ナイモノネダリ   作:ワレモコウ先輩

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2章と銘打ってはいますがAfterglow2章までの繋ぎのような話が続くと思われます。



第2章 薊の花は枯れない
彼我


 五月も終わろうとする頃になると、目新しかった通学路にも慣れてきた。

 桜並木は淡い紅色から装いを変えて、緑色の天蓋が木漏れ陽に揺れている。

 眼下を流れる川から青鷺が飛び立った。嘴に咥えられた小魚の体が、陽光に反射してぎらりと光る。多分、それが最期の輝きだ。

 

 繰り返される光景。

 でも確実に時は進んでいて、私もその分だけ摩耗していった。

 

 蘭が稽古に参加し始めたのが先週のこと。

 家のどこかで鉢合わせるのも避けていた相手とこうも時間を共にするとなると、掛かる負荷はそれ相応になる。

 

 でも、それだけじゃない。

 

(何で今更……)

 

 父さんからの指摘を受ける蘭の横顔は、真剣そのもので。何としてでも食らいつこうとする気概をその表情から感じた。

 

 私のことを好き放題言っておきながら、今では酷く真面目に父さんの指導を受けている。人形だと吐き捨てた、愚妹の横でだ。

 

 まぁ、それが本来あるべき真っ当な姿なのだろう。当主である父さんとしては、諸手を挙げて喜ぶ行動であることに違いない。だからこそ今も私より数段遅れている蘭に優先して稽古をつける為に、私がこうして放免された訳だし。

 けれどやっぱり私には受け入れられない。バンドを辞める訳でもなく、今まで通り家に背を向ける訳でもなく。

 私に唾を吐いた口で、父さんに教えを乞いている。

 

 ……朝から最悪の気分だ。

 

 ここまで学校をありがたく思ったことは今までない。家に居なくて済むし、授業中なんかは考える余裕もそこまではないから。

 

「おーい、桜」

「花園さん。おはよ」

 

 それに、少し話をする程度ではあるけど話し相手もいる。気が紛れる要因が多いに越したことはない。

 今声を掛けてきた同じクラスの花園たえという子がその筆頭だ。名簿の関係で席が近いこともあって、入学当初からそこそこ仲良くさせてもらっている。

 

「桜、最近朝早いね。早寝になったの?」

「別に寝る時間は変わってないけど。ちょっとね」

「分かった。じゃあ早起きになったんだね」

「……うーん……。まぁ、正解かな」

 

 一緒に学校に向かいながら会話をする。彼女は結構独特な感性の持ち主でもあるから、話していて結構面白い。

 ただ、今の話題はあまり好ましいものではなかった。……まぁ、基本的に私自身の話となると好ましいものなんて殆どない訳だけど。

 中々に地雷原が広くて面倒な女だなと自分でもうんざりして、適当に話題を逸らした。どっちも同じことなのではなんて指摘は飲み込んでおく。

 

「ていうか花園さんも早いじゃん。いつもこの時間なの?」

「うん。毎日ランニングしてるから、早起きなんだ。桜も一緒に走る?」

「いや、私は運動苦手だからいいよ。でも、毎日って凄いね」

「そうかな? 好きでやってることだから、別に凄くないよ」

 

 「ギターと同じ」と笑う花園さん。

 好きで継続していることが凄くないのなら、私の場合はどうなのだろう。花は好きだ。綺麗だったり、季節の移ろいを感じられたり、種ごとに性質なんかも違ったりして面白いから見ていて飽きない。

 でも、華道は? 

 花が好きでも、花を生けるという行為を私は好んでやってはいない。そして、それを継続していることを凄いとも思えない。

 

 私と花園さんに違いがあるとすれば、やっぱりそれは意志の介在の有無で──

 

 ……駄目だ、今はどうしても変な方向に頭が働く。

 

「おたえー、待ってよー!」

 

 そう辟易していると、後ろから元気のいい声が飛んで来る。

 追いついて来て息を切らしているのは、同じクラスの戸山香澄という子。とても明るくて、いつも皆の中心にいるような子だ。

 その中でもギターをしているという共通点からか、この二人はかなり仲が良いように見える。蘭とモカちゃんといい、ギタリスト同士は何か引き寄せ合うものでもあるのだろうか。

 

「急に走り出すからびっくりしたよー……。あ、桜ちゃんおはよう!」

「おはよ、戸山さん。花園さんと一緒だったんだ」

「うん。でもおたえが桜ちゃん見た途端にばびゅーんって走っていっちゃって」

「香澄、ケース背負ったままそんなに走ったら、またチューニングズレるよ」

「えぇっ!? おたえだって走ってたじゃん!」

「大丈夫。ギターと私は一心同体だから」

「わ、私だって一心同体かも!」

「香澄は変態」

「変態じゃないよー!」

 

 この変態云々というやり取りも最早見慣れたもので、けれど淡々と「変態」と言い放つ花園さんと必死に否定する戸山さんとの対比は見ていて面白いから飽きない。やっぱり自分のことを話すよりも人の話を聞いている方が私には向いている。

 思わずくすりと笑ってしまうと、戸山さんが頬を膨らませながら抗議をしてきた。

 

「桜ちゃんも庇ってー!」

「ふふ、いや、私は戸山さんが変態かそうじゃないか言い切れる程戸山さんのこと知らないから」

「笑いながら結構冷たいこと言われた!?」

「私は香澄のこと知ってるよ。変態だって」

「おたえー!」

「あはは。でも、二人ともいいコンビだと思うよ」

 

 フォローになっているかどうか、でも本当に思ったことを口にする。すると戸山さんは嬉しそうに笑った。

 

「えへへ、でしょー? なんてたって、おたえも私達のバンドのメンバーだからね!」

「うん、昨日も練習してきた」

「え、そうなんだ。いつの間に」

 

 戸山さんが入学したての頃からギターを始めてバンドを組みたいと言っているのは周知(範囲、私達のクラス)の事実だけど、どうやらメンバーも着実に集まっているらしい。

 知らぬ間の進捗に驚いていると、ふと思い出す。

 

「でも、昨日も練習って大丈夫? 今日数学の小テストあるけど」

「「えっ」」

 

 二人の声が重なった。いいコンビだと思った私の目に狂いはないらしかった。

 

「あわ、忘れてた!」

「これは大変だね。急いで勉強しなきゃ」

「そうだね、行こうおたえ! 桜ちゃん、私達先に行くね」

「また教室で!」

「あ、うん」

 

 言うや否や走り出す。ギターケースを背負っているのにも関わらず凄い速さで駆け抜けていく二人に、空手の私はそれでも追い付ける気がしない。

 唐突に静かになった通学路で、私はそろそろ見飽きてきた光景をぼんやり眺めながらのろのろと歩いた。

 

 

 ▽

 

 

 その後教室に着くと、何故か二人してギターのチューニングをしているものだから結局数学は私が教えた。

 無事に赤点は免れたらしく、何かお礼がしたいとのことでお昼を一緒に食べる流れになった。孤立しないように立ち回っているから、毎日誰かしらとは食べているし、別にそこは苦ではない。

 ただいつもバンドのメンバーやその関係者達と一緒らしく、果たして私がそこに入っていいのかという逡巡と、まだ見ぬ戸山さん達のバンドメンバーへの一抹の不安はあった。

 個人的にバンドマンに対して良い印象は抱いていないのだ。知り合いのは皆女の子だけど。

 

 そんな憂慮を抱えたまま、昼休み。

 

「桜ちゃーん! こっちこっち!」

 

 用事を済ませてから中庭に向かうと、ピクニックシートを敷いて外でご飯を食べている一行に声を掛けられた。

 戸山さんと花園さんに、他三人。だけどその内の二人は、意外にも知っている顔だった。

 

「遅くなっちゃってごめん。学級委員の用事があって」

「大丈夫。ここ空いてるよ」

「お邪魔します。バンドメンバーって牛込さん達のことだったんだ」

 

 花園さんの隣に座りながら向かい合うのは、クラスメイトの牛込りみと山吹沙綾という子たち。牛込さんなんかは大人しい子という印象が強いから、バンドをやっているというのは殊更驚きだった。

 

「うん、私はベース担当なんだ。香澄ちゃんに誘われて入ったの」

「私は入ってないんだけど、流れで一緒させてもらってる感じかな。香澄達といると楽しいし」

「そっか」

 

 そう返す牛込さんと山吹さん。その横に、縮こまるようにもじもじとしているツインテールの女の子がいた。小柄で可愛らしい子だなと思った。

 

「初めましてだよね? 美竹桜です。ここの四人とは同じクラスなんだ」

「あ、えっ……と。おほんっ。ご、ごきげんよう〜」

「あ、はい。ごきげんよう……?」

 

 自己紹介をすると、数瞬の沈黙の後、えらく古めかしい挨拶が返ってきた。いい所のお嬢様なのだろうか。確かに箱入り娘みたいな印象を受けないでもないし。

 

「有咲ってばー、また緊張して猫被ってる」

「返事になってない」

「あはは、市ヶ谷さん、自己紹介自己紹介」

「が、頑張って有咲ちゃん……!」

「お前らうるせぇ! しょうがないだろ……はっ」

 

 違ったみたいだ。

 戸山さん達の指摘に飛んだのは私への挨拶とは裏腹に、少し男勝りな口調での反発だった。どうやら結構な人見知りをしてしまう子らしい。何も知らずに混じってしまったのは彼女に悪かっただろうか。

 

「全然素で話してもらっていいよ。その方がこっちも身構えないでいられるし」

「あ、うん……。B組の市ヶ谷有咲。一応キーボード担当、です」

 

 その贖罪という訳でもないけど、柔らかく話し掛けてみるとまだぎこちないながらも普通に対応してくれた。

 

「よろしく、市ヶ谷さん。いきなり部外者がお邪魔しちゃってごめんね。ちょっとやりづらいだろうけど、今日だけ耐えて貰えたら」

「桜ちゃんは部外者なんかじゃないよー。今日の小テストだって桜ちゃん無しじゃ乗り越えられなかったんだから!」

「うん。桜がいなかったら永遠に居残りでバンド休止の危機だった」

 

 大袈裟に否定してくれる戸山さんと花園さん。誰かの役に立てているというのは、お世辞でも悪い気はしない。

 

「私も横で聞いてたけど、美竹さんの説明分かりやすかったよね。お陰で90点も取れちゃった」

「え、さーや凄い! 私は40点だったのに……」

「私は45点。勝った」

「お前ら、教えて貰ってその点数かよ……」

「あはは……」

 

 引き気味に呆れる市ヶ谷さんと苦笑する牛込さん。まぁギリギリのラインは一応越えているし、教えた甲斐はあるとは思っている。

 

「赤点じゃなかったからいいのー。あ、それでお礼なんだけど、桜ちゃんが来る前に売店でお菓子買っておいたんだ!」

「え、こんなに沢山いいの? お金とか結構かかったんじゃ……」

「大丈夫だよ。私とおたえとさーやで買ってきたから」

「山吹さんも? 何かごめんね」

「全然いいよ。やりたくてやったことだし、何より私も助かったから」

 

 にこりと笑う山吹さんの顔には、よく見ると隈ができている。昨夜遅くまで起きていたのだろうか。小テストごときにそこまで労力を割かなきゃいけない人だとは思えないし、何か事情はあるのだろうけど。特に詮索する理由もない。

 結局大量のお菓子は六人で話をしながら消費していった。

 

「てか、普段から勉強しておけばそんな点数にならないだろ。最近ずっと夜までウチいるし……」

「おたえも入ってくれたし、練習が捗っちゃって……」

「そう言えば、花園さんがバンドに入ったってことは成功したの? おたえドキドキ作戦、みたいなやつ」

 

 その流れで話はバンドの話題になる。

 

「うん! おたえと一緒にライブしたら入ってくれた!」

「え、それ順番逆じゃない?」

「美竹さんもそう思うよな……」

 

 はぁ、と溜息を吐く市ヶ谷さんだけど、別に本気で呆れている訳ではない。その証拠に、その大きな目は優しく細められていた。

 

「まぁ、そもそも香澄が花園さんにギター教えて貰ってたし、自然な流れってばそうなの……かも?」

「でも、おたえちゃんが入ってくれて良かった」

「私も入って良かった。あのライブで、震えたから」

 

 笑う花園さんの目は輝いていた。見覚えのある輝きに、鸚緑の瞳が染まっていた。

 

「今までずっと一人でギター弾いてたから。私の音と誰かの音が重なって、ひとつになって。そういうのに凄いドキドキしたし、震えた」

 

 だから入れて良かったのだと花園さんは笑う。それを聞いたバンドメンバーの三人は一様に嬉しそうな表情をしていて、山吹さんは微笑ましげに、何処か懐かしむような顔で皆を見ていた。

 

 私には分からない話を、皆私には分からない顔で聞いている。楽器経験者でないからとか、バンドを組んだことがないからとか、そういう話ではなく。

 私には、自分と重なり合う誰かなんていないから。今ここに存在する異物は、私だけだ。

 

 昼休みの終わりを報せる予鈴が鳴った。

 

「あ、やばっ。私次体育だった」

「そうなの? じゃあ急がないと」

 

 そそくさと片付けを始める市ヶ谷さんに続いて、皆も荷物を纏め始める。手を動かしながらも放課後の練習なんかについて楽しそうに話し合っていて、何となく私はここにいてはいけないな、と思った。

 

「私、お手洗い行ってから戻るよ。ゴミちょうだい、ついでに捨ててくる」

「ありがとう、桜ちゃん」

 

 牛込さんからゴミの入った袋を受け取り、五人の傍から離れる。さっきまであんなに騒がしかったのが、少し距離を置いただけで嘘のように静まり返った。

 

 中庭に風が吹く。校舎の陰に入ると、少し寒いくらいに冷たい。植わっているプラタナスの葉が揺れて、ざわざわと音を立てる。コンクリートの柱の下にセイヨウタンポポが生えていた。誰かに踏まれたのか、葉は擦り切れて茎は折れている。

 痛ましさも覚えたけれど、何よりもこの景色こそが自分に相応しいような気がして思わず目を逸らす。中庭にはもう誰もいなくて、皆走って戻っていったのだろう。踏んだ花の名前なんて、多分誰も知らない。

 

 逸らした先の陽だまりが眩しくて、教室までの道のりをゆっくりと歩く。

 私には、きっとそれしかできなかった。




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