赤司のロンパ ~ 超高校級の『天帝』と呼ばれた男~ 作:ばうむくうへん
フィルムの記憶
「・・・これもダメ」
そうして写真をまた1枚机に放る。撮った写真は一枚たりとも消さないというのをモットーにしていたけど正直最近の写真には満足が出来なかった。
アタシ、小泉真昼は灯林学院の1年生、写真家として活動している。母親は有名な戦場カメラマンとして活動していて、その影響から幼い頃から様々な写真をカメラに収めてきた。特に好きだったのは人物写真で1枚の写真からその人の感情を映し出すことが出来るのが堪らなく嬉しかった。それも母が戦地から撮影してきた現地の人たちの笑顔の写真がきっかけで私はそんな母のような写真が撮りたくて、ただそれだけだったのに。いつの頃からか写真から人の感情が分からなくなってきちゃって・・。これまでに多くの賞を受賞してきたけど正直今はスランプって感じで・・。そんな年の冬の事だった。
「洛山高校バスケ部の取材撮影・・ですか?」
職員室にてアタシの撮影活動のサポートをしてくれている先生から突然の打診があった。最近のアタシの不調に気付いてか、普段とは異なる人物写真を捉えてはどうかという提案。確かにこれまでスポーツ選手の撮影には縁がなかった。というのも激しい挙動が多い運動をする人の表情を捉えるのは難しかったし、なにより捉えた写真のほとんどは「闘志」とか「熱」っぽいもので代わり映えしないというのが正直面白みに欠けるところがあったんだ。本人たちはそれだけ真面目にやってるってことなんだから失礼なことだっていうのは分かってるんだけど、どうしてもアタシの撮りたい写真とは違うなぁって・・。そういう理由もあって今までスポーツの人物写真との積極的な関わりは避けていた。
「小泉、ここだけの話だが・・今お前に希望ヶ峰学園からの監査が入ってきている」
「あ、アタシが・・希望ヶ峰学園に・・!?」
希望ヶ峰学園といえば『超高校級の才能』を持つ生徒のみで構成されている政府公認の学園。スカウトのみでしか入学を許されず、そこに入学すれば人生の成功を約束されたも同然という。そんな所にアタシが入れる・・心が熱くなるのを感じた私に教員は釘を刺した。
「あくまでチェック中とのことだ。正式な決定はまだ分からない。ぬか喜びさせてはいけないと最後まで黙っていようと思っていたんだが最近のお前の様子を見てつい・・な」
教員の話ではまだ私を『超高校級の写真家』として招くかどうか判断を決めかねているらしいとのことだった。これまでの実績から十分にその資格はあるとのことなのだけれども最近のアタシの不調のことも見抜かれていて多方面に才能を発揮できる人物なのか考慮しているらしい。
「それで洛山高校バスケ部の取材撮影ですか・・?でも何故そこに?」
「お前は詳しくないだろうが洛山高校バスケ部といえば全国屈指の名門だ。今年は特に歴代最強とまで言われている。お前にとっても何か刺激のある写真が撮れるかもしれないかと思ってな」
正直気乗りしなかった。ただでさえスランプなのに特に好きでもないスポーツの人物写真なんて・・。でもアタシの背中を押してくれる先生の期待に応えたい思いはあったし、先生の言う通り何か新しい発見があるかもしれない。こうしてアタシは取材撮影として洛山高校バスケ部を訪れることになったんだ。
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洛山高校へと向かう新幹線車内でアタシは選手の資料に目を通していた。取材撮影なのだからそのくらいのことは知っておかないとって思ったんだけどバスケットボールの事なんてさっぱりだからポジションとかの説明を見てもちんぷんかんぷん。そんな素人の私でもハッキリと他の人たちと違う選手を目にした。無冠の五将と呼ばれる全国屈指の実力者、それも3人。よく分からないけどそんな肩書の人たちが3人もいればそりゃ歴代最強と言われても不思議じゃないわよね。当然のようにその3人はレギュラーポジションにあった。
「こんな人たちをまとめるなんて監督もそうだけど主将も大変そうよね」
そうポツリと呟きながら資料をペラペラと捲ると3年生のレギュラーメンバーの項目にあたる。名前は・・黛 千尋さん。レギュラーで3年生なんだからこの人が洛山の主将かな。でもこういっちゃ失礼なんだけど・・なんだか影の薄い人だなぁって思った。
「え・・でもこの人主将じゃ・・ないの?」
その黛さんのプロフィールには他の選手と同じような紹介に留まっていた。もしかしてレギュラーでもない人が主将なのかと思ったアタシは資料の1ページ目から読み直した。すると先程は走り読みしてしまった無冠の五将の項目の先にあったページで手を止める。
「赤司・・征十郎・・。この人もレギュラーなんだ・・。えっ、うそ!?」
思わず自分の目を疑う。その人は先程のレギュラー選手が無冠の五将と呼ばれることになった『キセキの世代』と呼ばれるほどの人材であったと言う事。もちろんその事実にも驚いたけどアタシが驚いたのはその赤司征十郎のプロフィール欄。そこにはアタシと同じ一年生でありながら洛山高校バスケットボール部主将と記されていた。
「ま、まさか・・きっと印字ミスよね。名門バスケ部の主将が一年生であるわけないもんね」
そう言って資料をしまった私は窓から除く景色を見てざわつく心を落ち着けようとした。
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洛山高校に着いたアタシは早速バスケ部の練習場である運動施設へと招かれた。てっきり校門横にある体育館かと思っていたんだけどどうやらあれは2軍以下の選手たちが利用しているらしい。1軍の選手は専門の設備が整った練習場が用意されているとのこと。さすがは名門と呼ばれているだけはあるわね。私は肩にかけたカメラに自然と手をやる。いつ、何時でもシャッターを切れる様に。
辿り着いたその場所の門を開くと乾いた音が盛大に鳴り響いた。思わず両目を瞑ってしまうほどの衝撃。ゆっくりと目を開くとそこにはまるでそこだけ世界と切り離されたような凄い熱気を感じた。と、アタシの存在に気付いた監督らしき人が近づいてくる。
「君が取材撮影を申し出た生徒か。私は白金 永治。洛山高校バスケット―ボール部の監督だ」
「は・・はいっ!灯林学院から来ました小泉 真昼です!本日はヨロシクお願いしますっ!」
その人は大柄で髪を後ろに下ろしていてとても威厳を感じさせる風貌だった。全国常連の監督ともなると皆こうなのかな。自己紹介の声がすっかり上ずってしまってちょっと恥ずかしい。
「遠路はるばるで申し訳ないが大事な大会を控えていてね。撮影の為の時間は設けられないんだが」
「あっ、か、構いません。こちらが無理をお願いしている立場なので・・!それに自然体の方が被写体として映えますから」
資料によるとウインターカップという大会が年末に開催されるらしい。バスケってこんな真冬にまで大会があるなんて思わなかった。でもこの大会は3年生にとっては正真正銘最後の大会となるので高校バスケにおいてはIHと同等かそれ以上の価値があるみたい。そんな大事な大会を前に撮影の機会を頂いたのだから頑張らないと。早速私はコートの隅から邪魔にならないようにカメラを構える。全体の風景を確認するのに必ずレンズ越しに除くのがアタシの習慣。選手たちの顔を捉えるよりも前に施設内の設備や照明、壁や床に至るまでしっかりと観察する。そしてようやく練習の全体像から捉え始める。今はシュートの練習なのだろうか。ボールを持った選手がワンバウンドでもう一方の選手にパスをするとその選手がリング付近までジャンプしてゴールしていく。確かレイアップシュートだったかな。基本のプレーだって参考書には書いてあったわね。最初の撮影にはおあつらえと構えた私だったけど徐々にその違和感に気づき始める。
「あ・・れ?」
選手がパスをする。それを受け取りシュートをする。ごくごくシンプルな練習であることは分かっていたんだけど・・あまりにも淀みがないと言うか・・無駄が一切ない、なさすぎる。素人の私でもわかる。当たり前のようにやってる練習だけどその密度が凄く濃いモノだってことが。機械のようにスムーズでリズムやテンポが常に一定で。でも何故だろう。あんなに凄いのに選手の人たちの顔からは「熱」が感じられなかった。あんなに凄い事をまるで呼吸をするかのように淡々とこなしている。レンズから目を離して肉眼で見たけどそれは変わらなかった。私がこれまで思い描いていた光景とはまるで違う。なんていうのか選手に個性がないんじゃくて・・絶対的な統率者にまとめられているっていうのか。
「よし、レイアップの練習は以上だ。次はダッシュだ。遅れるなよ」
その一声で一定だった練習のリズムが解かれた。でも次の瞬間、そのリズムは別のものとなって再び刻み始める。今度は選手たちがコートの端から端までかなりのスピードで駆け抜けていく。それを延々と繰り返す姿は先ほどのシュート練習と全く変わらなかった。普通の人ならもう息が切れて顔が上がってもおかしくないのに顔から噴き出る汗の量とは反対に涼しげな表情。それよりも今しがた練習の指示をしたのは誰なんだろう?監督・・ではなかったわよね。腕を組んでジッと見ていたけど何か声をかけた感じはしなかった。やっぱりあの選手たちの中から指示した人がいるんだ。資料では赤司って人が主将ってあったけどあれは何かのミスよね。他の人と比べても体格だってそんなに大きくないし・・。何と無くカメラで赤司って人の姿を追っているとまるでレンズに気付いたかのように目線が合う。思わず驚いてレンズから顔を離してしまった。その後も選手のみんなは黙々とダッシュの練習を続ける。まだ基本的な練習しか見ていないけど洛山高校バスケ部が全国No1と呼ばれるチームであるということが分かった気がした。
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その後はチームに分かれての対抗戦が始まった。私もシャッターチャンスとばかりにカメラを構える。先程までずっと硬かった表情の選手たちが皆目の色を変えたから。まるで本当の公式試合が始まるかのような気迫。表情に「熱」がこもってきた。試合開始を告げる笛がなると互いに激しく体をぶつけながらジャンパーが宙に舞ったボールを奪い合う。そこからはもうボールが行ったり来たりでカメラをどこに合わせればいいのか分からなかった。正直・・悔しい。写真家としてそれなりに名が知れていたアタシがシャッターを切ることが出来ないなんて。自然とカメラから目が離れる。すると偶然かまたあの赤司って人と目があった。するとその赤司君がボールを渡した選手になにやら話しかけるのが見えた。
「・・小太郎、2本だ」
「オッケー、赤司!いいトコ見せちゃうもんね!」
ボールを受け取った人は確か無冠の五将の一人、2年生の葉山 小太郎さんだ。赤司君から何か指示を受けたようだけど何をする気なんだろう。アタシが疑問に思ったその瞬間、室内全体に響き渡るほどの乾いた音が走った。思わず耳を塞ぐ。葉山さんがものすごい勢いでボールをコートに叩きつけたんだ。その迫力に相手の選手達が身構える。するとアタシの腕が無意識のうちにカメラを手に取っていた。長年の経験からくるこの感じ・・その人の感情が最大限に読み取れる瞬間、それが今なんだと体は分かっていた。歯を覗かせる葉山さんの顔にピントを合わせシャッターを切る。その瞬間に再びコートに乾いた音が響くとまるでその場から消えたような速度で相手選手を抜き去っていく。とてもカメラで追えるものじゃなかった。でもアタシは今、あの途轍もないドリブルに入る前の選手の顔を取る事ができたんだ。確認はしてないけど自信に満ち溢れた表情。取れるものなら取ってみろと相手を嘲笑うかのような顔だった。その瞬間をカメラに収めたんだ。自然と笑みがこぼれていた。人物写真をたった1枚撮影しただけなのにとても晴れやかな気分になったの。体が、心が熱くなってくるのを感じる。
でも気のせいだろうか、あの赤司君って人がまるでそうなるように仕向けたように感じるのは・・。思い返せばそれがアタシと赤司の最初の出会いだった気がする。
~To be continued~
更新遅くなりスミマセンでした。
今回は小泉の回想でお送りしました。