きっと、君の存在は   作:あすす

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 そんな二人揃ってこちらを見つめてこないでほしい。恥ずかしいのだと今ちゃんと言ったではないか。

 

 ナナリーの中にあるアルウェスへの思いは、確かにあの時ボリズリーに伝えたその通りのままである。

 

 悔恨も、葛藤も、感謝も、そして自身の志として乞う彼との関係性も。

 

 いつも思っていたことだ。望んでいたことだ。長年の思いが少しずつ積み重なって、よりいっそう強く大きくなっていったのだから、どうしたってそんな簡単に変わるものではない。

 

 だからこそ、酔っていたとはいえすんなりと言葉にすることができたのだ。そしてきっとこれから先何度問われても、ナナリーは自分が同じ気持ちのまま変わらないであろうという確信があった。

 

(ただ問題なのは、私がもうめちゃくちゃアルウェスのこと意識しているっていうのが、ボリズリーさんにバレてしまったってことで)

 

 相手はあのサレンジャ・ボリズリーなのだ。なにせ彼は自力でナナリーの出生の秘密に触れかけた男である。

 

 自分がアルウェスに対して好適感だけでなく、思慕の念を抱いているというところまで、しっかりバレていそうなところが恥ずかしい。

 

 彼が自分とアルウェスの婚約事情を把握しているかは分からないが、もし把握していた上であの時の話を聞いていたとしたら、それはそれで悶絶案件である。

 

 そしてなにより、そういった気持ちをボリズリーに吐き出していたことを、あの場にいなかったアルウェスに知られるのが、それ以上に一番恥ずかしかったりするのだ。

 

 絶対にないとは思うけれど、万が一ボリズリーが“そういえばナナリーさんこんなこと言ってたんだけどな”などとアルウェスの前で零そうものなら、その瞬間ナナリーは羞恥で粉々に吹き飛んでしまうし、あのボリズリー相手に飛び掛かってしまうかもしれない。

 

 ……どんなに相手を思っているとしても、それが嘘偽りないものだとしても。

 

 それでも、相手に伝えるのが憚られる領域は少なからず存在する。それが“好き”という言葉よりもっと熱くて深い、大切なものであれば余計に。ナナリーがボリズリーに溢したのは、本当に、そういう気持ちだったから。

 

(この際ボリズリーさんにバレてしまったことは仕方がない。油断した私が悪いんだから。でもせめて、アルウェスへの伝播だけは絶対に防がなければ!)

 

 叶うものなら、偏屈でスケベでベンジャミンには従順な時の番人に懇願して、過去をやり直したいと思わないわけでもないけれど、そんな都合の良い展開はありえない。

 

 だから。ここで取るべき行動は一つだ。

 

「……」

「うん?」

 

 ナナリーは視線をボリズリーに飛ばした。ひしひしと縋るような、まるで何かを願うように訴える視線。両手を膝の上に置いて、いかにも深刻なのだという雰囲気を醸し出して凝視する。

 

 そんな、明らかに意味深な視線を向けられて、ボリズリーが少し驚いたように瞬目した。

 

(伝われ伝われ伝われ! 絶対アルウェスには言わないで! 個人情報漏洩良くない!)

 

 隣に本人がいなければ、こんなまどろっこしい真似なんてせずに、彼に直球でお願いしていたというのに。けれどそれが叶わないから、こうして無言に訴え出ることしかできないのだ。

 

 ……それもこれも、アルウェスの勘が相当に鋭く、迂闊に言葉を漏らせば瞬時に察されてしまう可能性があるからである。

 

 全方位隙なし完全無欠男を甘く見てはいけない。少しでも油断しようものなら、あっという間に引き摺りこまれて根掘り葉掘り聞かれる未来が待っている。それは避けたい。というか、それを避けることが目的なのだ。

 

 だからナナリーは、ボリズリーの方の勘と洞察力と思考力、そして奇跡を信じることにした。彼ならばきっと気付いてくれるはずだ。なにせ彼は、自力でナナリーの出生の秘密に気付きかけた男なのだから(二回目)。あの時の素晴らしい勘繰りを、ぜひ今ここで発揮してもらいたい。

 

「……」

 

 ボリズリーは手にしていたグラスを僅かに揺らすと、自身を必死に見つめてくる碧色の瞳の真意を探るように見つめ返した。

 

 今日は前回と違い、彼女は素面である。そんな彼女が、物言いたげに……いや、むしろ何か下手に物を言うなと言わんばかりに凝視してくるので、彼は顎に手を当てて前回彼女と会った時の記憶を遡ることにする。

 

(とは言っても。ナナリーさんと話したのは専らアルウェスのことばかりだったんだよな。彼女がアルウェスに向ける気持ちが本物だったから、俺もつい嬉しくなって……)

 

 そこまで考えた時、ちょうどナナリーが僅かにアルウェスの金髪に視線をずらした瞬間にかち合った。

 

 ほんの一瞬のことであったけれど、彼を見つめる碧色の瞳が彼のことを強く意識しているのがバレバレで、いつもは色白であろう頬がほんのり染まっているように見える。

 

「……おや?」

 

 結局その視線はすぐこちらに戻されたけれど、そこに込められる彼女の思いは、どこかよりいっそうの渇望を色濃くしたかのようだった。

 

 彼女が何かを訴えたいのは自分に対して。けれど、彼女自身が無意識に意識しているのは──……。

 

「──あぁ、なるほど」

 

 そこで、ボリズリーの口角が綺麗に上げられる。その瞬間、彼はぶわりと溶けるような笑みを顔に乗せて、頬杖を付くとニコリと綺麗に微笑んだ。

 

「いいよ。君の望むままに」

「!」

 

 ボリズリーの言葉に、ナナリーは分かりやすく表情を輝かせた。碧色の瞳が驚いたように、けれどすぐに安堵に浸って、がっつり力の入っていた身体が弛緩した。

 

「本当ですか? あの、その……」

「あぁ、大丈夫。こういうことだろう?」

 

 そう言ったボリズリーは立てた人差し指を唇前に添えると、とろりと視線を細めた魅惑的な笑みを見せる。そして。

 

 ──あの時の話は俺達だけの秘密、な?

 

 唇の動きで揺れる吐息だけで伝えられた言葉。それはまさしく、ナナリーの無言の意図が彼に完璧に伝わっていたことを意味していて。

 

「ありがとうございますっ」

 

 ナナリーはガバリと深く頭を下げた。そして、心の中で歓喜した。

 

(よーしよし! これでアルウェスにバレることはない。ボリズリーさんの勘の良さに感謝感謝!)

 

 別に、アルウェスに思いを伝えないままでいるつもりはないのだ。いずれはちゃんと、ボリズリーに吐き出した全てをアルウェスに伝えることになるだろう。

 

 ただ伝えるには心の準備が必要で、そしてそれは、できれば自分の口から彼に伝えたいと思っている。

 

 だから要は、今はまだその時ではないということであって。

 

(ひとまず、ボリズリーさんの協力が得られたことで時間が稼げたから。ボリズリーさんにバレてることは恥ずかしいけど、今はこれで良しとしよう)

 

 ナナリーはグラスの中身を一気に煽った。ほっとしたからなのか、喉がひどくカラカラであったことに気が付いたのだ。

 

 冷たくて甘酸っぱい液体が喉を通り抜ける。美味しくて、ひどく清々しい。今日は前回の反省を活かしてノンアルコールを注文していたが、これはこれで悪くない。

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