アークスシップ6番艦の警備任務には午後の募集枠がまだ残っていた。すぐに志願したおれとアフィンはそのまま慌ただしくキャンプシップに乗り込み、6番艦市街地へ出撃することになった。
大気中のダーカー因子の数値に気を配りながら市街地を警らするが、ダーカーの出現予兆となるほどの反応はない。仕事へ向かう者、買い出し中とみられるグループ……昨日襲撃があったとは思えないほど街は落ち着いており、住民の生活も普段通りといった様子だ。
「……っと。ここだな」
のどかな市街地の中で、空気が急激に重苦しくなるような感覚。襲撃の被害現場だ。すでに現場検証などは完了したらしく、遺留品も一通り回収し終わったようだ。アークス隊員の姿は見られず、無残に焼け落ちた家屋に侵入防止用レーザーフェンスが立てられている。
俺は因子測定器を取り出し、ダーカー因子を確認してみた。測定器を被害現場に向かって近づけるように動かしても、表示される数値は弱いままで変わらない。当然、ダークファルス出現の痕跡もない状態だ。
アフィンの表情は暗い。
「因子反応、すごく弱いな。考えすぎだったのかな」
失踪した姉の手がかりが空振りともなれば、気持ちも落ち込むだろう。
「まあ落ち着けよ。この辺りの人にちょっと取材してみよう」
「相棒……そうだな。よし、あのおばさんに話を聞いてみるよ」
アフィンは周囲を見回すと、数秒で話好きそうなおばさんを見つけて駆け寄っていった。
おばさんに丁寧に挨拶したアフィンは、慣れた様子で襲撃事件について質問している。おばさんも一瞬警戒したような表情を見せたが、すぐに話し始めた。姉を探して各地を巡る中で身に着けた話術なのだろう。おれは少し感心した。……まあ、中性的でかわいらしい、アフィンのルックスも多分に影響しているだろうけど。
おばさんは昨夜の出来事を事細かに話してくれた。
深夜に爆発音で目が覚め、ダーカーの襲撃かと思ったこと。ダーカーの気持ち悪い断末魔が聞こえて、片が付いたのかと安心してまた床に就いたこと。今朝、襲撃事件のニュースを見て混乱していること。
被害者の一家とは顔見知りだったそうだ。仲の良い家族で、揃って楽しそうに出掛けているところをよく見かけていたらしい。お子さんは12歳くらいと年少だが非常に優秀で、企業に技術アドバイザーとして特別に雇用されていたほどだった。ただでさえ優秀なのに、さらに「頭の良くなる手術」を受ける予定もあったらしい。
おばさんはいろいろと教えてくれたが、次第に話の内容が世間話に変わってきた。今は警備任務中。あまり立ち話をしていると、オペレーターに怒られそうだ。おれとアフィンは礼を言っておばさんと別れた。
「断末魔を聞いたって言ってたな。本当にダーカーの襲撃だったのかも。」とアフィン。
「ダークファルスなら残留因子の数値はもっと膨大だしな。」
ダークファルスが民家を襲っているわけではないようだ。だが、ダーカーが民家を一軒ずつ襲うようには思えないという疑問はまだ残っている。この気味の悪い事件には放っておいてはいけない何かが潜んでいる気がしてならない。……それが何かと聞かれたら、何も説明できないのだが。
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「市街地の巡回に戻ろうぜ、相棒」
そそくさと去るアフィンを追って廃屋を後にしようとしたその時。人口太陽の光が光沢のある物体に反射し、おれの目に射し込んできた。全焼した家屋の入り口付近に、何かが転がっている。目を凝らしてみると、子供がつける腕時計型のおもちゃのようだ。遺留品の回収漏れだろうか。
おれは腕時計のような物体を拾い上げ、アフィンを呼び止めた。
「見てくれ、遺留品かもしれない」
「なんだよ相棒……え、遺留品?」
反転して小走りで戻ってくるアフィン。
「落ちてたのか、それ……って懐かしいな、ハイパーウォッチじゃん」
アフィンいわく、「超多機能カスタム時計 ハイパーウォッチ」。
やはり子供がつけるおもちゃの腕時計だった。電卓や占いに加えて録音機能まで内蔵された多機能腕時計の最新モデル。アフィンも子供のころ持っていたらしい。
「アフィン、これ録音機能がついてるのか」
「たぶんな、おれが子供のころのモデルでもついてたし」
昨夜の襲撃事件で被害にあった一家の子供は行方不明になっているようだが、仮にこのハイパーウォッチが行方不明になった子供の持ち物なら……
可能性は低いが、録音機能で行方の手掛かりとなる情報が記録されているかもしれない。
「アフィン、何か事件の手掛かりになりそうな音声が録音されていないか?……まあないだろうけど」
「ああ、念のため見てみるよ」
よくできた玩具の時計を操作するアフィン。数秒でわかりやすく顔色が変わった。
「相棒…あったぞ。昨日の深夜録音された音声が保存されてる」
鼓動が急激に早くなっていく。
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アフィンが恐る恐る再生ボタンを押すと、スピーカーから耳障りなノイズが数秒流れた。直後、聞こえてきたのは銃声と大人の悲鳴。おもちゃの時計から流れ出す凄惨な叫びに、全身の筋肉が一気に硬直していく。
「お母さん!お父さん!」
子供の絶叫が続く。泣き声は急にくぐもり、徐々にか細くなっていった。
映画のワンシーンが思い浮かぶ。薬を嗅がせ気絶させる、よくあるシーン。
「気が滅入るぜ、次は3日後」
襲撃者と思われる男のぼやき声を最後に、音声は途切れた。
音声ファイルの録音日時は昨日の深夜。この音声は昨晩の襲撃を録音したもので間違いない。被害者は銃で殺害されており、襲撃はダーカーによるものではないことは明らかだ。行方不明の子供は薬で眠らされ、誘拐されている可能性が高い。そして「次は3日後」の声。3日後に次の襲撃が決行されるのだろうか。
衝撃的過ぎる音声。言葉がなかなか出てこない。
「これ、ヤバいやつだ。とりあえずこの時計は保管して…」
「本部に連絡だな、相棒」
動揺に震える手で通信端末のメニューを開こうとすると、警備任務を指揮していたオペレーターのヒルダから緊急用の回線で連絡が入った。
「レツ、アフィン、至急キャンプシップへ戻れ」
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指示に従いキャンプシップへ戻ると、再びヒルダから通信。
「急ですまないが…レツ、アフィン。お前達は現時刻をもって任務完了扱いとする」
「報酬は正規の額を支給する。安心しろ」
簡易モニタ越しに見るヒルダの表情は重い。
「そして本部からの通達だ。まず先程拾得した遺留品を速やかに提出せよ」
ヒルダの声はいつもより低く威圧的に聞こえる。
「さらにレツ、アフィンの両名には緘口令を敷き、今後この件への一切の関与を禁ずる」
「違反した場合は懲戒処分の対象とする」
このタイミングでの緘口令。
無駄な混乱を防ぐ為にも素晴らしいスピードでの対応だが、おれは言葉にならない不安を感じた。
「ヒルダさん、遺留品ですが音声が…」
「レツ、いいんだ」
遮るヒルダ。声色は幾分柔らかい。
「お前達が正しい倫理観のもとに行動できる人物で、話したいことがあるのも理解している」
「……だが、私としてもこの件には関わってほしくない。遺留品に記録されていた音声も聞かなかったことにしてほしい」
「ヒルダさん、ちょっと……」
「今回は相手が悪すぎる。優秀なアークスであるお前たちを失いたくない。指示に従ってくれ、頼む」
任務終了通達に加えて本部から突然の緘口令。呆気に取られていると、ヒルダが通信を切り上げた。
「話は以上だ。遺留品の提出、早急にな」
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ゲートエリアに帰還したおれとアフィンは、あまりのことに話もせず固まってしまっていた。数分後、アフィンが緊張した面持ちで口を開いた。
「ハイパーウォッチはおれがコフィーさんの所に持ってくよ。凄いことになっちまったな」
「ユクリータさんは無関係だったようで良かったよ。しかし……」
あの音声。襲撃を繰り返しているのは少なくともダーカーではなく、武器を持った人間だ。
「相棒、さっき聞いたあの銃声さ……おれのライフルと似てる気がするんだ」
フォトンライフルはアークス内で広く使用されているが、一般流通はしていない。
「あの銃声がフォトンライフルのものなら……アークスの武器が犯罪者に横流しされているか、あるいは」
襲撃の実行犯はアークスの人間で、上層部はその事実を隠そうとしている……考えたくない話だ。
音声の内容を思い出す。銃声、悲鳴、子供の泣き声。そして気だるげなぼやき声。
「子供が心配だ。殺されなかったようだが誘拐されてるかもしれない。それに次は3日後……」
「でも相棒、緘口令もあるしヒルダさんの様子見ただろ」
ヒルダは普段、必要最低限の内容しか話さない。先程はいつになく感情的で、おれ達を必死にこの件から離そうとしているようだった。
アフィンの言葉はもっともだ。アークス上層部は秘匿情報に接触した者に容赦がない。以前、おれがナベリウスの地質調査を手伝った知人の学者……彼は組織が隠している重大な事実の一端に触れてしまい、暗殺されかけている。
子供の行方と次の襲撃が気がかりだが、即座に緘口令を敷くほどの事態だ。下手に関われば命の保証はない。
釈然としないが、これ以上悩んでも何も成果は出せそうにない。この日は一旦解散することにした。
「…今日は終了だな。お疲れ」
「またな、相棒」
遺留品のハイパーウォッチを手渡してアフィンと別れた後も、録音されていた銃声と悲鳴は何度も何度もおれの耳の奥で再生され続けていた。
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第1夜 第2幕 終わり。第3幕へ続く。