きっと、君の存在は   作:あすす

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 夜も更け、夜の繁華街の活気が最高潮に高まる時分。

 

 多彩な酒種と、産地直送の新鮮な兎鳥を使用した創作料理で有名なこの店【赤目のラゴース】。

 

 その店内では、高揚した客によってそれぞれ盛り上がりを見せている。調理場を回す料理人の手が止まることもなく、店員も陽気に声を張り上げながらホールを行き来して、活気付いた店内に料理や酒の匂いが溢れかえっている。

 

 そんな中、その最奥に集う一集団はといえば……冷水でも浴びせられたかのように一人一人が硬直して、まるで石像のようにその動きを止めて一人の金髪男のことを凝視していた。

 

「せっかくだから、どうかな?」

 

 周囲の視線を一手に集めるその金髪男、アルウェス・ロックマンは。その手で隣の席に座る婚約者ナナリー・ヘルを堂々と捕獲して、その上で目の前の席に座るヴェスタヌ王国の天才魔法使い、サレンジャ・ボリズリーに問うた。

 

 ──彼女と、ナナリーと。魔法戦をしてみてはどうかと。

 

「……は!?」

「へぇ……」

「「「!?!?!?」」」

 

 一瞬の間の後、驚愕に目を剥くのは、何故か当事者に仕立て上げられたナナリーで。

 

 即座に理解して、うっそりと深い笑みを返して目を細めるのは、彼女のことをもっと知りたいと零したボリズリー。

 

 そして予期せぬ緊急事態にただただ言葉を失い、この先に待ち受ける精神負担について今から既に戦々恐々としているのは、ヘンリックを始めとするヴェスタヌ騎士団勢である。

 

「ちょうど今日なら、僕が隊長を務める第一小隊が演習場を貸し切っていたから。場所の心配はしなくてもいいし」

「ちょ、ちょっとアルウェス……!?」

「それに明日は僕達も君達も仕事は午後からだよね? なら少しくらい身体を動かしたところで支障はでないんじゃない?」

「まぁ、それもそうだが……」

「「「ボ、ボリズリー隊長……っ!?」」」

 

 アルウェスの提案に、ボリズリーが一人思案するように視線を伏せる。

 

「魔法戦か……」

「君は彼女のことを知ることができるし、彼女にとっても、君みたいな魔法使いと交戦できるっていうのは貴重な機会だから。双方それなりに有益な提案だと思うけど……って、ナナリー何。さっきから痛いんだけど」

「待って待って待って!」

 

 顔色を自身の髪色よりも青く染めたナナリーが、必死の形相でアルウェスの金髪を引っ張って訴えた。

 

「何勝手なこと言ってくれてるわけ!?」

「え? 君だってよく僕と魔法戦やるけど、たまには違う相手とやるのも勉強になるでしょ?」

「だからって、よりによってボリズリーさんとだなんて……っ!」

「相手として不足だった?」

「どう考えても過剰だって言ってんの! だってあのボリズリーさんなのよ!?」

 

 ナナリーは吠えた。何でもないことのように飄々としている隣の婚約者の感覚がおかしい。なんだってこんな、とんでもない提案ができるのだ。

 

 なにせ相手はあの、ヴェスタヌ王国の天才魔法使いである。地型の始祖級魔法使いとして、他国にまでその名を轟かせるほどの孤高の傑人で。

 

 どう考えても、ハーレのいち受付嬢が相手してもらえるような人ではない。まして魔法戦だなんて、訓練している騎士でもない一般人が相手になるわけがないのに。

 

「そんなの急に言われても無理だから! 第一ボリズリーさんだって忙しいだろうし……」

「いや、俺の方は構わないよ」

「ほぉらみなさい……って、は!?」

「ふぅん」

「「「!?!?!?」」」

 

 一瞬の納得の寸前、信じられないとばかりに目を剥いたナナリーと。

 

 ボリズリーの返答に対して、満足気に笑みを漏らしたアルウェス。

 

 そして、もはや展開についていけず泡を吹きそうな者まで現れ始めた、ヘンリックを始めとするヴェスタヌ騎士団勢である。

 

 三者三様の反応を受けて、ボリズリーは手にしていたグラスをテーブルに置くと、迷い無く立ち上がった。

 

「よし、そうと決まればさっそく移動するか。というわけで俺は少し出てくるから。お前達はここで飲んでいてもいいし、付いてきたい奴は付いてこればいい」

「「「え、え、ボリズリー隊長っ!?」」」

 

 彼はそう言って動揺の渦中にいる部下達をさらに渦中のど真ん中に叩き落とすと、椅子の背に掛けていた隊服を羽織った。

 

 一方その様子を見ていたアルウェスも、流れるような動作でするりと立ち上がったかと思うと、どこからか金貨を取り出してテーブルに並べる。

 

「はい。僕達の会計はこれね。まぁ時間があったら戻ってくるつもりではいるけれど。ほらナナリー、いつまでも座ってないでさっさと動く」

「ちょ。待って何で……ぐえっ!」

 

 そして唐突にナナリーの首根っこを引っ掴むと、店の入り口までずるずると引っ張っていった。どう見ても己の婚約者相手に対する所業とは思えない雑さである。

 

「場所は昨日と同じ所でいいよね。先に行って準備だけ済ませてくるから」

「あぁ、分かった。俺もゆっくり向かうよ」

「待ちなさいってばアルウェスこの……痛い痛い痛い!」

 

 こうして、アルウェスのとんでもない提案と、それを即座に了承したボリズリーのとんでもない行動力のおかげで、事態は急展開を迎えることになった。

 

 おかげでナナリーの制止は完全に無視され、あれよあれよと連行されていく始末。

 

 二人が出ていった店の扉の向こうで微かに転移魔法の気配を感じたので、きっと彼女は己の婚約者に問答無用で連れて行かれたのだ。なお行き先はもちろん演習場だろう。

 

 そんなアルウェスとナナリーを呆然と見送る羽目になったのは、完全に二人の空気に圧倒され、口を挟むことすらできなかったヴェスタヌ騎士団隊員一同である。

 

 魔法騎士の精鋭達が、揃いも揃って呆気にとられていて。唯一ボリズリーだけが、くつくつと堪えるような笑みを溢していた。

 

「……本当に、嵐のような二人だったな。さて俺も軽く身体動かしてくるか」

「え、あの。ボリズリー隊長……本当にやるんですか?」

 

 そのまま店を出て歩き出したボリズリーの背後から、副隊長のヘンリックがおずおずと尋ねた。

 

「ヘルさんは騎士団の隊員ではなく、一般人ですよ? いきなり魔法戦を組むだなんて、少し無謀なのでは……」

 

 ヘンリックの言葉に、ボリズリーの歩みが止まる。

 

 騎士団で行われる魔法戦といえば、対魔物戦や対人戦などさまざまな実戦を想定しており、訓練や演習の成果を発揮する場でもある。

 

 つまり当然、日頃から鍛えている隊員とそうでない一般人では、動きに雲泥の差が出てくるのだ。過去のウォールヘルヌスの優勝チームに騎士団が多いのも、単純に騎士達の方が戦いに場慣れしているからである。

 

 だからヘンリックは心配していた。ハーレの受付嬢がいきなり対戦の場に出されて、まともに動くことができるのかと。

 

 模擬決闘といえど、下手をすれば怪我をする可能性だって大いにある。そもそも魔法と魔法がぶつかり合うのだから多少のトラブル発生は当然のことで。

 

「確かにドーラン王国のハーレの職員といえば、非常に優秀な方達の集まりだと聞いています。けれどそれはあくまでも一般基準であって、我々騎士とは比較にならないと……」

「それは違う」

 

 そう否定したボリズリーの声色は、ヘンリックが想定していた以上に深く低く辺りに響いて。

 

(……っ!)

 

 一瞬にして変化した目の前の彼の空気に、ヘンリックはひゅっと息を飲んで押し黙った。

 

「彼女の戦闘については、お前もウォールヘルヌスで見ていただろう? 体術戦なしの短時間勝負だったとはいえ、あのアルウェスと互角にやり合えるんだ。綺麗で可憐な見た目と反して、あれは只者じゃない」

 

 背を向けるボリズリーからはもう、先程までアルウェスやナナリーと会話していた時の陽気さは微塵も感じられない。

 

 その背から漂わせるのは、研ぎ澄ました刃先のように鋭く、一切の油断と隙を極限まで削ぎ落としたような、肌にひりつくような緊張感。

 

 それはまるで、彼が魔物と対峙する時に纏う圧倒的なまでの強者の覇気そのもので。

 

 否が応でも分かってしまう。彼が今“地型の始祖級魔法使いサレンジャ・ボリズリー”として発言しているのだということが。

 

「なにより、あのアルウェスが勧めてくるくらいだ。当然何か理由や狙いがあるんだろうが、それを差し引いても純粋に興味深いと思わないか?」

「っえ?」

 

 戸惑いを見せるヘンリックに背を向けたまま、ボリズリーは音もなく笑んだ。

 

 指先で転移魔法の陣をするすると描きながら、ひどく高揚に満ちた声色で呟く。

 

「本当に、楽しみだよ──」

 

 そうして再び歩き出した彼の周囲に転移魔法陣が浮かんだかと思えば、次の瞬間、その姿が忽然と消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──シュテーダルを討った救国の氷の魔女が、この俺に何を見せてくれるのかがね。

 

 

 

 

 

 それは、ヴェスタヌ王国の天才魔法使いサレンジャ・ボリズリーが、一人の魔法使いとしてナナリー・ヘルに興味を抱いた確かな瞬間であった。

 

 

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