まるで既に先を見越しているようなアルウェスの言葉に、ヘンリックは肩を落とした。
時間は既に五分を回ったところ。まだまだ余裕のあるボリズリーとそうでないナナリーとの間には、明確な差が開き始めていた。
魔法使いとしての実力はもちろんのこと、やはり純粋な戦闘経験といった観点からも、二人を明確に隔てているように見える。
魔法戦では魔法だけでなく、体力や持久力、戦況の理解をはじめ戦術や戦略の立案、そして即座に反応できる対応力なども求められるのだ。ただ魔法力が強いというだけで勝てるほど単純なものではない。
確かに彼女だって、あのアルウェス・ロックマンに匹敵する優秀な魔法使いである。けれど彼女はあくまで一般人だ。個人で鍛錬していたとしても、騎士団の日々の訓練には劣る部分もあるだろう。そういった基礎的な部分の時間のかけ方からして二人はそもそも違う。
だからこそ魔法先進国ヴェスタヌ王国の頂点として、戦いの最前線に立つ経験豊富なボリズリー相手に、魔法戦で五分も持ち堪えていること自体がまず快挙なのだ。
劣勢とはいえ、彼女は十分に健闘している。なによりボリズリーの【重力磁場】を切り抜け、無詠唱魔法まで披露してみせて。
少なくとも、その実力をボリズリーやヴェスタヌ騎士団勢に知らしめるのに、十分に活躍を見せたといっても過言ではないだろう。
どういうわけか戦いに集中しきれていない所に惜しい気持ちもあるが、そうした精神的に未熟な部分も含めて、やはりこの辺りが彼女の限界なのかもしれない。
ボリズリーが相手だという事実に緊張し、割り切れなかった可能性はある。けれど、これは歴とした魔法戦であるから。そこで手加減や手心を加えてやるほど、彼は甘くない。
ボリズリーはナナリーの魔法を躱しながら、すっと目を細めた。
(確かに、この俺相手にここまで食らいついてくるとはさすがだな。アルウェスが目をかけるのもわかる。潜在能力も今後の成長も、まだまだ伸び代の余地を残している)
きっと彼女がドーラン王国の騎士団に入っていたら、それはそれで面白いことになっていただろう。もしかしたらアルウェスと共にウォールヘルヌスの代表となった彼女と、対戦していた未来もあったかもしれない。
ボリズリーの岩雪崩を、ナナリーが氷の壁で押し返す。飛び散った双方の塊が、演習場の地面一面に散らばった。
(魔法だけで見れば、確かに俺やアルウェスに近いものがある。それだけの力をつけるためにこなしてきた途方ない努力も、全て彼女の実力に繋がっている)
けれど──それでも今の彼女は、到底自分には及ばないのだ。
始祖級に匹敵する、高い潜在的な魔法力は認めている。だから今後もしかすると、自分達に追い付いて並んでくることがあるかもしれない。
(いや、並んでくるな。そう遠くない未来に)
予想はきっと確信に変わる。そんな気がした。
なにせ彼女は、アルウェスを追い掛けると決めているから。その隣に並ぶことを決めて、追い越さんと常に足を踏み出し続けているから。
そんな彼女の心意気を、心底感心している。どこまでも透き通すように真っ直ぐで、ひたむきで、朝焼けの始まりのようにキラキラとした彼女の純粋な思いに、ボリズリーは尊敬の念すら浮かべている。
だから、この場で彼女に現実を知らしめる必要があるのだ。彼女が追い付きたいと願うアルウェスとの、その実力差がどれほどあるのかということを、ボリズリーは己の魔法を通してナナリーに教えようとしていた。
「セイスモス(地震)」
ナナリーが自身に向けて、氷魔法発動の指鳴らしをしようとする。そのタイミングに合わせて、ボリズリーは再び地面を揺らした。
ガガガッと軋む音を響かせて、地面が振動。表面に走った亀裂から地面が二つに分断し、ずれた地面同士が重なって足場を不安定にさせる。
「っ、そう来ると思ったから!」
けれど指の動作は陽動だったらしく、ナナリーが展開したのは氷魔法ではなく跳躍魔法。
地面が大きく揺れ出したその瞬間には、既に跳び上がった後だった。
これにはヴェスタヌ騎士団勢からも歓声が上がる。
「すごい! あのボリズリー隊長相手に陽動をとったぞ!」
「【地震】がくるのを読んでたってことか!?」
「でも空中に逃げれば【重力磁場】の餌食だが!?」
確かに彼等の言う通り、空中は【重力磁場】に囚われる可能性がある。
けれどそれは、あくまで展開される魔法陣の範囲内にいる場合であるのだ。
最高難度の魔法故に、いくらボリズリーであっても魔法陣を形成するのには多少時間が必要なため、地面を観察して描写範囲に注目していれば、魔法陣完成前に範囲外に逃げ出すことで回避できる。
(【重力磁場】は防護膜の上から押さえつけてくるから、魔導具に攻撃判定されて魔力をごっそり減らされる。それだけ威力が強いんだ。さっきみたいに魔法陣を崩しさえすれば脱出はできるけど、魔力を温存するために事前に回避するに超したことはない!)
既に一度目の【重力磁場】を受けた時に魔力をごっそりと持っていかれている。だからそう何度も食らっていては魔力が枯渇する。
高く跳び上がったナナリーは、下から向かってきた無数の岩槍を氷槍で相殺した。
そして地面に目を凝らし、ボリズリーが【重力磁場】の魔法陣を描き始めた瞬間に、足元に生み出した氷の板を足場にして横方向に跳躍。【重力磁場】の魔法陣の範囲外へ出た。
【重力磁場】は一度魔法陣を描き始めたら、完成させるまで途中破棄することができない。つまりその間、ボリズリーは他の魔法を使うことができない無防備な状態となる。
ナナリーは詰めていた息を短く吐き出した。ずっと防戦一方であったが、ここにきてようやく攻撃に転じる兆しが見えてきた。
(よし、これで落とされる心配はない! この隙にこちらから攻撃を──っ)