きっと、君の存在は   作:あすす

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 だからこそ、番狂わせが起きるのではないかと思うのだ。

 

 さすがに彼女が自分達の上司に勝利できるとまでは思わないが、それでも上手くいけば、アルウェス・ロックマン以来となる引き分けという結果に持ち込めるのではないかと。

 

 それは間近で見ていたヘンリックもそう考えているようで、白熱する二人の戦闘を手に汗握りながら、食い入るように見入っていた。

 

「氷魔法は元々種類が少なく、他属性魔法と比べるとどうしても手数が少なくなりがちですが、どうやら彼女には関係ないようですね」

「彼女は氷魔法だけでなく無属性魔法も得意だから。むしろ無属性魔法の方が仕事で使う機会が多いから、使い慣れてる部分はあると思うよ」

 

 そう言葉にしたアルウェスの目の前で、ちょうどナナリーは無属性魔法である【閃光魔法】を展開していた。

 

 一帯が目を開けていられないほどの光に包まれて、一同が腕で視界を覆う。

 

【閃光魔法】自体は魔法学校でも習う基礎的な魔法で、言ってしまえば鋭い光を発散させるだけの魔法である。

 

 しかし使い方とタイミング次第では、相手が人であろうと魔物であろうと隙や怯みを生み出すことは十分に可能になるのだ。

 

 事前調査で魔物から離脱する際、よくアルケスがこの魔法を使って魔物を撹乱させていたので、ナナリーも彼に使い方を教わっていた。

 

 それはボリズリー相手にも正しく作用し、さすがの彼も想定以上の眩しさに思わず動きを止めた。その僅かな瞬間を狙って、ナナリーは氷の蔓で彼の拘束を試みる。

 

 だが閉ざされた視界の中、魔力の気配だけでそれを察知したボリズリーは、彼女の魔法が身体に届く前に茨を発生させ、蔓に絡みつかせて膠着状態に持ち込んだ。

 

「不意打ちのタイミングとして上々だな。けれど君の氷魔法の気配を認識している俺には無意味だ」

「……っ、キーオーン(氷柱)!」

 

 直ぐ様ナナリーは指を弾いて氷の蔓を解除すると、巨大な氷柱を生み出してボリズリーの茨を上から押し潰す。辺りには砂塵やら氷粒やらが舞い上がり、二人の魔法によって空気が荒んでいく。

 

「……上手い使い方をしますね。氷魔法だけでなく無属性魔法や基礎魔法も適宜満遍なく使い分けている。種類が豊富な地属性魔法の使い手であるボリズリー隊長相手に、全然負けていない」

 

 ヘンリックは隣のアルウェスを振り返り見た。

 

「【重力磁場】で魔導具から魔力を吸われた時はさすがにヒヤリとしましたが、まだまだ魔力に余裕があるみたいですし。このままいけばヘルさん、もしかしてボリズリー隊長相手に引き分けられるかもしれませんね」

「──いや」

 

 そうして期待に僅かに上擦るヘンリックの声を遮ったのは、予想に反して低く平坦なアルウェスの声色で。

 

「それは無理かな」

「えっ……?」

 

 続けられた、あまりにも淡々としたその言葉に、ヘンリックも戸惑ったように言葉を失った。

 

「……」

 

 アルウェスは戦う二人を赤い瞳でひたりと見据えると、恐ろしいほど表情を変えずに唇を開く。

 

「段々と彼の魔法を捌ききれなくなっているのか、僅かにナナリーの魔法の精度が落ち始めている」

 

 それは、普段の彼女の戦い方を知っているアルウェスだからこそ気が付けた微細な変化といえるだろう。

 

 傍目にはヘンリックの言うとおり、ナナリーはボリズリーに相対できているように見えるのだから。

 

 ヘンリックは慌ててナナリーに視線を戻し、その魔法を凝視した。

 

 互角に戦っているように見える二人。

 

 けれどよく観察してみると、終始攻防に余裕があるボリズリーと比べて、ナナリーの方はその表情にほとんど余裕がない。

 

 ボリズリーの攻撃の速さと威力の強さに押され、十分な魔力を込められないまま魔法を展開せざるをえないようだ。

 

 それに。

 

「セイスモス(地震)」

「わっ」

 

 ボリズリーが地属性魔法【地震】を発動すると、演習場一帯の地面が轟音を立てて大きく揺れ始めた。

 

 ──ガガガガガッ!

 

 それは周囲を覆う壁すら容易に軋ませ、観客席にいたヴェスタヌ騎士団勢がバランスを崩して倒れ込むほどで。

 

 当然ナナリーも足元を掬われるようにバランスを失い、前に倒れ込む。

 

 そしてその直後頭上から降り注いできた【岩雨】を、大きな結晶鏡で反射させ辛くも回避するも、その表情はひどく厳しく、だんだんと息が荒んでいるようだった。

 

 ヘンリックがごくりと息を飲む隣で、アルウェスは目を細めて呟いた。

 

「……あの強力な【地震】の前では、いくら運動神経が良い彼女でも体勢は崩される。そして空中に逃げようにも【重力磁場】を発動されて引き戻される」

「……」

「そうして身体にかかる負荷もそうだけど、それ以上に体勢を崩した後に仕掛けられる彼の容赦ない魔法に、むしろ精神の方が疲弊させられている感じかな」

 

 だから余計に魔法の精度が落ちるのだ。ギリギリのところで反射的に対応せざるをえないため、どうしたって手一杯で余裕がない。

 

 そして常に意識を張り詰めさせなければならない状況は、当然彼女の精神を著しく消耗させた。そのせいで、どうしても彼女自身が魔法の発動に集中しきれなくなっているのだ。

 

 さらには【地震】や【重力磁場】で直接身体にかかる衝撃で体力が奪われ、思考が一時的に途切れてしまうことも相まって、ナナリーの動きや魔法が明らかに精彩さを欠いてきている。

 

「じゃあ、このままではヘルさん……」

「負けるだろうね、確実に」

 

 戦況を冷静に見極めるアルウェスが出した結論に、ヘンリックも納得せざるをえなかった。

 

 彼ですら気が付けたということは、間近で対峙しているボリズリーだって、当然彼女の変化に気付いている。

 

 だから先程から、彼女を翻弄するように広範囲魔法と局所魔法を織り交ぜ、彼女の死角から攻撃を仕掛けているのだ。

 

 追い立てるように次々と魔法を展開して、彼女に思考させる隙をまるで与えない。

 

 その結果、最初は彼相手に攻撃を仕掛けることができていたはずのナナリーであったが、次第に防戦一方となり、今では目の前の魔法を回避するのがやっとの状況になっているようだった。

 

 そして、なにより……。

 

「……あのっ、先程から何だか、ヘルさんが何かに躊躇しているように見えるのですが」

 

 ヘンリックの言うとおり、先程から……というより、この魔法戦が開始されてからのナナリーは、どこか困ったような、躊躇するような、むしろ混乱しているかのような、そんな微妙な反応を見せるのだ。

 

 ボリズリーが地属性魔法を放つ度、彼女は眉を寄せて碧色の瞳を揺らしている。

 

「どうしたんでしょうヘルさん。やはりボリズリー隊長が相手だから気後れしているとか?」

「そういうわけではないよ。多分彼女の中で、目の前の現実と常識が一致していないから律儀に戸惑っているだけ」

「……え?」

 

 アルウェスの言葉の意味を、ヘンリックは捉えきれなかった。

 

 目の前の現実と常識が一致していない──それはいったい、どういう意味なのか。

 

 恐る恐る赤い瞳を窺っても“そのうち分かるよ”と簡単に手を振られるだけで、明確な答えは返ってこない。

 

「ヘルさん……」

 

 心配そうに眉を下げるヘンリックの前で、相変わらずナナリーはボリズリーの魔法におされているようだった。

 

 そんな彼女を見つめながら、どこか呆れたように溜め息を吐いたアルウェスが、懐中時計に視線を落としながら呟く。

 

「もう少し柔軟に、そういうものだと受け入れてしまえばいいのに……彼女も大概頭が固いからねぇ。まぁ彼女にとってもこの魔法戦は良い経験になったと思うけど」

「そんな……」

 

 

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