ARIA The NAVIGATIONE 異世界に転生して麗しの水先案内人と過ごすスローライフ♡ 作:neo venetiatti
なんだかとても気持ちよかった。
ふわりと浮かんでいるようで、それでいてゆらゆら揺られているようだった。
赤ちゃんて、もしかしてお母さんのお腹の中ではこんな気持ちなんだろうかと、ふと頭の中をよぎっていた。
うっすらと目を開けてみた。
そこで今まで眠っていたことにようやく気がついた。
なんだったら、しばらくはこのままでもいいかなんて気持ちにもなっていた。
青い空とぽっかり浮かんだ白い雲。
心地いいそよ風がどこまでも流れていくようだった。
揺られていると感じたのは、舟の上にいるからだとわかった。
水が舟に当たる音だけが聞こえている。
でもなんでこんなことに?
そう思ったが、すぐに撤回した。
しばらくはそんなことを考えたくないくらいの心地よさだった。
だがそんな心地よさは、騒がしい声たちによっていきなり遮られてしまった。
どこからか女の子たちの賑やかな会話が聞こえてきた。
「あわわわわわぁー!」
「あのねぇ、あんたはいったいどんだけセリフの中に“わ“を入れたら気がすむの?」
「でっかい狼狽です」
確かに誰かが言った狼狽という言葉の通り、なんか相当焦っている様子が伺えた。
ひとりだけの様なのだが・・・
「どうしよう~~藍華ちゃ~~ん!」
「だからいつも言ってるでしょ?ウンディーネたるもの、最後の最後までちゃんと仕事をしてこそ一人前だって」
「灯里先輩?昨晩はちゃんと確認したんですか?」
「したはずなんだけど・・・」
「したはずってねぇ、あんたはいつもながら、どうしてそうなの?」
三人の会話みたいだ。
中のひとりは、なんだかとても困っているのだろうと理解できた。
だが、あとのふたりはなぜかそれに反して冷静な感じだった。
というより、いつものことだと言いたげな、呆れた様子に聞こえた。
気になってきた。
いったいどんな女の子たちなんだろう。
少し頭をもたげてチラッと覗いてみた。
彼女たちは、ここから少し離れた先にある建物のところにいた。
いや違った。
その建物は、まるで水の上に浮かんでいるようだった。
左右に長く続く海岸線から海に突き出たところに、その小さな建物はあった。
ん?海岸線?海?
そうだ。おれは海に浮かんだ舟の上で揺られていたわけだ。
それをわかった途端、急に不安になってきた。
さっきまで溺れていたような感覚が不意に甦ってきたからだ。
だが、一方で賑やかに会話している女の子たちのことも気になっていた。
いったいこの状況はなんなんだろうか。
何が自分に起こっているのかを知る必要もあった。
「でも藍華先輩?これちょっと見てください」
「何よ後輩ちゃん?なんかあった?」
「ほら、これです」
「ん?ぬな?」
建物の前には小さい船着き場があり、そこには一艘のゴンドラが留まっていた。
そのゴンドラの少し隣で、緑色した長い髪の少女がしゃがみこんでいた。
そしてそのそばでは、青い髪をショートにした女の子が両手を腰に据えて、不思議そうに覗き込んでいる。
問題のもうひとりは、デッキの上で口をだらしなく大きく開け、冷や汗をかきまくって、どうしたらいいのかと困った表情で、まさに焦りまくっていた。
「このロープの切れ具合だと、何か金属片のようなものがぶつかって切れたんじゃないでしょうか?」
「確かにそうね。後輩ちゃんの言う通りだわ。以前にもあったわよね」
「はい。灯里先輩のゴンドラが流されて、それに気がついたアリア社長がすぐに知らせてくれて、そしてアリシアさんが回収に向かいました」
「そして今回も・・・」
話していた二人が、デッキの上で放心状態のピンク色の髪の女の子に目を向けた。
「ええ~?何ぃ~?」
「何じゃないでしょ?またやらかしたのよ?しかも今度はアリシアさん専用のゴンドラよ?もしなくなってたらどうするつもりだったの?」
「う~~ん」
「尋常じゃない困り方ですよ、灯里先輩のあの表情」
「はぁ~~」
どうやら一番年上らしいショートカットの女の子が、その場で大きなため息ををついていた。
「今さらこんなことで時間を取っていてもしょうがないわ。流されてしまわないうちに、アリシアさんのゴンドラを回収しておきましょう」
「それが先決ですね」
「ごめんね、藍華ちゃん、アリスちゃん」
デッキの下の船着き場のところにいた、藍華、そしてアリスと呼ばれたふたりが、そこにあった黒色のゴンドラに乗り込もうとした。
「灯里ぃー!」
「何ぃ~?」
「あんたが漕ぐのっ!」
「はひっ!」
デッキのところにいた、とぼけた顔の、灯里と呼ばれた女の子は、急いでゴンドラのところまでかけ下りてきた。
彼女たちが乗り込んだゴンドラは、その言葉の通りゴンドラを回収するべく動き始めた。
回収。
で、こちらに向かってきている。
改めて自分が乗っている舟を見てみた。
それはまさしくゴンドラの形状をしていた。
ということは・・・
「灯里ぃ~!もっとしっかり漕ぐのよ~!」
「わかったぁー!」
おれはとっさに隠れようとしていた。
だがそんなこと、すぐに意味がないことにも気がついた。
じゃあどうするんだ?
賑やかな声たちがどんどん近づいてくる。
「ぶつからないように、ゆっくり近づけてよ」
「代わりましょうか、灯里先輩?」
「大丈夫。なんとかガンバる」
彼女たちの声がいよいよ間近に迫ってきた。
もうどうすることもできない。
腹をくくることにしたおれは、ゴンドラの上でひとり、青空を見上げながら笑顔の練習を開始した。
だが突然、「ドンッ」とぶつかった音とショックで思わず声を上げてしまった。
「アウッ」
「だから言ったでしょ?近づいたら気をつけてって・・・」
「藍華先輩?なんか変な声が・・・」
「藍華ちゃん?お腹の具合でも悪いの?」
そんな声が聞こえたかと思うと、少しの沈黙が流れた。
気まずい。
明らかに気まずい空気が流れていた。
どうする?
どうするんだ?
「藍華ちゃん?どうかした?」
「どうしたって、あんた、聞こえなかったの?」
「藍華ちゃんのお腹の音ならさっき・・・」
「そんな音、鳴るわけないでしょ!」
もうごまかすことはできなさそうだった。
ここは意を決して出るしかあるまい。
「そうじゃないなら・・・もしかして・・・藍華ちゃん・・・こんなところで・・・まさか・・・出ちゃったの?」
そのとぼけた女の子は、そう言ってクスクス笑い始めた。
「ちょっと!灯里!よりにもよってこんな時に何言ってるの!」
「そうですよ!人の声をオナラ呼ばわりするなんて失礼な!」
思わず反応してしまった。
第一声がオナラかと非難するセリフになろうとは思ってもみなかった。
まさに不可抗力。
だが、そんなことを言ってる場合じゃない。
今のセリフで、彼女たちを完全に引かせてしまったに違いない。
「藍華先輩?ゴンドラに誰かいますよ?」
「確かに誰かいる」
「えっ?いるの?だれ?」
もう観念するしかなかった。
ただこの場合、どうやって説明するかだ。
気がついたら、ゴンドラの上にいました。
そんなのが通用するとも思えない。
だって自分でもはっきりしない。
確か、どこかへ行くように説得されたまでは覚えている。
あれはなんだったっけ?
変に浮わついた女の人が目の前に現れて、手違いがどうのこうのと・・・
「誰かいるんですか?」
一番年上という印象の藍華という女の子が訪ねてきた。
「藍華先輩?ここはやはりネオ・ヴェネツィア警察に通報したほうがいいのでは?」
ネオ・・・ヴェネツィア・・・
そうだ。それだ。
あの時、あのふんわりとした衣装に身を包んだ女性に言われたんだっけ。
第二の人生をを送るのにちょうどいい場所。
そう、確かに言った。
ネオ・ヴェネツィア。
「警察に通報って言っても、変に騒ぎを大きくするだけだし。こんな時、アリシアさんだったらうまく納めるんでしょうけど・・・」
アリシア・・・
聞き覚えのある名前だ。
ん?待てよ?
アリシア・・・アリシア・・・アリシアーネ・・・
そうだ!
女神アリシアーネ!
その人が言ったんだった!
「怪しいものじゃないんです。おれ、そのアリシアーネさんに言われたんですよ。ネオ・ヴェネツィアへ行けって」
ゴンドラのへりから少し顔を出して話かけていた。
「うわっ!やっぱり誰かいたっ!」
「先輩!通報です!」
失敗した。
思い出した言葉に頼ろうとしたのが間違いだった。
そりゃそうだ。
いきなりおれは何を言い出したんだ?
「アリシアーネさん?誰それ?」
でもひとりだけ違うリアクションの人がいた。
というか、この場でこんなリアクションをしてくれるひとがいてくれる。
それって、女神様と言いたいくらいだ。
「灯里!こんな人と口聞いちゃダメよ!アリシアさんのゴンドラを盗もうとした極悪人よ!」
「そうです!目を合わせると、変なものがうつりますよ!」
はぁ?うつる?
このアリスと呼ばれた少女は、口調は丁寧なのに、言うことがキツイ。
いったいおれが何をうつすとういうんだ?
「おれは病気でもなんでもありません。だからみんさんに何かうつしたりもしませんから」
「この人、なんか変なこと言ってる!」
い、いや、言い出したのはそっちなんですけど・・・
「でも、さっき言ってたアリシアーネさんて誰のことなんですか?」
よくぞ聞いてくれました!
すっとぼけた女の子だと思ってたこと、撤回します!
「そんなこと聞いてどううするの?灯里?」
「だって、なんかアリシアさんと関係があるのかと思ったから」
「アリシアさんと?」
その藍華、アリス、そして灯里の三人は、じっとこちらを見つめてきた。
見つめられたおれはというと、どうしようかと迷ってしまった。
答え方のよっては、どうなるかわからんからだ。
「いえ、あのぉ、そのぉ、どう言ったらいいか・・・」
「通報ぉー!」
「了解です!藍華先輩!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「じゃあ正直に言いなさいよ!」
「そうですよ!」
藍華は灯里からオールをもぎ取ると、こちらに向かってグイッと構えた。
「さぁ、どうするんですか?」
別に本当のことを話すことに、些かの問題もなかった。
ただ、どう話したところで納得してもらえそうになかった。
「で、ですからぁ、そのアリシアーネ・・・い、いや、そのアリシアさんという方に言われたんです!困ったら私の後輩たちに相談すればいいって!」
とにかく言ってみた。
言われたのは本当だ。
嘘偽りのない真実だ!
「お宅、アリシアさんとお知り合いなんですか?」
さっきまでオールを威勢よく構えていた藍華の態度が変わった。
彼女たちは、どうやら本当にアリシアーネ、い、いや、アリシアという人の後輩たちのようだった。
あの疑わしかった、自分のことを女神だといった女性のいうことは、うそではなかったようだ。
それじゃあ、この目の前にいる女の子たちは、いったい誰なんだ?
女神の後輩?
なんですか、それって?
彼女たちが、もちろん女神の後輩たちではなく、本当は妖精の後輩たちであること気づくのには、もう少し時間がかかりそうだった。