拓海は自主訓練を終え、寄宿舎へと帰ってきた。
疲労で身体は安定せず、歩いてるだけなのにすごくダルい。
退院したばかりで身体が鈍っているのだ。
身体はこれ以上の刺激を拒否していた。
「あっ、拓海じゃないか!」
元気な声で球子は拓海へと向かって走る。
(……運が悪いな、一番面倒くさそうな人に見つかった)
「あぁ…こんばんは」
「どうしたー?覇気が無いぞっ!せっかく退院したってのにもったいない」
「自主訓練で疲れたからね、早く寝たい」
瞼は既に限界なほど重くなっていた。
立ったまま寝るという漫画のようなことが出来そうなほどに。
「まったくー、そんなんで勇者としてやっていけるのか?」
球子がバシバシと背中を叩く。
地味に痛いからやめて欲しいがわざわざやめろと言う元気すら拓海には残ってない。
「だいたいお前は無茶をし過ぎなんだ、タマは自分のことは自分で守れるし、あんずのことだってタマが守る!お前は自分の事を…って寝てる!?」
その顔は今まで見た事がないくらい安らかで、まるで死人の顔を見てるかのようだった。
いつも気張って、他所から預かってきた猫みたいな感じだったからか、その弱々しい無防備さがひどく印象に残る。
「…って、起きろー!こんなところで寝るなー!」
球子が拓海を揺さぶるが特に反応が無い、これでは睡眠というより気絶だ。
早く起こして自分の部屋で寝て貰おうとするが、それを止められる。
「ダメだよタマっち先輩」
奥の方から現れた杏が球子を拓海から引き剥がす。
「拓海さんは退院したばかりで疲れてるんだから」
「うっ…ごめん」
球子はシュンとした様子だ。
それを聞いた杏は拓海の脇に腕を通し抱えるようにする。
「なにしてるんだ?」
「拓海さんを運ぶの、タマっち先輩は部屋のドア開けて」
「わかった!」
球子が拓海の部屋のドアを開ける。
そこに広がっていたのは、ベッドがポツンとあるほとんど生活感の無い部屋だった。
辛うじて鞄と部屋の片隅に積まれた教科書、壁にかけられた制服などがあるから、そこで人の生活の痕跡を感じられる。
しかし、それ以外は何も無かった。
「なんか、寂しいな」
他人を自身から遠ざける拓海という少年の体現とも思えるその部屋は、そんな感想を球子に零れさせた。
杏は拓海をベッドに寝かせ、布団をかける。
「おやすみなさい」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「珍しいな、拓海から手合わせを頼んでくるなんて」
「そうかな」
木刀を構えると、同じように若葉も構えた。
若葉に模擬戦を挑んだ理由は二つある。
一つ目は俺と使ってる武器の種類が同じだということ、そして二つ目は若葉の圧倒的強さだ。
幼い頃から剣を握っていた彼女と俺との差は歴然。
彼女の刀に比べると俺の刀は軽すぎる。
「っ!!」
先に仕掛けたのは俺だった。
若葉に向けて放った一閃。
常人に対してなら必殺。
勇者に対してなら必中の一撃。
しかし、若葉はソレを防いだ。
木刀と木刀のぶつかる音が木霊する。
次に仕掛けたのは若葉だ。
左方向から迫るソレを受け止める。
しかし、重い。
全力で踏ん張っても吹き飛ばされそうになる。
床を蹴り、距離をとろうとするが、若葉はそれを許さず追撃を仕掛けてきた。
それを弾くがそれでも尚、別の方向から一撃が飛んでくる。
その度に弾く、弾く、弾く。
鬼神のごとき攻めに対応出来ている事に、少し安堵した。
「はぁ!」
その気の緩みからか、俺の防御が崩された。
首に当たる直前で木刀が止まっている。
「勝負ありだな」
化け物じみた強さに俺が勝てる光景が頭に思い浮かばない。
「どうしたんだ?いつものお前なら油断なんてしなかっただろうに」
「油断?」
油断なんてしたつもりは無い。
ちゃんと若葉に勝つつもりでいたし、何より油断する隙なんてくれなかったじゃないか。
「いつもなら不意打ちにも対応できそうなくらい緊張しているというか…今日の拓海はなんだか雰囲気が柔らかい」
模擬戦を見ていたひなたの方に若葉が視線を向ける。
「そうですね。いつもの拓海さんはもっと気を張っていると思います」
「もしかして、体調が悪いのか?」
若葉が心配し始めたので、むしろ体調は絶好調だと伝える。
「そうか…なら良いんだ……そういえば、眼鏡をかけ始めたんだな、下がったのか?視力」
「いや、伊達眼鏡みたいな物だよ」
視力自体は問題無いことを伝えると、若葉はムムっと顔を歪ませた。
ぞくり、と背中を嫌な予感が撫でる。
「…拓海、眼鏡を外せ」
「えっ?嫌だ」
「眼鏡に気を使って動けないんだろう?視力に問題が無いなら外せ」
「嫌だ」
若葉が眼鏡を無理矢理外そうとし、取っ組み合いが始まる。
なんだこの怪力、こんな細い体のどこからそんな力が湧いてくるんだ。
「はーずーせー!」
「いーやーだー!」
そんなくだらないやり取りが木霊した。
パシャリ、と若葉の背後からシャッター音がする。
音の主はスマホをこちらに構えているひなただった。
それに気づいた若葉がひなたのスマホに手を伸ばすが、素早くそれをポケットにしまった。
その光景を見て、不思議と笑みがこぼれた。
少し懐かしい、死の線が見えるようになる前は、こんなの当たり前だった。
(…これがずっと続けば良いのに)
バーテックスだとか、勇者としての使命なんてものは、この日常に身を置いてる時だけは忘れられた。
魔眼殺しを手に入れた拓海の変化を書こうとしました。
上手く書けてると思っていただけたら光栄です。