ナイモノネダリ   作:ワレモコウ先輩

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 一曲目が終わる。

 会場の盛り上がりは最高潮に達していた。外部生にも関わらずそのフレンドリーさで学年中に多くの友達がいる戸山さんがギターボーカルを務めているからか、黄色い歓声は絶えずステージを覆う。

 そこにいる誰もが、物言わぬドラムとスマートフォンが接続されたオーディオなんかには注目していなかった。

 

「次は、今日の為に作った曲です」

 

 彼女達を除いては。

 

「皆で作った曲……今日はひとりいないけど、いつか……一緒に歌おうって約束しました!」

 

 紫水晶みたいな彼女の瞳が潤んで煌めく。

 

「いつかはまだだけど……」

 

 その輝きは、今ここにいない彼女に思いを馳せている。

 

「信じてる。一緒に歌うこと、できるって」

 

 哀しみではなく楽しみを込めて、戸山さんは謳う。

 体育館の中は静寂に満ちていた。先程まで歓声が飛び交っていたステージには静かに幾十の視線が注がれている。

 

 ふと隣を見ると、いつの間にかつぐみちゃんも見入っていた。

 欠けたメンバーという状況に、彼女も何か思う所があるのだろう。大きな瞳は真っ直ぐに、マイクを握る戸山さんに向けられていた。

 打ち込みに使うスマホを操作して牛込さんが頷く。ぎゅっとギターを持ち直して、戸山さんが前を向いた。

 

「えっと、そんな気持ちを込めて歌います」

 

 その声は、羨ましくなるくらいに誰かのことを想っていて。

 

「聞いてください──」

 

 果たして、その想いは届いたようだった。

 

 ガラガラと思い音を立てながらステージ横の入口が開いた。どよめきが扉へと向けられる。

 一瞬の静寂。それでも、ステージにいる四人は、待っていたと言うように笑いかけた。

 

 ──ドラムスティックを右手に握り締めて現れた、沙綾ちゃんに向かって。

 

「さーや!」

 

 戸山さんが差し伸べた手を握って、沙綾ちゃんは階段を昇る。ドラムの調整をしながらメンバーと会話をしている彼女の笑顔は、青空のように澄み切っていた。

 私に話していた(しがらみ)なんて、全部取り払ってしまったかのように。

 

 ドラムを叩く沙綾ちゃん。その腕前は確かに経験者のそれだった。

 頷く彼女に、戸山さんは笑った。

 

「お待たせしました。聞いてください!」

 

 その笑顔を、私は知っている。

 

「STAR BEAT! 〜ホシノコドウ〜」

 

 澄んだ声で高らかに歌う人を。自由にギターを掻き鳴らす人を。メンバーのことを見ながら嬉しそうにベースを繰る人を。一生懸命に、けれど楽しそうにキーボードを弾く人を。力強く、そして迷いなくドラムを叩く人を。

 

 私は、何故だか知っている。

 

 そういう人達は多少の困難があったって乗り越えて見せる。誰が何を言おうと、何かが立ち塞がろうと、自分達で答えを見つけてしまうんだ。

 

 それがきっと、五人でライブをすること。

 

(やっぱり……)

 

 ──眩しいな。

 

 詰まるところ、私が沙綾ちゃんに何を言おうとこうなることは決まっていたのだろう。

 彼女が私と似ているのかもしれないだなんて、とんだ勘違いをしていた。いつの間にか思い上がっていたんだ。私如きの言葉で、誰かを動かすことなんてできる筈がないのに。それを私は分かっていた筈なのに。

 

 それを知ってしまったのは──

 

 ふと前を見ると、見覚えのある顔が観客の中に立っていて。

 

(……あぁ。そうだった)

 

 ──貴女だったね。

 

 紅いメッシュが揺れる。その隙間から覗く口角は吊り上がっていた。

 

 曲が終わった。

 割れんばかりの歓声。息を切らして玉の汗を浮かべながらも、五人の顔は晴れやかだ。

 

「メンバー紹介します! 青いギターのおたえ!」

 

 きっと戸山さん達も蘭達も、私が持っていないものを持っている。

 

「ベースのりみりん!」

 

 それは仲間だったり、居場所だったり、そして夢だったりする。

 

「こっちが有咲!」

「キーボード!」

 

 私と彼女達は違う。

 

「ドラムのさーや!」

 

 どこまで行っても交わらない、相容れない平行線のようなもの。

 

「そして、ランダムスターの戸山香澄!」

 

 その道は、私には歩けない道だ。

 

「私たち、五人で!」

 

 スポットライトが照らす彼女達は──

 

「Poppin’Partyです!」

 

 ──Poppin’Partyは、どうにも眩しくて。

 

 いつかみた夕焼けが、(くす)んだ目の内に蘇った気がした。

 

 

 

「良かったね、ライブ!」

「……うん、そうだね」

 

 つぐみちゃんと体育館から出る。演出の為に照明がステージだけに向けられていたのにも関わらず、陽光が照らす外の方が余程目が眩まずにいられる気がした。

 

「でも、そっか。沙綾ちゃん、またバンド始めるんだ」

 

 染み入るような呟きが空に溶ける。

 元々同じ商店街にお店がある訳だし、知り合いでも全くおかしくはないけれど。

 

「嬉しそうだね」

「うん。何となく事情は知ってたし……何よりまたバンド仲間も増えるから、嬉しいよ」

 

 にこりとつぐみちゃんは微笑む。

 言われて、改めて沙綾ちゃんはバンドをするのだと実感した。……家のことは、大丈夫なのかな。

 そんな憂慮は大きなお世話なのだろう。沙綾ちゃんも元々、私のいる場所とは違うところにいる人なのだから。

 

「あ、つぐと桜発見!」

 

 体育館から流れてくる人混みの中からひまりちゃんが飛び出して、私とつぐみちゃんのところに走ってきた。

 

「さっきの子達が桜のクラスのバンドだよね!? 私感動しちゃって〜!」

「いやぁ、中々エモいバンドでしたな〜」

「あぁ、いいライブだった。アタシ達ももっと頑張らないとな」

 

 その後ろにはモカちゃんや巴ちゃんもいる。

 

「蘭もそう思うよねっ?」

 

 勿論、蘭も。

 

「……まぁ、うん。悪くないライブだった」

 

 急に振られて驚いたのか、一拍置いて蘭はそう言った。もしくは私の手前、気まずいのかもしれない。

 

「……蘭も来てたんだ」

 

 さっき見かけたから知ってはいたけど、だからと言って歓迎はできない。元々この高校に来たのは、こうして校内で鉢合わせたくなかったからなのだから。

 

「……何。来てたら、駄目だった?」

「別に。……いいライブだったって知り合いも言ってたって伝えとくよ。多分喜んでくれるから」

 

 歓迎しないからと言って一々言い争うこともしないけれど。

 行く道も生きる場所も違う人間と話していても、きっと互いに時間の浪費にしかならない。

 

 ……多分、蘭達Afterglowのライブも、観る人に高揚や希望なんかを与えているのだろう。彼女達の絆が、夢が、心が、歌になって誰かの胸を打つんだ。今日のPoppin’Partyのように。

 彼女らを彼女らたらしめているのは、そういうもの。

 

 だけど、私にだってそれがある。それは彼女らの背負う黒光りするギターケースと同じくらいに、いやそれよりも重いものだ。

 私が私である以上、そして蘭が蘭である以上、譲れない。

 

 家督、責任、そして正しさ。

 

 それを証明する為に、私は進み続ける。

 それが、私の──美竹桜の道だ。

 

「私、クラスで仕事あるから戻るね。つぐみちゃん、あんまり案内できなくてごめん。後は皆で好きに回って。……じゃ」

 

 五人の横を通り抜ける。

 暫く歩いて、振り返りはしない。だから聞こえているかは分からない。

 

「この前のライブ。……行けなくて、ごめん」

 

 それでもこんな言葉を吐いてしまったのは、これを訣別にしたかったからだ。

 道を違えた誰かとの。手向けの花なんてないけれど、それは要らないものだろう。人形からの花束なんて、きっと誰も欲しがらないだろうから。

 

 

 ▽

 

 

「文化祭、お疲れ様でした! かんぱーい!」

 

 グラスのぶつかり合う軽快な音の代わりに、紙コップが宙に掲げられた。

 出し物の終わった教室の中での簡略的な打ち上げだった。

 

 盛り上がるクラスメイト達を横目に、注がれたオレンジジュースをちびちびと飲む。通常の登校日よりも数段疲れて、とてもじゃないけどあの輪の中に混ざる気力は残っていなかった。……やっと終わった。

 

「お疲れ、桜」

 

 そんな風に椅子に座りながら草臥れていると、抜け出してきたらしい沙綾ちゃんが横に腰掛ける。

 

「沙綾ちゃんも。大変だったでしょ、色々」

「ありがと。母さんは大丈夫、何なら行ってきなさいって背中押されちゃったくらいだから」

「そっか、なら良かった」

 

 喧騒を遠巻きに沈黙が流れる。何故か戸山さんが胴上げされそうになっていたりと、皆は変わらず大盛り上がりだった。

 

「……ありがとね、桜」

「お礼ならさっきも聞いたよ。私、何かしたっけ?」

 

 ぽつりと呟かれたお礼の言葉。心当たりは、特にない。

 寧ろ昨日のことを思えば、変に彼女と戸山さんとの話を拗らせたのは私の言葉で……いや、それは思い上がりなのだろうけれど。

 

「うん、してくれたよ。沢山」

 

 それでも沙綾ちゃんはハッキリと言い切った。

 

「カフェの仕事、桜がすごく頑張ってくれたってクラスの皆言ってる。まずはそれ」

「別に、当たり前のことをしただけだよ。頑張ってたのは皆一緒」

「指揮執ったり、パンも一人で運んでたって聞いたよ? あれ、めっちゃ重かったでしょ」

「……腕、千切れちゃうかと思った」

「あはは、確かに。桜、うちのクラスでもか弱そうな子ベスト3には入ってるから、ホントびっくりしたよ。ちなみに1位は牛込さん」

「うん、そんな不名誉なランキングがあることの方がびっくりかな。私的には」

 

 軽口を混ぜたやり取りは続く。互いに笑い合って、それで終わってしまえばいいと私は思った。

 でも、そうはならなかった。

 

「それから、バンドのこと」

 

 染み入るような声音が耳朶を打つ。

 やっぱりだった。

 

「相談に乗ってくれた時、言ってたよね。自分のことに責任を持てるのは自分だけだって」

 

 覚えている。

 あの時、私は少しだけ嬉しかったのだと思う。自分と同じで、家の事情を抱えている彼女の境遇を知って。勝手に似た者同士だと思い込んだ。

 

「バンドをやるなんて、家のことも、バンドも中途半端になって、責任なんて取れないって思ってた」

 

 でも違った。

 

「だけどさ、バンドが好きって気持ちも本物で。自分の意思で動かなきゃ、それは自分じゃないって桜が言ってたの思い出したんだ」

 

 沙綾ちゃんも、Poppin’Partyの皆も、向こう側にいる。

 

「だから、迷惑掛けるし辞めるっていう諦めより、バンドやりたいっていう気持ち、取ってみることにしたんだ」

 

 そんなもの、あんなライブを見せられたら嫌でも分かってしまう。

 

「勿論その責任は私が取る。……でも香澄が言ってくれたみたいに、一緒に考えるのも悪くないって、そう思えたから」

 

 でもまぁ、そこまでの失望はない。

 勝手に期待して勝手に裏切られた、ただの独り善がりだ。

 

「だから……一緒に考えてくれて、ありがとう」

「……沙綾ちゃん」

 

 彼女のどこまでも純な言葉に、私が返せるものなんて持ち合わせていなかった。

 この静寂をどんな風に解釈されたのかは分からないけれど、沙綾ちゃんは照れくさそうに笑った。

 

「……あはは。やっぱり照れるね、こんな風に改まってお礼言うの。ね、何かして欲しいことない? 色々迷惑掛けちゃったお詫びに」

 

 耳を少し赤くしながら沙綾ちゃんは口早に言う。私としてはこの話が終わるのなら何でも良かった。

 

「じゃあ肩でも揉んでもらおうかな。すごく疲れちゃったし」

「ふふ、りょーかい」

 

 立ち上がって後ろに回ると、優しい手付きで肩を揉みほぐされる。

 

「二人とも何してるのーっ?」

「んー? 桜お嬢様を労ってるの」

「労ってもらってるの」

 

 どんちゃん騒ぎから出てきた戸山さん達が此方に向かってくる。

 

「それ、私もやる」

「おー、おたえやる気だね。じゃあ私も!」

「わ、私もいいかな? 桜ちゃんすっごく頑張ってくれてたもん」

 

 唐突に私の肩を揉む手が八つに増えた。船頭多くして船山に登るという諺ではないけれど、しっちゃかめっちゃかに肩や首に置かれる手はくすぐったい。

 暫くそんなてんやわんやが続いた。

 口々に労いの言葉を投げ掛けられるけれど、それはどこか遠いところの話のように思えて、やっぱり私は曖昧に笑うことしかできなかった。

 

「そう言えば、ライブすごく良かったよ。皆もお疲れ様」

「ホント!?」

「うん。知り合いも来てたんだけど、良かったって言ってた」

「なんか、気合い入るよね。そういうの聞くと」

「武道館、行っちゃう?」

「おたえ、ナイスアイデア! 今日も有咲の蔵行こっ!」

「でも有咲ちゃん、今日はめちゃくちゃ疲れたから帰るって言ってたよ?」

 

 目を輝かせながら話す彼女達の顔はとても楽しげで、きっとその輝きは未来まで続いている。まだ見えない、道なき道を照らすのだろう。

 

「頑張ってね、皆」

 

 その道は、私には歩けないから。

 贈る言葉は、やっぱり他人事だ。

 

 

 ▽

 

 

「ただいま」

「おかえりなさい、桜。今日は随分遅いのね」

「うん。ちょっと、文化祭の後片付けとかあって。……ッ」

 

 家に帰り着いて、靴を脱ごうと屈んで腕を伸ばす。それだけで枝みたいな腕の筋繊維は悲鳴をあげているらしくて、鈍い痛みが走った。予想通り、見事なまでの筋肉痛になってしまっているみたいだ。

 

「あら……腕、痛いの?」

「大丈夫。ただの筋肉痛だから」

 

 言ったところで、母さんにこういうところを見られてしまったからにはまたお小言を頂戴するのは免れない。

 母さんの口が開くその前に、謝罪の言葉を吐き出してしまおうとしたけれど……

 

「そう。ならお夕飯食べたら、今日はもう休みなさい」

「……? うん、そうする……」

 

 いつものように家元としての責任を説くことも、過剰な杞憂を抱えることもなく、それだけ言うと奥に戻って行く。その前に。

 

「そう言えば、お父さんが呼んでるわよ。和室にいるから、休む前にそこには行っておきなさい」

「分かった」

 

 今度こそ戻って行った。

 照明の消えた廊下は仄暗く、何も見えない。

 

 

 

 襖を開ける。奥に座る父さんと手前の蘭の視線が向いた。

 

「いきなり呼び出してすまないな、桜」

「それはいいんだけど。どうしたの?」

 

 蘭とは少し距離を置いて座る。私と蘭を見据えながら、父さんは口を開いた。

 

「まずは、最近個別に稽古をしていた蘭だが……来週には桜と一緒に稽古を受けさせる予定だ。蘭、これからも精進しなさい」

「はい」

 

 横で頷く蘭の目は、やはり真剣そのものだった。沙綾ちゃんの言った、責任を取るという言葉が脳裏を過る。

 多分、華道の稽古を受けることが、蘭がバンドを続ける上での責任の取り方なのだろう。それを軽い気持ちだなんて言わない。けれどそんな副次的な意味合いでここに足を踏み入れた蘭が、私はやっぱり気に入らない。

 

 でも、だからといって何が変わる訳でもない。

 

「そして、桜」

 

 蘭がどこにいようと、何をしようと。

 

「先日、お前の昇級が決定した。皆伝……つまりは高等科を修了したことになる」

 

 私は私の為すべきことを為す。

 

「次は師範科……華掌の取得を目指すことになるが、これからの道のりは更に険しいものになる。研鑽を怠らないように。その中で厳しい局面もあるだろうが……自分を見失わないよう、気をつけなさい」

 

 そう言い聞かせて、私は一人で道を歩く。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 だから、これはお願いだ。

 

 ──これ以上私に近付かないで。




少し時間が開いてしまいました。これにて花女文化祭編は終わりです。次回からはAfterglowメインに戻したいね。
感想等あれば是非。
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