「朝月拓海です。広島から来ました」
転校初日、クラスの全員に向かって挨拶をした。
村の外から子供が来ると言うのは珍しいそうで、クラスのほとんどが興味津々といった様子でこちらを見てくる。
「それじゃ、席についてね朝月くん」
「はい………っ?」
自分の席に向かう途中、一人の少女の席に視線が吸い寄せられた。
彼女の席には落書きがあったのだ。
『阿婆擦れ』『ヤメロ』『クズ』『淫売』
パッと目に入った落書き、机の端に置かれた花瓶と花、自身の元いた小学校では見なかった光景に思考が鈍くなる。
「…………」
彼女は俯いて何も言わない。
頭に浮かんだ『いじめ』という言葉に頭が痛くなる。
「─────ねぇ…」
なんで彼女に声をかけたのか分からない。
この光景が気に食わなかった?
ただの正義感?
それとも別の何か?
分からない。
それに悪手だ。
ここで平穏に暮らしたいなら、今目の前にあるいじめを見て見ぬふりするのがきっと一番賢い。
でも…
「名前、教えてよ」
これを放っておくのは嫌だ。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
靴箱の中に詰め込まれたゴミを処理する。
郡千景が学校に来て一番最初にする事は決まってそれだ。
上靴の中に入った画鋲や虫の死骸も抜く。
教室に入ってもまだ机の中のゴミや落書きがある。
それを処理する様子を、教室にいる者達全員がクスクスと笑う。
「淫乱女来た」
「くさーい」
聞こえても、反応したら相手の思うつぼだから無視する。
無価値な私に味方なんていない。
私も味方が現れるなんて期待もしない。
イヤホンで耳を塞ぎ、ゲームに没頭する。
これで何も聞こえない、何も感じない、何も痛くない。
必死に、自分にそう言い聞かせた。
イヤホンを無視してチャイムの音が耳の中に入ってきた。
ゲームとイヤホンを仕舞い、ぼんやりと俯く。
ただ時が過ぎるのを待つのだ。
ガラリと教室の引き戸が開く。
目線だけを教室の前方に向けると、黒板の前に立つ担任の女教師が見えた。
「皆さんの中に知ってる人がいるかもしれませんが、今日はこのクラスに転校生が来ます」
教師が 入ってきて と言うと教室の外で待機していた転校生が教室の中に入り黒板の前に立つ。
その転校生はひどく印象に残る容姿だった。
透明感のある綺麗な白髪、髪とは正反対に黒い瞳。
どこか女の子らしさ、しかし確かな男の子らしさのある容姿は彼の性別を認識するのを邪魔する。
「朝月拓海です。広島から来ました」
自己紹介を終え、担任の教師に席に着くように言われた拓海という少年が教師が指した席に向かう。
───────はずだった
「………っ?」
何故か私の席の前で足を止めた。
クラスの視線が集まっているのが分かる。
何か気に障る様なことをしてしまったのだろうか。
「─────ねぇ…名前、教えてよ」
「…郡千景……」
やはり何かをしてしまったのだろう。
嫌な物でも見たかのような様子が立ち止まってからずっと続いている。
私の何かが気に食わなかったんだ。
「郡千景…うん、覚えた」
彼はそう言うと、自分の席に座った。
これからより一層いじめが激しくなるのかと思うと、憂鬱だと思考する。
「この机、後で掃除しよっか」
───────は?
その後、本当に拓海は雑巾を持ってきて机を綺麗にしてくれた。
困惑した。
なんで無価値な私の味方をするのか、損にしかならない事をするのか。
お手洗いに行った後に教室に戻ったら、私の教科書を切り刻もうとした男子を止めてくれていた。
相手はカッターを持っているのに。
それ以外にも、いじめっ子達が私に何かしようと寄ってきた時、間に入って「帰ろう」と逃げ道を作ってくれた。
そんな事をしたら、自分もいじめの対象になってしまうのに。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
机は落書きが全て消され綺麗になった。
水性ペンだったので助かった。
席に座ってぼーっとしていると、視界の隅に気になる動きをする者が映った。
「それ、どうするつもり?」
千景が席を外している間に千景の机を漁る生徒、手に持っているのはカッターと既にボロボロの教科書。
カッターを持っている所から、やろうとしている事は多少察せる。
「何って、あのクズにはこんなの必要無いだろ」
そう言い切り、ソイツはカッターを教科書に突き立てた。
俺の体は、教科書が切り刻まれるよりも速くソイツに歩み寄っていた。
カッターを弾き、教科書をその手から取り返す。
「何すんだよ!」
「必要有るか無いか、それを決めるのはお前じゃない」
「なんだよ、お前もあの阿婆擦れみたいになりたいのか?」
バツが悪そうにソレは吐き捨てた、ソレは返答を待たずに席に座る。
この村の雰囲気を好きになれない理由が分かった。
この雰囲気に飲まれるのは、こいつらと同じになるのは限りなく不快だからだ。
それに、千景が暗い顔をしてるのを許容できない。
そう思った。
授業が終わって後やる事といえば下校するだけになった。
「千景、一緒に帰ろう」
「…分かったわ……」
でも、と千景は付け加える。
「やめた方が良いわよ」
千景はそう言って玄関へと向かった。
「おぉ…」
俺と千景の靴箱の中に紙がぎっしりと詰め込まれていた。
「俺の靴箱にファンレターがこんなに…」
「ただゴミが詰め込まれてるだけよ」
「そっか……すごいな、今日来たばかりなのに俺の分まで用意するなんて」
そのやる気、行動力をもっと他のところで活かせば良いのにと心の中で思う。
紙を手に取ると、もう使わない先週の時間割や点数が悪かったから処分したかったのであろうテストの答案などが入っていた。
紙類に限ればそれだけだが、虫の死骸や生ゴミなども入っており、千景に聞くと毎日入っていると言う。
そこまでいくと素直に感心してしまいそうになる。
「うわっ、カエルまで入ってた…」
本当にゴミしか入ってないとは…仕方ない、テストの答案だけ持って帰ろう。
「…何してるの?」
「テストの答案だけ持って帰る」
「持って帰ってどうするのよそれ…」
テストの答案をランドセルに詰め込んでいると、千景がそれの使用用途を質問をしてきた。
「この答案を持ち主の親に送り付ける」
「……私の方に入ってた答案もいる?」
返答を聞いた千景はゴミの中からテストの答案だけを取り出し、俺にいるか確認する。
「うん、いる」
ゴミの処分を終え、靴を履き替える。
幸い、画鋲は入っていなかった。
外に出てしばらくすると、大人達の声が聞こえる。
千景との会話が無かった分、聞こえやすかったのだろう。
「いた…郡さんところの…」
「よく恥ずかしげも無く歩けますよね」
聞いていて気分が悪くなる。
大人まで千景の敵という可能性は考えていなかった訳ではない。
当たって欲しくなかった予想が当たってしまった。
石も飛んできた。
こんな物を投げるなんて、当たりどころが悪ければいじめなんて話じゃ済まないかもしれないのに。
「朝月さん、私から離れて。石が当たるかもしれないわ」
「別に気にしないよ」
「……そう」
その会話以降、千景は何も言わなかった。
「……と、言うことがあった」
「転校初日にいじめ被害者になってくるやつがあるか……その郡千景さんに対するいじめへの邪魔をしたのはよくやった」
珊瑚が呆れたように言う。
「にしても村八分か…ウチは大丈夫だろうが、郡千景さんは気の毒だな」
「ウチは大丈夫って…どういう事?」
「おばあ様はこの村の大人の間では有名だからな、そのツテでこの家が見つかったはずだ。今回お前に嫌がらせをしてきた連中も今晩には絞られるだろうさ」
それが本当なら、千景のいじめも止められるかもしれない。
そんな希望は泡沫のように消えてしまった。
「それって千景のいじめを止められる?」
「お祖母様は別にこの村を支配してるとかそういうものじゃない。子供だけなら、親に言い聞かせるよう促す事はできる、しかし大人まで一緒にやってるとなると厳しいだろうな」
響には家族を守る程度の力しか無い。
その言葉は拓海にやるせなさを感じさせた。
今日一日過ごして、千景が悪人じゃない事は確信した。
石を投げられた時、拓海を盾にすれば自分へ当たる確率は低くなったのに、拓海の身を案じて自分から離れる様に促した。
千景の立場であれば、拓海は絶好の盾だったのにだ。
それでも、千景は拓海の身を案じて自分から離れて歩く事を拓海に勧めた。
一緒に帰ろうと誘った時にやめた方が良いと忠告したのも同様の理由だろう。
そんな優しさを持っている彼女が理不尽な目に合うのは間違ってる。
「………」
珊瑚もそのような理不尽を許せない人間だ。
それでも、家族を守るためにはある程度見切りをつけないといけないと考えている。
捌け口の無くなった理不尽は自分の家族に降りかかるかもしれないからだ。
事実、今回拓海が受けたいじめは郡千景のいじめを邪魔した結果拓海に降りかかったのだろう。
「一応お祖母様に郡千景の事は伝える」
期待はするな、と付け加えて珊瑚は部屋を去った。
いじめという理不尽が許せなかった拓海くんが千景の優しさを見てその気持ちを強くするってのが書きたかったから千景の優しさを描写したかったんです。
上手く書けたかは分かりませんが書けていると思っていただけたのなら幸いです。
Twitterなどで進捗などをたまに投稿するので見たい方は見てください見て(懇願)
https://twitter.com/m_kabutomusi?s=21&t=VNqsjXeE51JdETYlYoRybQ