きっと、君の存在は   作:あすす

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 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 騎士団の隊舎や演習場は、王の島の北部に広大な土地を擁して位置している。

 

 中でも一際大きな第七演習場は、ウォールヘルヌスの会場となった競技場さながらの広大さを誇る巨大演習場であった。

 

 周囲を三重の防護結界で覆い、敷地の邪魔にならない場所に最小限の数用意された鉄製の観客席。

 

 鉱物密度の高い土の地面が人工的に広がるだけの空間には、植物等の自生すら僅かにも見られず、地面と壁、そして空の三層という色合いの変化しか見られないほど、無駄と手間を省いた武骨さが際立っている。

 

 けれどその実、数ある演習場の中で最も簡素で、対魔物戦や対人戦を想定し非常に堅固な造りを呈していた。

 

 そんな第七演習場の中央に立つのは……。

 

「ははっ、ナナリーさんそんなに緊張しなくても」

 

 数多の功績とともに孤高の魔法使いとして称えられる、ヴェスタヌ王国屈指の天才魔法使いサレンジャ・ボリズリーと。

 

「な、なっ……ど、どうっ」

 

 お気に入りの青いワンピースの裾をこれでもかと強く握りしめ、今にも倒れんばかりにぶるぶると震えているナナリー・ヘルの二人であった。

 

「どうしてこうなった!」

「そんな泣くほど感動しなくても」

 

 なかなか現実を受け入れられないナナリーの隣で、アルウェスは手にしている魔導具を弄りながら淡々と返している。

 

 ちなみに、ナナリーが叫んだのは断じて感動しているからではない。分かっていてあえてそう口にするのが彼である。まごうことなき確信犯であった。

 

「あのサレンジャ・ボリズリーと魔法戦ができるなんて幸運、逃す方が問題だから。しかも向こうだって乗り気なんだ。それに君はあまり地型の魔法使いと戦ったことがなかったし。ほら、ちょうど良いでしょ?」

「何が“ほら”で何が“ちょうど良い”のか全然分からないんだけど??」

 

 アルウェスが周囲の女性を虜にして骨抜きにして膝から崩れ落とす、いつものキラキラと輝く完全無欠の笑みをナナリーに向けた。

 

 その結果、もちろんナナリーも他の女性達の反応と同様ガクリと膝から崩れ落ちることになった……しかしその理由が他の女性達と同じであるかどうかは、また別の話であるが。

 

「ボリズリーさんと魔法戦……やるの? 私が? あのボリズリーさんと? 嘘でしょ?」

「嘘でも嘘だって嘘付いた方がよければそうしようか?」

「ああああああぁぁっ!」

 

 両手で顔を覆ったナナリーは、そのまま人目を憚らずに呻いた。

 

 いったい、何がどうなってこうなってしまったのだろう。今夜は普通にただアルウェスと兎鳥を堪能するだけの予定だったはずが、今現在、何故かあのサレンジャ・ボリズリーと魔法戦をするために相対しているというこの事実。

 

 別にナナリーは魔法戦自体が嫌いなわけではない。もともと魔法は大好きで、ハーレの仕事では事前調査で魔物相手に魔法で戦うこともある。またアルウェスと婚約関係になってからも、彼との魔法戦を何度も経験しているのだ。

 

 そのおかげでルールや立ち振る舞いはとうに知っているし、現役の隊員達ほどではないにしても、きっとそれなりに動くことはできる。

 

 だから、決して魔法戦自体が嫌いなわけではない。ここでの圧倒的問題点は、言わずもがな相手である。その一点だけだ。

 

 ナナリーは指の隙間を僅かに広げると、少し離れた場所でヘンリックと話しているボリズリーを盗み見た。

 

 酒場での彼、もといナナリーと接した時の彼は、多少の強引さや計算はあれど、基本的には人当たりが良く、快活で陽気さに溢れているようだった。

 

 “現代の崇高なる魔法使い百選”に選ばれるほどの天才でありながら、決してその能力を鼻にかけるようなことはしない。

 

 むしろその気さくさで誰とでも分け隔てなく接し、有名人であろうとも圧倒的な親しみやすさで人との距離をそれとなく縮められる人、という印象が強かった。

 

 けれど……。

 

(今、目の前にいるのは──ヴェスタヌ王国の天才魔法使いとしてのボリズリーさんだ)

 

 視線が違う。声色が違う。醸し出す空気が違う。相変わらず笑んで明るい彼であるのに、先程までとは明らかに一線を画しているのが分かる。

 

 油断も隙も見られない、計算された一つ一つの動作。恐ろしいまでに冷静で、こちらを見極めんとする洞察の瞳。そしてその瞳の奥底にちらつく、紛れもない期待の色。

 

 それは地型の始祖級魔法使いとしてのサレンジャ・ボリズリーの顔を彷彿とさせた。あらゆる面で頂点に立つ彼が唯一、アルウェス・ロックマンと相対する時に見せる、好敵と悦楽の表情。

 

 それをこの場で見せているということは、つまり彼は、このままナナリーと魔法戦をするつもりなのだ。同時にそれは、ナナリーのことを一人の対戦相手として認識しているということでもあって。

 

(いやいや私ただのハーレの受付嬢だから! むしろ魔法戦はボリズリーさんとアルウェスがやった方が盛り上がるはずでしょ)

 

 始祖級魔法使い同士の対戦なんて、そうそう実現するものではない。双方名の知れた実力者同士、きっと素晴らしい戦いを見せてくれるだろう。普通に魔法や戦術の勉強になりそうだ。騎士団の隊員達にとってもそちらの方が断然良いに決まっている。

 

 ……それなのに、火型の始祖級魔法使いが勝手なことを言い出すから。

 

 ナナリーが指の隙間からギロリと隣を睨み上げれば、ちょうど魔導具を弄り終えたらしいアルウェスの赤い瞳と、ばちりと視線が合った。

 

「珍しく緊張してるね?」

「むしろこの状況で緊張しないとでも思うの?」

「そんなに深く考えなくても大丈夫だよ。君だって僕とやり合える程度には優れた魔法使いなんだから」

「……そんなの当たり前でしょ。ずっと勝負してきたんだから」

 

 人生の大半に“打倒アルウェス・ロックマン”を掲げてきたナナリーは、学生時代から現在に至るまで、それこそ星の数ほどアルウェスと対峙してきた。

 

 勝負といっても手遊びから魔法戦まで幅広く、学生の頃は毎日のようにぶつかり合っては勝ち負けに一喜一憂し、引き分けた時は反省会の後さらなる改善案と攻略案のもと突撃して。

 

 だから。そんなナナリーが、アルウェスの相手が務まるのは当然のことなのだ。

 

 だって、それだけの勝負数を彼に挑んできたのだから。彼の些細な癖や使う魔法の傾向、そして手の内なんてものはとうに把握済みで。

 

 体格面や経験面で埋められない差があるのは仕方がないにしても、逆に言えば、それ以外で彼に遅れを取る要素など存在しない。これまで伊達に勉強や魔法に時間を割いてきてはいない。

 

 ハーレに就職後も魔法の腕はずっと磨いてきたし、彼との婚約が決まった後も、ずっと彼と魔法を交わしてきた。

 

 そんな自分だからアルウェスと戦えているのだと思うし、これからも戦えると思っている。

 

 いくら彼が火型の始祖級魔法使いで天才的な魔法使いであろうと、彼への執念と費やしてきた時間が、自身の力を底上げしてくれている根本でもあるから。

 

 ──けれど、相手がサレンジャ・ボリズリーとなれば話は全く変わってくるのである。

 

「ボリズリーさんの戦いは、彼がウォールヘルヌスで優勝した時の新聞記事とか雑誌でちらっと見ただけなのよ。確かに使った魔法とか戦い方は書かれていたけれど、ボリズリーさんに至っては情報と実際で全然違うだろうし」

 

 アルウェスと同等の魔法力を持つ彼の属性は地型。一応全属性の魔法の勉強はしているけれど、魔法で重要なのはその精度や威力、込められる魔力量である。

 

 つまり使用者の質で、同じ魔法でも別物のように強力になったりするのだ。始祖級とまで謳われる彼ならばそれがより顕著となるだろう。

 

 目で見ていれば魔法の質を感じることもできただろうが、生憎と前回のウォールヘルヌスがシュテーダルのせいで中止され、その時の彼が専ら防御膜の補助にまわっていたこともあって、ナナリーはボリズリーの実力を知らない。

 

 

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