きっと、君の存在は   作:あすす

22 / 29
-22-

 

 

 それは、魔法戦が始まるほんの僅か前の時間のことだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

「──なら、君が全力を出せるようにしてあげようか?」

「……へ?」

 

 ナナリーが驚いて顔を上げると、そこにはいつもの赤い瞳があった。

 

「君のことだから最初は戸惑うかもしれないけど、まぁ何事も経験だから……そういうわけで、ちょっと失礼」

「ぎゃああっ!」

 

 そうして流れるように自分に手を伸ばして掴まえてきた彼に、ナナリーは盛大に肩を震わせて絶叫した。

 

「ひぎゃっ!」

 

 しかもむんずと額を掴まれる。相変わらずの容赦のなさであるが、曲がりなりにも婚約者相手なのだから、もっと丁寧に接してくれても構わないのに。

 

 ナナリーは慌ててアルウェスの手を払いのけようとした。

 

 しかしその直後、彼の掌からぽわぽわとした光が額に染み込んできて、驚きに目を剥いた。

 

「ちょっと! 勝手に何してくれっ……へ?」

 

 けれどそれはほんの数秒のことで、光のぽわぽわはまるで溶け消えるようにすぐに感じなくなった。そして光が完全に収まると、アルウェスはさっさとナナリーの額から手を離してみせて。

 

(何? なんだか温かかったけど、何か落書きでもされた?)

 

 思わず自分の指の腹で額の表面を触ってみても、とくに変化は何もなさそうなのだ。ただし落書きだった場合は触っただけでは分からないので、念の為鏡でも確認してみようと心に決める。

 

 けれど。

 

「はい、これで大丈夫」

「何が……あだっ」

 

 最後に額をパチンと指で軽く弾かれて、アルウェスはひらひらと手を振ってナナリーから離れた。

 

 その表情はいつもの通り飄々としていて、ナナリーに考えを読ませてくれそうにない。言うなれば、いつも通りの胡散臭さであるのだ。

 

(こういう時のアルウェスは絶対に碌なこと考えてない。大丈夫って言ったけど“誰にとって何が”大丈夫なのか言わないあたり、本当に性格悪いわよね)

 

「……今何か失礼なこと考えてる?」

「まさか失礼だなんてそんなそんな」

 

 言葉とは裏腹なナナリーの考えがそのまま表情に出ていたのか、アルウェスは困ったようにくすりと笑みで返すと、指先でナナリーの目元をそっと撫で上げた。

 

「別に変なことはしてないよ。ただ君が、この魔法戦に集中できるようにおまじないをかけてあげただけ」

「おまじないぃ? いったい何の?」

 

 ナナリーは眉を寄せて訝しげに尋ねた。

 

 だからアルウェスは笑顔で回答した。

 

「【ナナリー・ヘルの視界に映るサレンジャ・ボリズリーの姿が、アルウェス・ロックマンの姿に見えるようになる】おまじない」

「………………ゲホッ!」

 

 その瞬間、ナナリーが盛大に咽せた。さすがに色々おかしいことに気が付いたらしい。確かに色々とおかしいのだが、とりあえず。

 

「ボリズリーさんがアルウェスに見えるおまじないって……は? ちょっと待って勝手に何てことしてくれたわけ!?」

「だって君、僕相手なら全力を出せるって言ったじゃないか」

「…………はぁあ?」

 

 ナナリーは軽くパニックに陥っていた。そんな当たり前でしょと言わんばかりの言い方をされても、全然何も当たり前ではないのだ。

 

 ひどく不思議そうにきょとんと丸められた赤い瞳を前に、ナナリーの思考がますます迷子になりかけた。呼吸が不自然に乱れて、言葉を発しようにもどうしても吃ってしまう。

 

 一方、アルウェスの方は全然余裕の表情で。自身と対象的な彼の態度に、少しばかりイラッとしてしまう。

 

「な、ど、え……なっ何の話?」

「彼が相手だと畏れ多くて無理とか言っていたのは君の方でしょ。だから彼を僕だと認識できれば、君は彼相手に全力を出して戦えるようになるってことだよね? 自分の言葉くらいちゃんと覚えていてくれないと困るんだけど?」

「待ってそういうつもりで言ったんじゃないから……!」

 

 だからそんな当たり前でしょと言わんばかりの言い方をされても、全然何も、どう考えても当たり前ではないし、なんならちょっと発想が極端すぎて付いていけない。

 

(ボリズリーさんがアルウェスに見えるとか、それはそれでやりにくいのよ!)

 

 いくらナナリーの相手がアルウェスなら全力で臨めるとしても、だからといってボリズリーに対する視覚的な認識を変えればいいだとか、決してそんな単純なことではなくて。

 

「それ全然おまじないなんて可愛いものじゃないから! むしろ【認識変化】という歴とした魔法だから! 第一見た目はアルウェスに見えても、実態はボリズリーさんなんだから使ってくる魔法は地属性よね? そんな“地型のアルウェス・ロックマン”みたいなややこしい展開、誰も望んでいないんですけど!?」

 

 ナナリーが学生時代から好敵してきたのは、火型のアルウェス・ロックマンである。これまで、彼の火魔法に対抗するために氷魔法の腕を上げてきたのだ。

 

 だからここで目の前のアルウェス(に見えているだけで本当はボリズリー)が別属性の魔法を使ってきたら、絶対に混乱するであろう自信がナナリーにはあった。

 

 伊達に彼に勝つために、彼の戦い方について研究してきていないのだ。学生時代にやり合った喧嘩からこれまで何度も対戦してきた魔法戦まで、彼の戦い方や魔法の扱い方について、必死の思いで分析し対策してきている。

 

 だから、せっかく彼の使う火型の魔法について猛勉強し勝利への計画を立てているこの段階で、そんな余計混乱するような真似をされてしまったら。

 

 というか、相手がボリズリーであるという自覚が残っているのなら、それはそれで視界と意識が一致しなくてますます訳が分からなくなりそうなのだが。

 

 狼狽えるように落ち着きを無くしたナナリー。しかしそんな彼女を一瞥したアルウェスは赤い瞳を音もなく細めると、まるで小馬鹿にしたようにフッと鼻で笑ってみせた。

 

「──あぁ、逃げるんだ?」

「は?」

 

 ナナリーが光の速さで反応した。目から光が消え失せたが、アルウェスは気にした様子もなくつらつらと言葉を続ける。

 

「そっか。君は僕への勝利にあれほど拘っていたくせに、まさか僕が使う魔法の属性が変わっただけで怖気づいてしまうのか。色んなパターンを想定することは大切で、しかもそれを実現できる絶好の機会が目の前に転がり込んでいるっていうのに……そっかそっか。負けるのが怖いんだね? だから無理だって言って逃げようとしてたのか……あぁごめんね? 君の不安な気持ちを察してあげられなくて」

「誰が怖気づいてるですってそんなことあるわけないでしょ私はどんなあんたにでも絶対に勝ってみせるわよ!」

 

 眉を限界まで吊り上げたナナリーが、アルウェスに指を差し向けて宣言した。

 

 ふんすと鼻を鳴らし、怒りに身体を震わせて、アルウェスに対する対抗心を一瞬にして噴火させ……そうしていとも簡単に、彼の言葉に乗せられてしまうのだ。

 

 そしてそんな威勢良い彼女に、アルウェスはすかさず良い笑顔(意訳)を浮かべて畳み掛けるように尋ねた。

 

「そっか。じゃあこのまま魔法戦やってもいいよね? 全力出せるんでしょ? 勝てるんでしょ? 今ならまだ辞退することもできるけど」

「誰が辞退なんてするもんですか! 当然このままやるに決まってるでしょうが!」

 

 そう吐き捨てて、その勢いのままズカズカと演習場の中央に向かっていってしまったナナリー。

 

 その背中に、当初見せていた戸惑いや躊躇いは一切感じられない。

 

 そうしてナナリーの背に視線を向けていたアルウェスであったが、やがて音もなく小さく、かつ確実に微笑んだ。

 

「期待してるよ、ナナリー」

 

 

 ──こうして、言質を取られたことに全くといっていいほど気が付いていないナナリーは、当初の予定通り、またアルウェスの目論見通り、ボリズリーがアルウェスに見えるという【認識変化】の下、ボリズリー相手に魔法戦でぶつかっていく羽目になったのである。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。