夢を見た。
よくわからない夢だ。
そこはただ真っ白な場所だった。
誰かが目の前にいた。
それは守るべき大切な人だった。
輪郭はぼやけて、顔はよく見えなかった。かろうじて、女性であることはわかる。
俺は彼女に手を伸ばす。
届かなかった。
俺の手が届く前に彼女はバラバラになって、死んだ。
轟音が鳴り響く。扉を吹っ飛ばして、ヒーローが現れる。
「「「オールマイト‼︎‼︎」」」
絶望は反転した。
無型悟の稼いだ時間は希望へ、約束された勝利へと繋がった。
「私が来た。」
オールマイトが飛ぶ。目の前の敵、ではなく、無型悟と相澤消太、そして、緑谷たちの元へ。
一瞬だった、扉の前にいたはずのオールマイトは、1秒もないうちに、彼らをヴィラン達から遠ざけた。
「皆、入口へ。相澤くんと無型少年の意識がない。早く‼︎」
自分の手にべっちゃりとした嫌な感覚があった。
自分の手の平を見た。
血塗れだった。
さて、この血はいったいは誰の血だったの
オールマイトが脳無に対して、バックドロップを仕掛ける。狙うのは拘束、それは数秒前、死柄木と呼ばれた男から、脳無のショック吸収の個性を聞いたからだ。
ズドッ!!という、とてつもない轟音と共に土煙が10メートル程舞った。
緑谷は、ほとんど勝利が確定した状況でも考え続けた。
ヴィラン達はオールマイトを殺す算段があって、ここに来ているのではと。
結果としてそれは当たっていた。
「つ〜〜!!」
痛みを堪える声が聞こえてくる。
土煙が晴れる。
地に打ち付けられるはずだった脳無の上体は黒い穴を通して、反ったオールマイトの背中の真下に現れた。そしてその太い指をオールマイトの横腹に突き刺した。
絶対絶命と言われるような状況だった。
だからこそ、ヒーローの卵は動いた。
「蛙ス…っ…ユちゃん!」
「頑張ってくれてるのね、なあに、緑屋ちゃん」
「相澤先生担ぐの代わって…!!」
「うん…けど何で…」
うん、と聞いた瞬間に緑谷は走り出していた。自分がヒーローの卵だから、考える前に体が動いていた。
「オールマイトォ‼︎」
叫ぶ。意味もなく。泣きながら。
「浅はか。」
黒い霧が嗤う。
緑谷の目の前に真っ暗な空間が広がる。
「どっっけ邪魔だ!デク!!」
そしてそれは、ド派手な爆発によって、霧散した。
爆豪が黒い霧を地に叩きつけた直後、脳無の体の一部が凍った。
「平和の象徴はてめぇら如きに殺れねぇよ。」
轟焦凍はそう言い放った。
「ダァー!!」
少し遅れて、切島が死柄木に攻撃を仕掛けるが、これは避けられてしまった。
だが、これで5対3だ。
鼻につく嫌な匂いがした。
死体の匂いだ。
臭いの方向は自分の真後ろだった。
俺は後ろに振り向いた。
死体の山があった。
今まで俺が殺してきた人たちだ。
もう一度、前を向いた。
目の前には、いつの間にか数え切れない量の死体でできた道が地平線の先まで続いていた。
これから俺が殺す人たちだろう。
多分、俺はこれからも人を殺す。
何のために?
「ダメだ!!!逃げなさい。」
オールマイトはそう言った。大人として、先生として、ヒーローとして。
「さっきのは俺がサポート入らなけりゃやばかったでしょう。」
「オールマイト…血…それに時間だってないはずじゃ…ぁ…」
「それはそれだ轟少年!ありがとな!!」
拳を握り、オールマイトは言い放つ。
「しかし大丈夫!プロの本気を見ていなさい!」
死柄木弔が英雄に向かって走り出す。
「クリアして帰ろう…」
だがその歩みは、平和の象徴の放つ圧によって止められた。
動けたのは脳無だけ。
脳無とオールマイトの拳がぶつかる。何回も、何回も。とてつもない轟音を響かせながら。
二人の圧倒的な連打の余波の前に誰も近づけない。
しかし、脳無の個性はショック吸収に超再生。
ただ拳を放つだけでは勝てない。
100%の力では勝てない。
「なら、その上からねじ伏せよう!」
脳無がだんだんと押されていく。
「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!」
そして今、最後の一撃が放たれようとしていた。
「ヴィランよ こんな言葉を知ってるか!!?」
更に向こうへ!!
Plus Ultra!!
その言葉と共に放たれた拳は、脳無を、天井を砕いた更に先、文字通り遙か彼方へとぶっ飛ばした。
死体に囲まれた中で俺は思い出した。
自分が何のために死体の山を築くのか。
俺は、誰かを守るために誰かを殺す。
誰かを傷つけることでしか、誰かを助けられない。そういう人間だ、俺は。
手にはいつの間にか拳銃が握られていた。
世界が崩れていく。
どうやら、そろそろ夢から覚める時間らしい。
今、自分の目の前に英雄がいる。
どんなピンチもひっくり返す、圧倒的な英雄。
自分達が描いた夢を根性論で潰してくる理不尽が目の前にいた。
「チートがぁ…!」
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
痒い。いらつく。痒い。
思わず顔を掻きむしった。
「どうした?来ないのかな!?クリアとか何とか言ってたが…。出来るものならしてみろよ!!」
英雄が吼えた。
「すごいわ…オールマイトは。」
思わず、そう呟いてしまった。
「ああ…そうだな。」
真下から声が聞こえた。
「無型君?意識が戻ったの?大丈夫?」
無型悟の意識が戻った。でも、大怪我をしているのには変わりはない。応急処置はしたが、出血を抑える程度のものだ。
「無理はしなくていいわ。」
「いや、駄目だ。」
力強い言葉だった。有無を言わせぬ強さがあった。
でも、私にはそれがとても危ういもののように見えた。
そう言って、無型悟は立ち上がった。
手に人を殺す道具を持って。
夢を見る時間は終わった。
自らの双眸に敵の姿を映す。
手にはもう、それが握られていた。
それを構える。
無型悟が手に持つそれは実銃だ。訓練用のゴム弾ではない。鉛玉の入った、正真正銘の人殺しの道具だ。
(結局…ヒーローにはなれなかったか。)
別にどうってことはない、最初からある程度覚悟はしていた。
ただ、少し悲しいだけだ。彼らと…自らの夢と…これでお別れになるのが。
狙いはつけた。安全装置も外してある。後は指を引くだけで人が死ぬ。
躊躇う必要はない。
(ダメだよ…)
何処からか声が聞こえた。
無型悟はその声が、自身の思い出の中から溢れ出てきた、幻聴でしかないと理解していた。
それでも…ヒーローになりたかった少年は、その声を無視することができなかった。
時間にして1秒、無型悟は躊躇った。
それはきっと良い意味でも悪い意味でも、運命を変えるには十分な1秒だった。
黒霧は視界の端に何かを捉えた。
それは今まさに引き金を引こうとしている無型悟だった。銃口は死柄木の脳天を捉えていた。
「死柄木弔!」
「あ?」
死柄木弔の足が止まる。余程、信頼しているのだろう。それが命運を分けた。
放たれた銃弾は、死柄木のほおを掠めた。
あの制止が無ければ銃弾は死柄木の頭を貫いていただらう。
ひとまずの危機を回避した。だからだろう。自分の目と鼻の先にもう一つの危機があるのに気付かなかったのは。
「SMASH!!!」
鈍い音が辺りに響いた。
「ガッ…は…!?」
ヴィラン達は気づかなかった。緑谷出久という、危機に。
考える前に体が動いていた。きっと、頭の中は空っぽだった。でも、それが動かない理由にはならなかった。
個性を使って、地面を蹴る。足が折れた。
オールマイトから受け継いだ力。OFAという個性。僕はまだ、それを使いこなせていない。制御できず、自分の体を壊してしまう。
それでも、走るんだ。
「SMASH!!!!」
拳は死柄木の鳩尾に食い込んだ。
死柄木が五メートルほど後方に吹っ飛ぶ。
「貴様…!」
即座に黒霧が緑谷に襲いかかる。
霧の中から腕が出てきて、緑谷につかみかかる。だが、その腕が緑谷に届く事はなかった。
銃声が響く。緑谷を掴もうとした手は撃ち抜かれた。
「来たか!」
その場にいた全員の視線が入り口に集まる。
「ごめんよ皆…遅くなったね。すぐ動ける者をかき集めてきた。」
「1-Aクラス委員長。飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」
即座に黒霧が死柄木を包む。
「ハァ…ハァ。次は殺すぞ。オールマイト。それと、そこのガキ2人もなぁ…」
死柄木が最後にそう吼えると、彼らは姿を消した。
ヴィランは逃げ去った。
戦いは終わった。
全身から力が抜けていく。
(仕留められなかった。)
薄れゆく意識の中で悔いる。
あれらは、放っておいてはいけない。今殺すべきだった。
(くそ…)
思考がまとまらない。
「………あ………た……」
「………………は…………………た」
皆んなが何か言っている。が、わからない。何を言ってるんだ。
「無………ん」
緑谷か。
(ひでぇ顔してやがる。)
緑谷は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
身勝手な願いだとは分かっているが、出来れば泣かないで欲しいと思った。そんなに泣かれると…
(何のために戦ったのかわからなくなる。)