翌日。デイリーミッションを受ける気にもなれなかった。
昨日見つけた襲撃事件の遺留品「ハイパーウォッチ」に録音されていた子供の泣き声が完全に頭の中に貼り付いてしまっていた。
録音の最後に入っていた「次は3日後」という無責任で気だるげなぼやき声。やり場のない怒りに加え、焦燥感も湧き上がってくる。そこに市街地でおばさんから聞いた被害者一家の話が乱れた感情をさらにかき乱してくる。
幸せに暮らしていた子供が、突然両親を目の前で殺された。子供自身も誘拐され、何をされているかわからない。次は3日後……事件の日から数えれば明日、また襲撃が発生するかもしれない。そしてヒルダを通して伝えられた緘口令。アークス上層部は事件の真相を隠そうとしているとしか思えない。新たな犠牲者が生じるであろう状況で、誰も、何もできない。
こんな状態なら、誰だって仕事が手につかなくなるだろ。
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居ても立ってもいられなくなったおれは通信端末で襲撃事件のニュースを検索しはじめたが、当然ニュースで流れていた内容以上の情報は出てこない。昨日のように市街地で聞き込みをすれば多少情報も集まるだろうが、昨日おれは事件へのこれ以上の関与を禁じられている。表立っては動けない。それでも可能な範囲で、今できることは無いだろうか。
……知り合いの「情報通」に連絡を取ってみるのは、アリかもしれない。おれは知り合いの姉妹アークス、パティとティアに電話をかけることにした。顔が広く、アークス内の様々な事柄に詳しい彼女らは、もしかすると何か知っているのではないか。
手始めに姉のパティを呼び出してみると、数回のコール音の後、通話が繋がった。
「はいはいパティです!どったの?」
「お疲れ、いきなりすまない。ちょっと聞きたいことがあって……」
賑やかな声。知り合いの声を聞いたせいか、気持ちが若干落ち着いた。彼女は丁度任務から戻った所だそうだ。おれは襲撃事件について聞こうとしたが、そのまま電話で話すのはやめることにした。回線の傍受ぐらい、アークスならやる。
「ああ、えっと……実際に会って話さないか」
「なあに?パティちゃんに会いたくなった?……痛!」
おおかた妹のティアに小突かれでもしたのだろう。
「まあ、そんなとこ。今日、空いてる時間あるかな?」
残りの出撃は夜間で、日中は空いているらしい。
20分後、ショップエリアで待ち合わせることになった。
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ショップエリアへ移動すると、モニターでニュース番組が流れていた。
内容は「ハーフキャスト」特集。心肺機能のみを機械化する最先端の医療テクノロジーだ。手術で心肺を機械化することで血糖値や血中の酸素濃度が最適化され、脳機能が大幅に活性化するらしい。
手術で脳機能が活性化……昨日、市街地でおばさんが言っていた「頭の良くなる手術」ってこれか。おばさんって新しいモノゴトの名前を意地でも覚えないよな。
モニターの中では、少年がはきはきとインタビューに応じている。
近く、ハーフキャスト化手術を受ける予定だそうだ。13歳にしてタイレル大学に編入した天才少年……タイレル大はアークスシップ17番艦の超名門大学だ。
来月、手術の為に休学し、実家に帰るらしい。手術は怖くない。それより研究が捗るのが楽しみで仕方ない。恐ろしいほど聡明な13歳。
記者は感心した面持ちでインタビューを続けている。少年は大学の寮で暮らしているが、久しぶりに家族に会えるのも嬉しいそうだ。
「家族」というキーワードで、昨日聞いた録音の泣き声がまた頭の中に広がってきてしまった。
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鬱々としているところに、パティとティアの声が響く。
「レツ君おまたせー!」
「パティちゃん声大きいって!」
パティとティアは「情報通」を自称する姉妹アークス。所属は戦闘部だがその情報力は本物だ。人当たりの良さと愛嬌で広い交友関係を持ち、それが彼女らの情報源となっている。
「君から呼ぶのは珍しいね、デートのお誘い?」
「いい加減にしろバカ姉」
漫才じみたやり取りに、おれは少し気分が和らいだ気がした。
「最近連続している市民襲撃事件のことなんだが、どうにも気になって……何か情報を掴んだりしてないかな?」
「あー、不気味だよね」
パティとティアも一連の襲撃を不審に思い、情報収集を進めているらしい。ただ、この件に関しては情報統制がかなり厳しく、アークス本部に確認しても門前払いだそうだ。
「ん、でもね…」
やや神妙な面持ちで耳打ちしてくるパティ。
「六芒均衡のヒューイさんに任務で会ったとき、こっそり教えてくれたんだけど……」
ティアが小声で続ける。
「襲撃の被害者がとても似ているの。どの事件も被害者は子供のいる家族で、 両親は殺害…子供は消息が分からないみたい」
大人は殺され、子供は行方不明。
昨日音声を聞いた襲撃の被害者と同じ状況だ。
周囲を気にしながら、パティがささやく。
「市街地警備に行った知り合いにも話を聞いたんだけど」
「被害者の人物像、これがまた……どの襲撃も似てるんだよね」
「知り合い」が近隣住民から聞いたという情報をティアが列挙していく。
被害者は皆、危険とは無縁の家族。
お子さんがとても優秀。
飛び級で大学入学、学会で論文発表…。
昨日市街地でおばさんに聞いた、被害者一家の話と似ている。
「後はどの家族もお金持ちだったみたい。ハーフキャスト手術って知ってる?」
「ニュースで見たよ。心臓と肺だけ機械化すると頭が良くなるらしいな」
「それそれ。相当裕福だったんだと思うよ。すっごく高いからね、あの手術」
襲撃に遭った家族は共通して子供にハーフキャスト化手術を受けさせる予定だったそうだ。この点も、一昨日の襲撃の被害者と同じだ。
「優秀な子供を持つ、裕福な家族が標的……両親は殺害、子供は行方不明か」
「わたしたち、最初は身代金目的の誘拐かと思ったんだけど、大人が殺されてしまっているし、多分違うよね」
パティとティアはダーカーの襲撃という報道をハナから信じていないようだ。緘口令を思い出し、おれは余計な事を喋る前に礼を言って二人と別れた。
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じっとしていると昨日聞いた子供の泣き声が頭の中をぐるぐる回ってしまう。おれは気分転換のため、ショップエリア併設のカフェエリアへ向かうことにした。
コーヒーの香りが漂い、休憩中のアークスが絶えず談笑しているカフェエリアの雰囲気が、おれは嫌いじゃない。ドリンクを受け取って席につき、気持ちを落ち着けながら、おれは集めた情報を整理し始めた。
今までに発生した襲撃は4件。被害者は全て子供を持つ裕福な家族。両親は殺害、子供は行方不明。行方不明の子供達はみな非常に優秀で、ハーフキャスト化手術を受ける予定だったようだ。そして昨日聞いた音声。子供を薬で眠らせるような声と「3日後」。
次の襲撃も、優秀な子供を持つ裕福な家族が標的にされるのだろう。子供にハーフキャスト化手術を受けさせるほど裕福な家族の数は限られるだろうが、全アークスシップを見ればそこそこの数にはなる。次の標的の絞り込みには至らない。警備任務に就く他のアークスの働きに期待するしかないか。
警備任務といえば……そもそもなぜ襲撃は毎回成功しているのか。一昨日の襲撃が発生する前、それこそ初回の襲撃が発生してから、アークスは全てのアークスシップ市街地を24時間体制で警備していたはずだ。
おれはアークスから支給されている電子端末を起動し、今週の市街地警備任務の募集を確認してみた。数秒の読み込みの後、端末の画面に細かな表が出てきた。百数十隻あるアークスシップそれぞれの警備任務が記載されている。表をよく見てみると、任務への志願者は毎日募集されているが…… 何故か数隻「募集のない艦」があるようだ。
ニュースでは「全アークスシップの警備を開始」と報道されていたが、
実際には警備の行われていない艦があるのではないか。
襲撃は毎回そこで発生していた、ということはないだろうか。
「次は3日後」の音声を思い出す。一昨日の襲撃から3日後は明日だ。
明日の警備任務リストを開くと、やはり「募集のない艦」が3隻ある。
17番艦、62番艦、90番艦。
17番艦は先程ニュースで見た天才少年が通うタイレル大学のある艦だ。
彼はハーフキャスト化手術を受ける予定で、今は大学寮で暮らしているという話だった。
残りの62番艦と90番艦は大部分が工業プラントで占められた艦で、
裕福な家族が住む場所ではない。
となれば……次の襲撃は明日、17番艦のタイレル大学寮が標的にされるのではないだろうか。
おれはこの事件への関与を上層部から禁じられている。
下手に首を突っ込み、バレてしまえば懲戒処分だ。昨日のヒルダの様子を見るに、かなり重い……命に係わる刑罰が下される可能性もある。
腕の立つ友人……オーザとマールーあたりに相談するか。しかし下手をすれば彼らも懲戒対象となるかもしれない。もし推理通りに襲撃が決行されるなら、犯人とアークス上層部は繋がっている可能性も高い。そんな危険な話に友人を巻き込めない。
歯がゆい思いに、頭に貼りついた泣き声がまた大きくなる。
懲戒処分はごめんだが、やはりこのまま黙っている気にもなれない。
おれは明日「個人的に」「偶然」17番艦へ足を運ぶことにした。任務ではないため武器は使えず、直接襲撃を阻止することはできない。だが、匿名での通報ぐらいはできるだろう。
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第1夜 第3幕 終わり。第4幕へ続く。