◇ ◇ ◇ ◇
「やぁ、そっちは大丈夫?」
ようやく立ち上がったボリズリーの元に、アルウェスが近付いてきた。
「さすがだね。もう立ち上がれるんだ」
「大分ギリギリだけどな……彼女は?」
ヘンリックの手を離れ、一人で立つボリズリーはまだ若干重く感じる首を回して、ナナリーがいる方向を見やる。
「大丈夫だよ。君のところの部下が癒やしの魔法を掛けてくれているから、そのうち動けるようになる」
「そうか……なら良かった」
そしてほっとしたように一つ息を吐くと、その視線をアルウェスの方へと戻した。
相変わらず端然と微笑んでいる彼は、今回の魔法戦の仕掛け人であり、彼の婚約者を堂々と差し出してきて。
そうかと思えば、その婚約者に認識変化の魔法をかけて自分の方に放り込んできた張本人である。
「お前……案外めちゃくちゃなことするんだな。驚いた」
「ありがとう。今後の参考にするよ」
「いや今のは全然全く褒めてないからな」
小さく苦笑するボリズリーであったが、ふと目の前の彼から視線を感じると、身体を彼の方に向けて正面から向き合う。
二人の間に流れるしばしの無言。それを断ち切ったのは、ふと表情を緩めたアルウェスの方だった。
「──で、どうだった?」
「あぁ……予想以上だった」
交した言葉は、ひどく少なくて。
けれどその少ない言葉には様々な意味が含まれていて、その内容を真に理解できるのは、やはりこの二人だけなのだ。
ボリズリーは固まっていた関節を解しながら、ヘンリックから差し出された水を喉に通す。
「凄いな彼女は。全体的な能力の高さもそうだが、勢いが良くて度胸もある。あとはお前という始祖級魔法使いの相手をしているからか、同じ立場の俺の魔法を迎え撃つことに全然恐れが見られない」
いくらボリズリーがアルウェスの姿をして、彼のように煽って彼女のやる気を引き出してみせたとしても、やはりそもそも使う魔法からして全然違うのだ。
地属性魔法は他属性と比べても種類が多く、手数が増えることで今回のように畳み掛けるような攻守も可能である。
また彼の魔法自体が、他の地属性魔法使いと比べてもその威力が桁違いで、魔力量も他の比ではない。
そんな相手に、最後まで持ち堪えられる者がいったい何人存在するだろうか。彼の【重力磁場】の前に戦意喪失した者達だって、決して少ない数ではないのだ。
そしてそんな彼相手に、彼女は最後まで健闘してみせた。心折れることなく、食らいつき、真っ向から向かってきて、彼の本気すら引き出してみせたのだ。
「彼女の【ブラギアームス・メギスト】を受けた時、避けきれたと思ったけどそうではなかった。魔導具から吸われた魔力量に、彼女の本気が垣間見えて驚いた」
ナナリー渾身の【ブラギアームス・メギスト】は、本人ですら回避したと思っていたボリズリーの身体を掠っていた。
とは言っても掠ったのは僅か一瞬で、普通ならば攻撃判定もされない程度のものだった。
にもかかわらず、ボリズリーが付けていた魔導具は彼から魔力を奪った。掠り傷をしっかり攻撃判定として受け取り、決して少なくない魔力量を吸われて。
それだけ彼女の拳は深かった。それだけ彼女の本気は深かった。
そして、そんな彼女だったから──ボリズリーも本気になれたのだ。
「俺達に並ばんとする高い魔法力と、油断するとあっという間に飲まれてしまいそうな気迫。諦めの悪さと執念深さ……そりゃアルウェスでも全力になるわけだと納得したよ」
「そうだよ。それが学生時代から続けられている僕の気苦労、少しは分かってくれた?」
「あぁ。けれど彼女はきっともっと強くなるだろう? お前もうかうかしていると、すぐに追いつかれてしまうかもしれないぞ?」
なんてったって彼女の目標は“打倒アルウェス・ロックマン”なんだからな、とボリズリーが声を上げて笑う。
それに対し、アルウェスは一瞬苦い表情を見せるものの、否定はしなかった。彼だって、ナナリーの陰ながらの努力を理解している数少ない一人なのだから。
「彼女みたいな人がアルウェスの側にいてくれて、今一度俺も安心できたよ。彼女がいればお前も一緒に成長できるし、伸び伸びと魔法を伸ばせそうだからな」
「そうだね、だから……僕から一つ提案があるんだけど、どうかな?」
「うん?」
また提案か? と首を傾げるボリズリーに、アルウェスはひどく緩めた表情で微笑んで。
そして、何でもないことのように軽く口にした。
「これからは君も定期的に、ナナリーと魔法戦をしてみたらどうだろうって」
「──は?」
「もちろん国が違うからそう頻繁にとはいかないだろうけど、機会があればぜひ……そうしたら君も、魔法戦を全力で楽しむことができるでしょ?」
そう言ったアルウェスは、赤色の瞳を静かに伏せて、ヴェスタヌの騎士に治療を受けているナナリーを見つめた。
高度な魔法力を有している彼等は、二人を取り巻く事情もひどく似通っている。それは、魔法戦という場でどうしても相手の力量を見て合わせようとするところ、本気を出して全力でぶつかることを、無意識に抑制してしまうところまで全く同じで。
周囲が彼等についていけないから、彼等が周囲に合わせる必要があった。
そのため彼等は部下のために魔法戦をすることはあっても、自分達のために魔法戦をする機会にどうしても恵まれなかった。
だから同じ立場の者同士、彼等が魔法戦をする時は互いに本気になれた。
同時にそれは、互い以外に本気になることはできなかったということでもある。
けれどそれは仕方ないことなのだ。誰かがどうにかできるものでもないし、誰が悪いということでもないのである。
だからたまに顔を合わせた時に、短時間でもいいから憂さを晴らすように思いきり魔法を発散できればそれで十分だと、そう思っていた。
ボリズリーもアルウェスも、所属する国も異なれば、それなりに忙しい立場でもある。会おうと思ってすぐに会える相手ではないから。
それでも互いの相手は、互いにしか務まらない。これまでずっとそう思っていたし、この先もきっとそうだと思っていた。
けれど──。
「今のままでも、ナナリーは十分君とやり合えるけれど。彼女は僕に追いつく為に、きっともっと上を目指すだろうから。君も満足できると思うよ?」
「待てアルウェス。彼女の意見も聞かずに何を勝手に……」
慌ててボリズリーが止めようとすれば、アルウェスは肩を竦めてみせる。そして振り返ると、自身の後ろでひょこひょこ隠れているナナリーの腕を引っ張って、ボリズリーの前に差し出した。
「ひぎゃっ!」
「ねぇ、ナナリー。君は今後も彼と魔法戦する機会があるってなったらどうしたい?」
「……へっ?」
ナナリーはアルウェスの言葉にその碧色の瞳を丸くさせると、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めてすぐに答えた。
「え、と……そりゃ光栄というか、またやりたいなっていうか……あ、でも忙しかったら全然! もし今後そういう機会があったらなってだけですので!」
だから、えっと……としばらく言葉を濁していた彼女であったが、ぐっと拳を握り締めると、真っ直ぐとボリズリーの方を見上げてきて。そして。
「ボ、ボリズリーさんさえもしよければ、私は貴方とまた魔法戦がしてみたいです……今度はアルウェスとしてではなくて、ちゃんとボリズリーさんが相手だと思って戦ってみたい、ので!」