渾身の跳び蹴りで戦闘不能に追い込んだ化物を介錯すべく、刀を振り上げたその時。化物の後方に見覚えのある光の柱が形成された。アークスが拠点から現場へ移動する際に使用するワープ装置……テレパイプだ。
光の中から現れたのは1人。刺々しいシルエットの赤い装甲に身を包み、頭部にはフルフェイスのマスク。後頭部と腰には大型鳥類の冠羽を彷彿とさせる装飾が揺れている。肘の関節部は可動式のパーツ……アーマーを纏ったヒューマンやニューマンではなく、キャスト種族の男性のようだ。
男は転送が完了すると同時に、見たこともない形状の銃を取り出し、化物に向けた。引き金を引くと銃口から光がゆっくりと伸びていく。光は化物に到達するとドーム状の形に広がり、その後数秒で化物の姿は跡形もなく消えてしまった。
「装備ばカリ大袈裟なボンクラ共ガ……調整中のプロトタイプを現場に投入すル馬鹿ガいるカ!」
時折ガス漏れのように掠れる独特のしゃがれ声でぼやきながら、男は倒れている戦闘員達にも1人ずつ銃を向け、引き金を引いていった。化物と同様に、光に包まれて消えていく戦闘員。淡々とした動作は「後始末の掃除」を嫌々やっている、といった気怠い雰囲気だ。
戦闘員の姿が全て消えた所で、男が突然こちらへ振り向いた。頭部が先行して動いておれの姿を捉え、身体が続いて振り向くような、人間離れした動作。フクロウか、こいつ。不気味な動きに、思わず息を呑む。
「……始末しタ訳じゃアない。この銃はテレパイプガン、ト言っテな。撃った対象を事前に設定しタ場所へ転送させラレル。便利ダ」
物体だけでなく、人間や生物を一方的に転送できる銃型のテレパイプ。そんな道具は初めて見る。戦闘員たちを拠点へ転送して回収したということであれば……この男は襲撃の首謀者か、作戦指揮者だろう。おれは身構えた。
「そう構えルな。もう夜明けダ、今回は見逃しテやル」
「さっキの怪物に関してはコッチの落チ度ダ。調整中の生体兵器なんダガ、お前さんにノさレタ俺の部下がパニクって転送しチまっタ。市民に被害ガ出ル前に無力化しテくれテ助カッタ。」
気味の悪いしゃがれ声に気圧されそうになったが、ビビっている場合ではない。おれは腹の奥に力を入れ、男の話を必死に分析した。
戦闘員たちが倒される様を、どこかでモニタリングしていたということだろうか。しかし、戦闘員たちを倒したのはおれではなく、おれにレイブンスーツを託した青年だ。スーツの装着者が変わったことに気付いていないのだ。纏えば正体を隠して戦えると言う話は本当らしい。
……それよりもだ。先程まで市民襲撃を指揮していたであろう者が「市民に被害が出る前に」とは白々しいにもほどがある。遺留品に録音されていた家族の絶叫がフラッシュバックし、力を入れていた腹の奥が熱くなる。おれは苛ついて口を開いた。
「お前たちは何者だ。ここ最近の襲撃事件もお前たちの仕業だろ。ご丁寧にダガンまで呼び寄せて……」
「何者だ、はコっちのセリフだガ……まあイい」
キャストの男はやれやれといった様子で肩をすくめながら、こちらに近付いてきた。無機質な足音と共に、不気味なシルエットが眼前へ迫る。
「俺はキリク。研究部……ヴォイド所属ノ、アークスだ」
「お前さンが邪魔しテくれタ作戦はヴォイドの正式任務だ。アークス本部も認可してル。ヒーロー気取りだろウが、これ以上邪魔すレば任務上の脅威としテ排除するぜ」
_______________________________________
ヴォイド……アークス研究部の特務機関。科学の進歩に多大な貢献を果たしている一方で、研究に際しては苛烈な人体実験も厭わない非人道的な組織だ。フォトンの才を持つ子供を勝手にキャスト化したり、能力の低いアークスに負担を度外視した肉体改造を施したり……その非道ぶりは枚挙に暇が無い。
そしてヴォイドの総長「ルーサー」。
40年前、ダークファルス「巨躯」との戦いで壊滅したアークスを立て直した文字通りの超人だ。現人類の始祖とされる種族「フォトナー」……ルーサーはその末裔らしい。
しかし、超人と言っても彼はいわゆる「正義のヒーロー」ではない。
組織としてアークスを立て直した見返りとして、全アークスシップの管制権を自分へ譲渡させたのだ。
現状、アークス上層部はヴォイドの傀儡……操り人形だ。ルーサーへ譲渡されたアークスシップの管制権にはシップ内の生命維持装置も含まれている。アークス本部が市民襲撃作戦を黙認しひた隠しにしようとしているのも、襲撃の首謀者がヴォイド所属の人物なら……納得はしたくないが理解はできる。
……ヒルダが言っていた「相手が悪すぎる」ってそういうことか。
自らが対峙している闇の大きさ、深さを実感し、鼓動が早まる。だが、ここで引き下がれば……このまま放っておけば、誘拐された子供たちは十中八九、人体実験に使われてしまうだろう。
________________________________________
キリクが顔を近づけてくる。無機質なヘッドパーツには、蜘蛛の眼のようにズラリと並ぶアイカメラが光る。多数の眼に一斉に睨まれたような感覚に、思わず鳥肌が立った。
「データベースと照合できンな……誰なんダお前」
「アークスかドウカはおろか、種族すラわカらん……なルホど、身分を隠シて俺たちニ楯突こウというわケか」
やや愉快そうな様子で踵を返すキリク。舐められているらしい。
ただの一人のアークスがヴォイドの所業を止めるのは無理だ。だが、レイブンスーツで正体を隠せば……拐われた子供達を救い出すことができるかもしれない。何でもいい。少しでも子供達の情報を引き出したい。
「なぜ市民を襲う。お前ら、優秀な子供ばかり狙って誘拐してるだろう」
キリクの装飾パーツがわずかに揺れる。
「よク調べてイルな、ヒーロー気取り」
「なぜ、カ……上の人間ガ言うニは、『人類の進化と安寧の為』だそウダ」
映画の巨悪が良く口にするような、いかにもなセリフだ。
「進化と安寧」とやらが何かはわからないが、やはり研究用のモルモットとして子供達をさらっているのだろうか。何故「優秀」な「子供」を?
キリクはそのまま振り向かず、戦闘員が乗ってきた装甲車に乗り込み、去っていった。数秒間おれは立ち尽くしていたが、夜明けの光が目に射し込み、我に返った。衆目に晒される前にこの場を去らなくては。
バックルのボタンを押すと、全身のアーマーはもやと共に消えてしまった。腰にベルトとバックルだけが残っている。
この装備を託してくれた青年は無事だろうか。化物から身を隠した物陰に戻り、周辺を一通り確認したが、姿は見つからなかった。逃げ延びたか、あるいは……。悶々としながら、おれは駐車場に停めていたレンタカーに戻った。
_______________________________________
レンタカーを返却し、所属シップのマイルームへ帰る道すがら、おれは疲労した脳に鞭打って現状を整理した。
頻発していた市民襲撃は、アークス研究部特務機関 ヴォイドによるもの。
アークス本部はこれを認可している。襲撃では優秀な子供を狙って誘拐。その目的は「人類の進化と安寧」だという。
キリクと名乗るヴォイド所属のキャスト。おそらく奴が現場の指揮を担っているのだろう。「邪魔すれば排除する」などと言っていたが……ここで引き下がる気にもなれない。今も何をされているかわからない子供たちを案じ、おれは拳を強く握りしめた。