた。
甲高い声で何かを言っている。何を言っているかわからない。ただ敵意があるのは分かった。
どうすれば人を殺せるかは、さっき理解した。
俺は母親の首を切った。
そうしたら、母親だったものは何も言わなくなった。耳障りな音は、もう聞こえなくなった。
家の外に出た。
一度も外に出たことがない、という訳ではなかった。でも、こんなに落ち着いて、星空を見たことはなかった。
ただただ、頭上に広がる景色に心奪われた。
地面に素足で立つのが痛かった。だから、両親が履いていた靴を履こうとした。
ダメだった。
サイズが違いすぎた。
仕方なく、辺りを歩いているとたくさんの靴が置いてある建物があった。
靴を手に入れた。これで足が痛くない。
目が覚めた。同時に今まで感じていなかった痛みを感じた。
「痛え…」
腕がぐちゃぐちゃになっているんだ、それは痛いに決まっている。それにしては痛みが軽い気もしたが。
どうやら自分は保健室にいるらしい。
バァンー!
扉を思いっきり開いたのだろう。普段だったらどうも思わないが、この状態ではそうもいかない。脳みその中で音が反響している。
「おい、少し静かに…」
「無型サァァァァァァン!!!」
扉を開けたその男。立派なリーゼントに百九十を超えているらしい恵まれた体格を持つ男。そんな男が体格相応の大声を張り上げやがった。
「うるせえ。少し黙れ。」
「アッハイ、スイマセン。」
さっきまでの勢いはどうしたのか、一気にしおらしくなってしまった。流石に申し訳なかったので、フォローは入れようと思った。
「まぁ、見舞いに来てくれたのは素直に喜ぶべきだな。ありがとな。」
「無型さぁァァァん!!」
「話聞いてた?」
もういいや。
「無型君!?起きたのかい!?」
扉を開けて見慣れた顔が現れた。
「おう、飯田か。」
「…ところで、こちらの方は?」
「自分!無型サンの舎弟の駆動鉄器って言います!」
「こいつが勝手に名乗ってるだけだ気にすんな。」
「…そうなのか。」
まぁ、困惑するよな。どう考えても不審者な男が俺の舎弟名乗っているんだし。
「それで、怪我は大丈夫なのか。」
「無型サンなら大丈夫っすよ。」
「お前なぁ。」
この、ガッチガチにギプスで固定された腕が見えないのか。あと、今更ながら背中も何かで固定されているのに気づいた。
「それなりに大怪我だぞこれ。」
その時、よくわかってるじゃないか。と、どこからか声がした。
また誰か来たらしい。扉の方を見やると、めっちゃ小さいお婆さんがいた。
座敷わらしみたいな等身だ。
「妖怪っすか?」
このバカ。
「なんてことを言うんだ駆動君!?彼女はリカバリーガール!雄英の古参教師。無型君の腕を治療したのも彼女なんだぞ!」
え、まじで?
「マジっすか!?スイマセェェンッッ‼︎」
「やけに痛みが少ないと思ったが、あんたが治してくれたのか。」
「完全には治ってないよ。かなりの重傷だったからね、これに懲りたらあんな無茶、二度とするんじゃないよ。」
「…はーい。」
リカバリーガールは何か言いたげな顔をしていたが、すぐに病室を出ていった。なんでも、俺並みのバカがまだいるらしい。腕の方は個性を使って二日くらいで治すと言っていた。
「あっ、そうだ飯田。緑谷は大丈夫か?」
「緑谷君か。重傷だったがリカバリーガール先生のおかげで大丈夫だ。」
「そうか、良かった。」
それからしばらく話をした。USJの時のこと。どうやら飯田は、しっかりと助けを呼べたらしい。
ある程度時間が経つと、飯田と駆動は俺の病室を後にした。
「さて、もう一眠りするか。」と、布団に包まろうとした時、ガラガラとドアの開く音がした。
そこには尾白がいた。
「無型。」
そう言いながら、尾白は俺に近づいてくる。その表情はどこか険しい。そして俺は思い出す。ヴィラン達を尾白に押し付けたことを。
どう言い訳しようかと考えている間に、尾白が口を開く。
「俺を、弟子にしてくれ!」
「は?」
変な声が出た。