きっと、君の存在は   作:あすす

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 けれど、今この瞬間は違った。

 

「なぁんで避けるのよ! 大人しくくらっていればいいものを!」

「いやいや、その言葉そのまま君に返したいんだが」

 

 目の前の彼女を相手に、ボリズリーは力を出している。最初は彼女に合わせる戦い方で、彼女の魔女としての実力を測るつもりでいた。

 

 けれど今この瞬間は、もう違うのだ。

 

 相手に合わせるだとか、実力を測るだとか、アルウェスの目論見を知るためだとか、そんな大義名分は一切捨て置いて。

 

 ただただ純粋に、ボリズリーがナナリーとの魔法戦を全力で楽しみたいと思ったのだ。

 

 自分の魔法に彼女がどう反応を返すのか、彼女がどんな手を自分に見せてくれるのか。

 

 それらを期待し、想像を裏切られ、ならばと手を打ち、撥ね付けられ、驚いて、混乱して、楽しくて、更に気持ちが高まって。

 

 そうしてサレンジャ・ボリズリーは、ナナリー・ヘルとの魔法戦に夢中になっていく。地型の始祖級魔法使いとして、アルウェス以外に本気を出すことができなかった彼が、ナナリー相手にはそうでなくなってきている。

 

 それは彼女が、自分には絶対に負けないのだと、その強い意思で彼との勝負に全力で向かってきてくれるから。

 

 例え他人として認識されていようが、彼女が自分にぶつけてくるその魔法は、彼女のこの勝負に勝ってやるという嘘偽りない意思の表れであるから。

 

 ナナリー・ヘルは強い。その高い魔法力も、戦闘で機敏に動けるだけの身体能力も、状況を見て戦略を考え、臨機応変な対応ができるその頭脳力も、何もかもが総じて強く、これからもっと伸びるだろうと大いに期待できる。

 

 けれど、そんな彼女の中でも最も強いのは、どこまでも透き通すように純粋でひたむきな一生懸命さと、芯から折れない心の強さなのだろう。

 

 アルウェスというたった一人だけを見つめ、ずっと一人だけを追って。

 

 その過程で困難や苦悩に直面したこともあっただろうに、それでも変わらない気持ちを持ち続けて。

 

 そんな思いの強さが、決意の固さこそが、今こうして自分と競り合う彼女の根幹であり、彼女の未来の柱となっていくもの。

 

 そしてそんな風にただただ純粋な思いを抱く彼女であるから、ボリズリーも純粋にこの魔法戦に臨むことができるのだ。

 

『わりと一生懸命なんだけどな。これでも』

『どこがよ全然ちっとも余裕綽々のくせにぃ〜〜っ!』

 

 そんなことはない。余裕なんてない。ボリズリーはちゃんと本気だった。ちゃんと全力で、一人の魔法使いとして彼女に、ナナリーの魔法に対峙していた。

 

『僕も彼女と向き合う時はいつも全力だから』

 

(あぁそうだな。確かにそうだ)

 

 アルウェスの言葉の意味が、ようやく今になって分かった気がした。

 

 彼女は決して諦めない。決して勝負を投げ出さない。その心の強さは折れることなく、彼らの気持ちを決して裏切らない。

 

 だから、安心して彼女に晒すことができるのだ。どんな魔法を使おうが、どんな戦略を立てようが、彼女は一つ一つに反応し、拾い上げ、そして全力で向き合ってくれるから。

 

 何の計算も狙いもなしに、ただただ自由に。誰かに合わせるのではなく、ひたすら自分のためだけに。

 

 自分の思うがままに、ありのままにぶつかって、どんなに拙くても、それでも今まで表に出せなかった全力を、剥き出しにしても許される。

 

 彼女は、ナナリー・ヘルはそういう存在なのだ。

 

 例え孤高の存在と呼ばれ、畏怖される始祖級魔法使いであっても、彼女の前では誰であっても、同じ一人の魔法使いにすぎない。

 

 そしてそんな風に思わせてくれる彼女だってまた、いずれ自分達に並ぶ逸材であるから。

 

「これでもくらえ!」

「はい残念」

 

 だからこそこんなにも楽しい。楽しくて、身体がムズムズと落ち着かなくて、気分が高揚して……そうしてどうしようもなく、心が魔法に惹かれて止まらなくなる。

 

「ニパス(吹雪)……ってあああ! 防ぐな!」

「すまないね。なら次はこちらからだ!」

「そう簡単に思い通りにはさせないから!」

 

 魔法と魔法がぶつかる瞬間がひどく眩しい。力の鬩ぎ合いに心が踊る。

 

 次から次へと立て続く彼女の魔法に、何をぶつけるか、次の一手はどうするか、どう動くか……そんなことを考えて、けれど結局は全然違う手段を取らざるを得ない状況に陥ったりすると、それすらもどかしく思いつつ、ワクワクと心が弾む。

 

「これならどうだ?」

「その程度!」

 

 ボリズリーが仕掛けた罠を、ナナリーが難なく回避する。おかえしに四方から氷刃を放たれるものだから、彼も全てを叩き落としてみせた。 

 

 いつの間にかもう、そこは二人だけの世界だった。魔法と魔法が交錯して、激しい力の応酬が繰り広げられる。

 

 誰であっても介入できる隙などなく、二人を邪魔することはできない。邪魔する者もいない。

 

 だからこそナナリーも戦いに集中できているし、だからこそボリズリーも戦い没頭することができていた。

 

 お互いだけに神経を研ぎ澄まし、その動きに反応し、そして力の限りを魔法に込めて相手にぶつけ合う。

 

 他に何をも気にする必要がなく、ただただこの瞬間に五感を馳せて。魔力の出し惜しみなどせず、即決で次の行動に全集中して。

 

 そうして二人して、荒々しくもどこか無邪気で、裏のない純粋な気持ちで、まるで時間を忘れ夢中で遊び駆ける幼子のように、思いきり魔法を開放する。

 

「次で決めるぞ」

「上等よ!」

 

 そう言ったボリズリーの足元から、放射状に巨大な魔法陣が形成されていった。地中深くにまで浸透するように広がるその光は、既に地面を小刻みに揺らしており、砂や鉱物の一つ一つにまで彼の魔力を行き渡らせ、その硬度すら上昇させていく。

 

 同時にナナリーの方も、その周囲に暗い夜空の空間を生み出した。瞬く星が頭上を回転し始めると一点が青くなり、強い光を帯びて段々と大きくなっていく。

 

 演習場に広がる高密度の魔力渦。次で決めると宣言した言葉の通り、二人してありったけの魔力を注ぎ込んで、己が成せる魔法のうち最高難度を誇る属性魔法を、少しも惜しまず発動に持ち込む。

 

「エザフォス・カタストロフィ(大地破壊)!」

「アポリト・ミデン(絶対零度)!」

 

 そして、二人がその尋常でない魔法力を最大限発揮しようとした、その瞬間──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいそこまで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴力的なまでに膨れ上がっていた魔法密度が、突如として霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるでその空間だけ綺麗に吸い取られてしまったかのように、漂っていた二人の魔法の欠片が消え、あっという間に視界が開ける。そこに見えたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人とも時間だよ。あと、その威力はさすがに演習場の結界に響くから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナナリーの肩と腕に手を置き、懐中時計に視線を落とすアルウェスと。

 

 

 

 

 後ろからボリズリーの身体を羽交い締めにして、必死の形相で彼を押さえるヘンリック。

 

 

 

 

 そして、ポカンと呆けて固まるナナリーと、目を見開いてアルウェスを見やるボリズリー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで時を止められたかのように、誰もが一切微動だにしないこの空間内。

 

 

 

 

 そこに朗々とした声を響かせるアルウェスが、決して大きくはない、けれど確実に皆の耳に入る透き通すような声色で、宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「制限時間十分経過につき、魔法戦は終了。結果は、双方ともに魔力が残されてまだ戦闘余地があるため──両者引き分けとする」

 

 

 

 

 

 

 

 

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