きっと苦労したことだろう。いくら魔力が多くても、それを扱いきるには相当な制御練習が必要になるから。
学生の授業で習得できる範囲はたかが知れている。授業やテスト、宿題があれば自主練習の時間だって限られる。アルウェスとは年齢や魔法経験で実はそもそも最初から差があった。
その中で、順位表で他の貴族を差し置き、いつだって彼の下にぴたりと張り付き、ウォールヘルヌスで彼と互角に魔法でやり合ってみせた彼女は、まごうことなき努力の天才なのだ。
『絶対に。アルウェスの隣に追いついてみせる』
『負けない。アルウェスに勝ちたい。というかアルウェスより強くなる』
学生時代から燃やしてきたその思いは、確かに今も変わらず彼女の心の原動力となっているのだろう。
そのために、彼女はありったけの時間と労力を費やしてきている。ハーレの立派な受付嬢になるという夢の傍ら、アルウェス・ロックマンと対等に立ち並ぶ、そのために。
『そうしたら今度は、私がアルウェスのことを守ってあげられるので!』
──彼を守れる自分でありたいと。
そう願う彼女が、その手で掴まんとする未来のために。
彼女はこれからも歩む足を止めることはない。踏み出す一歩を狭めない。
どこまでも彼を追って、どこまでも彼に手を伸ばして、そしていつかきっと、彼のその隣に……。
「……本当に、よかったな。アルウェス」
ふ、とボリズリーの唇から溢れた吐息は、思っていたより力無く、それでいて思っていたよりも安堵に満ちていた。
氷魔法と地魔法が激突し、轟音と衝撃が辺りに飛散する中、心の中が不思議とこんなにも穏やかでいられるのは──。
「これだけ思ってくれる相手がいるっていうのは、途方もないほどの幸せだぞ」
彼は彼女を密かに守って慈しんで。彼女は彼に真っ向から挑んで向かっていく。
凹凸激しく、むしろ真逆ですらある二人に共通するのはきっと、他者が横入る隙がないほどに、互いが互いに一途であるということだ。
(認めるよアルウェス。俺が思っていた以上に、彼女はお前にとっての唯一だった)
その純粋な魔法力、身体能力、そして頭脳、それから……思いの強さと、願いを願いのままにしない決意の尊さ。
どれをとっても──いや、それらの全てで、ナナリー・ヘルなのだ。
真面目で、負けず嫌いで、勉強熱心で……若干、執着心が天井突破しているところはあるが。
それでもひたむきに、凛として、その透き通すような碧色の瞳で、いつだって前を、彼を見据えている。
それが、アルウェス・ロックマンが己の身をかけてでも守ろうとした存在、ナナリー・ヘルなのである。
彼女は彼にとっての特別で、彼女は彼にとっての唯一で。
そしてきっと、彼女にとっても彼は──……。
「……っは」
そこまで思いを馳せて、ボリズリーはふっと全身の力を抜くように指先をだらりと下ろした。
その瞬間、あれだけナナリーの周囲に纏わり付いていた茨の束が、まるで空気に溶け入るように霧散する。
「……っ!?」
遮られていた視界が突如として開けて、氷の剣を構えていたナナリーが目を開いて驚いた。
それは観客席から戦いを観戦していたヴェスタヌ騎士団勢も同様で、彼等も突然のボリズリーの様子に戸惑いとどよめきを見せる。
「な、なんだ!? 隊長が急に止まったぞ!」
「魔力が乱れたとか? 【茨】の操作にはかなりの魔力制御が必要だから……」
「おい、なら今がヘルさんにとってチャンスじゃないか? いけぇー今だヘルさぁーん!」
「いやだからボリズリー隊長とここまで渡り合うヘルさんっていったい何者だよ!?」
しばし呆けたように空中に留まっていたナナリーであったが、ヴェスタヌ騎士団勢の応援の声(彼等が何故自分を応援してくれているのかは本当に分からない)が耳に入ってくると、はっと短く息を飲んだ。
(よく分からないけど……ボリズリーさんが動きを止めた今は、確かにチャンスだっ)
氷の剣で茨を切り裂き、対処できないものは身体を動かして避け、その合間に魔法を打ち込みなんとか勝負を成り立たせていたとはいえ、ナナリーだって決して余裕があったわけではなかった。
そもそも彼が使った【砂盾】や【砂嵐】、そして【茨】といった魔法は、数ある地属性魔法の中でもそこまで難易度が高い代物ではない。
むしろ魔法学校の属性魔法の授業では、中期頃に習得されるような難易度である。珍しさがあるわけでもなく、破魔士やドーラン王国騎士団の地属性隊員達もよく使用しているのを目にするくらいだ。
けれど、それらの魔法をボリズリーが使うと、こうしてまるで桁違いの威力となるから恐ろしい。
彼の魔法戦について、ナナリーは前々回のウォールヘルヌスの模様を特集した雑誌で軽く目を通したことはあった。
そして、その時に書かれていた内容と実際に対峙するのとでは、やはり比較にならないほどに差の開きがあることを、今この瞬間も肌で実感している。
(魔法制御力が凄まじい。多分これは、地中の鉱物硬度すら引き上げている。だからとんでもない強度の砂盾になるし、砂塵でも防護壁を削りながら吹っ飛ばせるくらい、一粒一粒が硬く鋭くなってる)
一つ一つの魔法が途方もなく強力で、こんなにも正確で。魔法使いとしての格の高さを見せつけられているようだった。
けれど、だからこそ尊敬する。天才の魔法をこの身で体験できるというのは、ナナリーにとっても良い意味で、確実に刺激になっている。
だからここで、無様に醜態を晒すわけにはいかないのだ。未だに纏わり付く僅かな躊躇を振り切って、己の実力を最大限発揮しなければ。
そうでなければきっと──負けてしまうから。
「よしっ」
ナナリーはチャキンと音を立てて氷の剣を構えると、上空からボリズリー目掛けて一気に降下した。
彼は防御する姿勢を見せない。その顔はやや俯き気味で、きっと今自分の姿は彼の死角に入っているはず。
それに今から【砂盾】や防護膜を張ろうとしても、もう遅かった。魔法が完成するより先に、こちらの剣が彼に届く。もうそれだけの距離に差し迫っていたから。
(彼が次の魔法を出してくる前に、ここで一撃当てる!)
ナナリーはぐっと唇を引き結んだ。
柄を握る指の一本一本に神経を集中させる。魔力の密度を高め、刺すような冷気を剣先に纏わせて。
一瞬の静寂。それを切り裂くように、躊躇なく、思い切り振り翳して、そして──。
「──エルクシ・ティス・ヴァリティタス(重力磁場)」