きっと、君の存在は   作:あすす

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 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 目の前で繰り広げられる氷魔法と地魔法の激突に、ボリズリー側の立ち合いとして近くに控えていたヘンリックは、圧倒され思わずごくりと息を飲みこんだ。

 

「す、すごい……」

 

 予想以上にナナリーがボリズリー相手にそこそこ立ち回ってみせたことで、その強さに素直に感心する。

 

 彼だってヴェスタヌ騎士団小隊の副隊長である。その役職に相応な実力を持っているし、それ故に優秀な魔法使いと触れ合う機会も多い……その筆頭が己の上司であるが。

 

 そんな彼から見ても、ボリズリーと相対しているナナリーの魔法力は頭一つ抜けている印象であった。

 

 さすがに毎日訓練を受けている現役の隊員達と比べると、身体の使い方や動き方に拙いところはある。

 

 けれど。魔法の発動速度や威力、そこから推測できる潜在的な魔力量などで見れば、彼女の力は騎士団の隊員としても十分に通用するだろう。

 

「ヘルさんて、本職はハーレの受付嬢ですよね? 本当に騎士団の隊員ではないんですか?」

「そうだよ。彼女は学生時代からの夢がハーレの受付嬢になることだったから。そのためにけっこう勉強や実技を頑張ってたみたいだし」

「……なるほど。それでこんなにもお強いんですか。逆に言えばハーレで働くということは、それだけ狭き門なのですね」

 

 ドーラン王国のハーレ職員には優秀な魔法使いが多い。他国にまで轟くほどそれは周知の事実であったが、彼女の実力を見れば容易に納得させられる。

 

「ハーレで働くためにここまで魔法を磨き上げてきただなんて、本当にすごいです……っ!」

 

 まるで少年のようにキラキラとした瞳で戦う二人を見つめるヘンリック。心からの賞賛は、心の底から煌めくような純粋さを帯びていて。

 

 しかし彼の隣に並んでいたアルウェスは、そんな彼から微妙に視線を逸らし沈黙を保っていた。

 

 幼少期、父親に連れられた先のハーレで出会った“受付のお姉さん”に心を持っていかれた彼女は、当時村の学舎に通っていた頃から、既に勉強や魔法に励んでいたのだという。

 

 そして見事その夢を現実のものとし、毎日いきいきとハーレで働いている彼女ではあるが。

 

(普通、ハーレで働くのにここまでの戦闘力は必要ない)

 

 確かにハーレの職員には、魔法から勉学、魔法での戦闘など、あらゆる分野で総合的な優秀さが求められ、採用には騎士団と同じように厳しいのだと聞く。

 

 けれどその本職はあくまでも内勤業務。どちらかと言えば情報を扱う仕事が主である。

 

 たまに外回りの仕事もあるようだが、騎士団のように頻繁に魔物と戦うことはさほどない。あくまでハーレの仕事は一般職員に分類されるので、対魔物だろうが対人だろうが、戦闘職ほど戦闘に参加することはないはずである。

 

 ──では、そんな一般職なハーレの受付嬢が、何故こんなにも強いのか。

 

 そう問われると、そう感心されると……アルウェスはいつだって微妙な気持ちになる。

 

 何故ならそう問われるほど、そう感心されるほど、その答えは、大層立派なものではないから。

 

(純粋な彼にはちょっと言い辛いかな……)

 

 軽い気持ちで手遊びで煽ったら、それ以降ずっとライバル視してくるようになった彼女が、自分に勝つために異常な勢いで勉強や魔法に専念するようになったからだということは──さすがのアルウェスでも口にするのは憚られる。あまりにも夢がなさすぎる。

 

 ナナリーが学生時代あれだけ努力していたのは、半分はハーレの受付嬢になるという理由があったからだ。幼い頃からの憧れを現実にするため、彼女はずっと努力してきた。

 

 けれど残りの半分は──確実に、アルウェスから勝利をもぎ取るためであろう。

 

 当時彼女の執念の凄まじさを知らなかった幼き日の彼は、手遊びの最中に軽率に彼女の闘争心に火をつけてしまった。それが永きに渡る二人の関係の始まりだと言えばその通りであるが、つまり言わずもがなそれが原因であった。

 

 そしてその日以降、彼女は魔法を猛勉強し、猛練習するようになる。アルウェスが煽る度、ほくそ笑む度、鼻で笑う度に彼女は悔しげに喚き、手を出し足で蹴り、魔法で反撃してくるようになり、その努力は次第に常軌を逸するほどになっていった。

 

 そのおかげでナナリーの魔法学校時代の成績はアルウェスに次ぐ次席、攻守専攻技術対戦では女子一位の座に輝き、めでたくハーレへの推薦状を手に入れていることになったのである。

 

 さらにはその高い魔法力で、ウォールヘルヌスでアルウェスと対峙し、シュテーダル相手に一歩も引かず堂々と立ち向かい、見事勝利に貢献した。

 

 誰もが彼女の功績、軌跡を認め、もちろんそれはアルウェスだって同様だったはず。

 

 しかし何故か。今日に至るまで、それこそ婚約関係にまでなったというのに、彼女はいっこうに“打倒アルウェス・ロックマン”の旗を下ろそうとしないのだ。

 

 いくら婚約者であろうともそれはそれ、これはこれというものらしい。勝つために一生勝負をしかけてやるという熱烈な告白(意訳)までされてしまった時は、さすがのアルウェスも頭を抱える事態となった。

 

 ──幼き日のアルウェスの誤算は、彼女の執念を完全に見誤っていたことである。

 

(まぁ、その執念がこうして実際に彼女の力になっている部分もあるから、一概に悪いことばかりではないのだけれど)

 

 二人の戦闘を食い入るように見守っているヘンリックをちらりと一瞥し、アルウェスは小さな溜め息を吐いていた。

 

 そんな二人の目の前では、相変わらず両者の激しい攻防が続いている……そう、続いているのだ。

 

 ヴェスタヌ王国の天才魔法使いに、一介のハーレの受付嬢が渡り合ってみせているという事実。

 

 これにはヘンリックだけでなく、観客席から観戦していたヴェスタヌ騎士団勢も驚きにざわめいていた。

 

「嘘だろうあのボリズリー隊長相手に、あそこまで食らいついていけるのか?」

「しかも隊長の【重力磁場】を回避するのに無詠唱魔法使うって、どれだけ優秀なんだよ!」

「これはひょっとして、ひょっとするんじゃないのか?」

「あぁ、そうだな……」

 

 隊員達の心に一つの淡い期待が灯って、そわそわと落ち着かなくなってくる。

 

 未だかつて、ヴェスタヌ王国の魔法の天才たるサレンジャ・ボリズリーとの魔法戦で、彼に勝利できた者はいなかった。魔法先進国であるヴェスタヌ王国にも優秀な魔法使いは数多く在籍しているが、その誰もがやはり彼には及ばなかった。

 

 その中で唯一引き分けという結果に持ち込めたのが、同じ始祖級魔法使いであるアルウェス・ロックマンだけである。

 

 二人の模擬決闘といえば、大概が今回と同様に制限時間を設けて行われることが多いのだが。

 

 そもそもこの二人の場合、時間内に勝負がつかないばかりか、それからどんなに時間を延長しても結局最後まで勝敗は決まらないのだ。

 

 なまじ同等の能力、そして騎士団としての戦い方を熟知している似た者同士の戦いだからなのか、とにかく双方の読み合いが無限に続いてしまいきりがない。

 

 けれどここにきて、ナナリー・ヘルという新たな存在が現れたから。

 

 ハーレの受付嬢たる彼女は、ある意味騎士団らしい戦い方をしない。そしてヴェスタヌ騎士団の中でも、これほど優れた氷魔法を使う隊員はそうおらず、彼女との戦いはボリズリーにとっても初めて出くわすパターンであろう。

 

 

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