きっと、君の存在は   作:あすす

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 ──ガクッ!

 

「っ!?」

 

 突如全身を襲った、圧倒的な負荷。

 

 身体のバランスが崩れ、その異変に瞬時に反応したナナリーは、咄嗟に軌道を変えてボリズリーから距離を取ろうとした。

 

 けれど次の瞬間には一気に身体が沈み込む。

 

 まるで空から引き摺り降ろされるように、ナナリーの身体が抗えない力によって下に引っ張られ、強制的に地面叩きつけられた。

 

「なっ……ぐっ」

 

 土と砂にまみれた視界。べたりと地面に張り付いた身体。起き上がろうにも、足裏から指先に至るまでが、引き寄せられた磁石同士のようにぴたりと接着してまるで離れない。

 

 反射的に張った防護膜のおかげで直撃は避けられたものの、全身にかかるこのとんでもない圧力は、まるで圧し掛かるかのように、防護膜の上から彼女の身体を地面に縫い止めにかかってくる。

 

「い、ったい何が……っ!」

 

 かろうじて動かせる視線を走らせたナナリーが、身体の下で光る魔法陣に目を止めた。

 

(この魔法陣……まさかっ!)

 

 陣に並ぶ魔法文字を読み取って、はくりと息を噛む。

 

 ──"エルクシ・ティス・ヴァリティタス”。

 

【重力磁場】の意を持つそれは、文字通り対象にかかる重力に作用する、地属性魔法の中でも最高難度を誇る魔法の一つである。

 

 特殊な魔法陣を組むことで、基点となる地面そのものに新たな引力性をもたせ、その範囲内の重力圧の増減や方向変換をさせることができるのだ。 

 

 基本的には、圧力を増すことで対象を押し潰し行動不能に追い込んだり、圧力方向を地面と反対に変換し反重力空間を生み出すなどの目的で使われることが多い。

 

 そのため、一度この魔法を発動すれば、どんなに大型な魔物でも動きを制限することが可能なのである。

 

 物体にかかる元からの重力に、引力性をもたせた地面からの新たな圧力が増減されて加わるため、これを回避することはまず不可能。

 

 魔法陣の範囲外に出てしまえば影響を受けることはないが、魔法陣を認識できた時点で既に魔法が発動されているため、その瞬間対象は地に引っ張られてひれ伏すしかなくなってしまう。

 

 そしてボリズリーほどの魔法使いがこの【重力磁場】を使用すれば、例え防護膜を張ったところで、その防護膜ごと重力操作の対象とすることですら可能になる。

 

 例え相手が空中にいようが、地中に潜ろうが、とにかく魔法陣の垂直範囲内にある全ての物体に対して、魔法を作用させることができるのだ。

 

 その威力は、こうしていとも簡単にナナリーを行動不能に追い込めるほどで──それはあのアルウェスでさえ、この魔法の前ではさすがに足止めを余儀なくさせられるほどである。

 

(なんとかしてこの魔法から逃れないと……っ)

 

 身体から徐々に魔力が抜け落ちていく感覚に、ナナリーは息を飲んだ。

 

 防護膜越しにもかかってくる圧力が攻撃判定され、魔導具がナナリーの魔力を使って無効化しようとしているのだ。

 

 一度無効化しても絶えず襲ってくる圧力に、またそれを相殺するために魔力を担保にして無効化して、そしてまたそれを繰り返して……そんなことをしていれば、十分と経たずに魔力が枯渇するのは目に見えている。

 

 指先を動かすこともままならない。けれど、どうにかしてこの状況を打開しなければ、魔力が保たない。

 

 押し潰され続けて頭痛すらぼんやりと感じ始めた頃、それでもぐるぐると思考を回していたナナリーは、やがて碧色の視線をぐっと持ち上げると、その視界にボリズリーの姿をしかと捉えた。

 

 そして。

 

「……おっと」

 

 突如としてボリズリーの足元から地面を突き抜けて現れたのは、無数の氷結晶の針の群れ。

 

 ザクザクと四方八方から己に迫ってくるそれを、彼は冷静な跳躍で難なく回避した。そして【砂盾】で上から氷結晶を粉々に押し潰したところで、トン、とその上につま先で着地する。

 

「へぇ……無詠唱魔法まで習得しているのか。さすがに驚いたよ」

 

 ボリズリーの目元が細められ、ひたりとした視線がナナリーに向けられる。

 

 その先で、地面から直接氷結晶を突き刺すことで【重力磁場】の魔法陣を崩し、その魔法を無効化してみせたナナリーが、僅かによろけながらもしっかりと両の足で立ち上がってみせた。

 

「俺の【重力磁場】から逃れる方法はたった一つ……魔法陣を崩すことだ。それだけならそう難しくはないが、大概の人間は俺の魔法効果で喉すら力場に圧されて使い物にならないはずだから、そもそも詠唱なんてできないはずなんだけどな」

 

 過去ボリズリーの【重力磁場】から回避できたのは、今のところナナリーと同じように無詠唱魔法で魔法陣に干渉してきたアルウェスだけである。

 

 無詠唱魔法自体が非常に高度な技術で、ヴェスタヌ騎士団でもまだ限られた隊員しか習得できていないほどなのだ。

 

 当然ボリズリーだって習得済みではあるが、さすがに全ての魔法を無詠唱行使できるというわけではなく、詠唱時に比べると無詠唱での魔法の質はやや劣ってしまう。

 

 だからこそ、ある程度の魔法力を保ちながらそれを自然と使いこなしてみせたナナリーに、ボリズリーは感嘆のため息を溢したのだ。

 

「アルウェスやシュテーダルとの戦いを見て、ある程度は君の魔法を知っているつもりになっていたけれど、どうやらまたさらに腕を上げたようだね。まさか【重力磁場】が破られるとは思わなかった」

 

 くつくつと笑みを漏らす彼の言葉には、確かに賞賛の意が篭っていた。

 

 魔法先進国であるヴェスタヌ王国の頂点として、様々な魔法使いを見てきた彼だからこそ、ナナリーの成長を正しく認識することができるのだ。

 

 あの日からそこまで年月は経っていない。にもかかわらず、彼女はあの日よりも確実に強くなっている。

 

 それは、アルウェスという優れた練習相手に恵まれたこともそうだが、なにより彼女自身の努力の度合いがとても大きい。

 

 いったいどのように鍛えればこれだけ成長するのかと、思わず問い質してしまいたくなるほどに。

 

 それだけ彼女の魔法力や戦闘技術が目覚ましい進化を遂げていたのだ。思わずほんの少し、ハーレの受付嬢のままにしておくのは勿体無いと感じてしまうくらいには。

 

「想定以上だよ、ナナリーさん。君は俺が思っていたよりもずっと、優れた氷の魔女だ。だから──」

 

 両手を広げたボリズリーの周囲に、パラパラと細かな粒を落としながら現れたのは、岩石でできた無数の槍である。

 

「──君の力を目にすることができて、この上なく嬉しい」

 

 そう言って笑む彼は、その視線でどこまでもナナリーを捉えて止まない。

 

「……っ」

 

 そうしてボリズリーから楽しげな視線をぶつけられたナナリーは、先程からどういうわけか、どこか戸惑い混乱するかのように碧色の瞳を揺らしながら、その指先に冷気を纏わせ彼に対峙した。

 

 

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