朝月は鋼鉄纏う勇者である   作:ミートソースカブトムシ

14 / 15
温泉回です。


第十二話 上機嫌

夜空の下の露天風呂。

湯に浸かると、日々の疲れを癒してくれる気がした。

暖かい湯の中で、自分の身体が冷えていると錯覚する。

 

「ふぃ〜……」

 

声が漏れる。

高松市は四国有数の温泉地だと、若葉が言っていたっけ。

バーテックスとの戦いを幾度か乗り越えた頃、巫女の神託によりバーテックスの進行がしばらく起こらないことが告げられた。

そのため、勇者達は休養として貸切の温泉旅館で過ごすことを許された。

貸切なので、ここにいる人間は俺だけだ。眼鏡をかけていなくても頭痛は比較的マシなのはありがたい。

───人がいないからか、周囲の環境音しか聞こえない。

身じろぎをした時の水音さえ、今では貴重な刺激だ。

それに反して、仕切りの向こう側の女湯は騒がしい。

最初はここまで騒がしくなかったが、後から来た数人の中に賑やかな奴がいるようだ。

会話は仕切りを超えてこちらの耳に入ってきた。

 

「よ〜し、じゃあ定番の身体チェックと行こうか。さぁさぁタマに見せて見タマえ、春の身体測定以降、持たざる者を置き去りにして、お前の身体がどれだけ遥かな高みへと成長しているのかっ!?」

「あ、あの、球子さん、何を……?」

 

……球子がろくでもない事をしようとしている。

おそらくターゲットはひなただろう。

こういう時、ひなたは決まって球子に目をつけられる。

 

「球子、お前の行動は読めている!ひなたには触れさせん」

「タマっち先輩、温泉は人の体を調べる場所じゃないんだよ!」

 

いつぞやの様に球子を止めに入る杏と若葉。

床が滑るので、怪我をしないかだけが心配だ。

 

「あんず……よく見たら、お前も成長してないか?」

「え?」

「許せーんっ!」

 

憐れなり伊予島杏。

あれに目をつけられたからにはもう逃げられない。

それにしても身体チェックか…

 

「─────」

 

確かに、ひなたと杏は特に目立っている。

具体的にどこがとは言わないが…目立っている。

────多分、これ以上は考えない方がいい。

発育が良いとか、美人さんだとか、そんなこと考え始めたら絶対後から気まずくなる。

そのはずなのに、悶々とした妄想を止められない。

 

…この節操なしめ、結局全員分の妄想しやがった。

そんな自分への自己嫌悪でおかしくなりそうになる。

どうやら、普段来ない所にいるから気分が舞い上がっているらしい。

でなければ、いつもはこんなこと考えない。

気付くと、再び静寂がこの場所を支配していた。

彼女達の楽しそうな声はもう聞こえない。

心臓の音しか聞こえない。

 

「…上がろう」

 

このままでは、のぼせてしまいそうだ。

 

♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

夕食も食べ終え、もう寝ようかと考えはじめた頃。

 

コン、コン

 

控えめに戸を叩かれる。

 

「はーい」

 

立ち上がって戸を開ける。

そこに立っていたのは千景だった。

ふわりと、安心する匂いを漂わせている。

 

「なにかあった?」

「みんなでゲームをする事になったの……拓海もどう?」

 

詳細を聞くと、寝るにはまだ早いからゲームをしようという話になったらしい。

 

「うん、やろうか」

 

ゲームはあまり得意ではないが、断る理由にはならない。

だが、それが千景にとって意外だったようだ。

 

「…驚いたわ…拓海は断ると思ったのだけど……」

「えっ、断らないよ。集まってなにかするの嫌いじゃないし」

 

千景は少し納得いってない様子だ。

俺がみんなとゲームをしたがらないなんて、どうしてそう思ったのか分からない。

 

「とにかく、俺はそういうの嫌じゃないよ。変な勘違いは───」

 

しないでほしい。

そう言うのを遮られた。

 

「乃木さんがみんなで食事をしようと提案した時……最後までゴネていたのはどこの誰だったかしら…?」

「あー……忘れて」

 

そういえばそうだった。

自分の中では解決した事だが、みんなからすると集団行動をひたすら避ける協調性の無いやつだと思われて当然の行動をしていた。

でも、友奈が来る前は千景も似たようなものだったと思う。

一匹狼とかそういう言葉で表せるような…

 

「郡、変わったね」

 

戦うのを怖がっていた千景はもういない。

今では戦うことへの動機を見つけたのか積極的になったような気がする。

 

「……拓海も…」

 

千景は何かを言いかけて、結局言うのをやめてしまった。

 

「…なんでもないわ……」

 

千景が俺の手をとり、俺はそのまま引っ張られる。

千景の手は暖かい。

かつての不安が嘘のように、千景はここにいる。

歩を進める度に揺れる綺麗な黒髪がひどく印象に残る。

みんなのいる部屋はすぐそこだから、千景と会話する暇は無かった。

 

♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

この部屋の人間は四つの人間に分かれていた。

 

全部に勝つと息巻いていた者。

駆け引きがよく分からない者。

とりあえず楽しもうとした者。

 

そして、全員をねじ伏せる者。

 

「郡…相変わらず強いね……」

 

TVゲームを始め、将棋、トランプ、人狼───それら全てで千景は勝っていた。

当然、全部勝つと息巻いていた球子もボコボコにされている。

そんな球子は杏と一緒に部屋の隅で体育座りをしている。

 

「ぐんちゃん、すごい!」

 

本当にすごい。

TVゲームはともかく、トランプや将棋は自信があったのにボコボコに負けた。

そういえば、昔もオセロでこんな目にあった気がする。

千景無双と呼ぶにふさわしい活躍である。

しかし、その状況は変わり始めた。

トランプの『スピード』での勝負。

二人に手も足も出せない五人はそれを観戦している。

千景が若葉と対峙する。

互いに一勝一敗であり、状況は拮抗している。

 

「……負けない、絶対……」

 

千景は小さく呟く。

その言葉にはただの戦意だけではなく、様々な意味が含まれているように聞こえる。

若葉もそれを感じ取ったようだが、気にするのをやめる。

今は勝つ事だけを考える。

千景も若葉も同じ考えだろう。

二人の手が動く。

札が目にも留まらぬ速さで出されていく。

僅かな差で若葉が速い。

千景もそれを認識している。

それでも、今自分にできる最速をたたき出していた。

差は縮まらず、今回は若葉の勝──────

 

「うひゃああぁ!?」

 

突然奇声をあげる若葉、持っていた手札は地面にばら撒かれる。

ひなたが若葉の耳に甘噛みしていたのだ。

 

「な、何をする、ひなたぁ!?」

 

千景は若葉を横目に止まっていた手を再び動かす。

そして、すぐに札を出し終えた。

 

「勝者、ぐんちゃん!」

 

友奈が千景の手を上げる。

ひなたは若葉を叱るように、

 

「ダメですよ、若葉ちゃん。ゲームなんだから、そんな怖い顔しないで、もっと楽しんでやらないと」

「だ、だからと言って……く、くすぐったいだろう……!」

 

若葉は顔を赤くしながら、ひなたを警戒して身構える。

そのやり取りを見ると、やはり若葉はひなたに弱いのだと確信する。

 

「ふふふ、若葉ちゃんの弱点はすべて把握済みですからね」

「何、若葉の弱点だとっ?」

「まさか若葉さん、くすぐったがりなんですか!?」

 

体育座りしていた球子と杏が、突如、目を光らせて立ち上がる。

今こそ復讐のチャンスだとばかりに。

 

「行くぞ、杏っ!同時攻撃だっ!」

「任せて!」

 

球子と杏によるくすぐり攻撃。

 

「思いっきりくすぐってやれっ!」

「うん!こちょこちょこちょこちょ…」

「……………」

 

乃木若葉には こうかがないようだ…

 

「……思いっきりくすぐってやれっ!」

「……うん!こちょこちょこちょこちょ…」

「……………」

 

乃木若葉には こうかがないようだ…

 

「「あれぇ!?」」

 

まったくくすぐりが効いていない。

 

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ………」

 

球子と杏を見下ろす若葉の表情は笑顔だ。

憐れなり土居球子、伊予島杏。

二人の表情がひきつり、何故かこちらを見る。

その目を見れば、なんとなくではあるが言いたいことは分かった。

明らかに助けを求めている。

 

「いや、無理……」

 

二人の顔が青ざめた。

事実無理である。

素の状態でも勇者としてもスペックがほぼ俺の上位互換なのに勝てるわけがない。

勝ってるところが速さしかない、速さ以外が足りないのだ。

この目も勝っているといえば勝っているが…悲しきかな、バーテックスは刀で斬れば死ぬのだ。

死の線がちゃんとした武器になるのは進化体以降のバケモノ相手である。

星屑程度ではオーバースペック気味…つまり、この目は結構無駄な物である。

 

「球子、杏……二人とも、覚悟はひゃううぅ!」

 

若葉が声を上げて、顔を赤くしへたり込む。

後ろからひなたが耳に息を吹きかけたのが見えた。

 

「耳か!」

 

最初に耳を甘噛みしていた時には気づけなかったが、今やっと気づけた。

少し興味があるが、後で命を落とすことになるのでやめておこう。

 

「拓海さん、正解です。若葉ちゃんは耳が弱いんです」

 

ひなたが若葉の耳を再び甘噛みすると、彼女はまたも「ひああぁ……」と声をあげて、クラゲのようにくたりと床に伏してしまった。

ひなたはすっかり動けなくなった若葉の耳から唇を離し、

 

「さて、今までみたいなゲームだと、千景さんと若葉ちゃんの独壇場になっちゃいますね。それでは面白くありません。ですから、別のゲームをしましょう」

「別のゲーム?」

 

友奈がきょとんとしてひなたを見る。

 

「そうです。最近、若者たちの間で大ブレイクしている『勇者ゲームというものがあるんです」

 

♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

勇者ゲーム、その実態は内部に綿や羽毛をなどを詰めた白い布袋をバーテックスに見立て、それに立ち向かう参加プレイヤーの姿を勇者に見立てたゲーム。

お互いに布袋バーテックスを投げて戦う。

投げられた布袋バーテックスは、避けるも良し、手で叩き落とすも良し、掴んで投げ返すも良し…らしい。

 

「つまり、ただの枕投げです」

 

ひなたの言葉通り、ただの枕投げである。

千景、若葉、球子チームと俺、ひなた、杏、友奈チームに分かれて戦っている。

両チーム共に陣地のちゃぶ台の陰に隠れて枕を投げている。

陣地の後方に神樹に見立てた旗があり、それを取られた方が負けだ。

 

「難しいな…」

 

旅館中から集めてきたので弾数だけはあり、弾切れの心配は無い。

故に、硬直状態が続いていた。

枕に当たったらアウトのようなルールが無いこのゲームは、はっきり言ってゴリ押しして勝ててしまう。

旗を取るならば誰かが特攻するのが一番手っ取り早い。

もし行くなら…

 

「拓海さん、突撃しちゃダメですよ」

「……シナイヨ?」

 

釘を刺すような杏の声。

まだ突撃しようか考えただけなのに、まるでそれを読まれたかのように反応された。

この子怖い。

そう考えていると、突然若葉がちゃぶ台から飛び出した。

 

「若葉ちゃんが突撃して来たよ!」

 

友奈の言葉に、ひなたが頷く。

 

「あの子らしい行動ですね。ここからが正念場です!」

 

ひなたがそう言い終わる頃に、また二人…千景と球子がちゃぶ台から飛び出した。

防御を捨ててこちらに向かうのかと思ったが、どうやら違うらしい。

連携は取れておらず、我先にとこちらへ距離を詰めている。

視界の隅で誰かがちゃぶ台からコソコソ抜け出したのが見えた。

ならば、それに悟られぬように枕を投げ続ける。

それを容易に避けたり打ち落とす若葉。

そんな様子に勇者としてのちっぽけなプライドがすこし傷ついた。

心の中で悪態をつく。

そうした瞬間、それぞれの勇者たちは跳躍した。

俺たちを飛び越えて、旗へと一直線。

 

「「「取った!」」」

 

声が重なる。

若葉はここで自分以外の仲間も攻め込んでいることに気づいたようだ。

 

「なぜお前たちまでここに来ている!」

「若葉だけに活躍させてタマるかーっ!旗を取るのは、このタマだ!」

「いいえ……私よ………!」

 

旗や敵メンバーの目の前であることも忘れ、三人は言い争う。

敵陣地の方を見ると、杏が既に旗の目の前までたどり着いていた。

 

「旗、取りましたー!」

 

今回のゲームは俺たちの勝ちで終わった。




今回の拓海くんは少しテンションが高いです。
男の子なので仕方ないですね。
ギャルゲーだったらここで好感度チェックが来て、好感度が一番高いキャラが拓海くんの部屋に行きます。今回は千景でしたね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。