ヘンリックの宣言と同時に動いたのは、ボリズリーとナナリーでほぼ同時だった。
「パゴスフェラ(氷弾)!」
ナナリーがパシンと合わせた両手を一気に開くと、空中に無数の氷弾が出現した。そしてそれらを息付く間もなく一斉にボリズリー目掛けて発射する。
「アスピダモス(砂盾)」
しかしナナリーの攻撃と同時にボリズリーが砂の防護壁を展開。ズザザッという音を立てて地面からせり上がった防護壁は、水弾よりも切っ先が鋭く硬い氷弾を全て弾いて落とす。
パラパラとひび割れ崩れる氷弾を目にしたナナリーは、少しだけ戸惑ったように視線を揺らしていた。
「出たっ隊長の砂盾!」
「あの薄さであの防御力はやりすぎだろ!」
「発動までが実に鮮やかだったな、さすが隊長」
「おいちょっと待て、それならボリズリーさんとほぼ同時に氷魔法発動させたヘルさんは何者だ!?」
二人の初撃に感嘆の息を漏らしどよめくヴェスタヌ勢の目の前で、二人は既に次の行動を開始する。
「アモシエラ(砂嵐)」
ボリズリーの詠唱とともに、演習場一帯を巻き上げるようにして広範囲に発生した暴風。
地面の中の尖った砂粒や細かな鉱石の破片を大いに含んだ風は、まるで周囲の空気を砕きながらその勢力を増して、ナナリーを飲み込まんと襲いかかってきた。
「っ」
そのまた一瞬、碧色の瞳が混乱したように細められる。
(……っ、集中しなきゃ)
ぶわりと舞う髪を払ったナナリーが、きゅっと唇を噛む。
向かってくる【砂嵐】はとにかく水平方向の範囲が広く、見ただけでも分かるほど強力な威力で。
氷型の魔法【吹雪】で対抗するにしても、競り負けるのは容易に想像ができた。今から発動するとして、この魔法の精度まで高めるにはさすがに時間が足りない。
それだけ相手の魔法の質が高すぎるのだ。一つ一つが恐ろしいほど繊細で正確で的確で、広範囲かつ高威力。生半可な魔法ではあっという間に呑まれてしまうほどに、魔法としての完成度がどこまでも高度で圧倒的だった。
(かと言って、そう簡単に負けるつもりはないけど!)
ゴウゴウという荒れた音と微小な砂塵が次第に肌を叩く。
咄嗟に防護膜を張ろうとしていたナナリーであったが、寸前で跳躍魔法に切り替えると、津波のように押し寄せてきていた砂嵐よりも、遥か上空に跳び上がった。
(地上戦で分が悪くても、上からならっ!)
ワンピースの裾を翻し、そのまま浮遊魔法にて空中に留まると、ボリズリーの頭上目掛けて再度【氷弾】を仕掛ける。
すかさずボリズリーが【砂盾】を展開。ナナリーが放った全ての【氷弾】を無効化しながら、くっと口角を上げた。
「……良い判断だな。俺の【砂嵐】は、並の防護膜ならそれごとふっ飛ばすほどの威力がある。この場合、魔力を削って防護膜を強化するより、むしろ【砂嵐】の射程範囲外に退避する方が適切だ」
ボリズリーが発動した【砂嵐】は、ナナリーを捉えるために水平方向により広く伸ばしたそれで。
そのため、高さはせいぜい建物の二階程度。それなりの魔力を込めた跳躍魔法で、十分回避できる高さであった。
(恐らく、俺の魔法の威力と範囲を読み当てていた……すごいな。なるべく魔力の気配は消していたつもりだったが)
ボリズリーが使うのは、始祖級と評されるにふさわしい、圧倒的なまでの魔法力から繰り出される、防御力と攻撃力を誇る地属性魔法である。
砂や岩といった硬質な地物質の他、蔓や茨といった植物ですら容易に扱う彼は、その手数の多さと高威力性から、攻守どちらにも優れた魔法の使い手として、並の魔法を寄せ付けることはない。
だからナナリーは、極力彼から距離をとっていた。今のままでは接近戦に持ち込んだところで、その高い防御力を突破できるだけの威力を発揮できないから。
そしてまた攻撃魔法の方も、こちらの防護膜の強度を遥かに上昇させなければ、まず太刀打ちできないと踏んだから。
前々回のウォールヘルヌスで、彼はヴェスタヌ王国を優勝に導いた立役者とされている。それは間違いなく正しい評価であった。
サレンジャ・ボリズリーの地属性魔法は──攻撃と防御どちらにおいても、他者を圧倒する精度を誇る。
始祖級魔法使いの名は伊達ではない。地型魔法使いの頂点に君臨する彼は、その絶対的な魔法力によって、当時開催国であった自国に優勝の冠を掲げたのだ。
「さて、それは置いておくとして、空中戦での鍵は浮遊状態での身のこなしにある……慣れていなければバランスを取ることすら難しいが、君はどうだ?」
ボリズリーは地面から無数の茨を発生させると、それらを縦横無尽に成長させながら上空のナナリーを捕らえにかかった。
彼女の身体や手足目掛けて伸びる柔軟で強固な茨は、拘束魔法として彼が実戦で多用する魔法でもある。
けれどナナリーは氷の剣を生成すると、己に向かってくる茨をザクザクと切り捨てた。
「その程度じゃ私は捕まらないわよ!」
どうやら剣に触れた茨を瞬間的に凍らせ、切断しやすくしているようだ。また剣で捌ききれない茨も、的確に身体を捻って回避してみせている。
しかもその隙に、ボリズリーに向けて氷柱やら吹雪やらを仕掛けてくるときた。状況把握能力だけでなく、処理やそれを実現できるだけの器用さも持ち合わせているらしい。
(……なるほど。思ったよりずっと動けている。これは空中戦の経験も十分にあるようだ)
ボリズリーは指先を上空に向けながら、けれど一瞬その視線をアルウェスの方へ向けた。
(アルウェス、お前……案外彼女に色々と仕込んでいるな?)
元々、彼女自身の運動能力も高いのだろう。身体の使い方が非常に滑らかで、反応も良い。
けれど、確実にそれだけではないのだ。恐らく、というか絶対にアルウェスが彼女に指南している。
(ナナリーさんとの魔法戦を通して、彼女に対人戦の経験を積ませているのか。そりゃ相手がアルウェスならこうもなるよな)
もはや彼女の動きは素人のものではなかった。それはこの空中戦に限った話ではない。
そもそも天才と謳われる自分相手に、これだけの魔法の打ち合いを成立させているのだ。その時点で、彼女がただのハーレの受付嬢の枠に収まりきらないことなど、とうに明らかで。
『──強いて言うなら、よりいっそう彼女に興味を抱いているらしい君が、一番簡単に彼女のことを知れる機会がこれかなと思っただけだよ』
ボリズリーの脳裏に、アルウェスの言葉が過る。
彼の言葉は、正しくその通りであった。
まだ関わるようになってそこまで時間が経っていなければ、直接魔法を交わすのもこれが初めてで。
だというのに、それでもこの短時間で氷型の魔女ナナリー・ヘルを感じ取るには、この魔法戦はボリズリーにとって確かに絶好の機会となっていた。
その純粋な魔法力、身体能力、そして頭脳。魔女としての実力で言えば、どれをとっても彼女は素晴らしくて、どれをとってもアルウェスが気にかけるのが分かるほど一際目を引いて。
そして、どれをとっても──その実力を得るために、彼女がこれまでに捧げてきた、途方もないほどの努力の痕が垣間見えるから。
(恐らく彼女の魔法への適応力は、俺やアルウェスには及ばない。だからきっと、魔法の習得にはそれなりの時間がかかったはずなんだ)
ボリズリーやアルウェスの魔法適応力の高さは、幼少期に研究施設で培われた影響が大きく作用している。
彼等の元々の才能やセンスに加え、それを順当に伸ばせるだけの環境が整っていたため、身体が成長してみせるように、より多くの魔法に適応することができたのだ。
だから彼等は大概の魔法はそれなりの練習で、あっという間に行使できるようになった。
もちろん高難度のものになればそう簡単にもいかなかったが、それでもさらなる高みへと、己の魔法力を引き上げることは存分に可能であった。
けれど、彼女はそうではない。決して二人のように、幼少期から魔法のサポートがあったわけではなかった。
そもそも氷属性自体が、綿密なコントロールを必要とする繊細な属性で。それでなくても、元々氷型の魔法使いの人数や魔法の種類自体が極端に少ない。
その結果、どの国においても、氷型の魔法使いの育成は他属性と比較すると、やや困難を極めるのが現状であった。オルキニスの事件のせいで魔法使いの絶対数が減ってしまったことも大いに影響しているだろう。
その中で、彼女はこつこつと己の魔法力を磨き上げてきたのだ。
“打倒アルウェス・ロックマン”という明確な目標が彼女を大いに後押しし、氷型の魔女としてアルウェス・ロックマンに対抗できるだけの実力を得るに至った。