そしてアルウェスがパチンと懐中時計の蓋を閉めると、その瞬間身に付けていた魔導具から一気に魔力が吸われ、二人の身体から力が抜け落ちた。
「……っ、これは?」
「たまに終了しても続けたがる血気盛んな輩がいるから、最低限動ける程度に、残りの何割かの魔力を強制的に吸い取るんだそうです」
「そうか……悪い、ちょっと座る」
「はい、お疲れ様です。ボリズリー隊長」
ヘンリックに支えられながらゆるゆると崩れこみ、そして膝を付いたボリズリーは、珍しく脱力したように言葉を零すと、そのまま深い溜め息を吐いて座り込む。
そしてそんな上司に眉を下げて微笑んだヘンリックは、観客席から二人の健闘を称える仲間達の方へ、彼の代わりに手を振って応えた。
一方で。
「……っ! はぁ、はぁ、はぁ、はっ」
ワンピースが汚れる心配など、微塵も気にしている余裕のないナナリーは、直後べしゃりと背中から地面に倒れこむと、大の字になって両手足を投げ出していた。
その肌にはびっしりと汗の玉が浮き、拙い呼吸でなんとか空気を取り込もうと必死である。
「やぁナナリー」
そんな彼女頭上から、しゃがんで顔を覗き込んできたアルウェスは、彼女の額にぺたりと張り付いていた水色髪を、丁寧に指先で払い除けてやった。
「おまじない、大成功だったでしょ? 最初はどうなることかと思ったけど、ちゃんと彼との勝負に全力を出せていたみたいで安心したよ」
「……っ、ぅ、はぁ……これ、めちゃめちゃしんどいっ!」
ナナリーは心の底からの感想を漏らした。
アルウェスなのに地属性魔法を使ってきて、けれど目の前にいるのは間違いなくアルウェスで、もう頭が混乱しそうだった。
しかも使ってくる魔法はどれも強力で、ほんの少しも気を緩めることができず、こんなにも精神が張り詰めた魔法戦は初めてだったかもしれない。
「頭の中では、見た目だけがアルウェスなんだって、本当はボリズリーさんだって意識していたはずなのに……途中からもうアルウェスにしか見えなくなって、気付いたら今なんだけど」
「まぁ彼もあえて僕の仕草を真似てきたところもあるからねぇ」
そう言ってアルウェスはナナリーの背に腕を差し込むと、ふわりと持ち上げて彼女を座らせる。
背中に付いた土や砂を魔法で綺麗に落としながら、まだ立つことすらできない彼女の頭をよしよしと労るように撫でて。
「お疲れ様」
その手をこめかみから前へと滑らせて、ぺたりと包み込むように彼女の頬に掌を当ててきた。
「最後まで彼に立ち向かって偉かった。すごく良かったよ。また一段と魔法の腕を上げたんだね」
「……っ」
「君の頑張りが、これまでの努力が、ちゃんと伝わってきた」
かけられた言葉と表情が、あまりにも優しくて柔らかくて、ナナリーはツンと痛む鼻奥にぐっと眉を寄せた。
「べ、別に私だってこれくらいできるわよ」
「うん。そうだね」
「本物のアルウェス相手なら絶対私が勝ってたからね! あんたの魔法は日夜研究してるんだから」
「うん。知ってる」
「どんなアルウェスが相手でも、絶対負けないからっ。次にまた似たような機会があれば、今度こそ勝ってみせるんだからっ」
「うん。楽しみにしてるよ」
そしてアルウェスはそのまま、くしゃりと崩れそうな表情をなんとか耐えるナナリーを強く抱き締めた。
その瞬間、ぐず、と肩の部分から鼻を啜る音が聞こえる。背中に回された指先にぎゅう、と服を掴まれる。
「泣いてるの?」
「っ……泣いてないわよ! なんかよく分かんないけど、目から水が流れてくるだけ!」
「ははっ、そっか」
きっと色々な思いが溢れかえったのだろう。いつだって彼女は全力であるから、そこから感じ取れるものに対してもやっぱり全力なのだ。
サレンジャ・ボリズリーとの魔法戦を通して、彼女が得たものは多い。彼との魔法戦の経験自体が、彼女のこれまでとこれからに、決して少なくない影響を与えているのだ。
だから、それらをゆっくり消化する時間が、今の彼女には必要なのである。一つ一つ整理して、向き合って。そうして彼女はまた、己の糧にしていくだろうから。
額をアルウェスの肩に押し付けて、ぐずぐず唸っているナナリーの頭をぽんぽんと撫でながら、アルウェスは赤い瞳でとろりと溶けるように彼女を見下ろした。
「改めて言うけど、本当にお疲れ様。ナナリー」
「…………うん」
そうしてもぞもぞと恥かしそうに身動ぐ水色の頭頂部に、彼はそっと唇を落としたのだった。