きっと、君の存在は   作:あすす

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 これだけ神経を研ぎ澄まされてしまえば、不意打ちも不可能。今の状態の彼女と真っ向で魔法勝負するには、さすがのボリズリーであってもやや時間が足りなかった。

 

 ここで彼女に勝つならば、どこかで形勢を変えなければならない。

 

(ならば──)

 

「セイスモス(地震)!」

 

 ボリズリーが地面に魔法陣を描いた。ポゥ、と淡く緑色に輝いた魔法陣はあっという間にその範囲を拡大し、ナナリーの足元に到達する。

 

 しかし。

 

「パゴノ・ピラティス(広範囲氷結)!」

 

 ──ガガガガッ!!

 

 魔法が発動し大きく振動し始めた地面が、突如軋むような音を立ててその動きを鈍いものに変える。まるで何かに無理矢理押さえつけられているかのように、ギシギシと小刻みに震えて力をぶつけ合っている。

 

「あんたのそれはもう何度も見てきてる! そう簡単に同じ手に乗せられるわけないでしょうが!」

 

 ナナリーがボリズリーの地震を食い止めようとしてきたのだ。地面自体を氷結させることで、振動自体の威力を削りにかかってきた。

 

 あらゆる物体を凍らせることができる彼女の魔法ではあったが、さすがに地領域そのものに対して作用する彼の【地震】を止めるには至らない。

 

 それでも、地属性魔法の使い手であるボリズリーに対し、彼のテリトリーともいえる地面に直接干渉しようとしてきた彼女の大胆さに、誰もが目を見開いた。

 

「あのボリズリーさんの【地震】に思いっきり対抗してきた!?」

「嘘だろ!? そんなことできた奴なんて、今まで誰一人としていなかったのに!」

 

 ボリズリーも心底驚きながら、魔法陣に流す魔力量を限界まで引き上げる。

 

(瞬間的に俺の魔法に対抗してきて、しかもそれが直接干渉だなんて。本気の彼女は、本気でアルウェスと向き合う彼女は、こんな戦い方をしてみせる魔女なのか)

 

 彼の魔力がナナリーのそれを上回り、パキパキと音を立てて地面を覆っていた氷が破壊される。

 

 しかし次の瞬間には、彼女は即座に彼の頭上から無数の氷の槍を次々と放ち、攻撃の手を一切緩めることがない。

 

 また氷で足場を作ると、その間を跳躍魔法で細かく移動しながら、一箇所に留まらずに四方から攻撃を仕掛けてくる。

 

 それはまさしく、最初からボリズリーの魔法に勝てない可能性を見越していた動きで──つまりそれは、あれだけの質の【広範囲氷結】ですら使い捨てる覚悟と、綿密な先読みで計画した彼女自身の戦略であったということを意味しているのだ。

 

(なんて凄烈な戦い方だ。騎士団の連中でもこんな戦い方をしてくる奴は見たことがないぞ)

 

 ヴェスタヌやドーランといった大国が有する騎士団には、それぞれ軍事集団らしくある程度基本となる戦闘の型が存在する。

 

 騎士団に入隊すると、まずその型全てを徹底的に仕込まれ、その後それらを元に自身の戦闘スタイルを編み出し、戦闘力を磨くのが一般的で。

 

 けれど彼女は、ただのハーレの受付嬢である。魔法の訓練も自己流で、だからこそ戦い方に自由さがあって、大胆で、たまに無謀で、かつ想定外の動きを平気でしてくるのだ。

 

 当然それは、これまでに何度も彼女と魔法戦をこなしてきたアルウェスだって、とっくに気付いているのだろう。

 

 けれど彼は、あえてそれを矯正しようとはしなかった。何故ならきっとそれが、彼女に適した戦闘スタイルであると分かっていたから。

 

 何にも縛られることなく、思うがままに魔法をぶっ放し、いつだって健やかに制限なく、全力で立ち向かっていく──それが、氷の魔女ナナリー・ヘルの戦い方なのだ。

 

「──はっ」

 

 そう気付いた瞬間、ボリズリーの口角が自然と上がっていた。

 

 彼が砂の槍を繰り出せば、彼女はすぐさま氷の槍で相殺してくる。

 

 そして次の瞬間には彼女が吹雪を仕掛けてくるので、彼も砂嵐で対抗。

 

【重力磁場】で動きを制限しようとすれば、逆に落とし穴に嵌められそうになり。

 

 ならばと伸ばした茨で捕らえれば、瞬く間に冷却されて崩される。

 

 次いで地面からは切っ先鋭い氷の針が現れたので、それを巨大な岩板で押し潰した。

 

 演習場に飛び交うありとあらゆる氷魔法と地魔法。

 

 息をつく間もない速度で攻防されるそれらに、身体がムズムズと落ち着かなくなる。気分が高揚してくるのが分かる。激突する魔法に目を奪われて、その残滓にどうしようもなく心が浮かれ立つ。

 

 打てば響くような反応を返されて、ボリズリーが段々と表情を崩していった。

 

「君は本当に凄いな。まだこれほどの余力を隠し持っていたとは思わなかったよ!」

「は! さっきまでは全然全力じゃなかったし! ちょ、ちょっと様子見していただけだし! それよりもそのニヤニヤ顔止めなさいよめちゃくちゃ腹立つっ!」

「ははっ……それは無理」

「こんの腹黒性悪美形有能馬鹿炎がぁぁああーっ!」

 

 ……言うなれば、ナナリーが絶叫を向けているボリズリーはアルウェスの姿に見えているだけで、実際は正真正銘ボリズリーである。

 

 アルウェスが彼女に施したおまじないも、ただ目の前の視覚情報の認識を少し弄った程度である。

 

 そのため姿だけは変化していても、なんなら声はボリズリーのままだし、口調も彼とは全然違う。そして当たり前だが使う魔法の属性だって別物なのだ。

 

 普通ならすぐその違和感に気付くことができる。にも関わらず、ナナリーがこれほどムキになって反応し続けているのは、明らかにボリズリーが楽しんで彼女を煽っているからであった。(あと、彼が彼女の逆鱗に触れたからというのもある)

 

 アルウェスとの付き合いが長い彼は、当然彼の仕草や表情を模倣することができる。

 

 だからそれをこの場で彼女に披露すれば、それこそ打てば響くような……もとい、叩けばそれ以上に轟くような反応が返ってくることを十分に分かっていて、むしろそれを期待すらしているのだ。

 

 ……そう、彼は楽しんでいる。ナナリーの全力に真っ向からぶつかることができるこの瞬間を、一人の魔法使いとして純粋に楽しんでいる。

 

「そんな澄ました胡散臭い顔してないで、さっさとあんたも全力で来なさいよ!」

「わりと一生懸命なんだけどな。これでも」

「どこがよ全然ちっとも余裕綽々のくせにぃ〜〜っ!」

 

 少し言葉のおかしいナナリーの氷柱、を岩の拳で弾き飛ばしたボリズリーが、その言葉にふはっと吹き出した。

 

(そうか、彼女にはそう見えるんだな)

 

 ──自分はこんなにも、この魔法戦に夢中になっているというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボリズリーは、ヴェスタヌ王国が誇る地型の始祖級魔法使い、そして頂点に立つ天才魔法使いである。

 

 幼少の早くから魔法研究所でその実力を育て、圧倒的な魔法技術と知識力でヴェスタヌの魔法学校を首席で卒業後、騎士団に入隊したあともメキメキと頭角を現し、やがて騎士団の第一部隊の隊長に、そして最年少でヴェスタヌ王国の筆頭魔術師長にまで上り詰めた。

 

 それ故に、これまで彼は多くの魔法戦を経験し、そのどれもに勝利を納めてきている。

 

 その結果、誰もが彼を賞賛し、尊敬し、畏怖するようになった。

 

 けれどそれは同時に、誰も彼には敵わないのだと、敵わなくて当たり前だからと……そんなふうに、彼との勝負で気負ってしまい、彼に純粋な全力で臨んでくる者がいなくなってしまったことと同じだった。

 

 だからいつしか、ボリズリーが他者と魔法戦をする時には、彼自身知らず知らずの内に、相手のペースに合わせた戦い方をするようになっていったのだ。

 

 少しでも勝負を続けるために、少しでも相手が勝負を続けられるために。

 

 もちろん魔物討伐や、国の威信をかけたウォールヘルヌスの時はその限りではなかったが。

 

 それでも長らくの間、彼は同じ始祖級魔法使いであるアルウェス以外との勝負で、その力を出し切れたことはない。

 

 何故なら、皆が皆、彼がそうする前に心で負けてしまっていたからである。

 

 どんなにボリズリーが望もうと、勝負は一人きりで成立するものではない。だからボリズリーの戦い方は、相手の出方に合わせ、相手をよく観察し、必要に応じて自身の力加減を調整しながら、相手の心のギリギリを狙う……そんな戦い方が、無意識のうちに染み付いていたのである。

 

 

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