異常に多くの反応がそこにある。
マップの端は埋め尽くされており、目視でも敵の数が多い事は認識できた。
「多すぎる…」
丸亀城に帰ってきてから半月ほど立って起きた襲撃。
高松市で過ごした時間は嵐の前の静けさだったのだ。
「今までの十倍……?ううん、もっといるかも」
友奈の声には緊張が混じっている。
俺は眼鏡を外そうとして、それを実行出来ずにいた。
これ程の量の
そんな不安が身体を支配していた。
過去に経験した事の無い数の襲撃。
今まではせいぜい百体程の数だったが、今回は千を超えている。
それぞれは大したことはない。
しかし、どんなに弱い者も、数が多ければ一気に厄介な強敵となる。
「私が先頭に立つ」
それを聞き、意味を理解した頃には若葉は既に敵群へと向かっていた。
「待ってください、若葉さん!」
杏の静止も聞かずに若葉は駆けていった。
接敵した彼女はいつもの様にその強さを示す。
その姿はバーテックスの群れの中へと消えていった。
違和感がある。
今までの敵とは決定的に何かが違うという確信。
「どういうことだよっ!?あいつら、タマたちの方へ来ないぞ!」
バーテックス達は若葉を取り囲んだまま、こちらへは近づいて来ない。
これまでは勇者達を平等に『敵』と見なし、攻撃を仕掛けていた。
奴らの戦法は正面からの力押しではなく、各個撃破へとシフトしている。
嫌な所で、バーテックスに知能があるということを勇者達は実感した。
「バーテックスは、まず若葉さんを漬す気です……!」
その言葉が発せられるとほぼ同時に、敵の動きに変化があった。
若葉を取り囲むバーテックスの一部は別行動を始め、神樹の方向へと進行を開始する。
「厄介ね……」
そもそも数が多過ぎる。一部とはいえ普段なら勇者全員で立ち向かう数だ。
若葉を助ける、神樹の防衛の二つであれば、優先すべきは後者。
神樹が倒されれば四国が滅ぶ事からも、それは明白である。
もとより選択肢など、そこにはなかった。
「若葉ちゃん……」
友奈に似合わない苦悩の表情が目に入る。
「若葉ーっ!!こっちへ来いっ!!!一人で戦うな、六人でまとまってないとダメだっ!!」
球子の声は届かない。
乃木若葉にそれを聞き取る余裕なんて既に存在していないのだから。
「───────」
神樹の方へ向かうバーテックスの方を向くが、その足を動かせずにいた。
何をしているのか。
勇者としてやるべき事はハッキリしている。
そのはずなのに、この胸を抉るような焦燥感。
俺はこれを前に味わったことがある。
「どうしたの……?」
千景が心配そうにこちらを見つめている。
─────そうだ、千景が俺を庇った時にこの感覚を味わった。
なら、したいことはハッキリした。
乃木若葉を助ける。
それが答えであり、今回の戦いでの命の使い道だった。
最悪の未来を避けるために、できるだけ簡潔に拓海は言葉を紡いだ。
「────俺は乃木を助けに行く。みんなは別行動し始めた敵を倒して欲しい」
「……何を言っているの?…そんな危険なこと…!」
「乃木を一人のまま放置はできない。誰かが行くしかないんだ」
千景もそれは分かっているはずだ。
そして、敵群の中にいる若葉を助けに行くことの危険性も分かっている。
助けに行った者と若葉、二人が生きて帰ってくる保証はない。
「大丈夫、必ず二人でみんなの場所に帰るから」
「私も行く!」
友奈はこちらを見て、強く言い放つ。
友人を諦めることのできない、彼女らしい言葉だった。
「高嶋はみんなと一緒に戦って欲しい。優先すべきは神樹の防衛だよ」
それを断った。
神樹の防衛に万が一があってはならない。
仮に若葉を助けられても、神樹に何かあってはこちらの敗北だ。
故に、若葉を助けるのに使える戦力は最低限ギリギリになる。
「…みんな、頼んだよ」
「はい!」
「あぁ!タマに任せタマえ!」
「…分かった!」
三人がそれをすぐに受け入れる中、千景はまだ納得がいってない様子だ。
「…分かったわ……」
しかし、説得する時間も、止める時間も無いからか、千景は渋々と俺の提案を受け入れてくれた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「切りがない…!」
いくら斬っても数が減っていることを実感させないバーテックス。
若葉はその数を前にしても怯まずに戦っている。
集中攻撃を躱し、反撃を繰り返す。
そんなやり取りを数え切れないほどした頃。
疲れで集中力が切れている。
そんな若葉に、三体のバーテックスが左右と上方から迫っていた。
「はぁッ!」
上方、左方の敵を一気に斬る。
だが、右の一体を仕留め損ね、右腕に食いつかれ───────
「うおおおぉ!!!!」
目の前のバーテックスを何かが貫いた。
ソレは意味を無くしたかのように、消え失せる。
残ったのは地面に突き刺さる藍鉄の刀だけだった。
「間に合った!」
飛来する鋼鉄の勇者。
迫り来る星屑を手刀と蹴りで消滅させながら拓海は着地した。
若葉はそれに驚いた様子で呟く。
「なぜ……ここに来た」
若葉の戦い方は、若葉一人だけで多くの敵を相手取るもの。
良く言えば自己犠牲、悪く言ってしまえば傲慢ともとれる戦い方。
今までそれに追従したり、共闘する者はおらず、若葉自身必要無いと考えていた。
拓海が地面から刀を引き抜きながらそれに答えた。
「助けなかったら多分後悔するから」
後悔
それだけの理由でこんな場所へ来た。
若葉はこれまでの戦いを振り返り、そして納得した。
拓海が他の勇者を庇うような戦い方をするのは、今言ったように自身が後悔しないためにしているのだろう。
「…拓海、必ず生き残れ」
若葉が刀を手に取る。
拓海は当然と応えるように、何も言わず武器を構えた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「ぐぁっ…!!」
「拓海!この…!」
左肩に噛み付くソレを若葉の刀が両断し、消滅した。
痛みで膝をつく。
勇者が一人増えた程度で、戦力差は覆らない。
疲労は確実に蓄積し、死神は笑っている。
助けに来たのにこのザマだ。
体力のない自分をこれ程までに恨んだことはない。
「まだやれるか?」
若葉の問いに答える気力も尽きかけている。
それでも、まだ戦いは終わっていない。
疲労は倒れる理由にも、諦める理由にもならなかった。
「あぁ、まだ…やれる!!」
体に鞭を打ち立ち上がる。
敵の線に沿って攻撃するだけなのだから、まだ倒れるな。
頭が痛い、熱が出ているみたいに寒い。
それら全てを押し殺して、敵を切り伏せていく。
数えるのをやめた頃、違和感を覚えた。
視界に映る情報が変な反応を示している。
二つのつむじを描くような動きをするバーテックス。
一つ目は俺と若葉を包囲するバーテックス。
二つ目は───────
「高嶋!?」
友奈を中心につむじを描くバーテックス。
先程行った友奈との会話。
『私も行く!』
あれを断ったことで、友奈が危険に晒されているかもしれない。
ここを離れるか。
否、若葉に負担がかかる。
ここに留まるか。
否、友奈が危ない。
「どうする…どうする……!」
こうしてる間にも、誰かが傷を負う。
理解している。
自分はまだしも、誰かが傷を負うことを俺は許容できない。
脳裏に浮かぶのは俺を庇った時の千景。
二度とあの様な光景を見ないためにやれることをしたはずだ。
でも、それだけでは足りなかった。
「なら、もっと───────」
──────寄越せ
討滅兵装を装備している時の全能感、これ以上を求めることのできる現実が鎖を破壊した。
頭痛が、痛みが消える。
友人を傷つけられた怒りが消える。
朝月拓海の証たる意識が薄れていく。
人の身体としての役割を捨て、戦闘に特化したモノに変化していく。
両目と耳から暖かいモノが零れていく。
それらは討滅兵装のリミッターを完全に解除した証だ。
コネクタから送られる情報が身体を支配する中、神樹の概念的記録に接続した。
「────来い、『清姫』」
露出した装束に緑が入り、装甲の隙間から炎が漏れ出す。
迫るバーテックスはこちらに触れる前に炎に焼かれた。
刀を振り抜くと、バーテックスは高温を察知したのか避けようとする。
しかし、それよりも速く炎の奔流がバーテックスを飲み込んだ。
「これなら、早く終わる」
空を駆けながら敵を燃やしていく。
火球を飛ばし、火を吹き、刀に炎を纏わせ斬り捨てる。
ここまでは今までもできたことだ。
「燃えろ」
両腕をゆっくりと広げる。
その動作で周囲にいるバーテックスが内側から発火し、消滅していく。
本来、精霊を宿しただけでは俺にこんなことはできない。
討滅兵装のリミッターを外したことで勇者の力と完全に同期し、その力を増幅しながら出力しているが故の力。
おそらく着用者本人の力を増幅させるものを、大社が精霊の力も増幅させるように改造したのだろう。
火球を生成し、圧縮する。
包囲網の壁へとそれを射出した。
高速で包囲網を飛んでいく火球は、ちょうど真ん中の位置で爆発し、多くのバーテックスが蒸発していく。
ここまで減らせば若葉一人で何も問題ないだろう。
そう結論づけ、包囲網の隙間を縫うように飛び、二つ目のつむじの中心へ向かう。
中心にはバーテックスと戦闘をする友奈がいた。
友奈を傷付けないように、刀に炎は纏わせず、彼女に迫るバーテックスのみを両断した。
バーテックスが消滅すると、ボロボロになった友奈がこちらを見て気まずそうにしている。
「ごめんね…来ちゃった……」
友奈は目を逸らしてからそう言った。
「高嶋が謝ることなんて無い」
俺がみんなを信じて、友奈を連れて行けばこんな危険なことをさせることはなかった。
他人が傷ついている時にじっとしていられる人じゃない事は今までの関わりで分かっていたはずだ。
友奈が傷ついたのは俺のせいだ。
まだ戦うつもりなのは明白。
鞘を地面に突き刺し、結界を貼る。
「高嶋、少し待ってて」
「拓海くん…? 待って!私も───────」
返事を待たず飛翔し、肉眼と各部センサーから得た情報を大量のバーテックスに狙いを定めることに使う。
「──────堕ちろ」
狙いを定めたバーテックスと同じ数の火球を生成し、全ての火球からレーザーの様に炎を放ち、バーテックスを焼き尽くす。
熱さも、冷たさもそこには存在しない。
頭をかき混ぜられる様な激痛も、心臓が破裂するような激痛も、全て感じない。
故に、何も問題無い。
この身を縛っていた痛みと疲労、全ての拘束から解放され、更なる全能感に満たされていく。
後戻りはできそうにない。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
かつてないほど大規模なバーテックスの攻勢、体感時間四時間に渡る戦闘は、勇者たちがバーテックスを撃退することで成功した。
勇者たち全員が負傷し、疲弊している。
変身を解除した途端その場に倒れた拓海は、樹海化が解けてすぐに大社管理下の病院へ搬送される事になった。
冬空の下、乾いた音が響いた。
「乃木さん……どうしてあなた、あんな勝手なことをしたの……!?」
若葉は頬に熱を感じながら、千景からの責めを無言で受ける。
そんな様子にも千景は苛立ちを覚えた。
「あなたが一人だけで勝手に戦おうとするから……拓海は……!」
球子と杏が二人を見守っている。
友奈は二人を直視できずにいた。
止めに入ることはできる。止めに入らないのは、千景の言っていることに多少なりとも共感しているからだ。
「自分勝手に特攻して……拓海と高嶋さんを巻き込んで……! せめて精霊の力を使っていれば、拓海の負担は減ったのに、あんな力を使わなくて良かったかもしれないのに……!あなたはそれすらしなかった……!」
その目には悲しみと怒りが宿っている。
そして、深い後悔。
是が非でも拓海を止めていれば、あそこまで傷つかなかったのではないか。
自分がついて行けばこんな事態にならなかったのではないか。
もしもの話が千景の頭の中で延々と繰り返される。
(すべて、私の判断ミスと思い上がりだ……)
一人で戦っているかのような突出、怒りに任せた暴走。
それらが拓海にとてつもない負担をかける結果になってしまった。
拓海が切り札と兵装のリミッターを解除していなければ、友奈もここにいなかったかもしれない。
精霊の力を使わなかったのは、消耗が激しく、長期戦に向かないからだ。
しかし、その判断は『敵を一匹でも多く倒す』事しか考えてなかった。
「あなたは周りがなにも見えていない……! 自分が、勇者のリーダーだってこと……もっと自覚すべきよ……!!」
自分が勇者の先頭に立つ人間として相応しいのか、若葉はそんな問いをかつてのように自分に向けた。
誤字脱字報告、感想等あればしていただけると嬉しいです
次回の更新は300年後です。