ARIA The NAVIGATIONE 異世界に転生して麗しの水先案内人と過ごすスローライフ♡ 作:neo venetiatti
藍華は、一旦下ろしたオールをもう一度構え直した。
「やっぱり怪しいわよ。あんた、いったい何者?」
「何者と言われても・・・」
おれが会った女神アリシアーネと、彼女たちがいうアリシアさんという人物とは、どうやら一致してないような気がした。
「アリシアさんの名前を出したらなんとかなるとか思ってるんでしょー?」
「熱烈なアリシア・ファンじゃないですか?」
「そうなの?あんた!そんなの、ファンていうの?」
「やはり、でっかい怪しいです」
怪しいのにでっかいとかあるの?
だいたいアリシア・ファンてなんなんだ?
「あの~そのアリシアさんていう方は、歌手か何かをされてるんでしょうか?」
「何を言ってるの?アリシアさんと言えば、水先案内業界を代表するウンディーネであり、水の三大妖精のひとりで、みんなの憧れの的で、きれいで優しくて、観光案内からオールさばきひとつまで、すべてを完璧にこなすミス・パーフェクト!それが、あの、麗しの、アリシア・フローレンスでしょー?!」
この藍華という女の子の、アリシアさんを説明する熱がすごい。
でも、どれだけすごい人物なのかは、少しだが理解できた。
それと、どうやら彼女たちの様子から察するに、ゴンドラで観光案内をしている憧れの人物であり、彼女たちもそれを生業にしているということのようだ。
「つまり、そのアリシアさんもあなた方もいわゆる観光案内の仕事をしているということですか?」
「決まってるでしょ?私たちのこの格好を見て、ウンディーネのほかになんに見えるって言うの?」
「そうですよねぇ~~」
やはりそうなんだ。
ゴンドラに乗り、同じような制服に身を包んで、そしてウンディーネという職業の名前らしき言葉。
考えたら、そりゃそうだ。
あんな現実感の乏しい女神と名乗るような人・・・いや女神がそのまんま存在しているなんておかしい。
だいたい女神だと言ってるのも、あくまでも自己申告だ。
だが、今の自分の状況を考えたら納得せざるを得ないのも事実なんだけど・・・
「これにはいろいろと事情がありまして・・・」
「事情?ゴンドラ泥棒にどんな事情があるって言うの?」
藍華の勢いは収まりそうにない。
どうやってこの状況から逃れるかだ。
まずはそれをどうするかなんだが・・・
「藍華ちゃん?なんか理由があるんじゃない?とてもお困りの様子だし・・・」
「あんたねぇ、こんなところでお人好しパワーを発揮してどうするの?」
やはりここで頼りになるのは、こちらの“のんびり少女“の方だ。
確か“灯里“という名前だっけ?
「あの~灯里さん?」
「はい?わたし?」
「灯里さん・・・でいいんですよね?」
「はい、そうですよ」
「ああ良かった。先ほど灯里さんがおっしゃった通り、実はちょっと困ったことになってまして」
「やっぱりそうだったんですね?」
その会話の横で、藍華が呆れたようにため息をついた。
「あのねぇ、灯里?あんたはなんでそんなにさぁ、簡単に親しくなろうとするの?ちょっとは疑うということも必要よ?」
「でもやっぱりお困りみたいだよ?」
「だよ?って・・・」
藍華は構えていたオールをとりあえず下ろしてくれた。
だがその目はまだまだ疑いが晴れた訳じゃないと警戒心がすごかった。
「じゃあ言ってみなさいよ!とりあえず聞いてあげるわよ!」
ここはひとまずもっともらしいことで切り抜けるしかあるまい。
「実は、ちょっと昨日の記憶がないと言いますか、気がついたらこんな状態だったと言いますか・・・」
「それって酔っぱらいってこと?」
「そ、そうなんです!酔っぱらいなんです!」
「つまり酔っぱらって、ゴンドラで寝てしまったってことなの?」
「そうなんです!」
酔っぱらいという言葉に飛びついてしまった。
言い訳としては成り立つかなと思ったわけだが、まさかこれが後々になって面倒なことになるなんて思わなかった。
「だからって、アリシアさんのゴンドラに無断で乗っていいなんてことにはならないですからね!」
「それはその通りです。はい」
思わずため息が口から漏れ出た。
なんとかなりそうな雰囲気になってきたような感じだ。
「もういいです!それなら早く何処へと行っちゃってください!」
「わかりました。ところで・・・」
「なに?まだなんかあるんですか?」
「あの~、何処へと言われても・・・」
ゴンドラの周りに目を向けた。
その様子を見た3人も周辺の海を見回した。
「泳げます?」
「えー?」
なんて無慈悲なこと・・・
「藍華ちゃん?いくらなんでもそれはどうかと思うけど・・・」
藍華はほんとにこれでもかというほどの大きなため息ををついた。
「はぁ~~。わかりました。本当なら警察につき出してもいいくらいなんですよ?」
「ごもっともです」
「しょうがないですね。じゃあ灯里?頼んだわよ」
「ええ?わたし?なに頼まれたの?」
「あんたが漕ぐの!」
「またぁ?」
「またぁって。そもそもあんたがしっかりとロープの具合を確認してなかったことが原因でしょ?それにアリシアさんのゴンドラなんだから、ARIAカンパニーの社員である灯里が責任持って扱うのが当然じゃないの?」
「言われてみればそうだねぇ。確かに」
灯里はこちらのゴンドラに乗り移ると、倒していたオールを持ち上げた。
「あの、お名前をお聞きしてもいいですか?」
「アキラ・アサノです」
「アキラさん」
灯里はオールをしっかりと構え直した。
「灯里ぃ?ちゃっちゃと済ませちゃいましょう!」
「うん、わかったぁ。じゃあアキラさん?少し揺れるので気をつけてくださいね」
座り直したおれを確認すると、灯里はグイッとひとかきした。
それは意外な印象だった。
背もたれに少し押しつけられるような感覚はあったが、思っていた以上にスムーズに動き出した。
その上、ゴンドラが海の上を滑るように進んでいく。
おれは思わず振り返ってその少女のにこやかな表情を見上げていた。
「何ですか?」
「あっ、いえ、なんでもありません・・・」
風が通り抜けていった。
彼女のピンク色の長い髪が揺れていた。
乱れたほつれ毛をそっと指でなぞる。
そんな仕草に、先程までとは違う印象を感じた。
まるで一瞬時が止まったようだった。
「はい、着きました」
彼女は、その優しい声でそう言った。
ほんの短い時間だった。
それは当たり前のことなんだが、なぜかこの時間が終わってしまうことが残念に思えた。
彼女たちとおれは、目とはなの先にあった建物に到着すると、そのちいさな船着き場から階段を上がっていった。
そこには、店内が見渡せるほどの大きな開口部と長くて広いカウンターがあり、そのカウンターの上にはかわいらしい花を植えた小さな植え木鉢が置かれていた。
そこから見上げたもうひとつ上の階には「Welcome to ARIA COMPANY」と書かれた大きな看板が掲げられていた。
「ARIAカンパニーというのか・・・」
「じゃあこの辺で」
藍華はあっさりとした口調で言った。
「さすがに酔いは覚めましたでしょ?」
おれは改めてここに来た理由を思い返していた。
この少女たちとこのまま別れるのも仕方がないかと思ってみたが、考えたら右も左もわからないところでどうすればいいのか。
わかっているのはただひとつ、ここがあの女神アリシアーネが言ったネオ・ヴェネツィアという名前の未来都市だということ。
そこで第二の人生を過ごせという。
また命を授かったとはいえ、結構ハードルの高いテーマが待っているような気がする。
こういうときはセオリーでいってみるのがいいかもしれない。
「実はちょっと困ってまして」
「やっぱりお困りだったんですね?」
「だから灯里?そうやってすぐ話を聞いちゃう!」
「本当なんです、藍華さん!」
「な、なによ!いきなり馴れ馴れしい!」
「実は・・・」
ここはある程度本当のことを言った方がいいかもしれない。
変に疑われたままよりかは、正直に話して事情をわかってもらう方がこの目の前の女の子たちは理解してくれるように思える。
もちろん、そこは確信には触れずになんだけど・・・
「つまりそれって、傷心旅行ということですか?」
「まあなんといいましょうか・・・」
「憧れていた先輩に思いを届けられず、思い出のペンダントを胸にネオ・ヴェネツィアにやって来た」
「そんな感じだったか・・・」
アリスと灯里は、おれの話に少し表情が変わってきた。
それはまさに乙女の顔そのものだった。
「それって、恋に迷える旅人が、このネオ・ヴェネツィアを見守ってきた女神様の愛に導かれてやって来たみたいだねぇ」
「恥ずかしいセリフ禁止!」
「はひっ!」
「あんたってほんとに相も変わらずねぇ」
この灯里さんの言うこと、当たらずも遠からずなんだけど。
「ということなんですけど」
「けど?」
「しばらくここでご厄介になろうかと思ってる次第でして」
「厄介になるぅ?あんた!変なこと企んでないでしょうね?このふたりは騙せても、この藍華・S・グランチェスタは騙されませんからね!」
「違いますぅー!」
「何が違うって言うの?」
「教えて欲しいんです」
「何を?」
「ですからギルド」
「ぎるど?」
「生活をするとなると、まずは仕事が必要ですし、当面寝泊まりする宿も探さないといけない。近くには大概酒場があって、そこで情報収集をやって、できれば気の合うパーティーなんかが見つかればいいなぁなんて考えてるんですけど・・・」
あれ?なんか雰囲気がおかしい。
変なこと言ったつもりないのに。
異世界といえば、まずはギルドで冒険者登録をして、それから・・・
「パーティーってなんのパーティーなんですか?」
「だって勇者パーティー・・・でしょ?」
ちょっと待て。考えろ。
この感じは間違いなく場違いな発言をしたときのリアクションだ。
でも間違ったことを言ったわけではない。
女神に会って、有無を言わさず異世界に飛ばされて、そしたら剣を携えた冒険者たちがいて・・・いない。いなかった!
そうだ!勘違いだ!ここは未来都市のヴェネツィア。しかもネオなんてつけちゃったりしてる!
ヨーロッパの街並みだったから、当たり前に異世界もののパターンでやっていけばなんて考えてた!
おれはなんて安易だったんだ?
すると、とても冷静にアリスが話始めた。
「こちらの方は」
「アキラさんだよ」
「そのアキラさんは、お仕事を探していると言いたいんじゃないですか?」
「お仕事かぁ」
「そのパーティーの意味は分かりかねますが」
とアリスは前置きして「エヘン!」と咳払いをした。
「ネオ・ヴェネツィアにやって来たのはいいけれど、いざとなると暮らしを考えなくてはならない。つまり、仕事と生活する場所が必要だと」
「なるほどぉ」
アリスの理解の速さと灯里の受け入れ態勢の速さで、救われようとしていた。
ありがたいなぁ、この子たちは・・・
「あんたたちの言うことは理解できないわけじゃけど、なんか言ってることがおかしいのよねぇ~」
藍華さん?そこはとりあえずそのままスルーしてくれませんか?
「でもさっきこの人が言ってた“ぎるど“ってなに?」
「つまり職業紹介所のことなんじゃないですか?」
「どうなんですか?」
アリスさん!助かりますぅ!
「そうなんです!その職業紹介所です!・・・ふぅ~」
「でも冒険してパーティーして、なんか楽しそうだねぇ~」
あ、あの、灯里さん?そこはもういいんですけど・・・
「ところでアキラさん?あなた、何か得意なことあるんですか?仕事を探すといっても何ができるのかで変わってきますよね?」
藍華さん?あなたの言うことはごもっともなことだ。そしてあなたは現実的な方です。
このトリオがなぜ成立しているのか、わかる気がする。
でもそこではたと気がついた。
そうだった。問題はそこだった。
おれは過去に遡って異世界に行ったってわけではなく、まだハッキリと分かっている訳ではないが、おそらく科学技術が発達した未来都市に来たはず。
あの女神アリシアーネが言っていた、火星を開拓したという話が本当なら、とんでもない時代に来たわけだ。
じゃあおれのチート・スキルってなんなんだ?
こんな未来都市で発揮できるチート・スキルなんて、考えただけで恐ろしいぞ!
というか、そもそもチート・スキルが必要なのかどうかわからないんだけど・・・
現実的に考えて、おれができることと言ったら・・・
「猫探し、くらいかと」
3人は同時にキョトンとおれの顔を見つめた。