きっと、君の存在は   作:あすす

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 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「あ、あの。ナナリー・ヘルさん!」

 

 その日。ハーレでの勤務を終えたナナリーが呼び止められたのは、ちょうど彼女が裏口から寮に向かう道すがらのことであった。

 

「お疲れ様です。突然呼び止めてしまってすみません」

「あ、はいお疲れ様で……ええっ、何で⁉」

 

 職員か破魔士の誰かだろうと思いながら振り向いたナナリー。しかし次の瞬間、視界に入ったとある青年相手に目を丸くさせると、申し訳なさそうに背を丸くさせる彼に向かって、正直な感想を漏らしてしまった。

 

 おどおどと困ったように佇んでいる彼が着用しているのは、彼女の仕事柄、もとい彼女を取り巻く人間関係上何かと目にする機会の多い騎士団の隊服である。

 

 それだけなら、何もそこまで驚くようなことではないのだけれど。

 

 ただその隊服の色味が、何かと目にする機会の多いドーラン王国の黒色ではなく、むしろ滅多に目にする機会のない濃緑色ときたら、思わず二度見してしまうのも無理はないだろう。

 

 緑色の隊服の騎士団──その精鋭達を擁しているのは、魔法大国として世に名を馳せるヴェスタヌ王国なのだから。

 

「え、あの。ヴェ、ヴェスタヌ王国の騎士団の方ですよね……?」

「はい、そうです。自分はヴェスタヌ騎士団第一小隊の副隊長を務めています、ヘンリックと申します」

「第一小隊の、副隊長さん……」

 

 ナナリーが動揺を隠せないままに窺うと、ヘンリックと名乗る彼は流れるような動作で一礼した。

 

 そして素早く顔を上げたかと思えば、次の瞬間には真摯な光を浮かべた茶色の瞳で、ナナリーのことをひたりと見つめてくる。

 

「…………?」

 

 その瞳の奥底にどこか自分へ縋ってくるような不穏な色を感じ取って、この時点でナナリーはちょっともう嫌な予感をヒシヒシと感じていた。

 

(いや、まさか……まさかね?)

 

 来月ドーラン王国で開催される王流議論会。その調整のためヴェスタヌ王国より使者が派遣され、彼等の護衛として選ばれた騎士団の精鋭達が、このドーラン王国に滞在していることは知っていた。

 

 もちろん騎士団の面々は護衛だけでなく、当日の警備の割り振りや配置担当といった話し合いも目的として来訪している。

 

 そしてそれらの取り纏めは、主催国であるドーラン王国の騎士団団長や第一小隊隊長であるアルウェスが担当しており、既にこれまで何度か話し合いの場が設けられていたようで。

 

『こういうのは開催国が主体となって決めないといけないから。端的に言うとこちらの仕事が増えるから困るんだよね』

 

 そう零して珍しく盛大な溜め息を吐いていたアルウェスの姿を見たのも、ついこの間の話である。その言葉の通り、ここ最近の彼は多忙のようで、朝早くから夜遅くまで騎士団の隊舎に詰めているようだった。

 

 一方で比較的自由に動けるらしいヴェスタヌの騎士勢は、業務後の夜になると繁華街に繰り出しているらしい。目立つ彼等がやれあの酒場に顔を出したとか、やれ綺麗な女性に囲まれていただとか、そういった情報が、あまり噂話に敏くないナナリーの耳にもひっきりなしに入ってきていた。

 

 なにより──……。

 

『やぁ、ナナリーさん』

 

 ナナリーがヴェスタヌ王国の天才魔法使い、サレンジャ・ボリズリーに誘われてアメジスト酒をたらふく呷ったあの日から、まだそう日は経っていなくて。

 

(は、恥ずかしいっ! あの時相当酔ってたみたいで色々やらかしちゃってたっていうのに!)

 

 思い出すのも憚れる醜態の数々に、ナナリーは頭を抱えたくなった。

 

 ボリズリーに勧められたアメジスト酒は、どんなに暴飲しても翌日には綺麗さっぱり酔いが消えてなくなるという夢のような酒である。(実際、ヴェスタヌ王国ではその目的で開発されたのだという)

 

 地獄酒ほど強くないとはいえ、それなりの度数を誇るあの酒を、ナナリーは数え切れないほど飲み干したのだ。圧倒的な飲み易さと、なによりアルウェスとの飲み比べ勝負がかかっていたこともあって、気合を入れてそれはもう浴びるように飲んだ記憶がある。

 

 その結果。

 

(あの“崇高なる魔法使い百選”に選ばれる偉大な魔法使い様に対して、いくら酔ってたからって私、なんて失態をっ!)

 

 なまじナナリーが酒に強かったこと、そしてアメジスト酒の効果で酔いが翌日まで持ち越されず、身体へのダメージもなく清々しく朝を迎えられたことが災いした。

 

 おかげであの時間のあの瞬間に自身がしでかしたあれこれを、細部まで覚えている羽目になったのだ。

 

 例えば、彼の静止を振り切ってアメジスト酒を飲み進めたこと──いやしかしあれは、アルウェスとの勝負がかかっていたので仕方がない。

 

 例えば、髪色や瞳の色から海の国の関係者だとバレそうになったこと──いやでも確か、危なかったけれど結局はアルウェスの魔法によって回避されたはずで。だから今後も心配することはないのだ。多分。

 

 例えば、アルウェスに対する勝利の執念をこれでもかと晒したこと──いやだってそれは当然のことである。彼のせいで何度も何度も悔しい思いをしてきたのだ。特に初対面の手遊びの時の「僕の勝ち」と言ってほくそ笑んだあの顔は、もはや一生忘れられない。

 

 そして、例えば──。

 

『何というかその……少し安心したんだ』

『ずっと心配していたんだ。彼は俺と同じだったから』

 

 彼の、アルウェスへの思いを知って。

 

『貴女には、アルウェスの隣にいてもらいたい』

『アルウェスが一人にならないように』

『アルウェスの、特別でいてほしい』

 

 彼の、アルウェスへの想いを知って──だからこそ、変わらない決意を宣誓したこと。

 

『絶対に、アルウェスの隣に追い付いてみせる』

 

 その背中を追い掛けること、隣に並ぶこと。並んで、手を伸ばして、その手を引いて、それから。

 

『そうしたら今度は、私がアルウェスのことを守ってあげられるじゃない』

 

 叶えたい未来に、思いを馳せたこと。

 

「~~~~~~っ‼‼」

 

 思い出したその瞬間、盛大に悶絶した。

 

「え、あ、ヘ、ヘルさんっ⁉」

「ぅああああああ~~~っ‼」

 

 ギョッと目を剥くヘンリックの前で、ナナリーは構うことなく奇声を上げて蹲る。

 

(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ! 私ったらボリズリーさん相手にべらべらしゃべりすぎたっ!)

 

 口にした言葉に嘘はない。けれど、まさかあんなにも開けっ広げに赤裸々に、思いの全てを言葉にするつもりはなかったのだ。

 

 ナナリーがボリズリーとまともに会話らしい会話を続けたのは、あの時が初めてであった。

 

 いくらアルウェスのことを持ち出されて迂闊に誘いに乗ってしまったとしても。

 

 いくらボリズリー自身がアルウェスと旧知の仲だったとしても。

 

 そしていくら彼に自分達二人の永遠の戦いのことを知られていたとしても……ナナリーだって最初はちゃんと、ボリズリーとの会話内容に線引きを定めていたのだ。

 

 なにせ、ほぼほぼ初対面の人物相手にあっさりと心の内を吐き出すなんて、あまりにも迂闊すぎるから。

 

 しかも相手はあのサレンジャ・ボリズリーである。もしかしたらアルウェス以上に厄介かもしれない相手に、そうぽんぽんと隙を見せるわけにはいかなかった。

 

 ……だというのに。そう思っていたはずなのに。

 

(全部言っちゃった。ボリズリーさんに全部言ってしまった! 心剥かれた気分! さすがにあれだけ何もかもを知られるのは恥ずかしすぎて死ぬ! 絶対酔ってたせいだ油断したぁあああー!)

 

 

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