きっと、君の存在は   作:あすす

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 つまりは圧倒的な情報不足なのだ。それは相手も同じではあるが、彼は騎士として戦いに慣れている。きっとその場の状況で臨機応変に動くことくらい造作もないだろう。

 

 ただのいち受付嬢と、世界に数人しかいないであろう天才魔法使い。

 

 どう見ても、どう考えても、彼から見たら自分は格下なのである。

 

「……無理無理無理! やっぱり私じゃボリズリーさんの相手にならないって!」

「そんなことはないけど……ただまぁ、いくら君でも全力を出さないと厳しいところはあるかな」

「あんた相手ならまだしも、ボリズリーさん相手に全力出すなんてそれこそ恐れ多すぎて無理!」

 

 もはや“無理”としか言えなくなっているナナリーは、誰が見ても完全に緊張でガチガチであった。

 

 普段彼女がここまで緊張することは滅多にないのだが、それだけサレンジャ・ボリズリーという存在が偉大で、そんな彼との魔法戦が、魔法使いにとっていかに価値あるものかということを正しく理解しているのだ。

 

 あの彼との魔法戦なんて、きっとすごく光栄で。皆が皆、喉から手が出るほど望んでいる機会のはず。

 

 そんな貴重な機会を、ただアルウェスの知り合いという点で関わるようになっただけの自分が、果たして賜ってよいのだろうかと──そんな遠慮が、ナナリーの身体を更に重くさせていた。

 

「うううぅ」

 

 アルウェスは全力を出さないと厳しいと口にしたけれど、きっとこのまま魔法戦を開始したところで、全力の半分の力も出せないだろう。

 

 しかもボリズリーの側には、酒場にいたヴェスタヌ騎士団勢が勢揃いしていた。彼は着いてきても店に残ってもいいと言っていたが、なんとあの後全員が着いてきたようで。

 

 演習場の規模の割に多くない観客席に、緑色の騎士服があちこちで翻っている。その視線が一身にこちらに寄せられていて、否が応でも注目されているのは明白だった。

 

 そんな衆人環境の真っ只中で、天才魔法使いと魔法戦……考えるだけで倒れ込みそうになる案件である。

 

「せめてアルウェスとの魔法戦だったら、皆に見られていようが関係なしに全力で臨めるんだけど……」

「そうなの?」

「当たり前よ。いつだってどんな時だって、私はあんたに負けたくないんだから」

「ふぅん……」

 

 重い頭を手で支えながらナナリーは呻いた。ずっと隣に立っているアルウェスが、ナナリーの言葉にまるで考え込むかのように視線を伏せているけれども、そんなことは気にしていられない。

 

 とりあえず、ここまできて魔法戦を回避することは不可能だ。やる気になっているボリズリーに今更断るという勇気は、さすがのナナリーでも持ち合わせていない。

 

 例え相手にならないとしても、せめて格好だけはつけたいところで──あぁでも、歴戦の相手にそんな上手くいくだろうか。

 

 半端な魔法が通用するほど彼も甘くないだろう。下手に手加減されるのも、それはそれで情けない。

 

 ぐるぐると思考の渦に飲み込まれていたナナリーであったが、そんな彼女の隣で思慮に耽っていたアルウェスが、不意にナナリーの顔を覗き見る。

 

「──なら、君が全力を出せるようにしてあげようか?」

「……へ?」

 

 ナナリーが驚いて顔を上げると、そこにはいつもの赤い瞳があった。

 

 キラキラと輝きながらどこまでも深くまで透き通すような、いつもの赤い色──いや違う。

 

 まるで正々堂々と何かを企んで、けれどそれを悪びれることのない、完璧なまでの先見と自信に溢れ、けれど相手への遠慮と容赦の一切を排除した赤い色。

 

 そんな瞳で、アルウェスはナナリーに微笑んでいる。何故か微笑んでいる。いやおかしい。どうしてそんな悪いような笑顔を浮かべているというのか。

 

 うっそりと笑む彼に、頭の中で警告音がする。背中をダラダラと流れるこれは、冷や汗だろうか。

 

「……っ」

「どうしたのナナリー。後ろ向きに歩くと危ないよ?」

 

 無意識のうちにナナリーがジリジリと後退すれば、それ以上の歩幅でアルウェスが詰め寄ってくる。

 

「大丈夫。これは君のためにもなるし、彼のためにもなるから」

「え。あの、ちょっ」

「君のことだから最初は戸惑うかもしれないけど、まぁ何事も経験だから……そういうわけで、ちょっと失礼」

「ぎゃああっ!」

 

 そうして流れるように自分に手を伸ばして掴まえてきた彼に、ナナリーは盛大に肩を震わせて絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、調子はどう?」

「ん? アルウェスか」

 

 ふらりと声を掛けられ、己の魔力循環を確認していたボリズリーが顔を上げた。

 

「俺はいたって普段通りだよ。むしろ彼女の方が大丈夫か? ここまで伝わってきそうな狼狽えっぷりだったが」

 

 今ボリズリーが立っている位置からは、少し離れた位置にいるナナリーが目の前のアルウェスの身体で見えなくなっている。

 

 けれど、先程までの彼女は明らかに緊張と悲壮感に苛まれ、諸悪の根源たる己の婚約者を恨めしげに睨んでいて。

 

 ──絶望感と不本意感が満載なのが、笑えるほど一目瞭然であった。

 

 ボリズリーは魔力を纏わせた指先の感覚を確かめながら、アルウェスへと視線を向ける。

 

「まさかお前が、俺と彼女の魔法戦を提案してくるとは思わなかった。しかもあの様子だと、彼女にとっても想定外のようだな。いったい何が狙いだ?」

「そんな大層な理由ではないけどね。強いて言うなら、よりいっそう彼女に興味を抱いているらしい君が、一番簡単に彼女のことを知れる機会がこれかなと思っただけだよ」

 

 僅かに探るように目を細めるボリズリーに、アルウェスはさらさらと淀み無く答えた。最初からそう返答することを決めていたかのように滑らかで、まるで隙が無い。

 

「まぁ、お前がそう言うのならそうなんだろうな。けれどアルウェス。さすがの俺もあれだけ気後れしている相手だとやりづらいんだが?」

「あぁそれはもう大丈夫。解決したから」

「……へぇ?」

 

 アルウェスの言葉に、ボリズリーは僅かに片眉を上げてみせた。

 

「それならいいが……お前、尋常じゃなく緊張していた彼女にいったい何をしたんだ?」

「彼女が全力を出せるようにおまじないを少々ね。もちろん彼女自身の魔法力には何も干渉していないから、そこは安心してもらって構わない」

「おまじない……」

 

 あのアルウェスの口から“おまじない”などという言葉が出てくるとは思わなくて、ボリズリーは少々面食らった。

 

 なにせこの二人は婚約関係である以前に、婚約関係とは思えないほど雑(意訳)な関係性を見せることがある。

 

 こと勝負関連の類においてそれは顕著で、だからこそそんな彼が彼女に対して“おまじない”などという可愛らしい真似をするのだろうかと不思議に思うのだ(むしろアルウェスのことだから、彼女を煽って煽って煽りまくるぐらいするだろうと思っていた)。

 

 とは言っても、彼女の魔法力に干渉しないおまじないとなれば、それこそ緊張感を解すような癒やしの魔法などである可能性が高い……それはそれで、あのアルウェスが彼女相手にそんな素直なサポートをするのかと驚きもするが。

 

(いずれにしても、”彼女”と向き合えるのならそれでいい)

 

 瞼を閉ざしたボリズリーはすっと短く息を吸うと、暗闇の中に鮮やかに浮かび上がる水色髪に、くすりと口角を上げた。

 

「でもまぁ、楽しみだよ。お前と互角にやり合えて、あのシュテーダルすら倒してしまえる彼女の魔法が。これは俺も油断していると危ないかもな」

「そうだね。僕も彼女と向き合う時はいつも全力だから」

「アルウェスがそう言うのなら、ますます期待できる」

 

 ボリズリーはますます満足したように言葉を続けると、くつくつと声を上げて笑った。

 

 そしてそれまで閉じていた瞳をゆっくりと開くと──射抜くように正面を見据える。

 

「さて、やろうか」

 

 そう溢して、ヴェスタヌ王国が誇る天才魔法使いサレンジャ・ボリズリーは、演習場の中央に向かって歩き出した。

 

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