きっと、君の存在は   作:あすす

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 そうして心の荒れ模様が一段落したナナリーは、ふとボリズリーを見つめてみた。

 

 ヴェスタヌ王国の魔法の天才。地型の始祖級魔法使いとして前回のウォールヘルヌスでのヴェスタヌ王国優勝の立役者。

 

 眉目秀麗で人当たりも良い。女性だけでなく騎士団の隊員達からも信頼と尊敬を向けられる彼は、やはりアルウェスを彷彿とさせる。

 

 似ているのだ。二人の立場や取り巻く環境、そして周囲からの評価や視線が。天才と評され、その裏で想像もつかないほどの努力と経験を重ねてきているところまで、この二人はひどく似ているから。

 

(だからなのかな。いくら酔っていたとはいえ、ほぼ初対面同然のボリズリーさん相手に、あんなにも話してしまったのも)

 

 確かに最初は、アルウェスに勝つアドバイスを授けてもらうために彼の誘いに乗っただけだった。

 

 けれど彼はナナリーが思っていた以上にアルウェスと似て、アルウェスの事情に詳しくて、アルウェスのことを理解していたから。

 

 だからナナリーも、きっとあんなに吐き出せた。他の誰相手に言えなくても、この人にならと無意識に心が惹かれた。

 

『たった一人で完璧な魔法使いになろうとして、実際になってしまった彼のことが、俺はどうしても心配だった』

 

 あんなにもアルウェスのことを心配していた彼に、自分の気持ちを証明してみせたいと思ったのだ。彼がアルウェスを思う気持ちが本物であるからこそ、自分の気持ちもそうであると知ってもらいたかった。

 

 彼になら、彼となら……これからも変わらず、アルウェスへの思いをありのまま見せられるのだと。無防備になっていた心の奥底で、ちゃんと理解していたのかもしれない。

 

「……あの、ボリズリーさん」

 

 ナナリーは両手でぎゅっとグラスを握りしめて、おずおずとボリズリーを見上げた。

 

 カランと氷がグラス面に触れる音がする。ひんやりとした温度を指の腹に感じながら、冴えた碧色の視線を向ける。

 

「私が言うのもおかしいのは分かってますけど……どうか、よろしくお願いします」

 

 ──アルウェスのことを、これからも。

 

 ナナリーはペコリと頭を下げた。

 

 アルウェスの隣にいてほしいと、彼はそう言った。けれど、ナナリーだって同じ事を思っているのだ。

 

 ボリズリーにだって、アルウェスの隣にいてもらいたいから。

 

 いつか自分はアルウェスの隣に立つ。けれどその時彼の隣に並び立つのは、自分だけでなく一人でも多い方が絶対に良い。その最たる存在は、彼と同じ始祖級魔法使いであるサレンジャ・ボリズリーなのだ。

 

 きっと、彼の存在はアルウェスにとってこれからも必要だと思うから。

 

 国は違えどこれほどまでに近似した境遇で、だからこそ本当の意味でその心を理解できる彼は、これまで一人で歩むことが当然としていたアルウェスにとって、唯一無二の存在であるに違いないから。

 

 特別仲が良いわけでもない。信条や守るべきものは違うのかもしれない。それでも。

 

 アルウェス・ロックマンとサレンジャ・ボリズリーは、互いの理解者である。

 

(きっと、私には分からないアルウェスのことも、ボリズリーさんなら分かってくれると思う。だからやっぱり、アルウェスの隣にはこの人も必要だ)

 

 自分がアルウェスの隣に並んでも、彼の反対側までは埋められない。だからそこにボリズリーが立ってくれれば、これほど心強いことはない。

 

 それでも自分がこんなお願いをするのは、些か烏滸がましくて図々しいと理解しているから。

 

 恐る恐る頭を起こしたナナリーは、申し訳なさそうに眉を下げながらボリズリーの顔色を窺って……。

 

「……っ」

 

 ふわりと頭に触れた優しい感覚に、ぱちぱちと瞬目した。

 

「いいよ」

 

 水色の髪が、さらさらと彼の指の間を抜けていく。

 

「俺も、ずっと。そのつもりだから」

 

 撫でる掌が大きくて、丁寧で、こんなにも温かくて。

 

「これからもよろしくな」

 

 言葉の意味をそのまま表したかのような彼の笑みに、目元の熱がじわりと滲む。

 

 あえて言葉にしなくても、それでも確かに伝わった思いがどうしようもなく嬉しくてたまらない。

 

 受け入れてもらえたようで、認めてもらえたようで、胸の内に無意識に抱えていた不安が、そっと溶かされていくようだった。

 

「ボリズリーさん……」

「それにしても。ナナリーさんに嫌われていなくて良かったよ」

「そ、それはすみませんっ」

 

 気にしていないと笑うボリズリーはひどく楽しそうで。少し強引なところはあれど、本当に優しくて思いやりがあるというところが、こういう時に伝わってくる。

 

(ボリズリーさんがアルウェスの理解者で良かった)

 

 彼のような人がいてくれて良かった。アルウェスのためにも、そして自分のためにも。

 

「ありがとうございます」

 

 もう一度気持ちを口にしたナナリーは、まるではにかむような、それでいて心から正直な笑みをボリズリーに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ぐわしっ。

 

「いひゃいいひゃいいひゃいっ!」

「ねぇ、二人してなんなの?」

 

 きっと、今この瞬間まではとても穏やかな空気が流れていたはず。ナナリーとボリズリーが言葉無き思いを通じ合わせ、共にアルウェスとの未来に思いを馳せて、そんな温和で優しい空気が流れていたはず。

 

 にもかかわらず、それを問答無用でぶった切るように、一切の遠慮の欠片もなくナナリーの鼻を掌で塞いでくるという、とんでもない不届き者がいた。いったい誰か。そんなの指摘するまでもない。

 

「はひふんほひょ!」

「僕が聞きたいんだけど。君が何してるの。内容によってはその口塞いでやろうか」

「はぁ!?」

「ははっ、アルウェスが今塞いでるのはナナリーさんの鼻だろうに」

「ちょっと黙っててくれないかな」

 

 不機嫌を全面に表したアルウェスが、容赦なくナナリーの鼻を掴みにかかる。まるでもぎ取ってやろうとでも言わんばかりに、引っ張って捻って握り潰してくる。いったいどういうことだ。普通に息ができない。

 

「はひゃはほへふ! いひはへひなひ!」

「何言ってるのか全然分からない」

「ほんほ”ははほほほ”っ! むぐあっ!」

「今”馬鹿炎”って言った口はこれ?」

「二人とも。一応ここは店内だから静かにな?」

 

 取っ組み合いでも始めそうな二人を笑って制するのはボリズリーである。だいぶ中身が減ったグラスをカラカラと手で回しつつ、頬杖をついて面白そうに目を細めて二人を見た。

 

「前回も思ったが、アルウェスの反応が新鮮すぎて驚きの連続だよ。まさか蚊帳の外にされて不貞腐れるとは」

「勘違いも甚だしいよ」

「そうか。だが生憎と、俺と彼女が何の話をしていたかは、お前には教えられない」

「……何故?」

 

 冷え冷えとしたアルウェスに、楽しげなボリズリー。そして必死に呼吸の確保に足掻くナナリー。

 

 この三人を取り囲む空気が急速に冷え荒んでゆく様を、ヘンリックを始めとした周囲のヴェスタヌ騎士団の隊員達が固唾を飲んで見守っていた。

 

 店内の賑やかさからは想像もできないほどに殺伐とした空気は、強者揃いのヴェスタヌ騎士団の面々を、いとも簡単に緊張の渦に落とし込む。

 

(ボリズリー隊長……俺達のお願い覚えてるよな? 大丈夫だよな?)

(大丈夫だろ! あれだけロックマン殿とは穏便に頼みますって訴えたんだぞ俺達!)

(そ、そうだよな。大丈夫だよな! よし信じよう!)

 

 始祖級魔法使い同士の衝突よくない、頼むからこれ以上刺激してくれるなと、全ての隊員が一丸となって祈りを捧げ始める始末である。

 

 そんな部下達の心情を正確に把握しているボリズリーは、周囲の部下達、ナナリー、そしてアルウェスへと順番に視線を走らせると、まるで天真爛漫がそのまま人の表情を表したかのように破顔してみせて。

 

「何故ってそれは──俺とナナリーさんの、二人だけの秘密だから」

 

 火型の始祖級魔法使いであるアルウェス・ロックマンに、いけしゃあしゃあと燃料を投下してきた。

 

(((ボリズリーさぁぁあんっ!!!!)))

 

 ヴェスタヌ騎士団の隊員達の声なき怒りの絶叫が店内に木霊した瞬間だった。

 

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