ナイモノネダリ   作:ワレモコウ先輩

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蠢動

 校内はいつも以上に騒がしくなっている。

 

「パンまだー?」

「もう来る!」

「飲み物の準備はオッケー!」

 

 文化祭当日の朝。

 皆が忙しく動き回って、焦燥とそれ以上の期待感がうねるように教室を満たしていた。けれどその片隅ではどこか重い面持ちの戸山さん達が、手を動かしつつも扉の方に何度も目を向けている。

 

「沙綾ちゃん、来ないね……」

「香澄、家行ったんだよね?」

 

 テーブルのセットをしながら訊く花園さんに「ちょっとだけ」と戸山さんが頷く。

 近くで備品のチェックとシフトの最終確認をしていた私は、そんな彼女らの会話を端から聞くだけでいた。

 

 もしも昨日のことで、沙綾ちゃんを文化祭を欠席するような状態まで追い込んでしまったのなら……それは私の所為だ。

 何ができる訳でもない。私はドラムも叩けないし歌だって歌えないけど、せめてクラスでの仕事くらいは彼女の分の穴を埋めなければ。

 

「パン届いたよー」

「香澄、来て!」

「あ、うん!」

「私も行くよ。人手は多いに越したことないだろうし」

「助かる〜! ありがと美竹さん」

 

 戸山さんを呼びに来たクラスメイト達に着いていく。備品のチェックリストとシフト表をグループチャットで共有してから、携帯を教室に置いて走った。

 

「助っ人来たよー!」

 

 裏門に向かうとパンの乗ったトレーを受け取ったクラスメイト達が引き返す途中で、どうやら私達でちょうど運び終えられる様子だった。

 

「おはようございます」

「おはよう。あぁ、重いから気を付けて」

 

 軽バンでパンの配達に来てくれた沙綾ちゃんの父親が、手際良くトレーを捌いていく。

 

「サイン、貰えるかな?」

「あ、はい!」

「はい、確かに」

 

 納品書へのサインを実行委員である戸山さんが記入する。確認を済ませた沙綾ちゃんの父親へ、戸山さんは意を決したように口を開いた。

 

「あの、さーやは……」

「今朝、妻がね」

「え……」

 

 その一言に、私も戸山さんも凍りつく。

 

「あぁ、大したことじゃない。昔から貧血気味でね、娘が病院に連れて行くと聞かなくて」

 

 そう付け加えてくれたけど、前に屋上で聞いた沙綾ちゃんの言葉が脳裏に過った。以前倒れたことがある母親がまた体調を崩したのなら、彼女にとってそれは悪夢の再来とも言える。

 

「……」

「迷惑掛けて、すまないね」

「! いえ、そんなことありません」

「そうです! 全然、迷惑なんかじゃ……」

 

 黙り込む私達に、またもやフォローをしてくれた。大変なのは私達でないというのに、気を遣わせてしまったことに申し訳なさを感じてしまう。

 

「あの、さーやにこっちは大丈夫って伝えて貰えますか?」

「あぁ。うちの娘からも伝言だ。『文化祭とライブ、成功しますように』って、そう言ってたよ」

「……沙綾ちゃん」

 

 その言葉は、もう諦めてしまった人の言葉だ。

 でも、それは仕方がない。家族に、友人に、好きなこと。ひと一人の両手で全て掴み取るには、それらはあまりに大き過ぎる。

 だからせめて、今彼女が掬いきれなかったものの一欠片でも、私に拾えるものがあるのなら──

 

「戸山さん」

「ん?」

「このパン、私一人で運んでおくから。戸山さんはバンドの方行ってきて」

「えぇっ? でもこれ、一人だと重いんじゃ……」

「大丈夫。ライブ、成功させないとでしょ?」

 

 それが私にできる、彼女達への贖罪だ。

 

「──うんっ! ありがとう、桜ちゃん!」

 

 引き締まった凛々しい表情で戸山さんは駆けていく。これでいい。後は、私のやるべきことをやる。

 ずしりと重いトレーを掴みながら、心配そうに振り返る沙綾ちゃんのお父さんに一礼して教室に向かった。

 

 

 

 明日は筋肉痛になるだろうな、なんて予見をしたのは教室に着くよりずっと前で、何とか運び終えた頃には若干腕が痺れていた。

 クラスの皆に一人で持ってきたことを仰天され、また大いに心配されてしまったのは何とも面映ゆいことだけど、これだけで仕事を終えたとは到底言えない。

 楽器の調整を含めた最終の打ち合わせから戸山さん達Poppin’Partyが戻ってくるまで、今日いない沙綾ちゃんを含め四人の穴を埋めなければいけないのだ。

 こんなところで弱音を吐いていられない。

 

「皆、気合い入れて行くよ。文化祭、成功させようね」

 

 何より自分への喝を込めて、私を取り囲むクラスメイトに言った。

 

「それ、さっき香澄も同じこと言ってた!」

「でも美竹さんがそういうこと言うのって新鮮〜。よーし、頑張るぞー!」

「えいえい、やー!」

 

 戸山さんのようにはいかないまでも、どうやらそこそこの士気向上には貢献できたらしかった。

 

「いらっしゃいませー!」

「1-Aカフェでーす!」

 

 斯して文化祭は始まった。

 客席への案内と注文の受け付け、パンと飲み物の用意、片付けにお会計、できることは全てやる。手が空いている人には校内を回っての宣伝なんかをお願いしたり、休んでもらったり。

 目が回るような忙しさが続く中でも、数をこなすことで段々と慣れてきた。ひとまずの波は乗り越えたようだし、このまま集中を絶やさずにいれば何とか──

 

「おぉー、やってますなぁ」

 

 ──なりそうにない。

 

「やっほー桜。やまぶきベーカリーのパンが食べられるって聞いたから、飛んで来ちゃった」

「……いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」

「いやー、似合ってるねぇ。フリフリのエプロン」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらやってきたのはモカちゃんだった。

 この子が来ているということは恐らく……。

 

「も、モカちゃん……歩くの早すぎるよ……」

「もー、花女来るの初めてなんだからもっと色々見て周りたかったのにぃ」

 

 やっぱり。

 疲れた顔でモカちゃんの後に続いたのは、つぐみちゃんとひまりちゃんだった。

 

「だって、パンがモカちゃんを呼んでいる気がして〜」

「あ、桜! わぁ、エプロン可愛い〜!」

「ほんとだ。すっごく似合ってるよ」

「……」

 

 モカちゃん一人なら知らぬ存ぜぬを突き通せたかもしれないけど、三人は無理だ。現にクラスメイトから「美竹さんの知り合い?」と話し掛けられてしまったし。

 見たところ巴ちゃんはこの場に来ていないようだけど。それから蘭がいないのは、まぁ不幸中の幸いと言える。

 

「そうなんですー。あたし達桜の幼馴染で、どうしてもこの子の晴れ舞台を一目見たくて……」

「モカちゃんはいつから私の親を気取るようになったのかな」

「そうなんだ〜。じゃあ美竹さん、注文取ってあげて!」

 

 話を聞いているのかいないのか、クラスメイトが無責任な依頼をしてくる。ただいち店員である私は従わざるを得ないので、オーダー表を持ち直して注文を聞くことにした。

 

「えーとー、じゃあメロンパンにチョココロネ、ミルクデニッシュにカレーパン、ウインナーロールに〜……」

「モカちゃん、ここに来る前の外の屋台でも沢山食べてたよね……?」

「だいじょーぶ。まだまだお腹に空きはあるし、余分なカロリーは全部ひーちゃんに送るから」

「モカー、その冗談は笑えないって! あぁでも、この『限定びわとレモンのデニッシュ』も気になる……桜、これもお願い!」

 

 相変わらず騒がしくて大飯食らいな人達だ。ひと通りの注文を聞き終える頃にはオーダー表はびっしりと埋まっていて、持って行って見せたら皆に驚かれる。

 とは言え注文されたのだから出さない訳にはいかない。食べている間くらいはモカちゃんも変な話題は振ってこないだろうし、彼女達が退店するまでは裏で仕事をしよう。

 

「ね、桜。このパン食べ終わったら、花女案内してよー」

 

 そう思ってパンを持っていってしまったのが、私の運の尽きかもしれない。

 

「……ごめんね、まだ仕事あるから」

「イヤそーな顔して間空けてから言われても、ウソにしか聞こえないなぁ」

 

 笑いながらそう言われても、仕事があるのは事実だ。気が進まないのも事実ではあるけれど。何と返したものかと思案していると、またもやクラスの子が気遣いと見せ掛けた挟撃(勿論本人達にそのつもりはないだろうけど)を行ってきた。

 

「行ってきなよ。美竹さん、シフト無視してオープンから働きっぱなしでしょ?」

「そうそう! 香澄達のライブもあとちょっとで始まるし、観に行ってあげて」

「ライブ?」

 

 その単語に反応したのはひまりちゃんだった。不可抗力でしかも迷いもしなかったとは言え、Afterglowのライブを蹴った身としては若干の心苦しさのようなものを感じる。

 

「……クラスの子がバンド結成してて、今日ライブがあるの」

「へぇー、私も観てみたい! ね、つぐ」

「うん、気になるかも」

 

 同じガールズバンドを組む者として興味があるのだろうか。ただひまりちゃんの場合そういったイベント事を好む傾向にあるから、理由は定かではない。

 そんなことはどうでもよかった。問題は、この状況からどうやって回避するかで──

 

「あたしもすごく興味あるなぁ。桜もなんだかご執心らしいし、ねー?」

 

 いや、どうやら無理らしい。

 

 

 ▽

 

 

 今、私の隣にはつぐみちゃんがいる。

 クラスメイトの後押しもあって、仕事だからといった口実を作れるエプロンという名の防護服は引剝(ひは)ぎに遭ったかの如く剥ぎ取られ、私は休め休めと教室を追い出されてしまった。

 

 あの後、モカちゃんは「つぐに色々案内してあげて〜」と言い、ひまりちゃんを連れて出て行った。彼女がつぐみちゃんと二人でという提案をしたのは恐らく妥協のつもりなのだろうけど、正直な所Afterglowのメンバーであれば今は誰とも一緒にいたくなかった。

 ライブに行かなかったことに対しての気まずさもある。皆と会ったのは招待を受けた時以来だし、その理由を蘭以外が知っているのかは分からない。

 

 それに何より、此方の藪をつついて欲しくないというのが本音だ。

 前にも言ったけれど、別にAfterglowのメンバー全員が嫌いな訳ではない。ただ、姉に近しい彼女らがその薮に手を突っ込んでくるのは目に見えている。あの時のモカちゃんのように。

 だったら頑として断れば良かったのにと思うかもしれないが、クラスメイトの手前そこまで強情を張る気にはなれない。

 本来私は長い物には巻かれる主義なのだ。

 

 そんな訳で、現在地──教室棟の廊下。

 

「つぐみちゃん、どこか行きたい所ある? ライブまでちょっと時間あるから、少しなら周れるよ」

「うーん……。あ、そうだ!」

 

 少しの間眉根を寄せて思考していたつぐみちゃんが、ぱっと私に向き直る。その目には期待を孕んだ輝きが湛えられていた。

 

「花展に行ってみてもいい? 桜ちゃんの生けたお花、見てみたいな」

 

 が、どうにもその要望には応えられそうになかった。

 私がまだ中学生の頃は、華道部に入っていて文化祭で生け花を展示していた。確かにその頃、つぐみちゃんはよく見に来てくれていたっけ。

 

「ごめん、今は華道部に入ってなくて。花展にも出てないの」

 

 理由は単純で、部活に割く時間が高校生になるとなくなったから。家元の後継になるとは、そういうことだ。

 

「あ、そうなんだ……。……そっか」

「……でも、少し華道を教えてる知り合いの子が作品出すみたいだから、折角だしちょっと寄っていこうか」

 

 俯いて呟くつぐみちゃんに憐憫のような情を覚えて、フォローになっているかも分からない提案をした。頷いてはくれたけれど、果たして彼女としてはこれで良かったのだろうか。

 長い間人と接していないと、こういう時にどうすればいいのか分からなくなる。そんな辟易とした気持ちを抱えつつ、華道部の展示場まで歩いた。

 

「サクラさん! 来てくれたんですね」

「うん。若宮さんの作品が気になって」

 

 人懐こい笑みで若宮さんが出迎えてくれる。

 ちょうど彼女が案内の担当だったようで、淡青色の着物はよく似合っていた。私の横にいるつぐみちゃんを見ると、目を瞬かせた後にまた笑顔を浮かべた。

 

「ツグミさんも! サクラさんとお知り合いだったんですか?」

「イヴちゃん!? もしかしてイヴちゃんが言ってた先生って……」

 

 どうやら二人は顔見知りだったらしい。聞くところによると、つい先日若宮さんが羽沢珈琲店にアルバイトの面接でやってきたとのこと。

 沙綾ちゃんとモカちゃんの繋がりといい、意外と世間は狭いらしかった。いや、私だけが閉じ過ぎているだけか。

 

「こちらです!」

 

 若宮さんの紹介で次々と見て回る作品の最後が、彼女のものだった。丸みを帯びた小さな壺に生けられているのはツユクサ。

 それだけのシンプルな作品ではあるけれど、だからこそ花の青が映えて綺麗に写る。

 

「わぁ、可愛い……!」

「うん、いい作品だと思う」

「ありがとうございます。サクラさんにご指導頂いたおかげです!」

 

 技術的な面から見れば勿論百点満点とは言えないけど、初心者の生けた花としてはかなり上手な部類に入る。

 深々と頭を下げる若宮さん。教えたのは基本的なことだけだから、私の助力に依るところなんて微々たるものだ。

 

「そういえば、ツユクサを選んだ理由ってあるの?」

「はい。もちろん、今の季節に咲いているというのもありますけど……」

 

 つぐみちゃんが訊くと、若宮さんは爛漫とした目を私に向ける。

 

「ツユクサの花言葉は、『尊敬』だそうです。なので、教えてもらったサクラさんや華道に対しての尊敬を表現しようと思って、ツユクサを選びました!」

 

 初めて話した時と同じ目だった。けれど。その瞳に写っている少女に、そのツユクサが手向けられた者に、私は何故だか納得ができない。

 

「……ありがとう、若宮さん」

 

 だから、そんな適当な返事しか返せない。

 小さく咲く群青は、小さく頭を垂れている。昼を過ぎると萎むその花が、少しだけ自分と重なった気がした。

 

 

 

 ライブの会場──体育館へと向かう。

 人の入りはそこそこ。熱に浮かされた空気はカーテンで閉じた暗い体育館の中で醸成されて、照明を浴びるステージへと流れていく。

 私とつぐみちゃんが着いたのは、ちょうどPoppin’Partyのライブが始まる頃だった。

 

「桜ちゃんのクラスの子って、あの子達?」

「うん」

「前の方、行かなくていいの?」

「うん。……ここでいいの」

 

 緊張した面持ちで位置につく戸山さん達。花園さんは平静を装っているものの、普段よりもその表情が引き締まっているのが分かる。

 音出しの最中、戸山さんは主のいないドラムスローンをじっと見つめていた。

 

「こんにちは! Poppin’Partyで──」

「待て待て! いきなり自己紹介だっけ?」

「え、あれっ? あぁっ……!」

 

 息を吸って勢いよく喋りかけたところで市ヶ谷さんからのストップがかかる。どっと笑いが起きた。

 緊張から来たものなのか、或いは……。

 

「文化祭、盛り上がってますかー!?」

 

 歓声があかる。戸山さんがマイクをぎゅっと握る。

 ステージ脇の扉は固く閉ざされたまま。

 

「最初の曲、行きます! 『私の心はチョココロネ』!」

 

 Poppin’Partyのライブが始まった。




難産が続き遅れ気味で申し訳ないです……。沢山の評価、お気に入り登録ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
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