白い部屋の亜人 作:匿名希望
────これは……夢だろうか。
「なあ清隆。俺と一緒に外の世界を見に行かないか?」
いや、間違いなく夢だろう。そうじゃなきゃあいつがオレの目の前に現れるはずがない。
そしてこの光景もどこか見覚えがある。
あの場所で唯一の安息が許された就寝時間、その時にあいつは突然俺の目の前に現れた。
突然だ。『ガンッ!』という耳障りな音と共に、頑丈な素材でできているであろう白い壁を、特に道具を使うまでもなく破ってやってきた。一体どんな手品を使ったのか。それは今でも分からない。
そしてベッドで横になっていた俺を見下ろしながら、上機嫌に笑みを浮かべていた。
「くそっ! どこに行った! 探せ!」
けたたましくなる警報音の中、警備員の声が廊下に響き渡る。今まで12年この施設で過ごしてきたが、彼らがあんなに焦った様子で声を上げるのは初めてだ。
それはそうだろう。だってこのホワイトルームの歴史の中で、脱走者が出た事なんて一度もないのだから。
そんな初めての脱走者であるあいつは、鬱陶しそうに頭をポリポリと掻くと、俺に「待ってて」と一言いい残して出て行った。
「居たぞ! こっちだ……ぐはぁっ!?」
「なんだコイツ……やめっ!?」
十数発の銃撃音が鳴った後、警備員たちの声は一切聞こえなくなった。そしてコツコツと廊下を歩く音だけがオレに近づいて来る。
「ひぃ……12の子供に容赦無く撃つなよ……ったく」
「殺したのか?」
与えられた白いエプロンを血で真っ赤に染めたあいつに、あろうことか俺はそんなことを聞いた。
恐怖感を感じなかったのはあいつに対する信用か、はたまた別の『理由』があったのか。
夢の中のあいつは、きょとんとした顔でこちらを見つめる。
「いや? 全員気絶してるだけだよ? 流石にお世話になった人をあっさり殺すのは良くないっしょ?」
「じゃあその血は何だ」
明らかに出血多量で死ぬ量の血液だ。
あいつは、俺の疑問に答えるか少し悩んでいる様子だった。
そして、少し遅れていたずらな笑みを浮かべながらこう答えた。
「じゃあ、清隆が俺と一緒に来てくれるなら、教えてあげても良いよ」
「行くって、ここから出てどこに行くんだ?」
「えー? とりあえず……世界一周とか?」
中々魅力的な提案だが、現実そう上手く行くとは思えなかった。
この施設を運営している男は政治的な強い権力を持っている。それこそ本気を出せば日本中の空港に配下の人間を張らせる事だって可能だろう。
そんな中、年齢的にはただの小学生がその手から逃げられるとは到底思えなかった。
「悪いがパスだ」
そう言って差し出された手を払いのけると、あいつは少しだけ悲しそうな顔をした。
カリキュラム中も、ずっと笑顔を絶やすことをしなかったあいつが。
「……そっか」
その言葉を最後に、辺りは沈黙に包まれる。
もっとも、後方でけたたましくなるサイレンはそのままだったが。
「じゃあしょうがない。少し寂しいけど、俺は1人で行くことにするよ」
「そうか」
悲しくは無かった。
4期生も、12年で70人近くが脱落した。俺とあいつの2人だけになって今年で3年目。
そんな。人生を共に歩んだといっても過言じゃない人間が居なくなるというのに、不思議と悲しくは無かった。
「達者でな。清隆」
そう言って、あいつは俺の返事を待つことなく歩いて行った。
きっと、問題を起こしたあいつは、オレの父親に処分されるだろう。
最近は格闘だけでなく、どこで手に入れたのか実銃を撃つ訓練まで取り入れるような男だ。ここまで騒ぎを起こしておいて、はい無罪ですだなんてことは絶対ない。
だから、半ば諦めのようなものも大きかったのかもしれない。
「おい、────」
────夢で何か声を掛けようとした時、設定していたアラームの音で目が覚める。
「……夢か」
ベッドから起き上がり、定番のセリフを口にする。このシチュエーションに憧れを抱いていたが、いざやってみると何とも不思議な気持ちになるものだ。
と言っても、見ていた夢の内容がそれほど良い思い出ではないのが理由かもしれない。
時刻は6時20分。よし、設定した時刻通りに起きることが出来た。
見た夢はお世辞にも良い物とは言えないが、今は亡きあいつも、オレの新たな門出を祝っていると考えれば…まぁ悪くないだろう。
「……よっと」
予め支給された制服に着替え、一年間お世話になった家に感謝の念を込めて後にする。
外に出ると、満開に実った桜が太陽の青い光と共に俺を出迎えた。
悪くない天気だ。
「行くか」
気持ちを切り替えるように一言呟き、新たなる一歩を踏み出した。
スピリチュアルな話になるが、亡くなった人が夢に出てくるときは、これから運が上がる可能性が高いようだ。
故人が背中を押してくれるうんたらといった話らしいが、正直言ってよく分からない。
オレが分かるのは、これから前向きに物事に取り組むのが良いということだけ。そんなテレビの特集でやっていた気がする。占いの先生が語っていた。
────だが、
入学して一週間。
コンビニで買うよりも節約できるかなー? と、自炊もできないのに安易な考えで寄った敷地内のスーパー。
そこで、オレは今までの人生で最も衝撃的な再開を果たすことになる。
「…清隆? 清隆じゃん! 久しぶりだなぁ!」
……この場合、占いはどうなるのでしょうか? 先生。
そう問いかけても、返してくれる人は誰も居なかった。
次回から本編スタートです