きっと、君の存在は   作:あすす

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 それはもうするすると、まるで息を吸うように言葉が口を突いて出たのだ。

 

 その時はあまり酔っている自覚はなかったけれど、やはり気分が開放的になりすぎていたらしい。しかも相手がまた話し上手からの聞き上手で、余計に色々と引き出されたような気がする。

 

 ──恐るべしアメジスト酒。恐るべしサレンジャ・ボリズリー。ヴェスタヌ最強の名は伊達ではない。

 

(もう絶対に油断しない自衛大事!)

 

 そうしてその翌日に、なんとも言えない表情で自身を見つめてくるアルウェスの隣で、ナナリーがシーツに顔を突っ伏し大反省して決意を固めたのは、まだついこの間の話である。

 

 ……ということで。ナナリーの中で、あの日のボリズリーとのやりとりは、もはや黒歴史に近い出来事として処理されていた。

 

 ただ単に自分が曝け出しすぎて、彼に対して一方的に恥ずかしさと気まずさを抱えているだけの話である。それでも恥ずかしいものは恥ずかしいし、気まずいものは気まずい。

 

(とはいえあの日以降、ボリズリーさんからの接触も無くなったんだけど)

 

 もともとヴェスタヌ騎士団は仕事でドーラン王国に来ているのだ。アルウェスによれば、統括の立場を担う彼等の間では何度も調整会議が行われているらしく、ボリズリー自身も夜に出歩ける自由時間が少なくなったのだろう。(なにせアルウェスの方も多忙になっているから)

 

 だからナナリーの方も、自身の心の平穏のために、なるべくあの日のことは思い返さないようにしていた。もちろん、かの有名人と共に時間を過ごせたのは光栄な話であるので、それ自体を否定するつもりはないが。

 

「ヘルさん? だ、大丈夫ですか……?」

「あ……はい! 失礼しましたっ」

 

 恐る恐る声を掛けてきたヘンリックに向き直って、ナナリーはごほんと咳払いして瞬時に立ち上がった。

 

 変に意識すると、またあの時のことを変に思い出して悶え苦しみそうになる。ならばここは、さっさとヘンリックの用事を済ませて早々に別れた方が得策で。

 

 それに、この後はちょうどアルウェスと飲む約束をしているのだ。

 

 今日は珍しく彼の方がかなり早く仕事が終わるらしく、なんなら既に先に店に到着している頃合いだろう。だからナナリーの中で、できれば早めに合流したいという思いが少なからずあった……待たせると負けたような気になるためである。

 

 相変わらず目の前のヘンリックの様子に嫌な予感がヒシヒシと止まらないのだが、先延ばしにしていても意味がない。ここは覚悟を決めて要件を聞くしかないのだ。

 

(それにほら! もしかしたら全然大した内容じゃない可能性だってあるし……ある、よね?)

 

 冷や汗が背中を滝のように流れていく。寒気がするのは汗のせいなのか、それとも別の原因のせいなのか。

 

「え、えーとそれで。ヴェスタヌの騎士様が私に何のご用でしょうか?」

「はい。実はうちの隊長が、今夜ヘルさんと語り合えないかと申しておりまして。どうかこの後お時間いただけないでしょうか?」

「……“うちの隊長”?」

 

 途端、それを聞いた彼女の口元がヒクリと引き攣った。そしてそれを見た彼の眉もへにょりと下がった。

 

 互いにしばし無言。ヴェスタヌ騎士団隊員のヘンリックが言うところの“うちの隊長”なる人物。

 

 その人物に大いなる心当たりを感じてしまったナナリーは、いやまさかそんなと思いつつ、恐る恐る口を開く。

 

「え、あの……まさかとは思いますけどヘンリックさんの隊の隊長って……」

「はい。ご存知かもしれせんがサレンジャ・ボリズリーと言いまして……ってヘルさん!?」

 

 聞いた瞬間、ナナリーは再度膝から崩れ落ちた。

 

(や、や、やっぱりー!)

 

 なんてことだ。いや最初から予感はしていた。大して関わりのないヴェスタヌ騎士団の隊員が、わざわざ自分を名指して訪ねてくるだなんて。そんなのはもう“彼”からの要件以外でなどありえないではないか。

 

「ああぁ思い出したくなかったのに! 自爆した情けない自分のことなんて思い出したくなかったのに!」

「いや、自分が来た時点でヘルさんなんとなく嫌な予感を察してましたよね!?」

「そうなんですけど、そうじゃなかったらいいなって思ってたんです!」

 

 わああっと打ちひしがれるナナリー。最初にヘンリックから縋るような視線を向けられた時から、待てよもしかして……と思っていたのだ。

 

 だって目の前の彼が明らかに、「突然押しかけて申し訳ないけれど、上司の命令には逆らえなかったんです」といった微妙な表情で自分に声を掛けてきたから。

 

 彼が誰かしらに何かしらの”お使い”を頼まれてきたであろうことは、容易に想像ができた。そして、今現在ドーラン王国を訪れている者達の中で、一小隊の副隊長たる彼に気軽にお使いを頼めるようなヴェスタヌ騎士団の上層部など、たかが知れている。

 

 つまり詳細までは分からなくとも、ヘンリックが訪ねてきた時点で、なんとなく事の雰囲気を察することはできたのだ。どうか間違いであってほしいと切に願ったけれど。

 

「この時期にヴェスタヌ騎士団の隊員さんが私に用事あるって、ボリズリーさん関連のことしかないと思ってたけど! 会うのは無理です! 主に私が気まずいので!」

「ヘルさんが嫌がるのも分かりますよ! ボリズリー隊長怖いもの知らずだし、わざと空気読まない自由な所があるし、なによりあのロックマン殿を煽って楽しむ悪魔みたいな所ありますしね! あの時だって楽しさに溢れてたのはボリズリー隊長だけで、周りにいた自分達は生きた心地しなかったんですから!」

 

 しかしヘンリックはヘンリックで負けじと切実に当時の心境を訴えた。

 

 彼は副隊長としてボリズリーの側に仕えることが多いため、当然前回のナナリーとアルウェスを巻き込んだ飲み会にも同席している。

 

 そこで他の隊員達と同様に、彼女のアメジスト酒の飲みっぷりに度肝を抜かれ、アルウェスとボリズリーの冷戦に巻き込まれて、それはそれはもう大変な思いをしたのだ。

 

 ちなみにこの時ナナリーとボリズリーが二人で話していた内容に関しては、ボリズリーがさり気なく防音魔法を施していたため、周囲の隊員達の耳に入ることはなかった。

 

(それでも二人で真剣な、とても大切な話をしていたことは分かる。防音魔法越しに見えた隊長の表情が、ひどく満足気で安心に満ちていたから)

 

 自分達の上司が滅多に見せることのない珍しい様子に驚きつつも、けれど決して嫌な気はしなかった。

 

 むしろいつも隙のない彼の本心からの表情を、たった一人の女性がこんなにも簡単に引き出していることに、驚き以上に感嘆すらしてしまって。

 

 ヴェスタヌの孤高の天才、自分達の遥か先を行きその背中しか見ることが叶わなかったサレンジャ・ボリズリーが、いったいどういう表情で前を見据えるのか。その内側に、初めて触れられたような気がした。

 

 だから感謝しているのだ。彼がなんのてらいもなく内の心情を吐き出せる存在に出会えたことに。同じ隊に所属する上司として、彼を尊敬する魔法使いとして、彼と苦楽を共にしてきた仲間として。ヘンリックはナナリーに感謝していた。

 

 そして。

 

(彼女はアルウェス・ロックマンの婚約者……火型の始祖級魔法使いと謳われる彼もまた、ボリズリー隊長が自分を見せられる唯一の人だから)

 

 二人の話の中に必ず登場しているであろう彼。彼の存在だって、ボリズリーにとって唯一であることには違いない。

 

 だからこそ、国や互いの立場を超えて繋がる絆が確かに結ばれていることに、そしてこれからも結ばれ続けるように、アルウェス・ロックマンとナナリー・ヘルの二人に思いを馳せた。

 

(この二人は、隊長にとって特別な二人なんだろう。それはきっと、隊長が隊長らしくあるために必要な二人なんだ。だからどうか、これからも……)

 

 安堵して、願って、周囲の仲間達と目配せて。あぁ皆も同じ事を思っているんだなと実感して──そうしたらもう、どうしようもなく頬が緩んで止められなかった。

 

 こんこんと話し込む二人をそっと見守り、ナナリーがさらにアメジスト酒のグラスに勢いよく手をつけるのに若干ハラハラしつつも、このまま穏便に時間を過ごせるかと思っていたところだったのだ。

 

 ──ボリズリー対アルウェスという事態が発生するまでは。

 

 始祖級魔法使い同士の争いを肌で感じ、その絶対圧に心底震え上がり、できればもう勘弁してくださいなんでそんなに楽しそうなんですかと、己の上司相手に皆で嘆願したことはつい昨日の出来事のようで。

 

 

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