きっと、君の存在は   作:あすす

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 ◇ ◇ ◇ ◇

 

「前回来た【黄尾のラゴース】の酒の品揃えに感心したんだが、生憎と今日は満席みたいでね。そこの店長からこの店を紹介されたんだ。そうしたらアルウェスが入ってきたから驚いたよ。偶然てすごいな」

「そうだね。ところで本当に偶然なのかな? 君は隠密系の魔法が得意だったと記憶しているから、もしかして僕の監視盗聴でもしていたんじゃないかって、ついつい勘繰ってしまいそうになるよ」

「まさか! 俺だって国の代表で来てるんだから、アルウェスも知っての通りこう見えてかなり忙しいんだ。さすがにそんな暇はないよ」

「まぁ、人は見かけによらないと言うからどうだろう」

「はは、言うねぇ」

 

 兎鳥料理と酒で有名な【赤目のラゴース】。

 

 客の入りも上々なその店内の最奥に、周囲の注目を一手に集める四人掛けテーブルがあった。

 

 陽気な笑みを浮かべてグラスに口を付けるボリズリーと、その対面で裏の読めない薄い表情を貼り付けたアルウェス。

 

「〜〜〜っ!」

 

 そして、そんな彼の隣にちょこんと縮こまって、ひたすら冷や汗をかいているナナリーという構図。

 

 ヴェスタヌの孤高の天才、ドーラン王国屈指の魔法の英才、そして皆の記憶に真新しい救国の氷の魔女が一挙に集うという、極めて貴重な光景であった。

 

「凄いわ私達サレンジャ・ボリズリー様と同じ空気を吸ってる!」

「えぇ、えぇ! アルウェス様もいるわね今日も素敵だわぁ」

「一緒にいるあの女性が羨ましいわね。あんな素敵な二人を近くで拝めるんだもの」

 

(いや喜んで席代わりますけど!)

 

 周囲の客達から向けられる興奮と羨望。それらを受けて、ノンアルコールの飲み物を必死に喉に押し流していたナナリーは心の悲鳴を上げていた。

 

 傍目から見れば目の保養になる憧れの光景なのだろう。そう思うのならぜひこの席に座ってみてほしい。目には見えない空気がビシビシと肌を刺して辛いから。

 

 ボリズリーに着席を促されたナナリーは、言われるがまま飲み物を注文していた。その間どこかに離席していたらしいアルウェスが戻ってきたのだが、その時の彼ときたら……。

 

『ごめんねナナリー。本当に申し訳ないんだけど、今日だけ彼と一緒でも構わないかな?』

『あ、うん……』

『はは、すまない。二人の邪魔をするつもりはなかったんだが』

『そう思うなら今すぐ別の店に移ってくれていいんだけど?』

 

 あの全方位無双の完璧を誇る麗しの男が、有り余る不本意を全面的に貼り付けたような表情でナナリーに謝罪してきたのだ。

 

 珍しく感情を素直に乗せた表情と声色は、彼がナナリーと二人きりの時、それも公爵邸の自室にいる時にしか見せないような、珍しい代物である。

 

 そんな無防備な内面を惜しげもなく相手に晒してしまえるほど、どうやらアルウェスにとってボリズリーは気兼ねない存在らしい。

 

 もともと似たような立場と境遇から、プライベートで飲むような仲だとは聞いていたからそれなりに親しいと思っていたけれど、本当の事のようだ。だって互いに全然、ちっとも遠慮する気配がないのだから。

 

 今だって公共の場ということもあって、一応双方麗しの笑みを浮かべてはいるものの、少なくともアルウェスの方は漂わせている雰囲気が間違いなく表情と一致していないし、それを隠そうともしていない。

 

 そしてそんなアルウェスの不機嫌さを、どこ吹く風だと言わんばかりに無視して会話を進めてくるのが、彼と並ぶ始祖級魔法使いサレンジャ・ボリズリーという男であって。

 

 空気が対極の二人に挟まれて、今回は酒に酔っていないナナリーの心臓がキリキリと痛み出しそうになる。

 

「うん、酒もそうだが料理もなかなかだな。ナナリーさんも遠慮せずに食べてくれ」

「あ、は、はいっ!」

 

 そんなナナリーの心境を知ってか知らずか。ボリズリーが兎鳥のソテーが載せられた皿を手渡してきたので、彼女はそれをギクシャクとぎこちない動きで受け取った。

 

「アルウェスから聞いたんだが、ナナリーさんは兎鳥が好物なんだって?」

「えぇ、まぁ……そうです、ね」

 

 視線を不安定に泳がせて、まるで逃げるようにこちらに視線を合わせようとしないナナリーの様子に、ボリズリーの形良い眉が中央に寄せられる。

 

 そして、今まで彼が醸し出していたはずの陽気な空気が一瞬にして鳴りを潜め、どこか恐る恐るといった、困惑と憂慮が折り混ぜられた表情が向けられて。

 

「もしかして……ナナリーさんは俺のことが苦手かな?」

「へっ……?」

 

 投げかけられた予期せぬ質問に、思わずナナリーの声が裏返った。

 

 フォークに刺していた兎鳥がポロリと皿に落下する。唖然と見つめれば、痛みに耐えるような切ない色の彼の瞳が、ふっと伏せられた。

 

「え、あの……」

「そっか、そうだよな。せっかくのアルウェスとの約束なのに、こうして邪魔されるだなんて、ナナリーさんからしたら確かに理不尽だろう」

「いや、ちょっ……」

「前回の時も、俺はどうしても君と話したかったから強引に誘ったけれど、それだって君からしたらきっと迷惑だったよな」

「あの、ボリズリーさ……」

「君を振り回す俺はひどく自分勝手だった。嫌な思いをさせてしまって本当に申し訳ない」

 

 そう言ったボリズリーの表情には明らかに影が差していて、ショックを受けているのも落ち込んでいるのも容易に分かってしまう。

 

 麗しの美貌が弱っている姿は、とにかく周囲の視線を集めた。特に彼と共に店に来ていたヴェスタヌ騎士団の隊員達から“あのボリズリーさんがあんな顔を……?”という視線が集中するのを感じて、ナナリーの顔が瞬間さっと青褪めた。

 

「ち、違うんですっ! 決してボリズリーさんのことが嫌いだとか、迷惑だとか、そういう風に思っているわけではなくて!」

「え?」

 

 力なく肩を落としているボリズリー相手に、ナナリーは両手を左右にぶんぶん振って否定する。振り回される水色髪と同じくらい青い顔を引き攣らせながら、彼女は必死に訴えた。

 

「前回お会いした時、なんだかんだ言って私相当酔ってたみたいで! ボリズリーさんに色んなこと暴露し過ぎたなぁと……それが恥ずかしくて、それで……」

 

 そこでナナリーの顔が青色からぽっぽっとした赤色にじんわりと転じた。

 

「ナナリーさん?」

「……ナナリー?」

「〜〜〜っ」

 

 これには今まで沈黙を貫いていたアルウェスも、訝しげに眉を寄せて彼女の顔を覗き見ざるを得ない。

 

 じっとりとした赤い視線を横から感じつつ、ナナリーは口元をむぐむぐとさせながら頭を抱えていた。

 

 

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